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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784103107200
AIがまとめたこの本の要点
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みんなの感想まとめ
多様な十一面観音の姿を追い求める巡礼の記録は、信仰と美の深い関わりを描き出しています。著者は各地の十一面観音像を通じて、日本の古来の信仰や自然との調和を見事に表現し、その美しさを読者に伝えます。特に、...
感想・レビュー・書評
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表紙の写真は聖林寺の十一面観音像。
なんて美しいのだろう。そっと触れてみる。
ふっくらとした横顔。がっしりとした上半身。指先の繊細な動き。纏衣の滑らかさ。
じっと見つめていると、千々に乱れた心が落ち着きを取り戻していく。
わたしがこの『十一面観音巡礼 愛蔵版』を手に取ったのは、この十一面観音様の写真に惹きつけられたから。ページを捲るとたくさんの十一面観音様の写真が収められている。それはそれは素晴らしい写真の数々なのだ。
どの観音様も例外なく美しく、まるで実際にわたしの目の前に立っておられるかのよう。しんとした静謐な空気感さえ漂ってくる。観音様のお写真を眺めるだけで癒されるのだ。
『十一面観音巡礼 愛蔵版』は、たくさんの観音様と白洲正子の出会いが描かれている随筆集。
白洲正子の文章を読んだのは初めてなのだが、己の感性に迷いがない、なんとも小気味良い随筆だった。それだけでなく、さりげない優しさをも持ち合わせていて、まるで姉御肌のような文章、そんな印象を受ける。
白洲正子がはじめて聖林寺をおとずれたのは、昭和7,8年のことである。十一面観音像とのはじめての出会いともなるのが、この表紙の観音様だった。
この出会いを描いた場面がとても好きで、何度も読んでは想像する。それはまるで人が恋に落ちた瞬間のようなのだから。
『さしこんで来るほのかな光の中に、浮び出た観音の姿を私は忘れることが出来ない。それは今この世に生れ出たという感じに、ゆらめきながら現れたのであった。その後何回も見ているのに、あの感動は二度と味えない。世の中にこんな美しいものがあるのかと、私はただ茫然とみとれていた。』
『私はおそるおそる天衣の裾にさわってみて、天平時代の乾漆の触感を確かめてみた。それは私の手に暖く伝わり、心の底まで深く浸透した。とても観賞するなどという余裕はなく、手さぐりで触れてみただけである。』
この随筆集は聖林寺の十一面観音様から熊野詣に至るまでの16章となっている。
なかでも『湖北の旅』は大変興味を持って読んだ。地元滋賀のことだからというのもあるけれど、それ以上に昨年末に読んだ井上靖『星と祭』の存在が大きかったからだ。
『星と祭』はとても素晴らしい作品だった。それぞれの愛する子どもを亡くした父親の「子を喪った悲しみ」を描いた作品であり、その悲しみに対して「運命と鎮魂」という異なった向き合い方をする父親2人が、琵琶湖を見守る十一面観音を巡る中で心が救われていく……という話である。
『星と祭』で彼らが出会った観音様のうち、「渡岸寺」、「石道寺」、「鶏足寺」のそれぞれの十一面観音様のことを白洲正子は綴っている。
彼女は渡岸寺の観音様を『湖水の上を渡るそよ風のように、優しく、なよやかなその姿』と表現している。まさにそのとおりの美しい観音様のお写真も見ることができた。
どのお寺の十一面観音様のお写真を眺めてみても、少しずつ受ける印象は違えれど優しく慈悲深いお顔をされている。
人々が抱える苦しみにじっと耳を傾け見守ってくださる観音様に、遥か古の時代からどれだけたくさんの人々が心を救われてきたのだろう。そんなことを思うと自然と尊ぶ心が生まれてくる。
わたしは偶然にも聖林寺の十一面観音像の写真に惹かれてこの随筆集を手に取ったのだけど、観音様には疫病退散や疫病平癒の御利益があるということを知り、コロナ禍のなか無意識のままにも観音様に救いを求めていたのかなぁと思わずにはいられなかった。
そして十一面観音様は、奈良時代・平安時代の古から、天変地異や疫病などの災禍に巻き込まれた人々の苦しみ、そして祈りをその身ひとつに受けてこられたんだと、そんな思いがふいに込み上げ、なんだか切ないような気持ちになったのだ。
今年は本当に本があってよかったなぁと思えた1年でした。
自分で読んだ本だけでなく、皆さまの素晴らしいレビューや楽しいコメントのやり取りに、癒され、勇気づけられ、いろんなことも考えました。
楽しいことも、面白いことも、そして悲しいことも、本のなかにはたくさんありました。
