反哲学入門

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 28
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103061311

感想・レビュー・書評

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  • 数年ぶりに再読。ようやく見えてきたものが多い。ただ、それでもハイデガーはまだ遠い。それにしても、帯の裏文章はひどいです。「ソクラテスは極めつきの皮肉屋」「ハイデガーはすごいけれどもいやな男」は内容にも入ってはいるのですが、そこはほとんど主題から外れたどうでもよいところで、本書はそのようなゴシップ雑学本ではありません。新潮社っぽいけどね。

  • この本と、「17歳のための世界と日本の見方」と、「哲学的な何か、あと科学とか」と、「ソフィーの世界」があれば、もう哲学史的基本理解は完璧です。他いらねぇ。(・・・って、あくまでも私基準ですから!(* ̄▽ ̄*)ゞ)
    この本は、哲学の難解さがどこにあったのか溜飲が下がるような思いの一冊です。
    そして、なるほど、科学が産業革命がなぜ「西欧」から発達したのかも超!納得。
    その末路に「ハチはなぜ大量死したのか」が世界で起こってきたのかも超々!納得。
    そうなのよ、こういう「発想」が根っこにあるから科学や産業革命が発達したんですよ。必然。
    途中の説明はちょっと読み進みにくい難しさもあるんですけど、結局「哲学」とは「欧米のもん」であって、日本人には不可解なもんであるという言い切りのところが溜飲下がるんです。
    よくぞ言ってくれました!木田先生!なんです。(^^;)
    「まえがき」から「第1章:哲学は欧米人だけの思考法である」と「第6章:ハイデガーの二十世紀」の後半P225の最後のところから「あとがき」だけという真中飛ばし読みでも溜飲下がります。
    (その間の章はちょっと、いやかなり?読み進みにくい。面白いんだけど。(^^;))

  • 反哲学入門というタイトルの哲学入門

    ギリシア哲学から、カント、ニーチェをへてヘーゲルまで。
    基本的な考え方を平易な言葉で書いてあるので、昔良くわからないまま読み飛ばしていたことを、改めて理解しようという気にしてくれた。
    手元に置いて、再読することにする。

  • 詳しく書かれているカントやハイデガーなどの思想は難しくて理解できなかったが、古代ギリシアに始まり近代哲学に至るまでの哲学史の大まかな流れは掴むことができた。入門書というだけあってこの本をとっかかりにして他の本を読みたくなる。

  • ハイデガーのことを書きたかったのであろうが,それに至るまでの哲学の歴史が本当に分かりやすく書かれていて,読んでいる間はほとんどわかったような気持ちになった.読み終わった後ではまた説明できないような感じではあるが.

  • 西洋人の考え方の基盤をしりたくて読んだ。自分の中に哲学の勘所がないせいか、語り口は平易なのに、さっぱりわからん(笑)

  • 地元の図書館で読む。意外に面白かった。特に、ギリシャ哲学が面白かった。ソクラテスの処刑は、理由がなかったわけではないんですね。この手の本をまとめて読んでみよう。

  • 内容的には、単なる「哲学史」の紹介のようなものであるが、
    本書における視点は「反哲学」であり、軸となる主題が最後に語られているニーチェとハイデガー。

    「哲学」は、つまりソクラテス・プラトン以降のギリシア的な思考方法。
    西洋文明の形の「破壊」(Destorktion)、つまり取り去ることを試みたのがニーチェ、ハイデガーだというのです。

    単なる「哲学史」の紹介ではなく、「反哲学」に至るまでの歴史を若干シニカルな見方で筋を通してその俯瞰図を叙述しているのが非常に面白い。

    まえがきに、死に直面した筆者の体験や、彼の人生が語られているのはなかなか興味深いものでした。

  • 以前に,ざっと西洋哲学の流れを把握したくて購入しました。ちょっと,哲学関連の本を読もうかと思い,復習をかねて再読しました。

  • ギリシャで始まる哲学は大自然そのものではなく、それを上から俯瞰する超自然的原理(存在)を必要とした。それをプラトンはイデアと呼び、アリストテレスは純粋形相、キリスト教神学は神、デカルトは理性、ヘーゲルは精神、と名付けた。
    つまり自然を支配している何らかの理があるということだろう。
    物理学も宗教も芸術ですら同じものを違う角度から探しているといえし、頂上に近づくことがあれば、どこから登り始めようとお互いに紙一重の所まで近づくことになり、無限先の最後には同じ場所に立つことになる。

    ソクラテスは人間が「知」を所有することはできないと否定し、自分にあるのは知へのあこがれだけだと言い切ったのだそうだ。これは他の偉そうにしている先生たちへの牽制球でもあったらしいが、視野を広くすれば答えに永遠にたどり着けないことを考えれば、その普遍性は根本的で実に大きな考えだと言わざるをえない。
    ソクラテスからヘーゲルまでの超自然的立場をとる哲学と、それ以前の思考とそれ以後のニーチェからの哲学は現実の複雑な自然界に即したもので、視点が違う別としてとらえる必要があるという。

    ギリシャ語のソフィアが哲学の言語で、その意味は「知識あるいは知恵を愛すること」なのだそうだ。
    日本でも最初は「希哲学」と名付けられたものの、後に愛の意を取って哲学と呼ばれるようになったようです。ここで意味がだいぶ違ってしまったということです。
    ピタゴラスは曰く、この世では商人のように金銭を愛する人と、軍人やスポーツ選手のように名誉を愛しる人と、学者のように知識を愛する人がいるとのことですが、私はもう一つ真理の探究を愛する人を加えたい。
    前の三つは結果を愛する人たちで、最後に加えた一つはプロセスを愛する人で、この二つに集約して分けることの方がわかりやすいように思える。
    更に結果を愛するということは物欲であって無限である無償の「愛」というよりも、個人的利益を含んだ「情」と呼び分ける方が誤解を招かないと思う。
    例えばドイツの哲学者であるオイゲンヘリゲルが、仙台だったかで出会った弓道も禅も後者の部類であろう。

    江戸では自然界に基づく朱子学の儒教思想から人間中心の徂徠学に移行していく様を、人情に基づく共同体と利益などの目的に基づく作為的な結社や社会との違いを、郷党的統治と官僚制とに区別している。これは西洋の超自然的原理から自然的原理への移行と相似だといえるだろう。
    1914年生まれの丸山真男さん曰く、神話にはユダヤ・キリスト教のように作為的な創造者によって目的をもった社会が「つくられた」というものと、中国や日本のように神々の生殖行為でこの世が「うまれた」というものと、神秘的な霊力の作用で「なった」とする三つのパターンがあると言う。
    この「つくる」「うむ」「なる」のうち、日本はどちらかといえば「なる」という発想に支配されがちな民族だという。

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