どうせ、あちらへは手ぶらで行く 「そうか、もう君はいないのか」日録

  • 新潮社 (2009年1月23日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (176ページ) / ISBN・EAN: 9784103108184

感想・レビュー・書評

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  • まだ残されたものがあったとは。老いについて書かれている箇所は、父もそうなのか?と。

  • 「そうか、もう君はいないのか」と対になっている日記です。
    晩年まで読書家で、がっしりした思考力をお持ちなのに
    細かい面では老いが目立っていらしたのだと思いますが
    語り口はしっかりとしています。
    奥様が亡くなってから、「そうか、もう君はいないのか」が
    成立するあたりまでのことが合わせ鏡のようになっている
    ので、両方読まれることをお勧めします。
    この方のお仕事は、経済小説や伝記小説のジャンルで
    素晴らしい業績を残されています。
    むしろそちらの作品もしっかり読んでみるといいのかな。

  • 《図書館》【再読】文庫本を先に読んでいた。奥様が先に亡くなると、旦那様は、ボロボロになるんですね。

  • パートナーを亡くした後の寂しさばかり…

  •  城山三郎「どうせ、あちらへは手ぶらで行く」、2009.1発行。城山三郎氏の9冊の文化手帳(1998年から2006年)、左がスケジュール、右がメモ。本書はそれらを編集部が整理したもの。1998年は夫人が元気だった最後の年。山笑い妻ほほえみの箱根路(三郎) 歳重ね聖夜を語る夫婦かな(容子)。1999年9月、バンクーバー、夫婦最後の旅。2000年2月24日、妻逝去、68歳。君なくて何の桜か箱根路。

  • 城山さんの亡くなった奥様への愛を感じました!

  • 城山三郎 没後に、手帳のメモが本にされた。
    最愛の妻を亡くして、その孤独感と想いが
    様々な言葉の中から、溢れ出す。
    老いるって、こう言うことかもしれない。
    「早く、天国に行けばいいんだ」と言われた事を
    実践したのかもしれない。

    物忘れに対するショック。
    鈍鈍楽。どんどんらく。
    ふわり ふわふわ ふらふらふうらふら。

    不実心 不成事
    不虚心 不知事。

    大義を追求した 城山三郎。
    海軍特別幹部練習生として、特攻隊になる予定だった。
    そのことが、大きなバネとなっている。

  • こないだ『そうか、もう君はいないのか』を読んで、ちょうどこっちの本も空いていたので続けて借りてきた。

    これは、城山三郎が手帳に遺したメモを、編集部が整理したものである。妻が亡くなる約1年前から、城山が没するまでの数年のあいだ、手帳に書かれていたことがまとめられている。

    足が弱り、記憶が弱り、体重が減り、老いていく城山三郎の姿があらわれる。くりかえしくりかえし、その自分の弱り具合、老い具合が書かれている。

    亡くなる前の年は、たとえばこんなだ。
    ▼脚が弱って、歩いても歩いている気がせず、ふらふら宙に浮いている感じのときもある。どこで倒れてもおかしくないといえる。(149-150pp.)

    たまに顔を出すと、こないだけつまずいて転んだとか、ひっくり返ったとか、そんな話の増えてきた70代半ばの父も、こんな思いなのだろうかと思いながら読んだ。

  • 「そうか、もう君はいないのか」を読む前に読んでしまった事が最大の失敗。きっと感動半減してるわ〜

  • 亡き妻への思い、老いとの葛藤など切なくなりました。楽々鈍、鈍々楽の言葉が自らを奮い立たせようとしていて逆に哀しくなった。こういう類いのものはまだわたしには重すぎて、2、3日ひきずってしまってどっと疲れてしまうのです。でも読んでしまうのは遺された他の人はどういう気持ちでいるのか知りたいのとただ共感したいため。
    忙しくなかなか夫の事ばかり思っていられないけれど(ひまになって色々思うと泣いてばかりでその後どっと疲れるので敢えてひまにならないようにしているのかも)きっと何年経っても今の気持ちは変わらないだろうな。
    城山さんは奥様との思い出は40年以上あるけど、私はほんの20年ちょっとだもの、哀しいね。

