- Amazon.co.jp ・本 (182ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103319818
作品紹介・あらすじ
うちに帰りたい。切ないぐらいに、恋をするように、うちに帰りたい――。
職場のおじさんに文房具を返してもらえない人。微妙な成績のフィギュアスケート選手を応援する人。そして、豪雨で交通手段を失った日、長い長い橋をわたって家に向かう人――。それぞれの日々の悲哀と矜持、小さなぶつかり合いと結びつきを丹念に描く、芥川賞作家の最新小説集。働き、悩み、歩き続ける人たちのための六篇。
感想・レビュー・書評
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会社から無事に家に帰るという毎日繰り返している当たり前のことがとてつもなく困難なことになる時がある。
例えば台風。
電車が動かなくなったり、ひどい混雑で乗り込めなかったり、最寄り駅までなんとか到着したけど家まで歩くのが命がけに思えたり。
そんな時に心から欲しているのは家に帰って荷物を下ろし、疲れた体を無防備に横たえることだったりする。
「帰りたい」
その思いがますます人々を駆り立て、混雑した駅はさらに過酷な戦場になっていく。
困ったものだ。
この小説で人々を翻弄するのは豪雨。
循環バスが運休になり、家を目指す人々は雨の中自力で橋を渡り始める。
「帰りたい」という思いを胸に。
今家にいられることが本当に幸せだなぁと思う。
そして、大人って格好いいなとも思った。
誰かを突き飛ばして家に帰るような大人にはなっちゃいけない。
これは本当にそう思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
交通手段を失い、豪雨の中長い長い橋をわたって家に向かう人々を描いた表題作より、ブラックジョーク的視点から職場の人間模様を描いた『職場の作法』、『バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ』の方が好みでした。
仕事能力の逆サバを読むあの人、いつも文房具を借りパクしてしまうあの人、顔の濃いアルゼンチンのフィギュアスケーターを密かに応援するあの人、体調悪いのにマスクもしないあの人・・・どこかに実在していそうです。
深夜枠のドラマ化希望。 -
表題作の「とにかくうちに帰ります」は、最近流行りの働き方改革がテーマかと思いきや、豪雨の中、電車やバスの混雑のため、代替路線の駅まで歩いて帰ろうとする人たちの奮闘を描いたものだった。
雨に打たれ、強風になぶられ、体力と気力がギリギリになりながら、「とにかくうちに帰りたい!」と叫ぶ登場人物たちの気持ちが、ひしひしと伝わってくる。
温かく明るい部屋でくつろいでいる、そんな普通のことが、実は幸せなことなんだと気づかせてくれる話だった。 -
’21年9月5日、読了。津村記久子さん、2作目。
とても、良かったです。楽しんで、読みました。
「職場の作法」、「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」、「とにかくうちに帰ります」の3作を収録ですが…表題作が、一番好きかな…。
「職場〜」「バリローチェ〜」の2作は、登場人物が同じだったので、「とにかく〜」もかな、と思って読み始めたら、これだけ違う話で、ちょっと違和感が(どうせなら同じにして、連作短編集にすればいいのに、なんて思いました)。でも、読んでいくうちに、不思議な緊迫感(!)を感じ、かなり集中して読んでしまいました。
大雨の中を、登場人物達がなんとか帰宅しようとする話なのですが…遭難するのでは?なんて、考えてました。そして、若い頃、新聞配達のバイトをしてた時の事を、思い出しました。
