増大派に告ぐ

著者 :
  • 新潮社
3.13
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本棚登録 : 156
レビュー : 30
  • Amazon.co.jp ・本 (268ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103197218

作品紹介・あらすじ

誇大妄想にとりつかれたホームレス、どうしようもなく狂気に惹かれる14歳。さびれた巨大団地の隙間で、二つの孤独な魂が暗い光を放つ。第21回日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • ファンタジーノベル大賞とのことですが、どこまでも現実的な話です。
    面白いし、読みやすい。けど、ラストがなぁ…。
    救いようがなさ過ぎて、読み終わって呆然としました。
    最後のページまで、それが例え欺瞞でも、希望のある終わり方をすると思っていたのに。

    14歳は、脆く、残酷ですね。
    ラストシーンから後の、果てしない絶望感。少年の今後を思うと胸が痛いです。

  • すごい作品だと思った。感動。面白い。
    過去と妄想に取りつかれている浮浪者と、父親の暴力という逃げ場のない苦しみの中にいる少年が出会う話。
    実際あったのではと思えるほど生々しく感覚に訴えてくるような描写。うねる物語。それでいて丁寧に伏線は回収される。
    『本にだって雄と雌があります』が素晴らしく面白かったからこの作品も読んだけど、『本に~』の読後感が陽性だったに対し、これはめちゃめちゃ暗い。
    教室や公園の隅っこに居るアウトサイダー達の話。
    それでいて「孤独なアウトサイダーのための小説だ!」と共感しようとすると突き放される構成になっている。そう言う自分の弱さ、すけべ根性、ナルシズムを突かれる。
    誰得?と思ってしまうw人生を謳歌してる人はそもそも暗い小説なんて読まないだろう。で、謳歌してない人が読んでも共感を拒まれる。
    でもそれが作者の表現に対する誠実さなのだと思う。

  • 「本にだって雄と雌があります」が面白かったので。
    一応ファンタジー大賞入賞作品なのでカテゴリをファンタジーにしましたがファンタジー要素がホームレスの妄想世界だけなのでそれを期待して読むとえって思うような作品でした。「本にだって~…」のときも思いましたが、小田雅久仁さんの作品はこれ!といえるカテゴリに当てはまらないような不思議な世界観がすばらしいと思います。

    「本にだって~…」の知識だけで読み始めたので「妄想の世界に生きるホームレスと父親に虐待されている中学生のハートフル交流」みたいなのを途中まで想像していたのですが、まったく逆でした。ハートフルボッコにされました。終わり方が衝撃的すぎて読了後しばし呆然となりました。

    ホームレスと中学生は「父親が誰か分からない」という共通点がありますが中学生の舜也には家庭の話ができる友人もいるし、頭もおかしくない。反対にホームレスは電池のないラジオから聞こえる声と会話し、増大派という世界的組織がクアトリウムという未知の物質を使って地球を破壊しようとする野望を打ち砕く減少派の一人と思い込んでいる。ホームレスのほうがあきらかにおかしいし破滅的です。しかし後半に進むにつれホームレスが潜在意識ではまだ正気を持っていることがあきらかになり、反対に舜也は狂気にひかれホームレスに近づくが欲しかったものとは逆に清々しさを手に入れたが…舜也とホームレスが分かれた後にこの展開がくるとは思いませんでした。
    狂気を自分のものとして消化したホームレスと狂気に負けた舜也。この後舜也がどうなったのか、多華子から何かフォローがあって欲しいと思いました。

    ファンタジー要素のホームレスの妄想世界は大阪・神戸を練り歩く宇宙服のちんどん屋や車椅子の少女がコマ送りのようにでてくる場面など想像できるけど不思議な場面が多く心に残るものが多かったです。
    最初から最後まで暗く重い話は苦手なのですがこれはファンタジー要素の部分が面白く、最後まで飽きずに読めました。

  • 両目を閉じた後片目を開けると、一瞬闇は完全に消え去ったように見えるが、閉じた眼に意識を集中すると暗闇が見えてくる、というはじまりの文章が面白い。
    簡単に言えばイカレたホームレスと家庭環境に問題のある少年との交流なんだけど、そういう書き方をしていないところが新鮮。
    客観的に見れば、汚らしい犬を連れ、周波数の合わないラジオを持ち歩き、いつもぶつぶつ言っている、広島カープ野球帽を被った眼つきのあやしいホームレス。でもホームレスの一人称の語りを読むうちに、この男の心情がわかる気がしてくる。父親に虐待されている少年との間に友情に近いものが生まれるかと思わせるが、最後に残酷な結末を迎える。

