沈むフランシス

著者 :
  • 新潮社
3.30
  • (16)
  • (33)
  • (52)
  • (23)
  • (2)
本棚登録 : 351
感想 : 62
  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103328124

作品紹介・あらすじ

森をつらぬいて流れる川は、どこから来てどこへ向かうのか――。『火山のふもとで』につづく待望のデビュー第二作。北海道の小さな村を郵便配達車でめぐる女。川のほとりの家屋に暮らし、この世にみちるさまざまな音を収集する男。男が口にする「フランシス」とは? 結晶のまま落ちてくる雪、凍土の下を流れる水――剥き出しの自然と土地に刻まれた太古の記憶を背景に、二人の男女の恋愛の深まりを描きだし、五官のすべてがひらかれてゆくような鮮烈な中篇小説。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 北海道東部を舞台にした大人の恋愛小説。
    東京の商社を退職し北海道で郵便配達員となった桂子。
    川のほとりに一人住んでいる和彦と出会い、二人は恋に落ちる。
    田舎特有の周囲の目や、それぞれが抱える事情などを乗り越えて二人はどうなるのか。恋は成就するのか。

    前作同様、何よりも自然描写が美しい。
    真っ暗な闇に瞬く星。オレンジ色の夕日。そして結晶のまま地上に降りる雪。
    話の展開を追うのではなく、作品の中に丁寧に描かれている世界に中にどっぷり浸るのが醍醐味。
    と言うのも、平凡と言えば平凡なストーリーだから。
    それでもここまで読ませるのはさすが。
    それに表紙の犬の写真がいい。なんで犬なんだろうと思い読み進めると、なるほど合点がいった。

    前作が素晴らしかっただけに、今回はどうだろうとちょっと不安だったが期待に違わない作品だった。
    ただ、個人的な意見として和彦は主婦顔負けの料理を披露し、インテリアにもこだわり、庭仕事も怠らない。そしてオーディオマニア。
    ちょっと気持ち悪い、完璧すぎて。実際いたら、引くかも・・・。
    まあ、いいんだけど小説だから(笑)

  • 「枝留」「安地内村」という道東にある架空の場所で、東京から来て、郵便配達を始めた桂子と、「枝留」から来た和彦が出会い、逢瀬を重ねていた。村人の噂や心配。揺らぐ心。それでも桂子は和彦から離れがたい。そしてある夜の出来事で、物語は終わりを迎える。

    フランシスという犬が、なぜか沈んでしまうかわいそうな物語かと思って読み始めたが、もちろんそんな話ではありません。フランシスの正体は読むうち明かされます。
    表現のうまさと心地よさに、最後まで一気読み。目に浮かぶように描かれる表現に酔いしれた作品。映像が浮かぶので、桂子は谷村美月さんで映像化してほしいと思う。男は・・・今ひとつ浮かばないけど。次も読みたくなる作家さんでした。

  • ただただ、水に流される景色。その音、色、速度が語られる冒頭そのままに、一組の男女の時間が流れていきます。


    非正規雇用で貯金を切り崩しながら懐かしの地で暮らす女性と、時間も収入も余裕のある男性。
    一見真逆のように見える二人ですが、しかし自分の希望する時間(スタイル)を生きているという意味では同じだと思えます。


    どこに繋がっているか分からない、どこまで続くのか分からない、このままずっとどこまでも続くとも思える川の流れのような二人の時間。
    しかし、突如堰き止められてしまった冒頭の景色のように、その時間も終わってしまう。。いや、終わりはしないけどもその時間を覆うものがガラリと変わってしまう。


    結末としては、ありふれた展開の恋愛小説ですが(この作品は恋愛小説なのか?という疑問はありますが)、その言葉(文章)から溢れる洗練されたとてもキレイな時間・空気を楽しむことができると思います。


    ※最初にタイトルを見たとき「沈むフランス」と読んで、興味を持ったというのは内緒です。。。

  • 沈むフランシスというどこか不安な気持ちにさせるタイトルと、
    同じく不穏な空気をはらむ冒頭のシーン。
    けれど読み始めてみれば淡々と静かに物語りは進んでいく。
    広大な北海道の道東地方らしい地域が舞台になっていて、
    そこの空気がうまく伝わってくる文章だった。
    とくに秋から冬にかけての描写はとてもよかった。
    主人公の二人もどこか色彩がぬけたような生活観を感じさせない
    人物設定のせいか、静かな北海道の景色にしっくりと溶け込んでいた。
    現実逃避をそうとは自分にも感じさせないように日々の細かな働きに手を抜かない二人。
    そんな二人がゆっくり現実に向きあっていく様子がとてもよかった。
    そして気になったのが長谷川の夫がなにを送りつけてきたのか。
    なにかを録音したものではないかと思うけど、その内容を思うとぞわりと怖い。

