とにかくうちに帰ります

  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103319818

感想・レビュー・書評

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  • 職場で語られる当人同士だけが盛り上がれる会話がこぼれ落ちてきて臨場感ありありのストレスを追体験できたりで2倍疲れてしまいました。
    でも無視できなくて気になって聞き耳立てたくなる誘惑には逆らえない感じです。
    いますよね、心の声がダダ洩れで独り言いいながら作業してる人とか・・
    貧乏ゆすりする人とか・・
    ペン回したりする人とか・・
    気になりだしたら集中できなくって
    主人公の鳥飼早智子も結構に変人だったりで、こだわりあったりするのですが仕事の要領は悪そうで、職場の人間観察するのがストレス解消になってるような種族で共感します。
    作中出てくる万年筆のペリカーノジュニアが欲しくなってしまってAmazonチェックしたら右利き用と左利き用とかあるようでどう違うのか興味でてきちゃった。
    そうゆう心に浮かぶ雑多な事ってパッときてグットきたら優先順位とか関係なく夢中になったりで、そんな挙動不審な心地よいイライラを躊躇うことなくダラダラ表現できる津村さんってやたらすごいと寒心しきりなんです。
    読みやすい文章は漢字とひらがなが適度な配合で書かれたものなんですが、漢字バリバリ、カタカナ増し増し、ひらがなひかえめな、通がラーメン注文する時の呪文のような文章になると読みづらさを感じて耐えられなくなるのですが、リアルではそんな呪文で注文してる客をみたことないし都市伝説か超常現象のように感じてます。もっとも食事には静けさを求める私としては威勢いい声が轟くようなお店は怯んでしまい入れないですけどね。

    アルゼンチンのフィギュア選手でファン・カルロス・モリーナとかいう人の話題が出てきた時は興味がなかったのにグイグイ惹き込まれてしまいました。城之内さんとゆう職場の先輩には決してこの人の話題は出さないようにしてるとことか。あるあるネタのように愉しめました。彼女が贔屓にしてる選手やチームは大事なところでダメになっちゃうとゆうジンクスがあるようでそこ等へんの件は面白かった。すごくニッチでどうでもいい事なんだけど暇を潰すにはかけがえのない拘りだったりでリアルすぎでした。
    本のタイトルの「とにかくうちに帰ります」よりも前半の連作短編の方が面白かったです。

  • 『ブラックボックス』、『ハラスメント、ネグレクト』、『ブラックホール』、『小規模なパンデミック』、『バリローチェのファン・カルロス・モリーナ』、『とにかくうちに帰ります』の6作品が収録された本作。

    前半4つは10ページほどの超短編小説で、バリローチェは40ページほど。こちらの5つはチェーンストーリーのようになっていて、変化する主人公の視点から、それぞれの登場人物の雰囲気が掴めるのが、読んでいて楽しい。

    お気に入りは、『ブラックボックス』。
    P.10
    田上さんのこみいった時間管理は、自分の仕事に対するブランディングなのではないか、という話になった。社内の男連中が、田上さんの仕事を、誰にでもできる字を書くだけのもの、と侮っていることは、彼らの言葉の端々から伝わってきており、馬鹿だな、と私は思うのだけど、田上さんは、入社以来培った仕事の精度を見せびらかさず、能力によって実現できる正確さを、時間によってのものであると装うことによって、自分の仕事がある程度は困難なものであると周囲に思わせているのではないか、と。要するに、十五分でできることを一時間かかると見せかけて、これは簡単な仕事ではないんだよ、おまえたちはちゃんとありがたがれよ、と主張しているのではないか、ということだ。

    田上さんの強かさ。不誠実さには適度な不誠実さで答え、誠実さに対しては全力を尽くす、一貫性。結構かっこいい。


    表題作の『とにかく~』は、災害級の暴風雨により、勤務先(あるいは学習塾)のある埋立洲から歩いて帰ることを余儀なくされた会社員3人と小学生1人の会話を中心に展開される物語。
    P.154
    「友だちからきいたんだけど、嵐山光三郎が、エッセイの中で、台風中継はエロいって言ってたんだって」ハラは声をひそめながら話す。聞こえていようといまいともうどうだっていい。
    「女子アナの透明なレインコートが、風で体に張り付く様がいいんだって。なんかそれはわかると思った」