    「日本ファンタジーノベル大賞」を受賞した作品というから、ファンタジーっぽい展開があるかと思って読んでしまい、そういう意味では大いに裏切られたが、純文学として、価値ある作品だと思う。
    ホームレス一人ひとりにも当然人生があり、外見だけで敬遠するのは良くないと改めて思ったし、家庭にも学校にも居場所のない少年の心の荒み具合はリアルで、胸が痛んだ。

  • ファンタジー大賞受賞作ってことで。あまりファンタジーっぽくはないけど、妄想世界を見事に描き上げた、ってところが評価されたのかな。現実とのつなげ方も秀逸で、確かな文章力のおかげもあって、読み心地は良かった。最後のやるせなさも、アリかな、と。

  •  小田雅久仁(おだ・まさくに)著『増大派に告ぐ』(新潮社/1480円)読了。昨年度の「日本ファンタジーノベル大賞」受賞作だ。

     これがデビュー作とはとても思えないほど、じつに素晴らしい文章を書く作家である。魅力的な比喩の連打で彩られた、鮮やかなイメージの奔流。文章が濃密なので速読は不可能で、ゆっくりと味わいながら読み終えた。

     古びたマンモス団地を舞台に、妄想に取り憑かれたホームレスの中年男と、酒乱の父親から虐待を受けている男子中学生の物語が並行して進行する。やがて、孤独な魂が共鳴するように2人は出会い、ささやかなカタストロフィに向かって歩を進めていく。

     「増大派」とは、中年男が抱きつづける妄想のキーワード。男の心には、この世界が「人間の精神を戦場として、エントロピーの増大的な要素と減少的な要素が二大勢力に分かれてせめぎ合っている」場として映っている。
     エントロピーが増大していくように、「増大派」はつねに多数派で、「減少派」は滅びゆく少数派だ。自身が「減少派」だと確信している男にとって、日々の暮らしは「増大派」との絶えざる闘争なのである。

     ……とまあ、そのような妄想を抱いている人は世にたくさんいるわけだが(ネットの世界にも、その手の人たちが妄想をくり広げる痛々しいサイトがよくある)、ありふれた妄想が、才能ある作家の手にかかるとこんなにも残酷で美しい物語に昇華されるのだ。後味のよくない、極彩色の悪夢のような陰鬱な作品だが、まぎれもない傑作。
     これぞ小説だ、と思う。映画化もテレビドラマ化も不可能な、小説でしか描けない世界が展開されているから。

     私が付箋をつけた箇所をいくつか引用する。読者を選ぶ作品だが、この引用を読んで「お、よさそうだな」と思えた人にはオススメ。

    《男が言うには、戦争に行って生きて帰った人間の魂は皆死んでしまっており、その魂の死を断固として拒んだ勇敢な人間たちは皆肉体が死んでしまったのだそうだ。つまり戦争というものは行けば誰一人として生きて帰らないのであり、男もまたフィリッピンの密林の中で魂を失った、人間の抜け殻なのだと言う。
     男はフィリッピンで迫撃砲の弾の破片がまっすぐ眼に飛びこんでくるのをはっきり見たそうだ。あんまり速う飛んでくると瞼も間に合わん、と男は幾度も練習を重ねたとっておきの台詞のように言った。そして、頼みもしないのに義眼を出し入れするところを彼に見せてくれた。それは目玉というよりも、目玉のふりをして天敵を脅かす南洋の宝貝のようだった。それをぺろりと飴玉のようにねぶってから、小さな口のような眼窩にぐにゃりと押し戻すのだ。》

    《もし神が人間から嘘をつく能力を奪ったとしたら、人類は一年ともたずに滅亡するだろう。薄い皮膚の下に辛うじて閉じこめられていた全人類の諸々の悪感情が溢れ出し、濁流となって世界を駆け巡るだろう。どんな慈愛に満ちた方舟もけっして浮かび続けられないような濁流だ。が、もしかしたらほんのひと握りの人間だけは生き残るかもしれない。神にすら嘘を奪えなかった天性の嘘つき。悪の泉から直接その能力をすくいとった真の嘘つき。》

    《クスノキにはショウノウという成分が含まれていて、タンスの虫除けにも使われており、虫を寄せつけない。だから、その根元に埋められた死体はけっして腐ることがなく、死んだばかりのようにいつまでも綺麗なままなのだ。そこに眼をつけた未練がましい人間たちが、夜陰に乗じて愛する者たちの死体をこっそりと埋めた。ときおり掘り返しては、土まみれになった白々と冷たい死体と愛を交わすためだ。クスノキはそんなふうに深く愛されすぎた死体の魂をいくつもいくつも吸い上げて巨大になるのだという。》

