ローマ人の物語 (11) 終わりの始まり

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  • Amazon.co.jp ・本 (351ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103096207

作品紹介・あらすじ

なぜ優れた哲人皇帝の時代に、「帝国の衰亡」は始まったのか。既成の歴史観に挑む塩野七生版「ローマ帝国衰亡史」がここに始まる。

感想・レビュー・書評

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  • マルクス・アウレリウス治世の前からセヴェルスの治世までを描く。
    ネルウァからマルクス・アウレリウスまでを五賢帝と呼び、この時代がローマ帝国の絶頂期と一般的には捉えられている。しかし実は五賢帝4番目のアントニヌス・ピウスからローマ帝国崩壊の兆しが見え始めるのではないか、というのが塩野女史の見方。
    アントニヌス・ピウス治世は運良く平和に終わったが、マルクス・アウレリウス治世では、パルティアから侵攻、ゲルマニアから侵攻、ペストの流行、総督の謀反と散々な不運に見舞われる。それでも誠実に対処する皇帝の姿が描かれる。
    その息子コモドゥスは皇帝としての責務を放棄。その死後ペルティナクス、ディディウス・ユリアヌスと短命皇帝が続き、内戦でセヴェルスが帝位を勝ち取る。
    セヴェルスは皇帝になった後パルティアに攻め込む。滅ぼしはしなかったが、その一端を担う形となった。塩野女史曰く、パルティアはローマにとっては仮想敵国であり度々諍いを起こす相手ではあったが、滅ぼしてはいけない相手だった。それはパルティアがローマにとって他民族からの攻撃を和らげる緩衝材になっていたからだ。パルティアは大国であり、そのために周辺の蛮族が侵入する対象になり得る。パルティアを支配下に入れた場合、その矛先はローマに向かう。そうなるとこれまで以上の軍備を整える必要がある。それはローマにとって避けるべき事態だった。だから歴代皇帝はパルティアを温存した。一方パルティアにとってのローマは強大すぎて本気でやり合う相手ではない。為政者が国威発揚のために、時々攻撃を仕掛ける程度だった。
    そのパルティアをセヴェルスは弱らせてしまった。その結果ササン朝ペルシアに滅ぼされる。そしてこの国はローマ帝国の真の敵となる。
    セヴェルスが良かれと思ったことは結果的にローマ帝国衰退の端緒を開くことになる。パルティア攻撃後、元老院も市民も大喜びだったという皮肉。政治というのは後になってしか成否が図れないのだと思わされる。

  • マルクス・アントニウスの治世は、洪水と飢饉、アルメニアを巡るパルティア戦役、ゲルマン戦役、カシウスの謀反、第二次ゲルマン戦役と問題が噴出した。マルクス・アントニウスは皇帝の職務を真摯に誠実に果たし、それまでは属州経験も軍事経験もなかったが、経験豊かな専門家の意見を公平に聞いてある程度適切に問題に対処した。しかし200年以上ぶりにリメスを破られたことも事実であり、これはアントニヌス・ピウス時代から皇帝を始めとする元老院階級で属州経験がなくなり、問題の発生を予防する打ち手がプロアクティブになされなかったためとも言える。
    マルクス・アントニウスの実子であるコモドゥスの登場で5賢帝時代は終了し、ローマ衰退の時代に入る。実の姉の暗殺計画以降、疑心暗鬼になって粛清を繰り返すようになり、国政を顧みず公正で適切な人材登用が行われなくなった。結果コモドゥスは暗殺される
    コモドゥス死後、すぐペルティナクスが皇帝となるが近衛兵によって暗殺されてしまい、彼らはユリアヌスを皇帝に推挙する。その後、各軍団がそれぞれ皇帝を推挙するが、ドナウ川防衛線からの支持を得たセプティミウス・セウェルスが首都に入りユリアヌスが殺され、近衛兵を解散したあと、ニゲルとアルビヌスを倒し皇帝となる。セプティミウス・セウェルスは軍団を権力基盤として、給料の増額と軍務中の妻帯を認めてその地位を向上させた。
    ・マルクス・アントニウスの人気には、自省録の存在と騎乗像の存在も無視できない。見えないものはないのと一緒なのだから
    ☆暗殺は事故のようなものだが影響は甚大。暗殺を許してはいけない

