そうか、もう君はいないのか

著者 :
  • 新潮社
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感想 : 233
  • Amazon.co.jp ・本 (156ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103108177

作品紹介・あらすじ

五十億の中でただ一人「おい」と呼べる妻へ-愛惜の回想記。新発見遺稿。

感想・レビュー・書評

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  • 講演会、壇上で緊張した城山氏の目に飛び込んできたのは、二階席最前列に座った妻 容子さんの姿。
    目と目が合った瞬間、「シェー!」のポーズを取る容子さん。

    出会いを振り返り「間違って、天から妖精が落ちて来た感じ」。天使かと思ったほど、その眩しい印象を忘れられず…一度は仲を引き裂かれたものの、2人は運命の再会をする。

    城山氏の中の容子さんはいつまでも無邪気で天真爛漫な少女のようで…長年連れ添った妻のことを臆面もなく「妖精」「天使」と書いてしまえるのは、素敵なことだなぁ。ベタ惚れなんだなぁ。

    それだけに容子さんが病に冒されてからの辛さ、寂しさ、彼女の死を受け入れまいとする子供っぽささえもせつない。

  • 作品中、城山三郎が妻のことを書いた詩が二篇、おさめられている。これを読むと、何とも言えない気持ちになる。城山三郎は、妻のことを、とても愛していたのだな、ということがよく分かる。私自身、妻を癌で亡くすという、同じ経験をしていて、身につまされながら読んだ。

  • 著者が亡くなってからの刊行と知り、本著の率直さがなんだか腑に落ちた。これまでも伴侶に先立たれた方の作品をいくつか読んできたものの(江藤淳『妻と私』、津村節子『紅梅』、川本三郎『いまも、君を想う』等)、奥様が告知を受けた日の城山さんがとりわけ心に残った。(読後に児玉清さんの本作の書評を読んだところ、自分とまったく同じところで「たまらず嗚咽した」とあり、不思議に嬉しかった。)死に別れることは当然辛いことであるけれど、このような夫婦として人生を送れたことは幸福なことではないか。娘さんのあとがきにも、父親である城山さんと母親容子さんへの深い愛情が溢れていた。

  • 著者本人が、最愛の伴侶容子と出会って、お別れするまでのお話。これは実話なのでしょう。

    読みやすい文章で淡々と話が進む。

    容子を、「天使」「妖精」と表現する溺愛ぶり。容子は意外にさっぱりとしているが、取材のため世界中を旅する夫に「行く行く」とついて行ったり、夫の急な決断も全て受け入れたりといい感じ。

    「容子がいなくなってしまった状態に、私はうまく慣れることができない。ふと、容子に話しかけようとして、我に返り、「そうか、もう君はいないのか」と、なおも容子に話しかけようとする。」


    最後、その後の父親を描いた娘のあとがきを読んで、なんと幸せな夫婦なのかと涙が溢れる。
    素敵な夫婦であり、素敵な両親。

    本の裏表紙の描かれた、絵文字に見えたロシア文字の意味も愛おしい。

    こんな人生の終わり方がいいなぁ。

  • 児玉清さんの本で紹介されていたので、読んでみました。
    明るく屈託のない奥様をとても大事に頼りにされていたご様子、お亡くなりになった経緯に胸が痛みました。
    ふとした時に話しかけようとして、永遠の不在を知る。そんな思いは誰にもあるかもしれません。悲しいけれど、そうやって亡き人を思う時があるって幸せなことだとも思うのです。

  • ふと、容子に話しかけようとして、われに返り、「そうか、もう君はいないのか」と、なおも容子に話しかけようとする。


    城山さんの自伝、か。
    妻の容子さんとの出会い、そして死。
    ひとり残された城山さんの生き方が描かれている。

    正直タイトルでグっときて借りて読んだんだけど、
    正直に言うと泣いた。やっぱり電車じゃなければ涙流してた。
    もっと言えば通勤中っていうね。お前今から仕事やんって!

    人を愛するっていうのは、好きだとか愛してるとか言葉で伝えることじゃない。
    ただ、私はあなたが必要なんです大切なんですって伝わるようにすることなんだよな。
    すごく羨ましい。たった一度の人生で、読み手にこれほど幸せだった半生を送ってきたこと、
    これほどまでに愛せるたった一人のひとと出会えたこと。
    そしてそれを文字で伝えられること。羨ましい感情以外になにがあろうか。

    だから、注ぐ対象がいなくなった時、ひとはぬけがらのようになるのだろう。

  • 船橋 ブックオフ

  • 4歳年下の夫が私が亡き後どうなるか心配だったので読んでみた。

    あるいはその逆も考えられるので。

    本文は淡々としていたが、最後の娘の文章に泣けてどうしようもなかった。

    <blockquote>連れ合いをなくすということは、これほどのことだったのか。子や孫は慰めにはなっても代わりにはなれない。ポッカリ空いたその穴を埋めることは決してできなかった。
    「一睡もできないって初めて知ったよ」
    この言葉は衝撃だった。子供の頃から父は不眠症と刷り込まれていた。何を今さら言っているのか。
    「今まで眠れない、眠れないなんて言っていたけれど、そう言いながらも実は気付かぬうちに、うとうとしていたんだと思うよ。でも、今回は違うんだよ。本当に一瞬も瞼を下すことができなかったんだよ」
    </blockquote>

    <blockquote>通夜も告別式もしない、したとしても出ない、出たとしても喪服は着ない。お墓は決めても、墓参りはしない。駄々児のように、現実の母の死は拒絶し続けた。仏壇にも墓にも母はいない。父の心の中だけに存在していた。</blockquote>

    この本を読んで分かったのは、どちらが先に死んでも残されたほうには地獄が待っているようだということ。

    <blockquote>暫くして父の様子を見に仕事場に行くと、夕日の射す西側のカウンターの隅に、見覚えのある小さな母の写真が置かれていた。父も気に入って遺影にしてもらった笑顔の母。きちんと写真立てに入れられ。両サイドにはどこから探してきたのか、一対の天使のろうそく立ても。さらにその前には、二人で乗った思い出のオリエント急行の模型と、動物の置物が数点。どんな思いで、どんな顔をしてしつらえたのか父だけの祈りの場。誰にも邪魔されぬところで、父は母との会話をし続けようとしていた。</blockquote>



    私の遺影に話しかけている夫の姿が容易に想像できて、泣けた。
    逆もまたしかり。


    なによりも泣けたのは、やはり本文にあって、題名にもなっていた次のくだり。
    <blockquote>容子がいなくなってしまった状態に、私はうまく慣れることができない。ふと、容子に話しかけようとして、われに返り、「そうか、もう君はいないのか」と、なおも容子に話しかけようとする。</blockquote>

  • 淡々と亡き妻のことが書かれています。こんな夫婦になれたらなあ。

  • 城山三郎の遺稿。妻への思いをつづった。娘さんの後書きに、ほろほろと涙してしまった。ё(ヨウ)と記された遺稿の断片。奥さんの容子さんのことだろう。これは、その断片をつづったもの。

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著者プロフィール

1927年、名古屋市生まれ。海軍特別幹部練習生として終戦を迎える。57年『輸出』で文學界新人賞、59年『総会屋錦城』で直木賞を受賞。日本における経済小説の先駆者といわれる。『落日燃ゆ』『官僚たちの夏』『小説日本銀行』など著書多数。2007年永眠。

「2021年 『辛酸 田中正造と足尾鉱毒事件 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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