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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784103259220
みんなの感想まとめ
人生に疲れ、絶望感を抱える三人の男女が、湾に迷い込んだクジラを通じて自らの苦悩と向き合う物語です。彼らの過去は痛々しく、過干渉な母親や厳しい環境に影響されてきたことが描かれています。特に、母の愛の複雑...
感想・レビュー・書評
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由人24歳、独身男性、一人暮らし。母親の愛情が自分だけには向かず、高校卒業後家を出て東京の専門学校に通う。その後、ブラック企業に就職、過労と失恋により、うつの薬が手放せない。(オーバードーズ)
野乃花48歳、独身女性、一人暮らし。絵の才能があるが家庭の経済事情により美大進学を断念、できちゃった婚からの育児ノイローゼで家出、離婚、就職、独立して会社経営のちに倒産、(ネグレクト)
正子16歳、女子高生、父親の転勤にあわせて転校を繰り返す。友人の死をきっかけに母親の過干渉を避け家出する。(拒食症、リストカット)
カルテ風に観察したのは、感情移入してしまうと、心に突き刺ささるからです。この作品が書かれたのは11年前だからなんとなく昭和臭漂う高度成長期からバブル崩壊し、就職氷河期からゆとり世代にかけての時代設定。年を重ねた今となれば、子の立場も親の立場も理解できてしまう。Wのうめきが共鳴して、堰を切って溢れだし決壊しそうになるのでセルフチェックしないと堤防守れない。
3人の痛々しいスリーコンボの生立はまるで ジェットストリームアタックのように攻撃してくる。バブル、ロスジエネ、ミレニアルそれぞれの世代の負の感情からなる波状攻撃。あるいは最強騎馬軍団を蹴散らした長篠の鉄砲3段撃ちの破壊力。
感じたことは、子育ての場に父親の存在が薄いのが共通点。父親は仕事中心で帰りが遅く、家庭では寡黙にすごし、酒を飲み育児は母親に任せっきりの旧態依然のスタイル。家族形態が核家族へと移行していくなか母親の負担増になり、その不安や不満を純粋な子供は敏感に感じ取ってしまい拠り所をなくし彷徨うことも否めないように思えてしまう。
そんな3人が出会ってしまい、湾の迷いクジラを見に行くのも必然なのかも、受動的に形成された自我から抜け出す道を模索して迷い込んだ迷宮に重なるようなクジラの姿。
ラストに向かってはもう感涙の嵐、心地よい幕引きでした。
泡のカーテンの向こうに通り過ぎる切れ長の目。
ハッキリとした道が示される訳でないですが、人の温かさに触れた時、微かに感じるマッチ売りの少女的幻影が東京タワーの光の様に現れる。
どんな人生になろうとも能動的に生きて最後まで微笑んでいたいって思いました。
迷いクジラと言えば、この1月淀川河口に現れた「淀ちゃん」残念ながら死亡が確認されて紀伊半島沖に沈められたニュースは記憶に新しいけど、深海に沈んだクジラの死骸は「鯨骨生物群集」と呼ばれる特殊な生態系が形成され多様な生物の命をはぐくむ深海のコロニーになるとか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
彼女に振られ、仕事の忙しさから鬱病になり
メンタルクリニックに通う、田宮由人。
自分の会社を倒産させてしまった、
由人の会社の社長、野乃花。
神経質な母親に過干渉され、心身を病み、
リストカットをする正子。
人生に疲れ、絶望した3人が
湾の中に迷い込んだ鯨を見に行く。
3人が歩んできた人生は、なかなかしんどい。
長兄と妹を溺愛し、母親の愛情を受けられ
なかった由人。18歳で出産し、子どもを
捨てた野乃花。生後まもなく姉が亡くなり、
異常な神経質となった母から、過干渉される
正子。
湾に迷い込んだ傷ついた鯨と、
彼らの姿が重なる。
必死で湾から逃れようとする鯨、
町ぐるみで鯨の脱出を試みようとするのだが、
傷を負った鯨はなかなか湾から出られない。
湾を出ても、鯨の生存率は半分半分らしい。
だが鯨は、やがて自力で湾を出てゆく、
雄叫びを上げながら。
由人たちの現状は、今のところ何も解決は
していない。
『だけど僕は死なない。たぶん』
ラストの由人のセリフに、生きてゆく覚悟を
感じた。
きっと、大丈夫だ、
由人たちも、あの鯨も。 -
「どうせ死ぬなら、死にかけのクジラを見てからにしませんか」
生きることを諦めた三人が、死ぬ前に「小さな半島の湾に迷い込んだ一頭のクジラ」を見に行くという奇妙な旅に出る。半島で過ごした夏の数日間。三人とクジラはゆっくり海へと泳ぎ出す。
由人は気持ちを言葉にするのが苦手。寡黙な父親。母親は虚弱体質の兄にばかり愛情を注ぐ。両親から愛された記憶もなく、家の中で孤独を感じていた。
野乃花は貧しい漁師の家に生まれ、絵の才能があったが美術系の学校に進学することは出来ず、母親の心臓の手術費用を工面するため 高校卒業後は就職しようと決めていた。しかし卒業間近に妊娠してしまい お腹の子の父親が資産家の息子と知った野乃花の母は堕胎をさせなかった。
正子には 生後七ヶ月で死んでしまった姉がいた。第一子を亡くしたことで 正子に対し病的なまでに過干渉となった母。母からの「お姉ちゃんみたいに良い子にならないとだめよ」という言葉、父からの「お母さんを心配させてはだめだ」という言葉に押しつぶされそうになっていた。
生まれた環境や親、自分ではどうする事も出来ない寂しさや苦しさの中で 高校までを過ごしてきた三人。それでも なんとか息のしやすい場所を求めて 自分の居場所を見つけようと努力する。
由人は 野乃花のデザイン会社でやり甲斐をみつける。 野乃花は自分の立ち上げたデザイン会社を守ろうとする。正子は初めて出来た双子の親友に 苦しい気持ちを打ち明ける。
だけど 世の中ってなんてままならない!
