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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784103108146
感想・レビュー・書評
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城山三郎さんの作品、ブクログ登録は12冊目になります。
城山三郎さん、どのような方か、ウィキペディアで確認しておきます。
城山 三郎(しろやま さぶろう、1927年(昭和2年)8月18日 - 2007年(平成19年)3月22日)は、日本の小説家。本名は、杉浦 英一(すぎうら えいいち)。
経済小説の開拓者であり、伝記小説、歴史小説も多く著している。
79歳にて亡くなられています。
で、本作の内容は、次のとおり。(コピペです)
7人のA級戦犯のうち、唯一の文官であった元総理、外相広田弘毅。戦争防止に努めながらも、東京裁判ではその努力は認められず、絞首刑を宣告された。裁判を通じて一切の弁解をせず死を従容として受け入れた広田の生涯を、激動の昭和史と重ねながら抑制した筆致で克明にたどる。次代にまで読み継いでいきたい吉川英治文学賞、毎日出版文化賞受賞の名作。
実在した登場人物を、少し見ておきます。
・広田弘毅 (1878~1948年、70歳没)
・頭山満 (1855~1944年、89歳没)
・松岡洋右 (1880~1946年、66歳没)
・幣原喜重郎 (1872~1951年、78歳没)
・吉田茂 (1878~1967年、89歳没)
・佐藤賢了 (1895~1975年、79歳没)
・東條英機 (1884~1948年、63歳没)
・浜口雄幸 (1870~1931年、61歳没)
・昭和天皇 (1901~1989年、宝算87歳)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
文官と軍官との乖離など、今なら考えられないようなシチュエーションがあったことに驚かされた。教科書で満州は日本の一部だった時期があると教わった記憶があるが、それは正しくないのかもしれない。歴史観というものは実に偏った視点から語られるものであり、複数の視点からの検証が重要であるいうことを再認識させられた。
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先頃(3/22)亡くなった、城山三郎氏の代表作のひとつです。
骨太・重厚なルポを読んでいる感じ。これって小説なんだよね・・・?^^;
東京裁判にかけられ、文民として唯一A級戦犯となり処刑された広田弘毅元首相の物語。
彼はむしろ戦争に反対し、軍部にブレーキをかけた。当時から「なぜ彼が裁かれなければならないのだ?」という声も多かったという(検察官さえ「死刑は重すぎる」と呟いたそうな)。が、「開戦の責任は私にある」として、頑として言い訳も他者の告発も行わなかったがゆえに、有罪となる。
そこには、かれ自身の「中道の美徳」というものがあった。奢らず、ひがまず(威張らず、おもねらず)、公平に、そして運命のままに・・・。
ただ、個人の覚悟としてはよくても、黙して主張しなかった(真実を必ずしも明らかにしなかった)ことは、日本の歴史認識をも停滞させてしまったのではないか? ・・・読後真っ先に思ったのはそのことでした。
また、先の戦争の原因はもっぱら軍部の暴走にあったと思っていましたが、この小説を読むと、戦争はある気狂いのリーダーが起こすのではなく、時代の空気といったものによって必然的に駆り立てられていくものだ、という感じもして来ます。
現首相の「暴走」の背景として、北朝鮮の非常識への怒り、中韓の「内政干渉」への不快感、テロへの不安、アメリカ国への依存(もしくは隷従)などがあると思いますが、それらは、そもそも我々の中にある物かも知れません。
落日とは大日本帝國の終焉であり、「長州が作った憲法」の最期であったと小説は結ばれています。 -
第9回(1975年) 吉川英治文学賞受賞
東京裁判で絞首刑を宣告された七人のA級戦犯のうち、ただ一人の文官であった元総理、外相広田弘毅。戦争防止に努めながら、その努力に水をさし続けた軍人たちと共に処刑されるという運命に直面させられた広田。そしてそれを従容として受け入れ一切の弁解をしなかった広田の生涯を、激動の昭和史と重ねながら抑制した筆致で克明にたどる。 -
心に残る素晴らしい名作です。
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著書の努めて冷静かつ客観的な記述に好感が持てました。広田さんは何故このような判決となったのか、裁判官の視点で書かれた本も読んでみたい。
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自分にはどうにもできないような要因がいかにあろうとも、職責を果たす努力を些かも怠らなかったとしても、公人としての結果責任はどんな形であれ黙って受け入れる。。その精神は国家の公僕である政治家の、今は亡き理想の姿なんだろう。
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オランダに飛ばされて「風車 風が吹くまで 昼寝かな」と呼んだ 外交官:広田 弘毅の伝記。
第二次世界大戦前に外務大臣、総理を務め、平和外交に命を懸けたが、東京裁判(A級)で、自己弁明せず、高官として唯一人絞首刑に処された。 -
首相,外相を歴任した広田弘毅の生涯をつづる、自ら計らわない生き方を貫き通しA級戦犯裁判で文官で唯一死刑を宣告される
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[おもな理由]
A級戦犯に指定され、唯一、文官として絞首刑となった
元首相・広田弘毅の生涯を描いています。
[おすすめの理由]
私自身、恩師の方からおすすめしてもらいました!
