そうか、もう君はいないのか

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 897
レビュー : 230
  • Amazon.co.jp ・本 (156ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103108177

作品紹介・あらすじ

五十億の中でただ一人「おい」と呼べる妻へ-愛惜の回想記。新発見遺稿。

感想・レビュー・書評

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  • 講演会、壇上で緊張した城山氏の目に飛び込んできたのは、二階席最前列に座った妻 容子さんの姿。
    目と目が合った瞬間、「シェー!」のポーズを取る容子さん。

    出会いを振り返り「間違って、天から妖精が落ちて来た感じ」。天使かと思ったほど、その眩しい印象を忘れられず…一度は仲を引き裂かれたものの、2人は運命の再会をする。

    城山氏の中の容子さんはいつまでも無邪気で天真爛漫な少女のようで…長年連れ添った妻のことを臆面もなく「妖精」「天使」と書いてしまえるのは、素敵なことだなぁ。ベタ惚れなんだなぁ。

    それだけに容子さんが病に冒されてからの辛さ、寂しさ、彼女の死を受け入れまいとする子供っぽささえもせつない。

  • 著者が亡くなってからの刊行と知り、本著の率直さがなんだか腑に落ちた。これまでも伴侶に先立たれた方の作品をいくつか読んできたものの(江藤淳『妻と私』、津村節子『紅梅』、川本三郎『いまも、君を想う』等)、奥様が告知を受けた日の城山さんがとりわけ心に残った。(読後に児玉清さんの本作の書評を読んだところ、自分とまったく同じところで「たまらず嗚咽した」とあり、不思議に嬉しかった。)死に別れることは当然辛いことであるけれど、このような夫婦として人生を送れたことは幸福なことではないか。娘さんのあとがきにも、父親である城山さんと母親容子さんへの深い愛情が溢れていた。

  • 児玉清さんの本で紹介されていたので、読んでみました。
    明るく屈託のない奥様をとても大事に頼りにされていたご様子、お亡くなりになった経緯に胸が痛みました。
    ふとした時に話しかけようとして、永遠の不在を知る。そんな思いは誰にもあるかもしれません。悲しいけれど、そうやって亡き人を思う時があるって幸せなことだとも思うのです。

  • 再読。愛し、愛される関係って素敵だなと思わせられる一冊。

  • ふと、容子に話しかけようとして、われに返り、「そうか、もう君はいないのか」と、なおも容子に話しかけようとする。


    城山さんの自伝、か。
    妻の容子さんとの出会い、そして死。
    ひとり残された城山さんの生き方が描かれている。

    正直タイトルでグっときて借りて読んだんだけど、
    正直に言うと泣いた。やっぱり電車じゃなければ涙流してた。
    もっと言えば通勤中っていうね。お前今から仕事やんって!

    人を愛するっていうのは、好きだとか愛してるとか言葉で伝えることじゃない。
    ただ、私はあなたが必要なんです大切なんですって伝わるようにすることなんだよな。
    すごく羨ましい。たった一度の人生で、読み手にこれほど幸せだった半生を送ってきたこと、
    これほどまでに愛せるたった一人のひとと出会えたこと。
    そしてそれを文字で伝えられること。羨ましい感情以外になにがあろうか。

    だから、注ぐ対象がいなくなった時、ひとはぬけがらのようになるのだろう。

  • 4歳年下の夫が私が亡き後どうなるか心配だったので読んでみた。

    あるいはその逆も考えられるので。

    本文は淡々としていたが、最後の娘の文章に泣けてどうしようもなかった。

    <blockquote>連れ合いをなくすということは、これほどのことだったのか。子や孫は慰めにはなっても代わりにはなれない。ポッカリ空いたその穴を埋めることは決してできなかった。
    「一睡もできないって初めて知ったよ」
    この言葉は衝撃だった。子供の頃から父は不眠症と刷り込まれていた。何を今さら言っているのか。
    「今まで眠れない、眠れないなんて言っていたけれど、そう言いながらも実は気付かぬうちに、うとうとしていたんだと思うよ。でも、今回は違うんだよ。本当に一瞬も瞼を下すことができなかったんだよ」
    </blockquote>