    ストーリーのなかに散りばめられる、どうでもいい会話が大好物なのでこのシーンは妙にぐっと来てしまった。

    また、津村さんがフィギュア好きとウィキペディアに書いてあったけれど、『バリローチェ~』でそれが垣間見えたのが嬉しかった。
    セイロンのウバとか、ペリカーノジュニアとか、ニュルンベルクのフィギュア選手とか、作者の趣味であろう二ッチな知識が作品に滲み出てくるのが、たまらない。

  • 会社から無事に家に帰るという毎日繰り返している当たり前のことがとてつもなく困難なことになる時がある。
    例えば台風。
    電車が動かなくなったり、ひどい混雑で乗り込めなかったり、最寄り駅までなんとか到着したけど家まで歩くのが命がけに思えたり。
    そんな時に心から欲しているのは家に帰って荷物を下ろし、疲れた体を無防備に横たえることだったりする。
    「帰りたい」
    その思いがますます人々を駆り立て、混雑した駅はさらに過酷な戦場になっていく。
    困ったものだ。

    この小説で人々を翻弄するのは豪雨。
    循環バスが運休になり、家を目指す人々は雨の中自力で橋を渡り始める。
    「帰りたい」という思いを胸に。

    今家にいられることが本当に幸せだなぁと思う。
    そして、大人って格好いいなとも思った。
    誰かを突き飛ばして家に帰るような大人にはなっちゃいけない。
    これは本当にそう思う。

  • 久しぶりの再読。
    やはり津村さんのオフィスものは面白い。
    営業の態度如何で書類の引き渡し時間を変える田上さん、何かと女性社員に突っかかっては嫌われる北脇部長、いつの間にか人の文具を持ち出し代わりに自分の文具も持ち出される間宮さん、次々と社員がインフルエンザに倒れていく中で最後までなんともなかった浄之内さん。
    表題作は豪雨の中、橋を渡り家に帰ろうとする二組のドラマが面白い。特にそれぞれに何かが起こるわけではないのに、やりとりや悲喜こもごもが何とも独特でワクワクする。

  • 交通手段を失い、豪雨の中長い長い橋をわたって家に向かう人々を描いた表題作より、ブラックジョーク的視点から職場の人間模様を描いた『職場の作法』、『バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ』の方が好みでした。

    仕事能力の逆サバを読むあの人、いつも文房具を借りパクしてしまうあの人、顔の濃いアルゼンチンのフィギュアスケーターを密かに応援するあの人、体調悪いのにマスクもしないあの人・・・どこかに実在していそうです。

    深夜枠のドラマ化希望。

  • 表題作の「とにかくうちに帰ります」は、最近流行りの働き方改革がテーマかと思いきや、豪雨の中、電車やバスの混雑のため、代替路線の駅まで歩いて帰ろうとする人たちの奮闘を描いたものだった。

    雨に打たれ、強風になぶられ、体力と気力がギリギリになりながら、「とにかくうちに帰りたい!」と叫ぶ登場人物たちの気持ちが、ひしひしと伝わってくる。

    温かく明るい部屋でくつろいでいる、そんな普通のことが、実は幸せなことなんだと気づかせてくれる話だった。

  • ’21年9月5日、読了。津村記久子さん、2作目。

    とても、良かったです。楽しんで、読みました。

    「職場の作法」、「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」、「とにかくうちに帰ります」の3作を収録ですが…表題作が、一番好きかな…。

    「職場〜」「バリローチェ〜」の2作は、登場人物が同じだったので、「とにかく〜」もかな、と思って読み始めたら、これだけ違う話で、ちょっと違和感が(どうせなら同じにして、連作短編集にすればいいのに、なんて思いました)。でも、読んでいくうちに、不思議な緊迫感(!)を感じ、かなり集中して読んでしまいました。

    大雨の中を、登場人物達がなんとか帰宅しようとする話なのですが…遭難するのでは?なんて、考えてました。そして、若い頃、新聞配達のバイトをしてた時の事を、思い出しました。

    台風直撃の最中、配達をした時の事を…。
    新聞を濡らさないように、できるだけ時間指定も守って…なんて焦りながらやってましたが、途中から義務も何も、全部ぶっ飛んでしまい、妙にハイ・テンションになった時の感覚…意識があるのかないのかも、分からなくなり…最後の方は、笑いながら(???)配達してました。その時の感覚が、脳裏に浮かんできました。死に際に、走馬燈を見たような感じ…。
    登場人物達の、体力消耗や、不安、何かに&何にでも縋りたい、という思い…とても、共感しました。それでも人を助けたい、という思いも。

    3作とも、「働きながら生きていく人達への、エール」と、僕には感じられました。

    感想がちょっと長くなりましたが…僕にとって、とても印象深い作品になりました。津村さんに、感謝!