  • 情景を描写する表現がとても静かで上品。大人の恋愛小説という感じでした。

  • 『火山のふもとで』で鮮烈なデビューを果たした松家仁之待望の第二作。期待にたがわぬ出来映え、といいたいところなのだが、前作に比べると、よくできた小品という印象が強い。相変わらず叙述の技巧は冴えわたり、読む快感を堪能できる仕上がりなのだが、前作がオードブルからはじまってデザートに至るフルコースだとしたら、今回の作品はア・ラ・カルトの一品といったところか。しかし、よりいっそう深みを増したその味わいは賞味する価値あり。

    東京で会社勤めをしていた桂子は、思うところがあって父の仕事の関係で中学三年間を過ごした北海道に越してきた。人口八百人ほどの小村で非正規雇用の郵便局員としてはたらく。仕事は郵便物の配達だ。ある日、小包を届けた先で、「音」を聴いてみないかと誘われる。寺富野和彦は真空管アンプの製作ではマニアのあいだで知られており、小包の中身はカートリッジだった。

    気ままな独り居を楽しむ二人が付き合うようになるのは自然のなりゆきだった。桂子は川岸に建つ和彦の一軒家を訪ねるようになり、ときには泊まることも。二人はそこで和彦の集めた「音」を聴き、手作りの料理を食べ、愛しあう。しかし、せまい村のこと、二人の交際は人の口の端に上るようになり、桂子も和彦のまわりに気になることが増える。そんなある日、事件が起きる。

    フランシスとは誰か。それは小説のはじめの方で明かされる物語の鍵を握る大事な名前だ。この話はフランシスにはじまり、フランシスで終わる。前作では浅間山麓の高原地帯が大事な背景として物語を彩っていたが、今回は北海道東部が舞台。湧別川が森を切り裂いて流れる、もともとは原生林であった土地を開拓民が切り拓いたのが安地内村。川にかかる橋を渡り、林道をなおも進んだ川沿いの一軒家に一人暮らす和彦は何をしている男なのか。

    北海道の小さな村の四季の移ろいが、結晶のまま降ってくる雪や、エゾシカやヒグマ、ヤマメやアメマスといった獣や魚の生態を通して清冽に浮かび上がる。透明感のある文章は、この作家の持ち味である。不必要なものは絶対に持ちこまない極端なまでに削ぎ落とされた小説空間のなかに、選び抜かれたものだけが座を占める。真空管アンプを中心にしたオーディオシステム、黒曜石の石斧、冷凍でないオックステールで作ったコムタンクッパ。

    冒頭、水路を流される人の挿話が唐突に提示される。水路のなかに取りつけられた鉄柵に引っかかって止まったそれの独白のように誰とも知れぬ話者がつぶやく。「ここから先へはもう進めない。進まなくていい」と。おそらく、これが主題提示部にあたるのだろう。

    東京から来た女はもちろん、車で一時間ほどの距離にある町から来た男も、この村へ流れ着いた漂着物という点では同じである。過去を捨ててはきたが、ここを終の棲家とするというほどの覚悟はない。だから、身の回りには必要最小限のものしか置かない。動物が生きるためにしなければならないのは食べることと交わること。流れに乗って運ばれてきた魚が柵に行方を遮られたように、二人はただたゆたっていた。

    限られた数の人物しか登場しない小説の中で、特別な役割を担う御法川さんという老婦人がいる。目が見えないかわりに、この人には桂子自身も気づいていない心のなかが読める。その言葉を借りれば、桂子は冬眠中に起こされた動物のようなものらしい。冬眠の途中に起こされたシマリスは覚めてもやがて死んでしまう。御法川さんは言う。「無理をして起きあがろうとは絶対にしないこと。どんなに大きな音がしても、どんなに揺さぶられても。だまされてはだめ。あたらしいほんとうの音をきくようにこころがけなさい」。

