- 新潮社 (2020年1月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (448ページ) / ISBN・EAN: 9784103056560
作品紹介・あらすじ
鬼才の叡智、ここに結晶す。自伝的小説、堂々刊行。勤めていた出版社の上司、同僚、小説家の父、担当編集者。これまで明かすことのなかった彼らとの日々を反芻すればするほど、私は自問する。私は、書くために彼らと過ごしていたのか。そして最愛の妻よ。とてつもなく圧倒的で、悲しいほど実感がない君のすべてを、私は引き受ける。神に魅入られた作家が辿り着いた究極の高み。
感想・レビュー・書評
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白石一文の自伝的小説。
今作で初めて同い年だと知った。
かつて文芸春秋社での敏腕編集者で、若い頃は、ジャーナリスト→作家→政治家を思い描いていたという。一時期は石原慎太郎をローモデルにしようかと考えたらしいが担当編集者となり本人の人となりを知って、とてもローモデルにはならないと、道そのものを断念したことも作中で吐露されている。
自分の感覚として、著名人が回顧録的な自伝を書いたら、もう一丁上がりだなと思っている。
石原慎太郎も20年くらい前に「わが人生の時の会話」「国家なる幻影」を出し、その後は都知事として活躍はしたものの著作はパッとしなかった。田中角栄のことを書いた「天才」は話題にはなったけど内容は印象に残らなかった。
話しを戻すと、
この自伝的小説の登場人物は仮名やイニシャルとなっているが、関係者が読めばそれと分かる内容とのこと。まあ、それはそれで良いのだけど自伝としても小説としても中途半端さは否めず、このまま作家としての勢いも衰えていくのか。
白石一文は、今まで愛読してきた積りだが今作でいささか失望してしまった感がある。
よせばいいのに自伝的小説詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
白石一文初の自伝的小説。
文藝春秋(作中では「A社」)の編集者だった時代の思い出や、職業としての小説家の舞台裏を記した部分がとても面白い。
直木賞作家である作者は、父親の白石一郎も直木賞作家であった(父子二代の直木賞受賞は初)。父から受けた影響などについても、本作で赤裸々に明かされる。
タイトルの『君がいないと小説は書けない』の「君」とは、主人公の小説家の妻(事実婚パートナー)であるヒロイン「ことり」のことだと思われる。
本作は、主人公とことりの風変わりなラブストーリーでもある。
多くはイニシャルで登場する作家や編集者のエピソードに、ゴシップ的興味を引かれ、いちいちモデルを詮索してしまう。
ただ、本作の魅力はけっしてゴシップ的興味にとどまるものではない。小説を書くという営みの本質にまで迫る深みがあるのだ。
小説というよりエッセイのような日常描写が随所にあるのだが、他愛ないこと(食パンのおいしい食べ方とかw)を書いても面白く読ませてしまうあたり、さすがの筆力。
また、人生論というか、アフォリズムのようなくだりも随所にあって、そちらは面白いものとクダラナイものが半々くらい。
以下、印象に残った一節をメモ。
《対人関係を耐え忍ぶことによって得られる果実は思いのほか小さく、ウマの合う相手と笑い合って過ごす時間がもたらす喜びの果実は驚くほど大きい。》16ページ
《東京という大都市は〝前向きの人たち〟のための街であろう。
(中略)
だが、先にのびる道の終着点が見え始めた人、目前の道をいつの間にか見失ってしまった人にとって、この街はもうさほどの魅力を有していない。》70~71ページ
《どんな分野にも通ずることだろうが、持てる才能の全部を出し切るなどというのはまるきりのフィクションで、作家は自身の才能のほんの一部しか使わずに作品を生み出しつづけている。それは、車や飛行機の燃料の全部が推進力に変わるわけではないことや、私たちの口にする食物がすべて血肉に変わらないのと同じ道理だ。》82ページ
