「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち

  • 新潮社 (2016年8月18日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784103054566

作品紹介・あらすじ

死んだ犬を捨てた荒川に、次男も捨てた……虐待家庭の「核」に迫る戦慄のルポ! 次男をウサギ用ケージに監禁、窒息死させ、次女は首輪で拘束した夫婦。電気も水も止まった一室で餓死させた父親。奔放な性生活の末に嬰児2人を殺し、遺体は屋根裏へ隠す母親。「愛していたのに殺した」という親たち、その3代前まで生育歴をさかのぼることで見えて来た真実とは? 家庭という密室で殺される子供たちを追う。

みんなの感想まとめ

家庭内での虐待や無知がもたらす悲劇を描いたこの作品は、心に深い衝撃を与える内容です。虐待を受けた子供たちが求める愛情と、彼らを傷つける親たちの背景には、世代を超えた毒の連鎖が存在します。読者は、凄惨な...

感想・レビュー・書評

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  • 情報は一過性だ。騒いでおしまい。そして繰り返される。
    表題「『鬼畜』の家 我が子を殺す親たち」に怖気づくが手に取る。

    事件の背景にあったものの本質を筆者である石井さんは丹念な取材や関係者へのインタビューにより、明らかにする。
    以下の2014年前後に起こった事件に関するルポルタージュである。

    ・厚木市幼児餓死白骨化事件
    ・下田市嬰児連続殺害事件
    ・足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件

    その後も松戸市や目黒区でも胸が塞ぐ虐待死事件が立て続けに起こっていることが記憶に新しい。

    ワイドショーやニュースショー化したメディアはこれらはすべて「鬼畜のような」親のなせる悪行と眉間にしわを寄せ、最大級の慈悲を示し、世間の同調を煽る。

    しかし、取材した石井さんの感覚としては、どの親たちも一様に「子どもを愛していた」と明言する。
    本文より引用:

    しかし、直に加害者である親に話を聞くと、彼らはそろって子どもへのゆるぎない愛情を口にする。子供は自分にとって宝だ、親心を持って手塩にかけて育ててきた、家族はみんな幸せだった、というのだ。

    中略)
    彼らの中にも子どもを思う気持ちはあったのだ。

    ーーー愛していたけど、殺してしまいました。
    ただし、「愛していた」には、もう一言つけ加えられる。「私なりに」---。(P.4)

    以上、抜粋。

    子どもを産んでも、生殖ができても、それは子どもを養育できる「親」と同義ではない。
    問題事項としては
    ・想像力や共感性の欠如
    ・強い衝動性と、将来への計画性の欠如
    ・理性や知性の欠落
    ・社会的資源の不足
    (困ったときに助けてくれる人や組織へのパイプ)

    精神疾患、発達やパーソナリティの障害により、目にはわかりにくいがこうした問題が浮き彫りとなる。

    愛し方がわからない。
    生活の仕方がわからない。
    助けが必要だと自分で気づけない。
    助けの求め方がわからない。
    お金の使い方がわからない。

    こうした基本的な困難は「悩み事」と一括せずに、細分化して誰にでもありうることという共有が社会で必要なのではないか。
    「困っている本人」は意外にも自分が「何にどう困っているか」混乱して言語化できないものだ。

    そろそろ「母性神話」に頼らずに、一定数の人間が子供の養育には相応しくないということを受け容れ、できるだけ早期に社会で子どもたちを育むことに舵を切っていかなければならないと痛切に感じる。

    虐待やネグレクトは決して「鬼畜のなせる業」ではなく、
    子ども自身ではどうにも解決のしようのない成育環境等から子どもを守るそんな社会に少しずつでも変わるために重要な1冊だと感じた。
    でもどうするかは単純にはいかないのだよなあ。

