股間若衆―男の裸は芸術か

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 268
感想 : 36
  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103321316

作品紹介・あらすじ

露出か隠蔽か修整か?"古今"日本人美術家たちによる、男性の裸体と股間の表現を巡る葛藤と飽くなき挑戦。"曖昧模っ糊り"の謎を縦横無尽に追求する本邦初、前代未聞の研究書。

感想・レビュー・書評

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  • ページを開くといきなり男性裸体像の股間のアップ(爆)。
    「とろける股間」「曖昧模っ糊り」というネーミングセンスが素晴らしい。

    “男性の裸は芸術か猥褻か”明治以降の男性の裸迫害史&
    それにともなう股間表現史が面白かった。
    完全と風景と化してしまって、あってもそうと気づかない&
    あえてガン見しないようにしている股間若衆の「股間」を扱った労作。
    こんな風に巡礼はしないまでも意識して見るようにしたい!!

    個人的には「股間漏洩集」の「男の写し方」、「薔薇族」創刊から
    三島由紀夫のくだりに興味津々。
    そうだったんだ!見たいよその写真!!

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「男性の裸迫害史」
      初めてデルヴォーの絵を見た時の衝撃は忘れられませんが、男性のアレについて記憶が曖昧なのは、興味ないからスルーしていた?日...
      「男性の裸迫害史」
      初めてデルヴォーの絵を見た時の衝撃は忘れられませんが、男性のアレについて記憶が曖昧なのは、興味ないからスルーしていた?日常的過ぎて何も感じない?(立派だったらコンプレックスを抱いたでしょうね)、、、
      探究心旺盛な木下直之に拍手!
      2012/12/25
  • いろいろ考えさせられた。

    裸体彫刻が野外に出たのは戦後のことだ。その前は軍人や政治家など個人の業績顕彰のための銅像だった。という一文に目を開かされた思いがした。無名の若い裸体は自由と亡くなった若者たちの鎮魂を表しているのだ。なぜここに置かれたのか、なぜこのような形なのか、その歴史を調べてみるとこんなことがあったのかと面白く読んだ。

    そして今裸体像は消えて行っている。駅前や公園にあったものが、再開発、道路や駐車場の拡張工事などで撤去され、戻ってこないのだ。

    ヒトが衣服を着るようになったのはいつのことか。アタマジラミからコロモジラミがわかれたのは7万年前のことだそうで、遺伝子解析から分かったそうです。
    美術がアートになっていく。無機質で抽象的な金属彫刻に置き換わっていると筆者は述べているがストリート彫刻には最近もう一つの潮流があると私は思う。それは「キャラクター」だ。

    もう一つ著者が述べていないのは小・中・高校に置かれた野外裸体彫刻だ。戦後二宮金次郎の像がなくなったのはよく知られているが体の線をあいまいにした若衆は玄関先や中庭に置かれ、いたずらをして怒られる奴が必ずいたものだ。これも減ってきていると思う。生息地に入れたらいいと思う。

    ゆっくりではあるが、関係者がいなくなり、建立された意味が薄れ、だんだん淘汰されていく時代が来たようだ。

  • すごく真面目に男性の股間の美術表現とはみたいなことを書いてるんだけど「曖昧模っ糊り」「四分の三裸」とかところどころでくすっと笑わせるような表現をしてて、ついついふきだしてしまうという。
    著者近影で彫刻の股間をかがみこんで写真撮ってるのがなんかもうすごい。巻末の「股間巡礼」なんか大真面目に旅ガイドみたいにされてこれも笑う……
    あとがきもおもしろかった。語感センスが好きですとても。

    • tox-m1cさん
      「曖昧模っ糊り」、秀逸ですよね。
      「曖昧模っ糊り」、秀逸ですよね。
      2012/04/19
  • いったいどこから、こんな曖昧模糊とした股間表現が生まれてきたのか...その持ち主が一糸まとわずなぜ駅前に立っているのか、通行人の多くはなぜ目を留めようとしないのか、という惹句が、面白いと思った。
    所々の記述や考察は面白い。男性裸体彫刻には理由がいるとか、彫刻自体はメッセージ力が低いので題名に頼るとか、東郷青児の二科展の無茶とか。
    でも最初の命題のもっこりはどこから来たのか、何故駅前にあるのか、なぜ無視されているのかに対する答えは見つからなかった。
    歴史的な経緯は分かったのだが、「何故」これと言うのが曖昧模糊なんである。

  • ふむ

  • 彫刻とか写真に出てくる男性ヌードについての考察
    タイトルは古今和歌集のダジャレ。新股間若衆、股間漏洩集と続く。

  • 美術

  • 2017.05.22 朝活読書サロンで紹介を受ける

  • 芸術だと分かっていても
    なぜか その股間を
    薄目で見てしまう自分
    女性の裸だと
    目をくわっと開けられるのか
    男性の裸体は求められて
    なぜに股間はだめなのか
    ただの男女差別とは違う
    なにか深い溝がそこにある・・・

  • <目次>
    第1章  股間若衆
    第2章  新股間若衆
    第3章  股間漏洩集
    第4章  股間巡礼

    <内容>
    先に続編の方を読んだので、インパクトには欠けた。最初にダジャレの要素があったようで(「曖昧藻っ糊り」とか。ちなみに「股間若衆」はわかると思いますが、『古今和歌集』。「股間漏洩集」は『和漢朗詠集』…)、でも近代日本画突如、西洋風に「裸はイカン!」となったあたりが語られ、芸術家、特に彫刻家が反発した様がわかる(続編では、黒田清輝の反発の様が克明に語られるが…)。
    逗子市立図書館

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著者プロフィール

1954年浜松市生まれ。東京藝術大学大学院修士課程中退。兵庫県立近代美術館学芸員、東京大学総合研究博物館をへて、東京大学大学院教授(文化資源学)、静岡県立美術館館長。
見世物、銅像、記念碑、動物園、お城など、忘れられたもの、消えゆくものなどを通して日本の近代について考えてきた。2015年春の紫綬褒章、2017年中日文化賞。
著書に『美術という見世物』(平凡社、1993年、サントリー学芸賞)、『ハリボテの町』(朝日新聞社、1996年)、『写真画論』(岩波書店、1996年)、『世の途中から隠されていること』(晶文社、2002年)、『わたしの城下町』(筑摩書房、2007年、芸術選奨文部科学大臣賞)、『股間若衆』(新潮社、2012年)、『戦争という見世物』(ミネルヴァ書房、2013年)、『銅像時代』(岩波書店、2014年)、『近くても遠い場所』(晶文社、2016年)、『せいきの大問題』(新潮社、2017年)、『動物園巡礼』(東京大学出版会、2018年)。

「2019年 『木下直之を全ぶ集めた』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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