《一度だけ父に物を書く秘訣を教えられたことがあった。まだ小学校低学年の頃だったと思う。父はこう言った。
「文章を書くというのは、紙の上で喋るということだ。ペンを使ってちゃんと喋れるようになれば、それでいいのだ」
手紙文一つとっても「拝啓」だの「敬具」だの使うのは愚の骨頂だと彼は言った。
「ハイケーと言って人に話しかける人間が一体どこにいる?」
父に言わせれば「話し言葉」と「書き言葉」の違いは、単なる速度の違いに過ぎないようだった。》100ページ
《がんの告知を受けたとき、心の奥底で「よかった」と感ずるがん患者が十五~二十パーセント存在する。彼らは、人生に疲労困憊するか、もう十二分に生きたと考えているか、ないしは自らに罰を与えたいと望んでいるため、意識するしないにかかわらず死を願っているのだ。》171ページ
《自分以外の誰かが幸福を認定してくれるわけではなく、自分自身が自分は幸福だと認定すれば、それでもう自分の幸福は成就するのだ。
幸福というのは、幸福感の長期間にわたる持続状態と言ってもいいだろう。》381ページ -
何とも不思議な小説。440頁もの大部のページを繰りながら、「これは小説という形態を借りた随筆?」「随筆を書いてこなかった著者が考えついたアンサー?」という思いが錯綜した一冊。
本書は還暦を迎えた著者の回想〈出版社時代(文藝春秋)に関わった人・仕事のこと・作家の父親・22年間離婚できない妻と生き別れになった息子のこと・パニック障害と半年間の休職・小説家デビュー…〉を野々村という主人公が赤裸々に語る形を取り、登場する人物造形も仔細に書き込む一方で関わりの薄かった人もちらほらと登場する。
想像するに、旺盛なる筆力で鳴らす著者だけに筆に任せる中で、記憶の隅から次から次へと蘇ってきた回想を綴っていったと見る。事象と心象が交わったところに生まれる文章を随筆というが、老境作家が辿り着いた創作の佇まいが立ち昇る。
本書は様々な回想を縦糸に、そこに20年来の現在のパートナーとの日々の暮らしを横糸に話は淡々と進む。それぞれの話の中に白石作品には付き物の深い思索が挿入され、自己省察が繰り広げられる。
唯一、小説の匂いを強く感じたのはパートナーとの関係について。表題の『君がいないと小説は書けない』は自叙伝タイトルとしてはいささかロマンチック過ぎて鼻白んでしまったが、まぁこれはパートナーへの尽きない感謝と宙ぶらりん状態の彼女に向けた詫びの気持ちから生じた表題なんだろうと推察する。
出会いに始まり現在の暮らしぶりを語るのは十分理解できる。ただ「彼女に抱いた疑念(別の男の影」の下りははたしてどこまでが事実で、どこまでが創作なのか…と勘繰ってしまった。
「自伝的小説」と謳っているから、そういう話もさもありなんだけど、この下りのみ本書の中で屹立しており、前のめりになって読んだだけに長い回想記の一番の感想が「妻への疑念」をめぐる顚末に関心を寄せてしまったのは、はたして良い読み方だったのかな…と思いながら読み終えた一冊。 -
初めて読む作家さんの小説が自伝風な小説であった。
共感できる部分が半分、そう言う考えもあるなぁと思うところが半分。
出版社の編集者と作家の関係など本作りの事も分かる。
芥川賞、直木賞の選考料が1回100万円とはびっくりした。
直木賞受賞作「ほかならぬ人へ」も読んでみたくなった。
印象に残った文章
⒈ 50歳を過ぎた頃から、目の前に伸びている道が未来に繋がっているのではなく、過去へと通じているような、そういう感覚に浸る時間が徐々に増えていった。
⒉ この国で出世したいなら、まずは責任感を放棄(無責任能力)し、家族や部下、友人知人、取引先への同情や憐憫、あわれみといった感情を放棄(共感欠如能力)しなくてはならない。
⒊ 女は想像以上に底知れない生き物で、自分は実は何も知らなかったんじゃないか、と最近あなたは悔い改めているのではありませんか?