  • おすすめしていただいた本!すごく心が揺さぶられる壮絶な話だった…。アパートの壁を挟んだ一室で、こういうことが行われているかもしれないんだよね。
    やっぱりこういう親に共通するのはその親も毒親だということ。あとはやっぱり知能が子供程度。そして「自分の世話さえ出来ない」という生活力の低さ(部屋が総じて汚いのもそういうことだと思っている)。
    ここ最近常々「無知は罪」だと思っている。その無知って言うのは、子供の発達過程についてとか子供の育てかたに関する知識もそうだけど、人間としてある程度の生活が保証される行政の制度だったりお金のやりくりの仕方だったり。人とのコミュニケーションについてもそうかな。ここに出てくる鬼畜親達もそういうことを知っていたら、少しは変わっていたんだろうか…いや分からないな…。

    親の背を見て子供は育つという。でも子供は親を選べない。
    こういう本を読むと、自分にも毒の連鎖が起こらないか不安になる。そうならないためにも日々勉強。そして部屋は綺麗に保とうと強く思えます…。

    • れにさん
      まずは自分自身の生活力をあげて心身共に健康でないかぎりは子供を産んではいけないと思います…。部屋を綺麗にするのは基本かもだけど大事ですよね!
      まずは自分自身の生活力をあげて心身共に健康でないかぎりは子供を産んではいけないと思います…。部屋を綺麗にするのは基本かもだけど大事ですよね!
      2023/06/28
    • 小説のおもちさん
      >れにさん
      ほんとその通りです!心身共に健康で、かつ経済的に余裕がある状態で子供を育てられる自信が無いとダメですね…(そう言われるとまだ自分...
      >れにさん
      ほんとその通りです!心身共に健康で、かつ経済的に余裕がある状態で子供を育てられる自信が無いとダメですね…(そう言われるとまだ自分はリハビリ中のようなもので微妙ですが汗)
      2023/06/28
  • 現実とは思いたくもないくらい重い。読むのを諦めようかと思うくらいに。特に、凄惨な環境におかれながらも親を求める子供の姿が本当につらい。残された兄弟児はどうしているのだろうか。これを読む限りは虐待は世代連鎖する。こんな事件が起こらないようにと願うしかない。

  • 虐待をする親も虐待や愛情の乏しい家庭で育ったと言う事は分かる。
    彼らも辛く寂しい子供時代だったのだと。
    けれど決して共感できない。
    幼く、抵抗もできず、帰る場所も自分で選べない弱い立場の子供達に、惨たらしい所業をし続け、命まで奪う。
    自分が愛情を受けなければ、当たり前の善悪まで分からないの?
    絶望や苦痛の中で最期まで「いつかは愛される」「自分は愛されてる」と信じて短い生を旅立っていった子供達を思うと、どんな境涯も後付の言い訳にしかきこえない。
    この世に生まれて、お父さんお母さんに抱き締められて生きたかったろうな。
    痛かったね、寂しかったね、よくがんばったね。

  • 実際にあった三件の世間を賑わした虐待事件のルポタージュ。
    加害者である親は勿論のことだが、その加害者が育った家庭環境にも問題があることがわかる。
    産まれてくる子どもは親を選べない事実。
    日常生活を過ごせることはとても有難いことだと実感した。

  • まさに鬼畜。暗澹とした気持ちになる内容だった。
    最後に筆者も言ってるが、ここに登場する親たち自身が、一般的な親に育てられた子ではなく、その子たちが成長して、自分の子供を殺すという、陰惨な事件を起こすことになった。負の連鎖。犯罪者となった親たちにも、同情すべきところはあるのかもしれないが、とてもそんな気にはなれない。虐待され、命まで奪われた幼い子供たちを思ったら、とても心を寄せる気持ちになどなれない。特に最後のウサギケージ監禁虐待の親たちは、吐き気がするほど酷い。しかも生活保護や養育手当などで、自分達はある意味贅沢放題なのだ。犬10匹も、飼っては死なせていたという。犬好き猫好きとしては、その一つの事実とっても、最悪な夫婦としか思えない。
    どうしたらこんなことのない社会が作れるのか。
    行政には限界が有るなどと言ってはいられない。もっともっと緻密な福祉対策が必要だと思う。
    それにしても、刑に服しても、意味をなさないような人間たちばかり登場するから、嫌になる。

  • とにかく、重く気持ちが滅入った内容だった…。事実として受け止めたくない気持ちもあって、読む手が止まったこともあった…。でもしっかり受け止めて、こんな悲しい事件が起きないように行政などの公的機関や地域のサポートがしっかり受けられるように、他人事だからと関わるのをあきらめることなく入っていけるようになりたいと感じました。