     メモしておきたいような比喩表現も多い。「死んだことにまだ慣れていない死体のような足どりでぐらりぐらりと歩いている」とか、「地球の裏側に広がっているはずの夜が透けて見え始めたかのように地面はどんどん黒くなっていく」とか……。

     引用した箇所はいかにもダーク・ファンタジー調だが、全体を読むとファンタジー色はわりと薄い。もう少し書き方を調整すれば、このまま純文学として出せるくらい。
     著者略歴に「好きな作家」として挙げられているのは、『すべての美しい馬』のコーマック・マッカーシーと、『悪童日記』のアゴタ・クリストフ。このへん、いかにもという感じだ。

     著者の資質は、ファンタジーよりもむしろ純文学に向いていると見た。これほどのスキルがあればどんなジャンルの小説もそつなくこなすだろうが、次はゴリゴリの純文学でブレイクを狙ってほしい。すごい新人だと思う。

  • く、くるしい……
    ファンタジーノベル大賞だからと、ついその目線で読んだだけに、攻撃された気持ち……

  • ファンタジーノベル大賞ということで読んでみた。
    面白い! が明るい気持ちにはなれない本。ただただ陰鬱。狂気の妄想と現実が交錯して進んでいく見事な物語。
    登場人物のホームレス、彼の妄想を見てみると明らかに精神を患っている(統合失調症?)ように思えるのだが、精神病の一言で片づけてしまうのは味気ない。
    妄想が邪魔をして現実がねじ曲がって見えているけれども、そのぐにゃぐにゃの世界の中に僅かだけ、彼にしか見ることのできないリアルがあるのだと思った。顕著なのが「増大派」と「減少派」を見分けること。

    さてこの話はよくあるファンタジーとは程遠いので、読者の大半は「何故これがファンタジーノベル大賞?」と首を捻ることになるのではないだろうか。確かにファンタジーというカテゴリだけにおさまる作品ではない。が、まぎれもないファンタジー作品であることは間違いない。
    何故ならこの作品世界は妄想と現実が癒着し不可分なものとなって、ある種幻想的と言っていい感じに織り上げられているからである。マジックリアリズム的、と言おうか。仮にこのホームレスが見ている世界をイチ、ニ、サン、ハイ! で体験できたなら、そこには今までの現実とは何かがずれている奇妙でファンタジーな異世界が広がっているのではないだろうか。
    ちなみにファンタジーノベル大賞の講評を何年分か読んでみると、選考委員さえ「ファンタジーとは何か」と考え込んでいるのが見て取れる。確かにこの問い、簡単には答えがでない。突き詰めて考えると物語とはすべからくファンタジーである、とさえ言えるのだから。

  • 「本にだって雄と雌があります」の感想、「日本文学はこれしか褒めないで今年が終わる」⇒さにあらず。これも褒める。
    本作がデビュー作だそうだ。ユーモラスだった新作とは違い、内容はダークで毒にまみれている。歪んだ価値観と狂気の中で世界に戦いを挑むホームレス。父親に愛されず暴力を受けながら荒んだ家庭で怒りを燃やす少年。糖分ゼロのストーリーが進み、ラストシーンにさらに突き放される。
    しかし、これが作家の書きたい小説なのではないか、という感覚もある。「本にだって」も、裏に深い闇を隠した明るさだ。”一枚裏に地獄がある”という世界観がこの人の作品なのだろう。豊饒な言葉、巧みな比喩などテクニカルな巧さはもちろん共通しており、どちらも地獄を前にしていながらも、ある種の爽快感すら覚える。
    エントロピーをモチーフとした「増大派」「減少派」は巧みな設定だが、学生闘争や左翼思想関係を連想させ、老獪さもうかがえる巧さに団塊かと思えば、1974年生まれ。なんと私より若いではないか・・・今年出会ったこの作家、小田氏は、今後も読みたい日本の小説家に決定。

  • 全く知らない作品でしたが、大賞受賞ということで読んで見ました。が、私には合わない小説でした。この国には増大派と減少派が有りまして、その対立の話なのかと思っておりました。まぁ間違いではないのですが、話はとある団地とその周辺に限られております。ただ減少派は本当に少ないのです。作者は人間の内にあるどろどろしたものを書きたかったのでしょうか。私には良くわからない作品でした。

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