  • 図書館長 井上 敏先生 推薦コメント
    『ヨーロッパの歴史を理解するにはまずローマの歴史。独特な書き方だが、ローマの建国から西ローマ帝国滅亡までの通史を知るにはちょうどいい。研究者からの批判もあるが、理解しやすい。』

    桃山学院大学附属図書館蔵書検索OPAC↓
    https://indus.andrew.ac.jp/opac/book/374751

  • 歴史ドキュメンタリー。

  • 賢帝の最後の一人とその後の混乱。権力者は適切な後継者を選択しないといけない、ということなんかねえ。まあそれが実に難しい訳だけど。特に実子がいると。

  • ローマ人の物語は、塩野ファンのみならず、どなたにもお勧めしたいシリーズ。このころのローマはまだ元気です。

  • 久しぶりに読了したこのシリーズ。面白いのは、際立っている。なのに、一巻を読んだのが院生時代だから最初に読んで20年近く、最終巻が出て12年にもなり、かつ全巻本棚に陳列していながら、なかなか読み終えられないのは、それだけ知的負荷が高いからだろう。なんて、一見知的負荷が高そうで実は頭の悪い文章を書いてしまったけど、本の中身はやっぱり面白く、読みながらいろいろ考えてしまう。だから、時間かかんだよね。この本自体、2002年発行の奥付だから20年近く前に出た本なんだけど、今まさに進んでいる事象について、読みながら照らして考えてしまう。まぁ、映画『グラディエーター』は、もはや知る人も少ないかもしんないけどさ。塩野氏のときに辛辣、ときにユーモラス、でも血の通ったところも感じさせてくれる文章はやっぱり良い。
    『終わりの始まり』というタイトル自体、決して明るい印象ではないけどさ。最後の文章がまさに、もの悲しくなる。
    「死ねば誰でも同じだが、死ぬまでは同じではない、という教示をもってローマを背負った、リーダーたちの時代は終わったのである。
     この後にも、この種の矜持を自らの生き方の支柱にする人は、個々別々には出てくる。だが、彼らが主導権をふるえた時代というならば、確実に終わったのである。」
     俺が生きている時代は、どうなのだろう。そして俺自身は、どちら寄りなのだろう、と思いかけて気づくんだ。
     終わった後、後世の人が考えるなら、どちらかという問いはなりたつかもしれない。でも、いま生きている俺自身は、それを決めるべき側にいるんだよね。結果がどうなるかはわからないにしてもさ。

  • なぜ優れた賢帝の時代に「帝国の衰亡」が始まったのか?が本書の主題です。本書では五賢帝の最後マルクス・アウレリウスから息子のコモドゥス、そして内乱を経てのセプティミウス・セヴェルスの治世までが記述されています。西暦でいうと紀元121年から212年までのおよそ90年間が本書の範囲となります。主題への解答は本書に任せますが、まさに賢帝の時代に衰亡への種がまかれていたことがよくわかりました。

  • (2016.09.09読了)(2016.08.31借入)
    この本では、紀元161年から紀元211年までの50年間が記されています。
    全体で350頁の内の200頁ほどが、マルクス・アウレリウスに費やされています。ということでメインは、マルクス・アウレリウスです。
    登場する皇帝は、以下の七名です。
    マルクス・アウレリウス
    ルキウス・ヴェルス(マルクス・アウレリウスと共同皇帝に即位、169年に病死)
    コモドゥス(マルクス・アウレリウスの息子)
    ペルティナクス
    ディディウス・ユリアヌス
    セオウティミウス・セヴェルス
    クロディウス・アルビヌス(セオウティミウス・セヴェルスと共同皇帝、197年に自死)

    コモドゥスは、統治する気がなく、暗殺されています。その後に立った、ペルティナクスも殺害されています。
    その後、ディディウス・ユリアヌスを含め4人が皇帝に名乗り出ますが、セオウティミウス・セヴェルスが他の3人を破り、内乱は終わります。皇帝になれずに敗れたのは、ペシェンニウス・ニゲルです。
    皇帝コモドゥスの時代からローマ帝国の凋落が始まったように見えますが、アントニヌス・ピウスあたりから凋落は始まっていたのではないか、という印象です。
    ローマの平和を守るための前線を経験していない人たちが、皇帝となったことが原因の一つだったのかもしれません。