  • 「船戸結愛ちゃん虐待死事件」の怒りがおさまらない。この事件の詳細は今後明らかになっていくだろう。しかし、虐待死事件は過去にもあった。結愛ちゃんへの鎮魂歌にはならないだろうが、彼女の死を無駄にしないためにも、過去の事件について知りたいと思った。
    本書は以下の3つの事件について書かれている。
    ①厚木市幼児餓死白骨化事件
    ②下田市嬰児連続殺害事件
    ③足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件
    本書で語られていることが、事件の全てではないだろう。著者の主観も語られている。しかし、3つの事件に共通しているのは、親が抱える業があまりにも深いことである。それは、一家の業、一族の業といっても良い。親が抱えた宿業が、我が子を死に至らしめた。我が子を殺したのは親であり、親が加害者であることは間違いない。人を殺めた罪が消えるわけではない。しかし、その親さえも被害者なのかもしれない。なぜなら、親たちが育った家庭環境があまりにも悪いからだ。川崎市の上村遼太くん殺害事件の加害者たちも家庭環境が悪かった。
    人間とは「人の間」と書く。父親と母親という二人の間にしか子は育たないということの意だろうか。劣悪な家庭環境で育った経験は、こうも人間性の欠落を生むものだろうか。幸せな家庭環境が、子どもにとっていかに大切か。本書を読んで、痛感した。しかし、それを望んでいながら、できない人がいる。宿業に喘ぎながら、その鉄鎖から逃れられないのだ。強い意志でその鉄鎖を断ち切っていく以外ない。

  • 重い重いノンフィクションだった。
    いつもながら、著者の取材力に感心する。
    テレビ、新聞などで事件を知る時、信じられない親だな、鬼畜だなと思う。しかし、深く考えることなく過ごしていると、また同じような事件が起こる。
    「鬼畜」であることは確かにしても、その親たちの生育環境はひどすぎる。6人の父母たちすべてが想像を絶する育ち方をしている。罪は罪だが、これを読んで、誰がまともに彼らを責めることができるか。

    このような事件をなくすためには、その人たちを罰すると言うより、この世に生まれて来た子供すべてが、親か親の代わりの誰かに愛を注がれ、手間をかけられ育てるような社会にするしかない。

    やりきれない、暗い気持ちで読み終えるのかと思っていたら、最後に、事情がある女性の出産を助け、養子に出すNPO法人のことが紹介されていた。
    このような活動をする方がいてくれるというのは希望だ。しかし、誰でもができるわけではなく、では自分に何ができるかと考えてみる。

  • 凄いな。
    参政党の方々に読んで欲しい本。
    「八月の母」という小説もそうだけど、本当に悪環境は連鎖するんだな。
    私に子供いなくて良かった。
    自分で自分が怖いし、自分1人で精一杯。
    とてつもなく残酷な本。
    子供いる人には更にきついかも。
    でも、読み物としては良かった。
    が、行政ってなんのためか。誰が悪いのかわからなくる。

  • この本で紹介された3組の両親にはいずれも共通点があって、夫婦いずれかがアトピー性皮膚炎、それと部屋が尋常じゃなく汚い。
    アトピーはまあ偶然としてゴミ屋敷のような部屋と言うのはこの本の3組に限らず乱れた生活を送る人たちち共通すると思う。
    なので自分は一日30分家の掃除をする事にした。
    掃除するところが無ければ片付けでもいい。ときかく環境を常にキレイでいようと決めた。

  • 報道されるときには「どうしてこんなひどいことを」と思うような事件ばかり。でも、丁寧に掘り下げていくと、親たちもまた生育環境が劣悪なことが多く、負のスパイラルが辛い。鬼畜なんかではなく「彼らなりに」ちゃんと愛して育てていた、ということがわかってくる。
    終章にこうのとりのゆりかご的な施設の紹介があって、その一筋の希望に泣ける。