  • 「そうか、もう君はもういないのか」に続いて。
    奥さまが亡くなられた後も、ずっと奥さまを想い続ける著者に、?夫婦”を考えさせられました。
    やはり、こんな風にお互いがお互いを必要としあう関係、理想です。
    それから、20代半ばの私にはまだ少し遠い、?老い”について考えられたのも貴重でした。
    ?老い”た時の気持ちを感じられたことで、これからの自分の人生、親と過ごす人生に何かヒントを得られたと思います。

  • 「そうか、もう君はいないのか」日録

    正も邪も共生してこそ道(道教・・福永光司)

    余生の指針・・・楽楽鈍、何事も気にしない  楽々鈍、鈍鈍楽

  • (2009.02.16読了)
    「城山三郎氏の仕事場から、九冊の手帳(「文化手帳」:左面スケジュール表、右面メモ欄)が発見された。本書はそれらを(新潮社)編集部で整理したものである。」
    日記というよりは、その時々のメモ書きという感じなので、日録となっています。1998年(71歳)から2006年(79歳)までのものです。
    取材旅行、講演旅行、ほねやすめの温泉旅行、仲間たちとのゴルフ、家族との会食、散歩での歩数、体重、ゴルフのスコア、等いろんなことが書いてあります。
    東京に出ると人の多さに、もう東京など行きたくない、などと書いています。(茅ケ崎に住んでいた。)
    個人情報保護法の制定には、反対だったようで、国会で反対論を行ったようです。戦争以来、国に対する不信感があり、文化庁から紫綬褒章の内示があった時の断ったようです。
    紫綬褒章(しじゅほうしょう):学術、芸術上の発明、改良、創作に関して事績の著しい方
    晩年には、約束の日を間違えたり、ダブルブッキングしたり、書いた原稿を紛失して書き直したり、必要な資料が見つからなかったり、自分のふがいなさにあきれています。
    年をとるとどういう風になってしまのかの参考として読むという読み方もできそうです。このようなことを書いたものは、そう沢山ありそうにもないので。

    ●1998年の計画(6頁)
    1.好きな本を読む
    2.旅に出る。好きな土地へ
    3.ゴルフ、どこまで come back できるか
    4.絵や芝居も楽しいものを見る 「笑いは大切」と容子。
    5.旧友たちと旧交を温める
    ●老化現象か(11頁)
    老化現象か、大事な資料など次々に見失う。加えて、週刊朝日の連載、危うく全くダブって書くところ。
    ●一日の過ごし方(39頁)
    黄金の時間(午前中。小説に取り掛かっているときは小説を書く時間帯)。
    銀の時間(午後)。横光関係を読む。(1999年7月頃は、横光利一の「旅愁」を読んでいた。)
    珊瑚の時間(文字通り餐後、時にはベッドの中で)。色川武大のエッセイ読む。
    (仕事は、駅前のマンションで、自宅へは夕食時に帰った。)
    ●ヘマ続発(82頁)
    老化か、ヘマ続発。要注意。
    ヤカンの空焚き。切符入れずに改札通ろうとする。ローションの栓忘れ、香消える。時間予定をダブル、それを2回もダブル。買い物して釣銭だけもらって品そのまま。
    ●衰弱?(83頁)
    寝室で2度も尻もちを突く。町でも立っているのが辛くすぐベンチへ。フラフラしていていつ倒れてもおかしくない。
    ●正義感は禁物(126頁)
    ケータイを優先席で掛け続ける女に注意したところ、つれの巨大白ブタみたいな男が襲いかかってくる。女が止めたからいいものの、大乱闘になるところであった。

    ☆城山三郎の本(既読)
    「辛酸」城山三郎著、中公文庫、1976.01.10
    「黄金の日日」城山三郎著、新潮社、1978.01.05
    「落日燃ゆ」城山三郎著、新潮文庫、1986.11.25
    「静かなタフネス10人の人生」城山三郎著、文春文庫、1990.06.10
    「彼も人の子ナポレオン」城山三郎著、講談社文庫、1999.03.15
    「指揮官たちの特攻」城山三郎著、新潮社、2001.08.05
    「そうか、もう君はいないのか」城山三郎著、新潮社、2008.01.25
    (2009年2月22日・記)