これが窪美澄!頑張って頑張って頑張っても努力が報われない。鬱、倒産、親友の死…。
読んでいて ずっとずっと苦しくなる。
頑張りすぎちゃうんだよね。みんなができてるんだから自分もやれるはずだって。もっとやれるはずだって弱みもみせられないし助けも求められない。逃げ出せない。そういう人はある日ポキッと心が折れちゃう。
死のうとしていた由人が、同じく死のうとしていた野乃花と出くわし 何とか自殺を止めようと咄嗟に「クジラの旅」を提案する。目的地に向かう道中 野乃花は フラフラと歩いている正子を見つけ「一緒にクジラを見に行こう」と声をかける。
変な三人の変な旅だけど、半島で出会った優しい人たちとの交流や 弱っていくクジラを見守りながら 徐々に心の健康を取り戻していく。
「生きてるだけでいい」
うん。
いや、生きてるだけが難しい時もあるだろう。元の生活に戻ったらまた苦しくなる時もあるんだろう。
でもその時はまた ぽーいって面倒くさいこと投げ出して たまには人生の夏休みを取ればいいよね。
クジラ見たいな〜
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つくねさん こんにちは´▽`)ノ
レビューってどこまで書いていいんだろ?って考えたらわかんなくなってきちゃって…笑
つくねさんのカルテ風レ...つくねさん こんにちは´▽`)ノ
レビューってどこまで書いていいんだろ?って考えたらわかんなくなってきちゃって…笑
つくねさんのカルテ風レビュー!
野乃花の人生が壮絶すぎですよね( ノД`)
てか出てくる人 みんな苦しそう
爽やかなラストで救われました⟡.·*.
正子が双子兄に電話でギターのコード聞いてる場面が可愛くて♡2024/06/20 -
2024/06/20
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2024/06/20
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メンタルの弱っているとき、
辛い思いをしているとき、
この本を読み始めたら、
完璧にどん底に落ちる!
人は、生まれた家庭も環境も選べない。
子供の時分は親の言葉がすべてだ。
閉ざされた世界でもがきながら、
理不尽さに耐えながら生きなければならない。
一人一人の描写がとてもリアルで、
感情移入をしやすいので、
読んでいて、とてもつらかった!