  • 想像もつかないような環境で育つ人っているんだね…そんな人が人として未熟なまま親になる、親になっちゃいけない人が親になる。そんな状況で周りに助けを求めることができないと悲劇が起きてしまうんでしょうか。
    読み進むにつれて、ものすごくやるせない感じになりましたが、最後のエピローグで少し救われました。

  • ネットのおすすめ記事で上がって来たので、真相を知りたくて手に取った。

    厚木市幼児餓死白骨化事件
    出て行った妻の支払いに首が回らず、それに対する処理能力がなかった。
    仕事優先で、子どもは押し入れに。

    下田市嬰児連続殺害事件
    両親や親戚は金をむしり取る。
    その末の嬰児連続殺害

    足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件
    障害のある子ども
    窒息死

    報道されている表面だけを見れば、なんて親なんだという感じである。
    しかし、中を読んでいけは一人の責任か?という疑問が残る。

    厚木市幼児餓死白骨化事件では、出て行った妻の支払いをし続けていた。
    それでお金がない。
    働くしかない。
    子どもを保育園に預けるのは、仕事の都合上無理である。
    よって、押し入れへの監禁。末に死亡。

    この父親は自分もご飯はあまり食べないし、汚れた服を着ていても平気、お風呂も入らない。だから、子どもにもたまにご飯を与え、汚れが”ひどく”なったら着替える。お風呂は入らずタオルで拭いてあげる。
    それがこの父親の中の”子育て”。
    間違った子育てをしている認識は全くなかった。
    教えてくれる人もいない。
    仕事は真面目で、家庭の事情を職場に持ち込む人間ではなかった。
    だから妻が出て行ったことを会社に知らせ、仕事量を減らしてくれるように頼むこともない。
    そもそも、子どもを理由に減らしてくれということが正当な理由とさえ思っていなかったかもしれない。
    周りに子どもを育てていて、早く帰る人が近くにいればまた違ったと思う。
    (出て行った妻の支払いに首が回っていないからそうしなかったかも知れないが)

    友人が10年前に県営住宅に住んでいたとき、給湯器がなく、お湯はやかんで沸かしてから入るのが当たり前だと聞いたときは衝撃を受けた。
    しかし、この友人はそれが当たり前なので、なんの疑問も抱かない。
    そんな感覚なのかもしれない。

    下田市嬰児連続殺害事件は、母親の親や親戚が金をむしり取った結果ではないかと思うところがある。
    働けども働けども親や親戚からお金を取られる。
    自分や子どもに使うお金はない。
    心のよりどころもない。
    そこで男へ走る。
    普通の家庭で育ったのであれば理解できないことだけれども、追い詰められた先に他人を頼るのはごく普通のこと。それがこの母親は男へ走ることだった。
    世間でも、ホストに走る女性がいる。そんな感覚じゃないだろうか。
    元夫2人もDVであれば、頼れる、信頼できる大人などこの母親にはなく、現実逃避しかできない。
    いくらなんでも嬰児を殺さない方法もあったのではなかと思うが、それも知識と教養があったらの話。
    前述したように、働いたお金をむしり取る親や親戚がいる家庭で育ったこの母親が、外部に助けを求めてどうにかできるだけの知識や教養があっただろうか。
    なかったとして、それを知り得られるだけの何かがあっただろうか。