  • ベストセラー「そうか、もう君はいないのか」の日録(手帖に残されたメモ)

    旅行が好きだった夫婦の、妻の発病一年前の旅行句

    「山笑い 妻ほほえみの 箱根路」
    「青嵐 二人の旅に 酒うまし」
    「キャンドルに 見交わす眼 年数え」

    「天使が舞い降りたか」と思った出会いから以後ずっと、いつでも「ビジン」でほがらかだった妻の死に対して「妻が与えてくれた時間は誰にも負けない豊作続き」だったと記す。

    片腕であり命であった妻を亡くし、老いへの不安(物忘れ・ふらつき・体重減少)は、身近な娘のケアもおよばない。

    「久々に 妻の笑顔よ 夢醒めて 闇ひろがりぬ 闇きわまりぬ」
    「緑濃し ひとりの夏の 重きこと」

    本当に「alas]と嘆く深い孤独。深く永く愛し合い互いの存在を自己のものとしていた夫婦は、まさに「夫婦は一体」なんですね。

    古希を迎え、友人達がお祝いには何を・・の応えが「妻を呼び戻して」。聞いた友人たちはさぞかしたじろいだことだろう。

    自分しか描けない亡き妻のレクイエム執筆に力を注ぎつつ、夢の中に現れる妻に励まされながら社会の様々な問題に対して年長者として誠実な対応を実践していった氏を敬服する。

    夫婦しかわからぬ間合い、互いの努力と思いやり、そして丁寧で誠実な関係がこころを打つ。

  • まじめで硬い というイメージの城山三郎の、亡き妻への深い深い思いのつまった手記である。 最愛の妻を亡くし途方に暮れながら、もう一度逢いたいと手帳に記す切なさ。 夢で逢えた嬉しさと目覚めた後の寂しさを何度も何度もつづり続ける悲しさ。 ここには46年間妻に恋し続けてきた男の愛の言葉があるのだ。最近 相方とマンネリかな~なんて思ってるかた、必読だ。

  •  『そうか、もう君はいないのか』を読んだこともありこの本を読んだ。 感想を書こうと思って、たなぞうで検索したら、おやまだ誰も感想載せていない。 わたしの様な不真面目な人間がこの本の最初の感想を書いてしまってよいのだろうか、とちょっとだけ思った。でも少し考え「一番乗りだぁ」という気分で書き始めていた。 読み始めてすぐに、なあんだ城山さぶちゃん ってゴルフに夢中の時期が結構あったんだ、作家さんがゴルフに熱狂する話はあまり知らなかったので、へえと思った。 で、どんどん読み進めてもづーっとゴルフだった。健康の為にゴルフ遣っていた、というのは判るのですが、これじゃあちょっとしたゴルフ日記だよ。 もちろん、随所に亡き妻容子さんへの思いが書かれている。  夢に出る。  慰めてくれる。  女房を返せ! と口走っている…。 娘さんである井上紀子さんのあとがきが長い。 もともと手帳に記された作者の日記メモを元に上梓までこぎつけた作品なので、実の娘さんが書くあとがきに、少しばかり気合が入るのは判るけど、ちょっと長すぎたな。そのまた最後に載った「勲章をもらわなかった話」がなければバタン(閉じる音)というところでした。 この本の題名ってだれが付けたんだろう。『そうか、もう君は…』と同じで上手いね、と思っていたら途中に作者によるそのものズバリの記述があった。 どうせ あちらへは 手ぶらで行く みんな気ままに 天に向かって 歩け 歩け                           良い本でした。

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著者プロフィール

1927年、名古屋市生まれ。海軍特別幹部練習生として終戦を迎える。57年『輸出』で文學界新人賞、59年『総会屋錦城』で直木賞を受賞。日本における経済小説の先駆者といわれる。『落日燃ゆ』『官僚たちの夏』『小説日本銀行』など著書多数。2007年永眠。

「2021年 『辛酸 田中正造と足尾鉱毒事件 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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