息がつまるほどの閉塞感が漂い、心が苦しくなるようなニュースもたくさんありましたが、自分を見失わずにここまでこれたのも、読書や本を通じた皆さまとの出会いがあったからだと思ってます。
本当にありがとうございました。
それでは皆さま、お体にはお気をつけて、よき新年をお迎えください。 -
著者の白洲正子さんが、各地の十一面観音を求めて巡礼した記録。
一口に十一面観音といっても、そのお顔やお姿は様々で、こういう楽しみ方(いや、信仰の深め方というべき?)もあるんだと思った。
個人的には、渡岸寺の十一面観音像が美しくて好き。
今後お寺に行くときは、もっとゆっくりじっくり仏像を拝んでみようと思う。 -
世田谷美術館で白洲正子展を見てから3年が経ち、やっと彼女の著作を読む機会に恵まれた。
この展覧会でも痛いほど伝わってきたことだが、白洲の関心は、自然と仏と神が一体となる日本の古来の信仰の美しさにあると思う。その美しさが、十一面観音にフォーカスすることで明らかにされていく。
本書の冒頭に登場するのが、奈良県桜井市の聖林寺の住職から白洲が昭和の初めに聞いたという話である。この住職が少年の頃、大神神社から十一面観音像と地蔵菩薩像を台車に積んで聖林寺まで運ぶのを手伝ったのだという。あのフェノロサも付き添ったのだそうだ。聖林寺を訪れた人ならわかると思うが、この移動はかなりの登り坂である。廃仏毀釈の吹き荒れるなか、二体の仏像を必死で守ろうとする日本人と米国人の姿を想像し、こみ上げるものがあった。
この冒頭のシーンだけでも何度読み返しただろう。ここ以外にも何度も読み返したくなる箇所があり、わたしは毎晩少しずつ、途中で前のページを繰りながら読み進めた。そのようにして読むのが楽しい本だった。
東大寺お水取りの説明も詳しく、印象に残っている。これも自然と仏と神が混在する話である。神と仏と人と自然との間の愉快で、おおらかで、しかも優しいエピソードに、日本の心の美しさを感じぜずにはいられない。
英語訳でも読みたいと思って探してみたのだが、出版されていないようだ。日本の美しさを伝える名作なだけに、残念である。
ああ、本書を片手に、十一面観音さまを訪ねる旅に出たい。 -
読んだことのあるのを読み返した。
お寺や地名、仏像の名前などなかなか憶えられない
ので何度でも読み返せる。文章が清澄なので。
読んでいると心がいにしえに馳せる。誘われる。
ところどころに挟んである仏像の写真、白洲正子さんの
褒め言葉である「うぶ」な美しさがよくわかる。
蛇足ながら、私はこの本をみうらじゅん&いとうせいこう
著の「見仏記」と照らし合わせて読んだ。 -
愛蔵版だけかもしれませんが、十一面観音の写真が美しく、分かりやすい地図が旅愁を誘いますね。白州さん六十半ばの旅ですが、深い教養があって、香りたつ文章が美しい。驚いたのは、「木津川にそって」で、岩船寺や海住山寺まで奈良から歩いたとおっしゃったことです。道のりもありますし、山道でもあります。白州さんは非常な健脚ですね。晩秋には湖東や湖北の寺社を訪ねますが、沢山の奥深い情報を頂き、楽しみが増えました。
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十一面観音菩薩と言えば、やっぱり奈良県桜井市にある聖林寺の天平観音様。
明治初期の廃仏毀釈によって、大神神社の大御輪寺から聖林寺に大八車に載せられた移されたと伝わる。その仏を表現する白洲正子の文章が簡潔で小気味良い。
著者プロフィール
白洲正子の作品
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感想 :

紅葉の季節に聖林寺から多武峰の談山神社を訪ねたのを思い出しました。聖林寺はひと気がなくて、床に座って量感のある尊像を一時間...
紅葉の季節に聖林寺から多武峰の談山神社を訪ねたのを思い出しました。聖林寺はひと気がなくて、床に座って量感のある尊像を一時間ほど独占しました。贅沢です。お堂からお庭越しに広がる大和の景色を眺めました。鄙びた風情に心が溶けていくような素敵な思い出です。
それは素敵な体験!羨ましいです。
一生の思い出となりますね。
写真からでも、観音様の量感のある...
それは素敵な体験!羨ましいです。
一生の思い出となりますね。
写真からでも、観音様の量感のある美しさが醸し出されていますよ。
この本を読んでから、来年は源氏物語を筆頭に日本古来から大切にされてきたものにも目を向けたいと俄然やる気が湧いてきましたo(`^´*)
myjstyleさん、来年もどうぞよろしくお願いいたします。
あ!myjstyleさんの和泉式部日記のレビューを読ませていただいて、和泉式部も急に気になりだしたのですよ。
わたしって平安時代に生きた人々が気になるのかなあ……、ちょっと来年はその辺りの本も読んでみたいと思います。
ではでは、よいお年を♪