  • 冒頭───
     狭い備品室の最奥のロッカーの中に、スクーター用のレインコートが掛けてあった。オニキリの言うとおりだった。ハラは、ロッカーの戸を開けたときに舞った埃で咳をしながら、それをつまんで取り出し、窓の向こうの雨が勢いを増すのを少しの間眺めた。朝出社した時は小雨程度だったのだが、昼すぎから降りが激しくなって、今はもう豪雨と言っていい態まで天気は変化していた。警報も出されているらしく、仕事が残っていない社員の中には、昼から早退する者もいた。
    ──────

    これは表題作『とにかくうちに帰ります』の冒頭部分。
    他に『職場の作法』として括られた掌編が四作と、短編が一作の合計六作品が収録されている。

    突然の豪雨のせいで、家に帰るのに二進も三進もいかなくなり、紆余曲折、波瀾万丈の三時間ほどの体験をする四人(二組)の人間。
    他愛もないことだけど、でもそのわずかな時間の中で、日常の様々なことに考えを巡らす。
    彼らの行く手には様々な障壁が立ち塞がる。
    たかだか、“うちに帰る”だけのごく当たり前の行程が、まるでエベレスト登頂に挑むような艱難辛苦の待ち構える旅に変貌していく。
    最終的には、
    (P153)
    “世界平和、そうだ。世界が平和であることを祈るように、今はうちに帰りたい。”
    とまで切実に願う。
    それほど“うちに帰る”ということが、彼らにとって重要なことになってしまうのだ。
    これと同じような設定が確か津村さんの別の作品でもあったと思うが、何の作品でしたかね?
    とにかく相も変わらず、人々の心理描写が面白い。

    別れた妻と住んでいる息子と翌日会うために、その日はどうしても家に帰らなければならないサカキ。
    そのサカキと旅の道連れになるのは、友達からもらったサッカーのDVDを見たかったのに、自販機に寄ったために送迎バスに乗り遅れてしまった小学五年生のミツグ。
    この二人の珍道中の会話が楽しい。

    例えばこうだ。

    恨めしそうにぶつぶつと独り言を呟き続けるサカキに対し、
    (P122)
    “「縁がなかったんだよ。おれだって自販機に寄ってるうちにバスが出たことに文句言ってないんだから、あんただってがんばれって。大人なんだからさ」
     子供はそう言いながら、サカキの背中をばしばしと叩く。”
    変に大人びたミツグだがやはり子供のせいか、この現状を逆に楽しんでいるようで、サカキよりもはるかに頼もしい。
    (私も小学生の頃、大雨や台風が来るなんて言われると、ワクワクした記憶がある。学校が半ドンになった日には、あまりのうれしさに、帰りはわざと道路の側溝を歩き、びしゃびしゃ音を立てながら、長靴に水が入るのなんて構わずに帰ったもの)

    もう一組は、通販で注文した紅茶がその日に届くので帰りたいというオニキリと、
    (P125)
    “一度は出たんだが、前にこっそりポイントを使って取り寄せた高級防災食目当てでいったん会社に戻り、しかし先輩と千夏ちゃんが防災食を置いている備品室で性交し始めたようなんで再び出てきました、とはやはり言えない”
    そんなわけで、バスに乗り遅れてしまった同僚の女子ハラ。
    こちらの二人も何とか助け合い、与太話をし、心の中に理不尽な鬱憤を抱きながら、豪雨の中、家路を急ぐ。

    この二組の珍道中が交互に繰り返されつつ、物語は進む。
    二組の掛け合いが、面白おかしい津村ワールドを創り出す。

    そして最後、ようやく駅まで辿り着き、電車に乗る直前に小学生のミツグがオニキリに放った一言が、この作品を見事に締めくくる。
    (P180)
    「雨ひどくてほんと寒かったけど、人の暖かみを感じる日ではあった」