    三十過ぎの女が、男と東京の生活に嫌気がさし、北海道でひとり暮らしをはじめた。それは冬眠に入ったようなものだ。冬眠中に「音」を聞かされた女は一度目覚めてしまう。が、それは「ほんとうの音」なのかどうか。北海道の大自然のなかにひっそりと営まれる「死と再生」のドラマ。手垢にまみれた主題を、今日的な解釈によって洗い出し、磨きぬかれた旋律が、選りすぐりの楽器と楽人によって奏でられた室内楽のような小説だ。その官能的とさえいえる響きに、読者は五感を研ぎ澄ませて対峙しなければなるまい。

  • 北海道を舞台に描かれる大人の恋愛小説。
    一作目同様キレイな世界観で、読んでいてなんとも心地いい。
    印象的なのは、「音」の描かれ方。「音」が胸に残る。
    なんだろう、このキレイさ、この心地よさ。

  • やっぱりこの人の文章には魔力がある。雄大な自然、そこに抱かれる小さな田舎村の人々と暮らしが匂いと音とを持って頭の中で易々と立ち上がる。私も田舎で育ったので、大小無数の星がまたたく(本当に絶え間なくパチパチとまたたくのだ)夜空を見たことがあって未だに脳裏に焼き付いているのだが、その光景がさっとよみがえってきた。「世界全体を圧するような無数の光の点から、何かがこちらに向かってくる。耳を聾するおおきな音が天から舞い降りてくる」そう、あの圧倒感。
    移り変わっていく風景とちょっとした音や匂いを受け取りながら、その日その日で決まった工程を繰り返す仕事で「冬眠」する感覚、黒曜石の石器に見ず知らずの古代人の手を感じて彼らの表情や生活に思いが行く瞬間、そういう文の感触がとても柔らかく、好み。
    車の音と出入り、コミュニティの中の情報が絶えず突き合わされることで誇張なく全てを監視されているド田舎の描写はリアリティある。

    しかし、前も似たようなこと思ったけどストーリーと登場人物が文章に比べて低俗でだらしなさすぎる。御法川さんが「だまされてはだめ。あたらしいほんとうの音をきくようにこころがけなさい」と言っても、それで桂子がやるのが現実から目を背けて不貞行為を続けることなんかーいと思うと締まらない。しかも結婚してるのずーっと隠されてて、二人目の不倫相手っていうどうしようもなさ。
    何の後ろ盾もない東京の余所者女(非正規雇用!)が田舎のインフラ・土建の有力者二人の顔に泥を塗っているのに、呑気に不倫続行していて恐ろしい。
    「この光があるうちは、なにも絶望することはないのだ」なんて言っても、離婚揉めているようだからすぐに大小の実害が出て村を出ていかざるをえなくなるだろうし、下手したら訴えられて慰謝料ぶんどられるのに全然大丈夫じゃない。
    この人の本は3冊目だけど、毎回料理と家具が趣味の男が女に不自由しない話だな〜と思うとちょっとアレ。

  • 文章が美しく、それによって表現する景色や感情も好きでした。都会のスレた人間感情の小説ばかり割と読んでいたので、完全なる車移動生活や商業的娯楽施設の全く出てこない生活の話は、田舎のスローライフ美化思考もあって新鮮ではありましたが、所詮は不倫話かぁ〜と思ってしまいました。
    ウィシュリストに入れてからずっと表紙の犬がフランシスかと思ってましたが、全然違いました。なるほど、言われてみればそういう感触かもしれないですねぇ。。。

  • 『火山のふもとで』が圧倒的によかったので、期待しすぎたかな感。
    最後の絶望と希望の混ざり方に、非常に複雑な気持ちになった。

    あと、松家さんが描くセックスの女側の描写にあまり入り込めなかった。距離を感じた。笑

全62件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1958年生。大学卒業後、新潮社に勤務し、海外文学シリーズの新潮クレスト・ブックス、季刊誌「考える人」を創刊。2012年、長編『火山のふもとで』で小説家としてデビュー、同作で読売文学賞受賞。第二作は北海道を舞台にした『沈むフランシス』。本書が小説第三作になる。


「2014年 『優雅なのかどうか、わからない』 で使われていた紹介文から引用しています。」

松家仁之の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

ツイートする
×