「広田さんは福岡の出身なので知っておくべき」と言われ
読んでみたところ、どんどん先が読みたくなって地下鉄の
中でも読んでいたほどでした。
生きていく姿勢であったり、文章の書き方も素敵な表現が
たくさんあったりして学べる部分が多いのでおすすめです!! -
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Kodama's review
久しぶりに下記の「お勧め度」で最高の5つ★&ビックリマーク(!)を付けさせて頂きました。遅ればせながら、こんなに立派な方がいたことを知り、心が振るえました。広田弘毅、カッコ良過ぎる!
(06.8.20)
お勧め度
★★★★★! -
官僚たちの夏に比べて、更にジャーナリズム的な色彩を強くしており、
人物をその感情描写でなくて行動によって読者に印象付けている。
複数の登場人物/複雑きわまりない情勢を把握するのに一苦労だが、
それでもなお描き足りない感があるのだから、
それだけintricatedな時代/場面だったのだ。 -
以前テレビで、この『落日燃ゆ』をやっていて、恥ずかしながら、その時初めて、広田弘毅がいかに東京裁判と対峙したかを知った。彼が東京裁判の死刑囚であることまでは知っていたものの、死刑囚唯一の文官で、また裁判中なんら弁明することもなく、他者(特に軍人)への非難もせず、淡々と刑の執行を受け入れた、ということを知ったのである。
彼は、第二次大戦直前に内閣総理大臣となり、また戦時にあっても外務大臣などの要職にあったことから、その監督責任を問われる形で、死刑となったのであるが、本書からは、彼は常に戦争に反対し、和平への道を探究していたことがうかがわれる。
しかし、統帥権独立の名の下、軍部が暴走し、中国で暴れまわり、第二次世界大戦への引き金を引くこととなった。
一般的には、そのような暴走する軍部を、内閣総理大臣がその強大な権力のもと、押さえつけることが可能であり、また必要なことのように思われるが、当時の日本では、総理大臣でさえ、統帥権の独立を侵すことはできなかった。これは、当時の日本を理解するうえで、基本的かつ重要な事柄であるように思われるが、この点の理解不足が広田弘毅の死刑という、誤った判決を導く結果となった。
端然と東京裁判を受け入れたかに見えた広田弘毅だが、死刑執行の直前に、この一連の戦争及び裁判に対し、痛烈な一語を発する。それは、東条英機ほか3人が、広田より少し先に死刑執行される時のことである。東条らは死刑執行の直前に、「大日本帝国万歳!」とやったのであるが、それを遠くから聞いた広田は、「今、マンザイをやってたんでしょう」と言い放った。
彼にとっては、この裁判及びそれに至る一連の出来事は、漫才に他ならなかったろう。いや、漫才などという軽い言葉では、本来すまされないものである。
本書の最後にも、このようなくだりがある。
「広田は、意識して「マンザイ」といった。広田の最後の痛烈な冗談であった。
万歳万歳を叫び、日の丸を押し立てて行った果てに、何があったのか、思い知ったはずなのに、ここに至っても、なお万歳を叫ぶのは、漫才ではないのか。
万歳!万歳!の声。それは、背広(文官)の男広田の協和外交を次々と突きくずしてやまなかった悪夢の声でもある。広田には、寒気を感じされる声である。生涯自分を苦しめてきた軍部そのものである人たちと、心ならずもいっしょに殺されて行く。このこともまた、悲しい漫才でしかない―。」 -
こういう本は、実は組織の中に入って読んだ方が面白いと思う。
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正直広田弘毅のことはよく知らなかった。戦前どっかで首相やってたなぐらいの感覚。まだまだ知らないことが多すぎる。
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A級戦犯として処刑された文官・広田弘毅の伝記小説。面白かったです。ちょっとよく書きすぎのような気もする
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読むきっかけはレポート作成だったけど;
広田さん・・・すごい方だなぁと思いました。
自らはからず、なかなかできることじゃないですよね。 -
平和主義者で戦争回避に努力した広田弘毅が、何故A級戦犯として処刑されたか。同期の吉田茂や松岡洋右との比較で外務省の中の対立、軍部の独走、東京裁判まで描かれている。「男子の本懐」浜口首相から戦後までの流れにもなり興味深かったけど・・僕にはどうしても、内情を知らされずに命令で死んでいった兵士、戦争だからと虫けらのように虐殺された中国の人、貧困に苦しんでいた庶民の観点が抜けている気がする。戦争責任・・確かに軍部ではあるが・・天皇の存在を無視出来ない。広田にしろ、東条にしろ、天皇を守ろうとして責任を肩代わりしたのなら、もうそれはそれでいいんじゃないだろうか。
広田弘毅を通しての戦前、戦後記録として読みましたが・・鵜呑みにする気はありません。
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広田さんのような人が居たんだな、と正直に思いました。
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広田弘毅ファンにとってはおそらくバイブルでしょう。
かつて母が入院していたときに読んだと聞いていて、何も知らなかった当時の私はなんとなーく「読んでみたいな」と思い、どんな話なのかまったく予備知識なく読みました。
日本の外交官というもの、戦後の東京裁判というものに関心をもちはじめたすべてのきっかけです。
広田弘毅が歴史上の表舞台に出てくるのは外相時代または二・二六事件後の総理大臣としてと記憶される方も多いでしょう。
もともとは外交官という職にあり、自信家が多い外交官の面々のなかで見ると広田弘毅という存在はあまり印象の濃いものではありません。
しかし、本書をとおしてみても、その人柄にひかれる人は多いかったのだと感じます。
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