    足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件
    これは事件とは話がずれてしまうが、障害のある子どもを育てるという点において、かなり軽い話で終わっている。
    焦点が虐待であるから仕方ないのはわかるが。
    ゲージに入れられている次男を目にした母親の妹。
    普通であればそこで異常さに気づいて何か行動を起こすことができたかもしれない。
    しかしながら、私にも姉がいるが、姉が姉の息子に対して怒鳴っているとき、私は黙って聞いていただけのことがあるので、あまり母親の妹に対して糾弾はできない。
    私もまた「よそはよそ。うちはうち」の感覚がその当時はあったし、この母親同様「言っても無駄」という人間だった。
    普段どういう生活を送っているのかわからない以上、生活の一部を切り取ったこの場面だけ見ても、他人は糾弾するのは難しい。
    妹が一時期次男を預かっていたという内容があったが、その時妹は「ほかの子より手はかかるが、たいしたことではない」と話していた。
    それもまた、四六時中一緒にいるわけでなく、一時的に預かった人間の発言である。
    私自身、障害のある息子を育てている。
    私は働いていたので1歳半で子どもを保育園に預けた。
    そこで保育士から「自分でご飯を食べようとしない」「ほかのこと遊ぼうとしない」と指摘を受けて、支援センターに通うようになった。
    ただ、障害のことを簡単に受け入れられるはずはない。
    完全に受け入れられたのは子どもが3歳8か月の時だった。
    障害のある子どもを持つ親として、相談相手がいなかったことは大きな問題だったと思う。
    この母親には妹のように、子どものペースに合わせる心の余裕を持ち合わせていなかった。
    父親も母親もいい環境で育っていなかった。
    養育がわかっていなかった。
    長男長女はどのような子だったかは語られていないが、少なくとも手はかからなかったのだろう。
    普通の子を育てている人のことはわからないが、障害のある子どもを育てている人間からして、この母親の劣等感というのはわかる。
    虐待しても仕方ないということとは別であるが。
    保育園にさえ通っていれば。と思うところがある。

    どの事件に対しても言えることだが、虐待は連鎖される。
    そして知識や教養の乏しさも連鎖される。

    同級生にも満足にご飯が食べれず、高校でお弁当だったので、家からこっそり持ってきたフレークを食べている子がいた。
    家でその話をすると父は「お前がおにぎりでも持って行ったらいい」と言った。
    私は親に対して糾弾しない父親に疑問を抱いたけれど、今思えば父親の助言は正しかった。
    そこ子は保育士になると言って偏差値底辺の高校からお嬢様学校の4年生大学へ進学した。
    卒業したか否か定かではないが、私が知る限り、保育士にはなっていない。
    夜の仕事をして遊び倒し、派手な化粧と服装で県外を飛び回っている。
    例え高校卒業し、お嬢様学校へ進学できても虐待を受けて来た過去は消えず、バイトで得たお金で何かしらの自信がついたか定かではないが、張り詰めた意図が切れたのだろうと思う。
    この子が死ぬことはないが、この子に子どもができた時、私は不安で仕方がない。

    虐待ニュースの記事のコメントでよく見るのが「こんなのが親になる資格はない」「虐待するのになぜ産むのか」という、深層を知れば的外れなコメントが並ぶ。
    考えてみてほしい。
    自分が果たして絶対に虐待しないと言えるだろうか
    どんな状況に置かれたとしても、子供に対して虐待しないと言えるだろうか
    上記のような辛辣なコメントをする人は、おそらく周りの手があるのだろう
    周りの手のない人にとって、それが虐待であるかどうかを知るのは難しいことであるし、自分が親になっても良いのだろうかと自問自答にすら至らない


    働いていようが働いていまいが、子どもが1歳になったら無条件で保育園に預けられるシステムになれば、虐待死もある程度は防げるのではなかと思う。
    ただ、保育士も減っているために難しい課題だろう。

    正直、私は仕事があったから四六時中障害のある子どもと一緒に居なかった。
    ずーっと子どものことを考えている状態ではなかった。
    だから救われたと言っても過言ではない。

  • 3件の児童虐待死を追ったノンフィクションルポ。加害親の所業も酷く、とても人のやることではないと思うが、その親の育った環境を知ると、それも信じられないぐらい劣悪な場合が多い。貧困が貧困を、虐待が虐待を生む、という負のスパイラルに何ともやるせなさがこみ上げてくる。
    やはり、環境が人を作ると思う。貧困や虐待は構造的な問題であると痛感させられた。