⒋ 私はとある作品の中で、自分のことを一番良く知っている他人の死は、限りなく自分自身の死に近いと書いたことがあった。 -
白石一文さんの自伝的小説だそう。
父と子、二代に渡っての直木賞作家で、長編小説もばんばんだしてるから順風満帆なのだと思っていたけれど、パニック障害で苦しんできたとは知らなかった。
ご本人の家族に対しての価値観はやはり小説通りなのだろうか。
ことりとの関係は「快挙」を思い出した。
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小説家になる、というのは、それを夢見てきた人にとっては望外の喜びだろうと思う。野球少年やサッカー少年がプロ野球選手になるよりも、さらに大きな喜びではないだろうか。実の所、本気で小説家になりたい人の数は本気でプロスポーツに進みたい子供の数とさほど引けを取らない気がする。
私には、家族というものがどうしようもなく恥ずかしい。恥ずかしいだけでなく理解できない。友情や恋愛がまやかしにしか見えない私のような人間にとっては、自らの人格がそこで形成された家族というものは、まやかしとばかりは呼べないやっかいな代物だった。いつものようにただ突き放して冷笑していれば、いい対象でもない。
そんな薄気味悪いものをあらためて自分が抱え込むのは、もうこりごりだったのだ。
「そう考えると、俺たちは他人の心の中に自分という手紙を配って歩く配達人にすぎないのかもしれんなあ。配達人が郵便受けに差し込む手紙の中身を知らないように、俺たちも自分がどんな人間なのかちっとも知らずに、それをまるごと人に預けてるだけなのかもしれん」
「長くて退屈でひどく空しい夢」以外の人生などというものが果たして現実にあるのだろうか、と私は疑う。あるとしたら、それは一体どこにあるのだろう?どんな人たちが体験しているのだろう?「長くて退屈でひどく空しい夢」ではない人生とはそもそもいかなる人生なのか? -
時間は存在しない。定められた筋は存在するけど、それを運命とは呼ばない。
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ラスト、鳥肌たった…
「運命のひと」と書くと陳腐になるが、人生とはそうやって「ぴたりとピントの合う双眼鏡を持ち合わせている」相手を探し求める営みなのかもしれない。
私小説でもなく、エッセイでもないけれど、白石一文自身をモデルにした小説。
編集者、パニック障害、直木賞、ことり、度重なる引越し、人々との、縁。
これまでの氏の小説の根底を流れる、「圧倒的な人生哲学と幸福論」を垣間見ることができる。垣間見るというかもう怒涛の勢いで流れ込んでくる。くるしい。
その思想は一見刹那的で奔放に見えるけれど、逆だ。人生で起きる全てのことには意味があり、繋がっている。
平坦に、時に冷たくも見えるその裏側で、こんなにも全身で愛を叫ぶ人は見たことがない。これは「この世の全部を敵に回して」を読んだ時から変わらない感想。どうしてこんな切ない叫び方ができるんだろう。
例によってその生き方自体には全く共感できないのだけれど、それは共感できないのか、諦めているのか。羨ましい、と思う気持ちもある。
人生は、「我、かく生きたり」という壮大な承認欲求を満たす作業ともいえるかな…それなら少し共感できるかもしれない。
「自分のことを一番よく知っている他人の死は、限りなく自分自身の死に近い」
「どれほどピントの合った相手でも、見ることをやめてしまっては、その人の双眼鏡が一体どちらを向いているかさえ読み取れなくなってしまう。」
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タイトルと装丁に騙されてロマンチックな小説だと勘違いして手に取ると痛い目にあう。
作家の人間性を重視する読者にとっては特に。
ある人気のお笑い芸人が深夜のラジオで発した何気ないコメントが差別的だと批判され大炎上したのと同じものを感じた。
あちらとは違い、全く話題にはならないが、これも壮絶な事故だ。
しかし本人はいたって自覚的だし、「いつでも死ねる」みたいな諦観も漂わせているので、もう筆を置くつもりなのかとも疑ったが、身の回りの出来事をいつかはこういう形で文章化するのは、著者にとって必然だったのだろうと思い直した。 -
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白石一文の自伝的小説。編集者時代の思い出や作家になってからの苦労、結婚の失敗、パニック障害、現在一緒に暮らすパートナーことりさんの話などなど。
たっぷり楽しめた。一応ことりさんが実家の母親のそばにいるために主人公の元を離れ、その間にあれこれ考えたり思い出したりする形式になっている。
編集者時代の裏話などどこまでが本当なのか気になることが沢山書いてある。白石作品では、哲学のような独特の「白石イズム」が披露されるけれど、それは今回は珍しくあまり響かななかった。しかしそれ以外は抜群に面白い。