台風直撃の最中、配達をした時の事を…。
新聞を濡らさないように、できるだけ時間指定も守って…なんて焦りながらやってましたが、途中から義務も何も、全部ぶっ飛んでしまい、妙にハイ・テンションになった時の感覚…意識があるのかないのかも、分からなくなり…最後の方は、笑いながら(???)配達してました。その時の感覚が、脳裏に浮かんできました。死に際に、走馬燈を見たような感じ…。
登場人物達の、体力消耗や、不安、何かに&何にでも縋りたい、という思い…とても、共感しました。それでも人を助けたい、という思いも。
3作とも、「働きながら生きていく人達への、エール」と、僕には感じられました。
感想がちょっと長くなりましたが…僕にとって、とても印象深い作品になりました。津村さんに、感謝! -
津村さんのお仕事小説、好きすぎる。今回も見事にツボをついてくれて…隅々まで共感しまくりだった。いつも津村さんの作品を読むと、胸のすく思いというか、溜飲が下がるというか、よくぞやってくれた(言ってくれた)という気分になる。
そういう意味では、やっぱり「職場の作法」の「ブラックボックス」が一番好きだなぁ。田上さんの仕事に対する姿勢、見習いたい。こんなふうに飄々と、小気味よく、仕事をできる人になりたいものだ。
表題作も秀逸。おそらくは誰もが大なり小なりこんな思いをして帰宅したことってあるんじゃないだろうか。長旅をしているような、気の遠くなるような、悪天候の中の帰還。そこに、それぞれの登場人物の人生をさりげなく滲ませるなんてお見事。豪雨の中、果たして彼らは無事に帰れるのか、自分もまるで一緒に帰宅しているようなつもりでページを繰った。
一見理解しがたいような、自分にしかわからないささやかな幸せ。ちんけかもしれないけど、ささやかだからこそいいんだよ!と言いたくなるような、ユルい心地よさを感じられる一冊。 -
冒頭───
狭い備品室の最奥のロッカーの中に、スクーター用のレインコートが掛けてあった。オニキリの言うとおりだった。ハラは、ロッカーの戸を開けたときに舞った埃で咳をしながら、それをつまんで取り出し、窓の向こうの雨が勢いを増すのを少しの間眺めた。朝出社した時は小雨程度だったのだが、昼すぎから降りが激しくなって、今はもう豪雨と言っていい態まで天気は変化していた。警報も出されているらしく、仕事が残っていない社員の中には、昼から早退する者もいた。
──────
これは表題作『とにかくうちに帰ります』の冒頭部分。
他に『職場の作法』として括られた掌編が四作と、短編が一作の合計六作品が収録されている。
突然の豪雨のせいで、家に帰るのに二進も三進もいかなくなり、紆余曲折、波瀾万丈の三時間ほどの体験をする四人(二組)の人間。
他愛もないことだけど、でもそのわずかな時間の中で、日常の様々なことに考えを巡らす。
彼らの行く手には様々な障壁が立ち塞がる。
たかだか、“うちに帰る”だけのごく当たり前の行程が、まるでエベレスト登頂に挑むような艱難辛苦の待ち構える旅に変貌していく。
最終的には、
(P153)
“世界平和、そうだ。世界が平和であることを祈るように、今はうちに帰りたい。”
とまで切実に願う。
それほど“うちに帰る”ということが、彼らにとって重要なことになってしまうのだ。
これと同じような設定が確か津村さんの別の作品でもあったと思うが、何の作品でしたかね?
とにかく相も変わらず、人々の心理描写が面白い。
別れた妻と住んでいる息子と翌日会うために、その日はどうしても家に帰らなければならないサカキ。
そのサカキと旅の道連れになるのは、友達からもらったサッカーのDVDを見たかったのに、自販機に寄ったために送迎バスに乗り遅れてしまった小学五年生のミツグ。
この二人の珍道中の会話が楽しい。
例えばこうだ。
恨めしそうにぶつぶつと独り言を呟き続けるサカキに対し、
(P122)
