名人は危うきに遊ぶ

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 20
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (214ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103107101

感想・レビュー・書評

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  • 美文・達文というと、竹西寛子さん・久世光彦さん・向田邦子さんなどの名が私の乏しい読書歴から挙がるのだが、白洲正子さんもまさにそのひとり。
    38の随想が集められたこの本は、そもそも装丁からして美しい。
    志村ふくみさんのカバー布地で、題字は田島隆夫さん。
    表紙をめくるとすぐに現れるのが、MOA美術館所蔵の肉筆浮世絵。
    これについては、本書の99ページに書かれている。
    そして、もう一度言うけど本当に文章がお上手なのだ。
    深い教養と審美眼に裏打ちされた、潔い文章。
    流麗で、てらいも嫌味もまるで感じられない。
    しかも、センテンスが短いのでとても読みやすい。
    一度読み終えてから、また読み返し、三度目はとうとう【東大寺の講堂跡】の書写をした。
    こんなことは初めてだ。

    読んだ後で言うのも変だが、能のことが分かるわけでもなくましてや書画骨董に興味があるわけでもない。
    それなのに白洲さんの著書を読みたくなったのは、白洲さんを通して知る日本文化には風景があって、それがとても心地よいことと、その清清しい語り口が自分に合っているからだろう。
    目の前のものに触発される心の動きを実にうまく捉え、それを読み手に伝わるように簡潔に表現する。
    それも全て、自分の足で出かけ、見聞きしたものだ。

    印象に残る記述はたくさんあるが、あえてひとつだけ挙げるとこの部分。
    【現代人はとかく形式というものを嫌う。
     内容さえあれば、外に現れる形なんてどうでもいいではないか、などという。
     そこに人間の自由があると思っているらしいが、話は逆なのである。
     絵画にデッサンが必要であるように、形をしっかり身につけておれば
     内容はおのずから外に現れる。時には自分が思っている以上のものが現れることもある。】
    確かに。

    美しいものを見極める眼が欲しいと、つくづくそう思う。
    お元気だったら、ぜひお会いしたかった方、それが白洲正子さん。

  • 引用「日本の芸術一般には、素人的な要素があり、それが作品に余裕を与えるとともに、使う人たちを参加させる余地を残している」。そこから何かが発芽するような自然であるということ。

  • 背筋を伸ばして、自分の芯を持たなければ。価値ある表現なんて、できないんだな。

  • 悟った瞬間の衝撃を伝えるのが、芸の極致であろう。
    これはなるほどと思った。
    全体的に面白い。

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プロフィール

1910(明治43)年、東京生れ。実家は薩摩出身の樺山伯爵家。学習院女子部初等科卒業後、渡米。ハートリッジ・スクールを卒業して帰国。翌1929年、白洲次郎と結婚。1964年『能面』で、1972年『かくれ里』で、読売文学賞を受賞。他に『お能の見方』『明恵上人』『近江山河抄』『十一面観音巡礼』『西行』『いまなぜ青山二郎なのか』『白洲正子自伝』など多数の著作がある。

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