    私もこの作品を読み終えたとき、心が暖かくなった。

    他の収録作品では、
    大切にしていた自分の万年筆をある人が奪ったのではないかと疑っていた主人公が、自分の仕事上の危機に直面して偶然そのありかを見つける『ブラックホール』や、日常あるある的な、体調が悪いにもかかわらずそれを自慢して出社する愚かな社員のせいで、多くの社員が風邪を移されて会社が休みになってしまう『小規模パンデミック』なども味わい深い。
    (私の前の会社にもいたんだよなあ、同じような人間が。ゴホゴホとひどい咳をして、「朝、体温測ったら38度あったけど、仕事があるから休めないよー」と大声でのたまう馬鹿野郎が。結局そいつのおかげで、多くの人間が風邪を移されて休むことになったのに)

    さらに、アルゼンチンのフィギュアスケート選手を題材にした『バリローチェのファン・カルロス・モリーナ』
    この作品では、応援する選手やチームが悉く怪我をしたり、成績が低迷したりという“厄”を持っていそうな浄之内さんには絶対に自分が密かに応援している選手を知られたくない、と願う私の心情の描き方が、何とも言えず滑稽である。
    あまりの臨場感に、読み終えた後、ファン・カルロス・モリーナは実在する人物なのか? とネットで調べたほどだ。

    とまあ、他の作品も含め、すべて面白かったのである。

    やはり、津村記久子は天才だ。
    毎度毎度私を楽しませてくれる作品を書く津村記久子さんに、この場を借りて感謝を申し上げるほかない。

  • 津村さんのお仕事小説、好きすぎる。今回も見事にツボをついてくれて…隅々まで共感しまくりだった。いつも津村さんの作品を読むと、胸のすく思いというか、溜飲が下がるというか、よくぞやってくれた(言ってくれた)という気分になる。
    そういう意味では、やっぱり「職場の作法」の「ブラックボックス」が一番好きだなぁ。田上さんの仕事に対する姿勢、見習いたい。こんなふうに飄々と、小気味よく、仕事をできる人になりたいものだ。
    表題作も秀逸。おそらくは誰もが大なり小なりこんな思いをして帰宅したことってあるんじゃないだろうか。長旅をしているような、気の遠くなるような、悪天候の中の帰還。そこに、それぞれの登場人物の人生をさりげなく滲ませるなんてお見事。豪雨の中、果たして彼らは無事に帰れるのか、自分もまるで一緒に帰宅しているようなつもりでページを繰った。
    一見理解しがたいような、自分にしかわからないささやかな幸せ。ちんけかもしれないけど、ささやかだからこそいいんだよ!と言いたくなるような、ユルい心地よさを感じられる一冊。

  • 以前から気になっていて、中を見たら
    ・職場の作法
    というタイトルがあり、一層気になった。
    恋愛があるわけでもなく、事件が起こるわけでもないけれど
    日常のなかでの”事件”は起こる。
    ストーリーは、どこかにある会社を盗み見ているかのように進んでいく。

    仕事をうまく進めるために、頼み方や角の立たない言い回しがある。
    もちろん普段の言動だって関係する。

    ときに小さく吹き出したり、あるあると頷いたり。
    人の文房具を使う人って、いる。名前が書いてあるのに。

    休日にHDの整理をする、ディスクにおとすのは映画から
    なんていうくだりには
    そうそう!と自分が重なったり。

    二作目の
    ・バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ
    は「職場の作法」とリンクしていて、でもフアンはスケートの選手。
    職場でフアンの話がでたり・・・で関わる。

    表題作は、そのままの意味だったことに少なからず驚かされた。
    「こういうとき」の「うち」の存在はどんどん大きくなっていって
    当たり前に往復している道が果てしなく長い。

    ラストでミツグとオニキリがそんなふうにつながるとは。
    そのくだりでは気が付いたら脳内は自分の利用駅になっていた。
    勝手ながらものすごくリアルだった。

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著者プロフィール

1978年大阪市生まれ。2005年「マンイーター」(のちに『君は永遠にそいつらより若い』に改題)で第21回太宰治賞。2009年「ポトスライムの舟」で第140回芥川賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2019年『ディス・イズ・ザ・デイ』でサッカー本大賞など。他著作に『ミュージック・ブレス・ユー!!』『ワーカーズ・ダイジェスト』『サキの忘れ物』『つまらない住宅地のすべての家』『現代生活独習ノート』『やりなおし世界文学』『水車小屋のネネ』などがある。

「2023年 『うどん陣営の受難』 で使われていた紹介文から引用しています。」

津村記久子の作品

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