    少し重い内容だが、児童虐待の問題に関心がある人にはおすすめ。

  • どれもニュースで見た事件です。特に一番覚えているは3番目のウサギのケージに閉じ込めていた事件です。当時も衝撃的な事件で親に対して殺意を憶えました。世の中の人もそう感じた人多かったはずです。
    壮絶な虐待や、死体遺棄、出産自体の隠蔽など見るに堪えない事件を、名手石井光太が書くのだからそれはそれは重厚な本になる事間違いなし。そして読んだ感想もその予想通り素晴らしい本でした。事件を起こした親たちの生い立ちを掘り起こすことによって、負の連鎖によって子供たちが虐待され殺されていくのがまざまざと見えました。
    実際にその犯人たちが罰せられるのも当然。出来れば重い罰を与えて欲しい。しかし、そこで止まるのではなくて、セフティーネットの拡充が何よりも大事だと痛感しました。今まさに虐待による事件が世間を騒がせ、親子関係に行政が介入する事の難しさに毎回毎回歯噛みする思いです。
    石井氏が冒頭で「彼らなりに子供愛していたのだろう」と言っていますが、読みはじめは何言ってやがると思いましたが、読み終わると彼らなりの歪で狂った理屈が有り、そこに全く子供への感情(愛情とは言いたくない)が無いとは言えなくなりました。
    生育環境で「他の人への接し方」、「基本的な生活の方法」を教わらない子供が大人になった時、またこういった悲劇が繰り返されるのでしょう。
    色々な人に広く読んで頂きたい本です。

  • 遺伝性の疾患だとしたら治療法がいつか出るのだろうか。

  • 説明
    内容紹介
    次男をウサギ用ケージに監禁、窒息死させ、次女は首輪で拘束した夫婦。電気も水も止まった一室で餓死させた父親。奔放な性生活の末に嬰児2人を殺し、遺体は屋根裏へ隠す母親。「愛していたのに殺した」という親たち、その3代前まで生育歴をさかのぼることで見えて来た真実とは? 家庭という密室で殺される子供たちを追う。




    読んでいて これは本当にあった話なのか 途中で考えてしまうような内容だと思いました。ちょっと理解しがたいです。
    ここに出てくる親たちは 本文にもありましたが 子供がそのまま大人になった人達というのか...大人になりきれていない子供というか...
    確かに 結婚とはこんなものだったのかぁ...という気持ちはあります。私自身、ちゃんとした大人になれてるのか不安ではありますが 子供を持つということをここまで軽く考えてはいなかったと思います。
    子育ての難しさは実感しています。間違えれば この親たちのように育ってしまう。子供達には罪はないですよね。

  • 2018.09.03

    3つの子供を殺した残虐な親の殺人事件が詳細に紹介されています。
    家庭環境、生活環境、お金、知能、倫理観…どれを取っても最悪な家族の話でした。
    まさにこれぞ親から子の負の連鎖というような殺人事件。
    でも、子供は親を選べないんですよね。
    どんなに最低最悪な親でも、子は親に頼るしかない。その親を愛してる。
    どの犯人も、「犯人なり」に、子を愛してはいたのでしょうが…
    本当に家庭環境や教育って恐ろしい。

    特に2つめの下田市嬰児殺しのはあまりに悲惨な家庭すぎて読んでいて気持ちが悪くなり、休憩しながら読み終え、その夜はなかなか寝付けないほどでした。

  • この手の事件は毎日のように報道されるので
    あまり興味がわかなかったが
    読んでみたら、興味深かった

    各家庭には各家庭の価値観があり
    各家庭では一般的なものとはズレが生じていても
    確かな愛情がある
    親側も子に子側も親に愛情がある
    子供は被害者というよりは
    ふたつのケースは事故死のような括りでいい気がした

    また、加害者の親が毒親である
    貧困が何やかんやと言われるが
    親の子供への愛情の掛け方の方が大きく影響するように思う
    全部がこのケースに当てはまる訳ではないが
    石井氏のように綿密な調査だと面白い
    もし、裁判のときに、こういう部分も弁護士側が調べてきていたら
    調べてきてたのかもしれないが
    もう少しドラマチックな感じで伝えていたら刑期も短くなったのでは?

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著者プロフィール

1977年東京都生まれ。作家。国内外の貧困、災害、事件などをテーマに取材・執
筆活動をおこなう。著書に『物乞う仏陀』『鬼畜の家』『43 回の殺意』『本当の貧
困の話をしよう』『ヤクザ・チルドレン』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』『ルポ ス
マホ育児が子どもを壊す』など多数がある。2021年『こどもホスピスの奇跡 短い
人生の「最期」をつくる』で新潮ドキュメント賞を受賞。

「2025年 『最期は一日中抱っこさせて(叢書クロニック)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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