    【目次】
    第一部 皇帝マルクス・アウレリウス(在位、紀元161年―180年)
    はじめに
    育った時代
    生家
    子育て
    少年時代
    ほか
    第二部 皇帝コモドゥス(在位、紀元180年―192年)
    映画と歴史
    戦役終結
    「六十年の平和」
    人間コモドゥス
    姉・ルチッラ
    ほか
    第三部 内乱の時代(紀元193年―197年)
    軍団の〝たたきあげ〟
    皇帝ペルティナクス
    帝位争奪戦のはじまり
    ローマ進軍
    首都で
    ほか
    第四部 皇帝セオウティミウス・セヴェルス(在位、193年―211年)
    軍人皇帝
    思わぬ結果
    東征、そしてその結果
    故郷に錦
    ブリタニア
    年表
    参考文献
    図版出典一覧

    ●哲学科(50頁)
    私(塩野七生)とて大学では哲学を学んだのだが、それでわかったのは、自分は何と形而下的な人間かということであった。
    ●マルクス・アウレリウス(82頁)
    文献資料が極度に不足するということだ。後世のわれわれがそれでもこの人々の業績を追うことができるのは、文献資料だけでなく碑文や通貨にも関心が寄せられるようになった十九世紀からである。まったく、なにもかもがうまく行く平穏な時代は、歴史著作の立場からみれば不作の時代なのであった。
    ●属州体験(99頁)
    アントニヌス・ピウスによって本国にいても帝国の統治は可能であるということが示されたことで、属州体験の重要性への認識が薄れてしまったことであった。
    私には、アントニヌス・ピウスという皇帝は、目先のことの処理ならば見事にやってのける優秀な官僚であったろうが、晴天の日に翌日に降るかもしれない雨の準備をするという、政治家ではなかったと思えてならない。
    ●ローマの神々(110頁)
    ローマ人にとっての神々への「祈願」とは、神々に向かって、この不幸から救い出してください、と願うものではない。この不幸から脱出するためにわれわれ人間は懸命の努力を払うことを誓うから、どうぞ神々も、このわれわれを助けてください、と願うものなのだ。
    ●防衛(140頁)
    防衛には、山脈よりも河川が適していることを教えたのも彼(カエサル)だった。ブリタニアの領有が、ガリアの、ひいては帝国西方の安全に不可欠であることも、彼が遠征行を試みたことで示されたのである。そして、蛮族への対応策にも、撃退だけではなく同化もあることを、具体的な例証で示した。
    ●戦争(152頁)
    早く終えることが、戦争という「悪」にできる唯一の「善」だ
    ●ブリタニア遠征(227頁)
    ドーヴァー海峡を渡った最初のローマの要人はユリウス・カエサルだが、このブリタニア遠征の理由を、『ガリア戦記』では、ガリアの反ローマ分子に逃げこむ先を与えないためである、と言っている。
    ●ハドリアヌス帝(232頁)
    ハドリアヌス帝に対する同時代人の評判が悪かった理由を平易に言い直せば、次のようになる。雲ひとつない晴天が続いているというのに、いつの日か襲ってくるかもしれない洪水に備えて、首都ローマを留守にしてまで帝国の各地方の堤防の増強に専念している、である。
    ●財政の健全化(274頁)
    ペルティナクスの主張した国家財政の健全化とは、各組織を見直し、それによって無用な出費を減らすということだった。
    ●組織の強化(325頁)
    これは、他のいかなる組織にも共通する宿命だが、それが軍事関係となると武力を持っているだけに、走り出したら容易には止められないという悪弊を伴うのであった。
    ●キリスト教とローマの宗教(328頁)
    ユダヤ教徒もキリスト教徒も、布教する際、私の信ずる教えのほうがあなたの魂を安らかにするから改宗しなさい、と言うのではない。私の信ずる神のほうが正しいから、あなたの信じていた邪神は捨てよ、と求めるのである。これは、他者の信ずる神を認めることで成り立っている、ギリシア・ローマの宗教観とは反対の極に立つ考え方であった。