“「縁がなかったんだよ。おれだって自販機に寄ってるうちにバスが出たことに文句言ってないんだから、あんただってがんばれって。大人なんだからさ」
子供はそう言いながら、サカキの背中をばしばしと叩く。”
変に大人びたミツグだがやはり子供のせいか、この現状を逆に楽しんでいるようで、サカキよりもはるかに頼もしい。
(私も小学生の頃、大雨や台風が来るなんて言われると、ワクワクした記憶がある。学校が半ドンになった日には、あまりのうれしさに、帰りはわざと道路の側溝を歩き、びしゃびしゃ音を立てながら、長靴に水が入るのなんて構わずに帰ったもの)
もう一組は、通販で注文した紅茶がその日に届くので帰りたいというオニキリと、
(P125)
“一度は出たんだが、前にこっそりポイントを使って取り寄せた高級防災食目当てでいったん会社に戻り、しかし先輩と千夏ちゃんが防災食を置いている備品室で性交し始めたようなんで再び出てきました、とはやはり言えない”
そんなわけで、バスに乗り遅れてしまった同僚の女子ハラ。
こちらの二人も何とか助け合い、与太話をし、心の中に理不尽な鬱憤を抱きながら、豪雨の中、家路を急ぐ。
この二組の珍道中が交互に繰り返されつつ、物語は進む。
二組の掛け合いが、面白おかしい津村ワールドを創り出す。
そして最後、ようやく駅まで辿り着き、電車に乗る直前に小学生のミツグがオニキリに放った一言が、この作品を見事に締めくくる。
(P180)
「雨ひどくてほんと寒かったけど、人の暖かみを感じる日ではあった」
私もこの作品を読み終えたとき、心が暖かくなった。
他の収録作品では、
大切にしていた自分の万年筆をある人が奪ったのではないかと疑っていた主人公が、自分の仕事上の危機に直面して偶然そのありかを見つける『ブラックホール』や、日常あるある的な、体調が悪いにもかかわらずそれを自慢して出社する愚かな社員のせいで、多くの社員が風邪を移されて会社が休みになってしまう『小規模パンデミック』なども味わい深い。
(私の前の会社にもいたんだよなあ、同じような人間が。ゴホゴホとひどい咳をして、「朝、体温測ったら38度あったけど、仕事があるから休めないよー」と大声でのたまう馬鹿野郎が。結局そいつのおかげで、多くの人間が風邪を移されて休むことになったのに)
さらに、アルゼンチンのフィギュアスケート選手を題材にした『バリローチェのファン・カルロス・モリーナ』
この作品では、応援する選手やチームが悉く怪我をしたり、成績が低迷したりという“厄”を持っていそうな浄之内さんには絶対に自分が密かに応援している選手を知られたくない、と願う私の心情の描き方が、何とも言えず滑稽である。
あまりの臨場感に、読み終えた後、ファン・カルロス・モリーナは実在する人物なのか? とネットで調べたほどだ。
とまあ、他の作品も含め、すべて面白かったのである。
やはり、津村記久子は天才だ。
毎度毎度私を楽しませてくれる作品を書く津村記久子さんに、この場を借りて感謝を申し上げるほかない。 -
会社勤めの女性の身の回りで起きるリアルで、ちょっとおかしな出来事が面白く描かれています。
現在も会社勤務を続けているという芥川賞作家の作品。
短編集ですが、前半は同じ職場でのエピソード。
後半は表題作で、豪雨で電車が止まり、バスも満員で行ってしまうという状況になり、なんとか家に帰ろうとする人の話。
「職場の作法」は、「ブラックボックス」「ハラスメント、ネグレクト」「ブラックホール」「小規模なパンデミック」の4編。
事務の女性・鳥飼の視点で。
「ブラックボックス」
田上は子どものいる穏やかな女性。いつも静かに仕事をしていて、男性は仕事を頼む段になるまでその存在を思い出しもしない。だが実は、頼む態度が悪い場合は、ギリギリになるまで渡して貰えないのだ。
事務の女性に気をつかわないでいる男性は、読んで反省した方が良いかも!