離婚することになった知り合いの台詞 「でも、実際にこうして独り者に戻ってみると、なんだか長くて退屈でひどく空しい夢からようやく覚めたような気がしますね」
「私たちの首には生まれながらに一台の双眼鏡が掛けられていて、私たちはそれを使って周囲の人々の心を覗き込む。この双眼鏡は非常に使い勝手が悪く、たいがいの像はピンボケのままなのだが、ある特定の人物に対してだけは、なぜか一瞬でピントが合って、相手の奥深い部分まできれいに映し出してくれる。(中略)人生上の悩みは大半が人間関係によるものであるのは、ピントの合いにくい双眼鏡を手にして、私たちがいつも「あきらめずにピント調節していれば、いつかははっきり見えるはずだ」と頑張り過ぎているせいのような気がする」
「感情的な人間は誰かに深く語ることでストレスを発散すると度合いは実は少ない。彼らは誰彼構わず不平不満を洩らすので、そもそも深く語るということしない。相談相手は表面的な話を聞くだけで彼らのストレスを解消させてやることができる。だが槇原君のような思索的ない人に関しては、相手の思考の整理を手伝うようなつもりで順序立てて多方面からじっくりと話を聞いた方がいい。それすれば、彼らはたった一度の感情の吐露で充分に癒されることができるのだ。カウンセリングがより有効なのは、そういう思索的ない人間に対してである」
これはなかなかスルドイ。私の周囲の近い人ははほぼ全員が感情的。そして思索的(?)な私の話を順序立てて多方面から話を聞いてくれる者は一人もいない。なるほどねー。 -
不思議な話だった。これは小説のつもりで読み始めたのだけど、偽名は使えど作者自身の生活雑記のようで、どこからどこまでが作中の小説なのかもよく分からず、でもなんだか、一つ一つの事象を丁寧に、ここまでちゃんと覚えていられるのかなというくらいきちんと書いていて、この作家の本は過去にホラー的な話を読んだように記憶していたのだけれど、この話は全然違う話しで、一言で言ってしまえば結局はもうすぐ還暦を迎える作家が、二十年近い年の差のひとと一緒に暮らし、そのひとと別れるとなればもう生きていけないから、心に湧いた疑念を雪で覆い隠すというようなエンディングで、男の性というかなんというか、おんなには敵わないよなというテーマを延々読んできたんだなと思った。
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この作者の小説は、ストーリーの面白さはもちろん、家族に当たり前のかたちなんてない、縛られる必要はないんだと思わせてくれ、家庭をうまく回せていない身としては、いつも励まされるような思いで読んできた。
作者自身が、パニック障害とか離婚問題が泥沼化してる(今の奥さんとは事実婚なんだそう)とか、私生活での困難が背景にあったということは最近になって知った。
身辺雑記、エッセイのような不思議な小説である。この作者の小説には、哲学的な考察とファンタジー要素が絶妙に入っているものが多いが、この小説も実生活で関わった人々や過去の作品への思いが語られる一方、不思議なエピソードも挟まれ、どこまでがフィクションなのかと思いつつ、最後まで楽しく読める。
まあ、若い妻の浮気疑惑(しかも事実はわからないまま)だけでこんなに引っ張るのもすごいと思う。
たぶんまだ詳しく書けない事情があるのかもしれないけど、前妻との諍いと別居、一人息子にひどい言葉を言ってしまった深い後悔などのいきさつを振り返って小説にするときがきたら、読んでみたい気がする。 -
41ページで脱落。
「女性の子供を産むという行為は、子供をやがては殺すという行為でもある」の件でギブアップ。
もう少し寛容になり、時間のある時に再チャレンジするかもしれない。 -
p124 長寿の秘訣
遺伝子、一人暮らし、 -
自伝「的」小説なんて言葉に踊らされ良いのか?
「私」小説でもないんだから。
実を、きっと虚が包んでいるに違いない。そう思って読んでいくと、友人達の別れかな託されたメッセージの行方は。
ことりさんとのことや、佐藤さんのことは、なんか多分読者へのサービスであるような。 -
これは小説なのか、哲学書なのか。ストーリーの合間に哲学的なのが入ってたり、別の話になったりして、読むのに苦労(?)しました。また登場人物も多すぎてわかりづらかった。
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最近の作品は何が言いたいのかよくわからない
私の理解力の問題なのかな -
読んでいくうちに、この小説は主人公のことなのか著者本人のことなのかの区別がだんだん曖昧になりつつも、人生についていろいろ考えさせられた。ト書きの描写が論理的で、男性ってだいたいこう考えてるよなぁ、と妙に納得した。
著者プロフィール
白石一文の作品