    ☆関連図書(既読)
    「世界の歴史(2) ギリシアとローマ」村川堅太郎著、中公文庫、1974.11.10
    「世界の歴史(5) ローマ帝国とキリスト教」弓削達著、河出文庫、1989.08.04
    「ローマの歴史」I.モンタネッリ著、中公文庫、1979.01.10
    「古代ローマ帝国の謎」阪本浩著、光文社文庫、1987.10.20
    「ローマ散策」河島英昭著、岩波新書、2000.11.20
    ☆塩野七生さんの本(既読)
    「神の代理人」塩野七生著、中公文庫、1975.11.10
    「黄金のローマ」塩野七生著、朝日文芸文庫、1995.01.01
    「ローマ人の物語Ⅰ ローマは一日にして成らず」塩野七生著、新潮社、1992.07.07
    「ローマ人の物語Ⅱ ハンニバル戦記」塩野七生著、新潮社、1993.08.07
    「ローマ人の物語Ⅲ 勝者の混迷」塩野七生著、新潮社、1994.08.07
    「ローマ人の物語Ⅳ ユリウス・カエサルルビコン以前」塩野七生著、新潮社、1995.09.30
    「ローマ人の物語Ⅴ ユリウス・カエサルルビコン以後」塩野七生著、新潮社、1996.03.30
    「ローマ人の物語Ⅵ パクス・ロマーナ」塩野七生著、新潮社、1997.07.07
    「ローマ人の物語Ⅶ 悪名高き皇帝たち」塩野七生著、新潮社、1998.09.30
    「ローマ人の物語Ⅷ 危機と克服」塩野七生著、新潮社、1999.09.15
    「ローマ人の物語Ⅸ 賢帝の世紀」塩野七生著、新潮社、2000.09.30
    「ローマ人の物語(27) すべての道はローマに通ず」 塩野七生著、新潮文庫、2006.10.01
    「ローマ人の物語(28) すべての道はローマに通ず」 塩野七生著、新潮文庫、2006.10.01
    「ローマ人への20の質問」塩野七生著、文春新書、2000.01.20
    「ローマの街角から」塩野七生著、新潮社、2000.10.30
    (2016年9月13日・記)
    内容紹介(amazon)
    五賢帝時代の掉尾を飾り哲人皇帝としても名高いマルクス・アウレリウス。後世の評価も高い彼の時代に、既に衰亡への萌芽は見えていた――従来の史観を覆す新たな「ローマ帝国衰亡史」が今始まる。
     本書で語られるのは、五賢帝時代の掉尾を飾り哲人皇帝として名高いマルクス・アウレリウスから、セプティミウス・セヴェルスまでの治世です(紀元2世紀末から3世紀初)。タイトルのとおり、いよいよローマの衰亡が描かれていくことになります。
     ギボンの『ローマ帝国衰亡史』を初め、ローマ帝国の衰亡は五賢帝時代の終焉とともに始まったとする史観がこれまで主流でしたが、本書ではこれに異を唱えています。ローマが絶頂を極め、後世の評価も高いマルクス・アウレリウス帝の政治を、第Ⅸ巻で扱ったハドリアヌス帝やピウス帝、さらにはユリウス・カエサルとも対比させ新たな視点で検証すると、ローマ衰退への道は既に敷かれ始めていたということが明らかになるのです。
     指導者である皇帝たちの資質の変化や、国内の階層間の対立、そして帝国を外から脅かす異民族の存在など、さまざまな要因が作用して、帝国はゆっくりと没落への階段を降りていきます。ついには、マルクスは戦地で没し、その息子コモドゥス帝は怠惰に陥り暗殺され、続く時代では帝国を守ってきた将軍たちが割拠して帝位を争うという、「黄金の世紀」では考えられなかった混乱へと突入していきます。
     永遠に続くと思われた右肩上がりの時代を終え、新たな時代へと踏み入ったローマ帝国。その指導者たちの迷いと奮闘ぶりから浮かび上がってくるのは、「矜持」を中心に据えた新しい指導者論です。同じように混迷と不安に覆われている現代の日本にとっても、彼らの生き方から学ぶことは多いに違いありません。
     「ローマ人の物語」全15巻を時代ごとに三つに区切ると(ローマ建国からユリウス・カエサルまでの「第一期」、アウグストゥスによる帝政開始から帝国の絶頂期までが「第二期」)、この巻は「第三期」の始まりと言うことができます。第一期や第二期のローマ帝国を常に視野に入れて叙述される本書は、「ローマ人の物語」の導入篇としてもふさわしい内容であると思われます。

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