「ブラックホール」は同僚の男性・間宮が人の物をすぐ借りて返さない話。
逆に人に持って行かれても怒らないというか気づかないので、本気で怒る人もいないのだが。
すぐ連絡しなければならない相手先がわからなくなり、間宮のデスクを捜し回ると…
「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」も、同じ会社仲間での話。
鳥飼はフィギュアスケートのテレビ録画を整理するために見ていて、アルゼンチンの選手フアン・カルロス・モリーナのことがふと気になりだす。
アルゼンチンのサイトをネットでチェックし、英語に訳して大体の所だけ情報を得たりする。
同僚で先輩の女性・浄之内に話を振ると、何と彼のことについて詳しい。
実は浄之内がファンになった選手は怪我や成績不振に苦しむというジンクスのような現象を感じていたので、内緒にしたかったのだが。
…こんな選手いたっけ?と思わず検索。いや、アルゼンチンでフィギュアスケートの男子選手はいないみたい。
世界大会上位なら知ってるはずだしね…とはいってもグランプリ・ファイナルに出られないぐらいというと、たくさんいる…
ブラジル生まれのフローラン・アモディオとか?でも早くからフランス来てるし。一人でピッタリのモデルもいないと思うけど、でも何となく…すっごく、妙にいそうな感じがあるのよ~(笑)
「とにかくうちに帰ります」
この題、良いですよね。
埋立州にある営業部事務所。
豪雨の日、1年後輩のオニキリに頼まれて、スクーター用の厚いレインコートを探し出してやるハラ。
ハラも早めに帰社することにしたが、もう少し後のほうがむしろ良いんじゃないかと話している人の言葉を聞いて思い直し、会社に戻る。
いざというとき用に用意してある食品を食べるのは今だと思ったのだ。
備品管理はハラの担当なので、高級防災食の美味しそうなのがあるのを知っていて、そのことで頭がいっぱいに。
ところが、備品室では、残っている二人が何と男女の関係に…
入るに入れず、帰途につく。
コンビニでは、オニキリがお弁当を買い占めていた。
ハラもレインコートを2枚買い、重ねて着て、温かい飲み物が冷めないように何本も買って、一緒に歩き出す。
雨に打たれながら歩くうちに、うちに帰りたい気持ちは、たまらなく募っていく。
一方、明日は早くから息子に会えると楽しみにしていた男性サカキ。
離婚して妻の元にいる幼い息子に会う貴重な機会なので、どうしても今日中に帰らなくてはならない。
途中、バスに乗り遅れて一人でいる小学生の男の子ミツグに会い、同行することに。
寒さがつのって来たため、レインコートを貸し、満員のバスに頼み込んで男の子だけを乗せる。
豪雨の中のふとした出会い、ちょっとした運の悪さや何気ない人助けが微苦笑を誘い、あたたかい読後感。
震災や豪雨で、帰宅困難は何度かありましたね。
作者自身、体験したのでしょう。
私もここまで大変じゃなかったけど、予想以上っていう経験はありました。
確かに、どうしても、うちに帰りたくなります!
切れ味が鋭くて、恋愛でも事件でもないのに、映画に出来そう。
海外の人に読ませても、面白いんじゃないかな。 -
面白い!!女性目線で描く会社小説、なんだけど、なんというか、切羽詰まってない感じがとても好き。うん、今月の一番の収穫、になりそう。(*^_^*)
津村作品は、「まともな家の子供はいない」に続いて二作め、だと思う。
で、こちらの方がずっと私にはしっくり来ました。たぶん、無力な子供たちがいくらジタバタしても力の及ばないことがある、という大人側の事情、というものが私は好きじゃないんだと思う。
そして、この「とにかく…」は、大人が自分の考えで動いているから、うまくいってもいかなくても、それは自分の責任っていうところが気持ちいいだよね・・・。
表題作は、大雨のある日、会社や塾からの最終バスに乗り遅れた帰宅難民たちのあれこれ・・・。
読んでいるうちに、すごぉ~~く寒くなってきて、この人たち、ホントにヤバいんじゃないか、この先、家にたどりついてあったかいココアを飲む、なんてことは永遠にやってこないんじゃないか、とまで思わせられるのだけど、それまでほとんどOR全然つながりのなかった人々が、なんかすごく自然体で助け合ったり、おしゃべりしたり。そもそも、なんでバスに乗り遅れたか、という各自の事情もその人の人間性を語っていたり、何も考えてなかったり、と、面白く読めました。
一番好きだったのは、「職場の作法」。バリバリ有能、というわけでもない女子職員が、同じ職場の人たちをきっちり見ていて、うんうん、それっていいかも、と思ったり、こういうことを言う人って結局はその奥にこういうことを秘めてたわけね、と腑に落ちたり。(*^_^*)
どうしても、弱い立場になりがちな女性ワーカーたちが、自分の身を守るため、あるいは、職場を自分なりに快適にするため、小さかったり、根本的だったりに画策している様が小気味よくて嬉しかった。
男性が読むとまた違うかな。うちの女子職員もこんなこと考えているのか、なんて怖くなったりもするんだろうか。うふふ・・・ちょっとは怖くなってもらいたい、と言いたくなるほど、私、この本を読んで機嫌よくなりました!という話です。