    <blockquote>通夜も告別式もしない、したとしても出ない、出たとしても喪服は着ない。お墓は決めても、墓参りはしない。駄々児のように、現実の母の死は拒絶し続けた。仏壇にも墓にも母はいない。父の心の中だけに存在していた。</blockquote>

    この本を読んで分かったのは、どちらが先に死んでも残されたほうには地獄が待っているようだということ。

    <blockquote>暫くして父の様子を見に仕事場に行くと、夕日の射す西側のカウンターの隅に、見覚えのある小さな母の写真が置かれていた。父も気に入って遺影にしてもらった笑顔の母。きちんと写真立てに入れられ。両サイドにはどこから探してきたのか、一対の天使のろうそく立ても。さらにその前には、二人で乗った思い出のオリエント急行の模型と、動物の置物が数点。どんな思いで、どんな顔をしてしつらえたのか父だけの祈りの場。誰にも邪魔されぬところで、父は母との会話をし続けようとしていた。</blockquote>



    私の遺影に話しかけている夫の姿が容易に想像できて、泣けた。
    逆もまたしかり。


    なによりも泣けたのは、やはり本文にあって、題名にもなっていた次のくだり。
    <blockquote>容子がいなくなってしまった状態に、私はうまく慣れることができない。ふと、容子に話しかけようとして、われに返り、「そうか、もう君はいないのか」と、なおも容子に話しかけようとする。</blockquote>

  • 淡々と亡き妻のことが書かれています。こんな夫婦になれたらなあ。

  • 城山三郎の遺稿。妻への思いをつづった。娘さんの後書きに、ほろほろと涙してしまった。ё(ヨウ)と記された遺稿の断片。奥さんの容子さんのことだろう。これは、その断片をつづったもの。

  • 2018/06/09-06/10
    ▶︎こんな洒落たタイトルをよく思いついたもんだ。妻との出会い、永遠に続くと思われた日々 、そして別れ。どうもこの作品が、城山三郎の絶筆になったようである。

  • タイトルに惹かれてなんとなく手に取った。10年前の本だから、書店で働いていた頃に見かけたのかもしれない。ずっと頭の片隅にあったタイトルだった。


    冒頭、妻との出会いから結婚に至るまでの話は激甘である。「妖精」だの「天使」だの、どんな美人なのかと思ったら、わりと普通。
    でも、妖精や天使のような奥様だったんだろうな。
    本文中では、夫を影から支える良妻。たまにサザエさん的な楽観さ、ときにフネのような細やかな思いやり。そしてときに、初々しいカップルのような2人の愛おしさ。特に、オーロラを見た話は、新婚夫婦のような睦まじさだった。

    本文は、たまに甘々を書くものの、基本的にはあっさりした内容で、妻を失った寂しさがひっそりと漂う。
    しかし、最後の娘さんによる父親の描写は、悲惨、の一言である。

    愛し愛され、互いに互いを思いやり、こんなにも強く結びついた夫婦はどれくらいいるのだろう。私たちもこんな夫婦になりたいな、と思われてくれる一冊。


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著者プロフィール

城山三郎(しろやま さぶろう)
1927年8月18日 - 2007年3月22日
愛知県名古屋市中区生まれ。大日本帝国海軍に志願して入隊し、特攻隊の部隊に配属されたが、訓練中に終戦となった。東京産業大学(一橋大学の前身)を卒業後に1963年までは大学講師を務めながら作家活動を続けていた。経済小説を一ジャンルに格上げした先駆者のひとり。伝記小説、歴史小説も多い。
1957年に『輸出』で第4回文學界新人賞、1959年『総会屋錦城』で第40回直木賞、同年『落日燃ゆ』で吉川英治文学賞と毎日出版文化賞、1996年『もう、きみには頼まない 石坂泰三の世界』で第44回菊池寛賞をそれぞれ受賞。2002年に朝日賞を授与される。
代表作としては上記作品に加え、二度テレビドラマ化された『官僚たちの夏』、妻との想い出を描いた遺稿のエッセイ『そうか、もう君はいないのか』、よくタイトルが人物評としても用いられる、『粗にして野だが卑ではない』が挙げられる。

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