そして、タイトルにある迷いクジラが、
3人の心に希望を与えてくれた。
メンタルが弱っている人、
辛い思いをしている人、
この本を読んで、どん底から立ち上がって! -
由人、野之花、正子3人の辛い子ども時代が詳細に描かれ、痛々しい。
3人の母親たちから、母の愛とは何かを考えさせられる。「母の愛」は神聖視され肯定的に捉えられてきたが、本作ではその内面の複雑を描きだしている。
「心配」でなんでもやってあげ、そこに喜びを感じてしまう由人の母。「心配」という言葉で正子を縛り上げている母。貧しさから抜け出させたいと堕胎させなかった野之花の母。どの母親も「子どものことを思って」が根底にあるのに、どこから歪んでしまったのか。親はどうしてこれほど子どもに盲目的になってしまうか。歯止めはどこにあるのだろう・・・。
子どもたちは大人の事情の中で生きている。それは仕方のないことだけど、大人の事情を理解し大人を思いやれと言うのは無理だ。
「子どもは優しくされたくて生まれてくる。理解するのは長く生きている大人の方じゃないか」忘れてはいけない。
おばあさんの言葉「やりたいことすればよか。正子ちゃんはそんために生まれてきたとよ」温かさが心に染みる。
『子どもの人生は子どもの』それを親はいつも心に留めておかなければならない。
入り江に迷い込んだクジラの苦しむ姿、海に戻っていった姿に3人は自らを重ね合わせる。クジラは海に戻っても死ぬ確率が高い、人間が助けることに意味あるのか分からないとうクジラ博士の言葉を聞きながら、それぞれの事情でクジラを助け、自然のサイクルに干渉してしまう人間。
対象物に自分を投影し物語を作ってしまう人間は、良い意味で他者の気持ちを想像し寄り添うことができるということか。
(これも良し悪しだが)目の前に苦しんでいる動物(人間も)がいたら、救ってやりたいと思うのが人間だ。
家族の中で傷ついてきた3人が疑似家族を演じ、おばあさんの家で穏やかな時間を過ごす。そのなかで血の繋がった家族以外にも寄り添う人がいることを知る。
正子が「人間はクジラとは別の生きものですよね。私は生きます」と断言した力強さに胸が詰まる。
3人の現状は何も変わらない、苦しいだろう。けれど前向きになれたのは、クジラに自らを重ねると同時に、他者に関わろうとする人の姿に触れたからだろう。 -
おもしろかった!
と言っていいものか。
いろんな痛みがあって
でも少しずつみんなほぐれてきて
よかった。
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感想
多分積読。随分昔に読んだ記憶をぼんやりと思い出しつつ読む。
生きることとそのしがらみとは?結局しがらみなんぞは人間が作り出したもの。
自由に生きればいい。そんなことを思った。
あらすじ
引っ込み思案で寡黙な由人。農家の3人兄弟の次男として育った彼は、兄や妹のように母親から愛情を注がれず寡黙に育った。
高校を卒業し、東京のデザインの専門学校に通い始め、ミカと出会う。お節介なミカは由人を垢抜けさせていく。
やがて小さなデザイン会社に入り、働き始めたが、三年が過ぎる頃から上手く回らなくなり、帰れない日々が続いた。祖母は亡くなり、ミカも離れていった。やがて激務で由人はウツになり、会社も倒産する。
会社の社長だった野乃花の生い立ちから、田舎の漁師町に育った野乃花は絵を描くことが好きだった。高校になり、絵画教室に通う様になって、そこの先生との間に子供ができる。政治家で資産家だった家での野乃花の居場所はなく、子育てノイローゼもあり、お金を持って家から逃げ出す。
正子は小さい頃から赤ん坊で亡くなった姉のように良い子でなければならないと母親から過干渉を受ける。高校になった頃、初めて友達が出来たが、その子が癌で亡くなり、母親の過干渉に疑問を持って引きこもりになる。ある日、外に出たところをクジラを見に行こうとしていた由人と野乃花と出会う。
3人で湾に迷い込んだクジラを眺めるうちに生きることについて考える。3人は偽の家族のフリをして近くのばあちゃんの家で過ごすうちに人間らしい生活を実感する。 -
ひとつ前に読んだ「ファミリーポートレイト」をひきずっちゃうなぁ。
コマコほどではないにしろ、恐ろしい母の呪い、痛々しい心の叫びが重なります。
母親からの愛情を感じられず家を出て、仕事に忙殺されて彼女にフラれて、うつ病の薬が手放せない由人。
圧倒的な絵の才能が有りながらも泥沼から抜け出せず、子供のまま子供を産み、育児ノイローゼからすべてを捨てて逃げ、そしてまたすべてを失った野乃花。
強迫めいた母親のためにいい子であろうと頑張り続けても自分を見てもらえず、やっとできた友達を失い、生ける屍のようになった正子。
ぼろぼろの3人が道連れに、湾に迷い込んで出られなくなったクジラを見に行く。
それぞれの過去話は重苦しく痛々しくて、子供を捨てた野乃花でさえ嫌いになれず、必死にもがく様子にひりひりしました。
3人もクジラも、死の淵が一歩先まで迫っていたけど、そこを踏み出さずにいることはそんなに難しいことじゃないってことに気付いたラストは、すーっと心が凪いだ。
クジラの町で出会う人々、特におばあちゃんがいい。 -
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なかなか息苦しくなるような話だったけど、最終的にはほーってなった。
おばあちゃんの言葉が印象的。
「正子ちゃんのここには、きっとお友達もお姉ちゃんもおるとよ。正子ちゃんはその人たちの代わりに、おいしかもん食べたり、きれいなもんを見たりすればよかと。それだけでよかと。生き残った人ができるのはそいだけじゃ。」 -
北関東の農家の次男として生まれた平凡な由人。
漁師の娘として生まれ、
物心ついたころから、絵を描くことが好きだった野乃花。
潔癖症の母親に育てられた“いい子”になろうと頑張る正子。
誰もが懸命に生きているのに・・・。
何処で間違えたのだろう。
上手く生きていくことが出来ない。
それぞれの想いを抱えながら、
迷いクジラを見守る。
うつ病。虐待。リストカット。
新聞やテレビで見慣れた単語が、
深く、重く、心を締め付けていく。
絶対に死ぬな。生きているだけでいいんだ。 -
こんなに読んで人の心に訴えてくる、いや人の日常や人生に影響を与え続ける小説を書くのは、氏と角田光代が断然である。
とっても辛く絶望的な部分が多く、結末も希望と言う嘘くさくはないけれど
これは特別な人たちの物語では決してなく、今現代に生きる人々の誰もが思い当たる登場人物たちだ。
物語も主人公たちの感情描写にも反古はなく、連作短編集の傑作。間違いなく今年の小説の代表作の1本だろう。 -
心の病は、目に見えない。
サボっているだけだろう。
弱い人間がなる病気だ。
社会には、まだまだ大きな偏見がある。
農家の次男で自己主張が苦手な由人。専門学校で知り合った恋人からひどい振られ方をした上に、会社は明日どうなるかわからない。会社の先輩のススメで心療内科に行くことに。
絵を描くことが好きで好きで堪らない少女・野乃花は、高校の教師のツテで絵画教室に通えることに。貧しい家庭で育った彼女には夢のような話だった、はずなのに運命が大きく野乃花の人生を予期せぬものにしてしまう。
長女を幼くして亡くした反動で、母に極端な過保護な育てられ方をした正子。
三人が、それぞれの家族、友人、恋人等との関係性の中で心を病み、一時は死を考える。
うつは、時に死に至る病となる。
現代の治療の最先端は、薬中心の一方的な対面治療から、本来その人が持っている回復しようとする人間本来の力、生命力、レジリエンスを、人との関係性の中で引き出して行く方向になっている。
三人の主人公が、苦しんで苦しんで苦しみ抜いて辿り着いたところ。
心病んだ人たちの、一生懸命生きた人たちの、レジリエンスの物語。 -
由人、野乃花、正子。三者三様の生き辛い事情を抱えている、この物語の主人公たち。ふとしたきっかけで座礁したクジラを一目みてから死のうとするが・・・。
3人のそれぞれの物語は過去から遡り、軽すぎず重すぎず、でも読み手の心にその痛みが素直に入ってくる、絶妙なさじ加減のエピソードでした。(もっと掘り下げれば、3冊の本ができてしまいそう。)
彼と彼女らは、旅先で出会った人々の温かい心に触れて、そんな人たちにもやはり辛い過去があって、一人では冷たくて仕方なかった指先を、誰かに温めてもらったり、もうダメだと思っていた自分が、誰かを温めることができると知ったとき。。「まだ、頑張れるかもしれない。もう少し、生きてみようか」と思い至ったりするんだろうな・・・そんな読後感でした。
くじらの描写もよかった。一度座礁したクジラが沖に帰っても2日以内の生存率は半分だそうだ。それでも、クジラは納得してその生を閉じるだろう。やれることはやったのだから。
(だけど僕は死なない。たぶん。) -
うつ病一歩手前のデザイン会社社員由人、その会社の女社長で倒産間近の会社とともに自殺を決意した野乃花。親友を亡くし、母親からの過剰な干渉で自分を見失った正子。三人の壊れていく過程と再生を描いた小説。
第一章では由人がうつ病一歩手前まで追い込まれるまで第二章では野乃花が会社を追い込んでしまうまで、第三章では正子が自分を見失い、たまたま由人と野乃花と出会うまで、
そして第四章で、なぜか田舎の湾に迷い込んだクジラを見に行くことになった三人の小さな田舎町での生活が描かれます。
それぞれのエピソードがどれも濃かったです。どれも親子関係が一つの大きなテーマとなっています。
母親からの過干渉に悩む正子や逆に兄妹ばかりにかまけて、自分に振り向いてもらえない由人の問題や、その親たちに感情移入しきれないというところがありました。
ただ野乃花の章の素朴な絵が大好きだった少女が壊れてしまう描写が迫力があって印象的でした。
4章のメッセージがとてもまっすぐでした。小難しい理屈とか建前だとか何も言わず、ただ”生きる”ということを肯定するのって簡単なようで難しいような気がします。
だからこそストレートに、そうしたことを伝えるこの本が少しまぶしく感じました。
あと田舎町の人たちの描写がよくて、そのためかこの人たちと関わったおかげで三人が再生していく描写もとても自然に受け入れることができました。
第3回山田風太郎賞
2013年本屋大賞6位
著者プロフィール
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