母性

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 404
  • Amazon.co.jp ・本 (266ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103329114

作品紹介・あらすじ

湊かなえさんが「これが書けたら、作家を辞めてもいい。そう思いながら書いた小説です」と語る入魂の、書き下ろし長編。

持つものと持たないもの。欲するものと欲さないもの。二種類の女性、母と娘。

感想・レビュー・書評

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  •  冒頭の、アパートから転落した女子生徒の記事がすでに伏線。この伏線に、私、まんまと引っかかりました。湊さんの作品は、毎回衝撃の度合いがハンパありません。

     母は娘を、娘は母を、必死で愛し、守ろうとする。それがこんなに届かないなんて。伝わらないなんて。
     母親が子供を愛し、子供も母親を愛する。愛とか、それこそ母性とか、そういう言葉を意識するまでもなく、私はそれが当たり前のことだと思っていた。
     私にはまだ娘はいないけれど、もし私に子供ができたら、私はその子を愛すのだろうと、そう当たり前のように思っていた。

     けれど、この作品を読んだ今、私の中に「母性」というものが存在するのか、そう聞かれると、それは分からないと、答えるしかない。
     だって、自分が愛した分だけ、相手からも愛が返ってくるのか、それが実感できないんだもの。愛しても、伝わらないかもしれない、そんな事があるなんて。そうなのか、母子の愛も、そんなもんなのか。

     自分が愛した分だけ、相手からも愛が返ってくるのか、それも分からない。愛しても、伝わらないかもしれない。そんな、不安定な関係に縋っているのか、私たちは。

     娘、清佳の記憶の一説が印象に残った。
     「言っていればよかったのだ。父も、わたしも。母にどれほど感謝し、愛しているのかを」
     愛を、感謝を、言葉で伝える。頭を撫でて相手を褒める。抱きしめる。言わなくてもわかっているだろう。しなくても伝わっているだろう。
      
     ううん、そうじゃない。言わないとわからない。伝わらない。
     
     母娘のフィクションとは思わずに、自分たちの家族にあてはめて考えながら読んで欲しい作品でした。

     

  • この作者でこのタイトル。
    怖い。

    女性には、母になれる人と、娘でいたい人がいる。
    母性は誰にでもあるものだろうか?
    という問いかけ。
    やはり重い話でしたが、殺人事件というわけではなく、中心になる祖母、母、孫娘の三世代は‥嫌な人間というほどではなかったかな。
    母は状況が過酷なためにこうなったという感じで。

    ある事件の報道を皮切りに、母親の手記と娘の手記が交互に。
    やさしく愛情深く教養もある祖母に育てられた母は、結婚しても子供が出来ても実家の母を頼りにしていた。
    結婚も母が褒めた相手だから応じた面があり、母に褒められたい一心で、何事もする傾向があった。
    しだいに親離れできていけば、それでよかったのかもしれないのだが‥

    ある災害をきっかけに、祖母は命を落とし、娘一家は夫の実家に身を寄せる。
    地方のことで、姑はきつく当たり、お嬢さん育ちの若妻に慣れない農作業までのしかかる。それに対して夫はかばうこともなかった。
    幼い娘は母を慕っているが、母を守ろうと姑に逆らうことは、疲れ果てた母の困惑を招くだけ。
    そんな二人を見るのが内心つらい夫。

    夫がどういう人間なのかは、後半でだんだん明らかになります。
    祖父が暴力を振るう家庭で、のこされた祖母に逆らうことも出来なかった。
    妻の味方をすれば、火に油を注いでしまうから。
    「お母さんは頭が良い人だから言わなくてもわかってる」と娘に言うのですが、どうかなあ‥それがそもそもの誤解ってことですか。
    あんなにつらい目にあわせて、放っておいて良いわけ?
    ありがちなことだという現実も、まったくわからないではないけど。
    誰がサイテーなのかっていうと‥
    夫? 実の子だけを可愛がる姑? その亡き夫?

    逆に出来すぎの亡きおばあちゃんにもある意味、原因はありますね。
    母に愛されていると思えない寂しさを抱えた孫娘。
    おばあちゃんだけが無償の愛をくれたと感じている。
    母のほうは、娘を愛しきれないということばかりで悩んでいるわけではないんですね。娘のほうに拒否された感覚もある。
    心に傷を抱えてはいるけど、はたの人間が思うのとは、ずれがあるんじゃないかなあ‥
    などと色々、考えさせられました。

    近所の人との付き合いや、義妹の動向に振り回されつつ、しだいに友達も出来て、年月は過ぎ行く。
    迷い、ぶつかり合う家族の長い葛藤を描ききった力作でした。
    結末は穏やかです。

  • 相変わらずの“イヤミス”感をじんわりと漂わせる湊かなえの最新作。
    読み進めるごとに、背筋がぞわぞわと落ち着かない。この文章が彼女の持ち味だ。
    どこまで、この一人称告白形式の路線で突っ走るのだろう。
    この文体に拘り、ひたすらこの形で書き続けていくのだろうか? 非常に興味深い。

    能うる限りの愛情を母より授けられてきたと信じる娘。
    その娘が母となり、自分の娘に同様の愛を与えようとするものの、思うように伝わらない葛藤。
    母と娘。親と子。
    娘はいつまでも母の子であるが、自ら産んだ娘にとっては自分がその子の母親なのだ。

    嵐によって引き起こされた突然の母の死。そのとき、自らの死を犠牲にしても母が望んだこととは?
    母の死によって、娘と子は複雑に入り組んだ家族生活に引き込まれ、後悔、懺悔、苦悩、いくつもの感情が、思いと裏腹に二人をねじれた未来へと導く。
    愛を与えたがる者、愛を欲しがる者、二人とも同じベクトルの上にいるはずなのに。
    互いに相手を思いやりながらも、些細なすれ違いが不安・不満を呼び、疑心を抱かせ、苦悶する親子。
    二人の思いのすれ違い、ボタンの掛け違いは悲劇を招くが、最終的には寸前のところで救われ、ようやく互いの存在がそれぞれに幸福をもたらすことに気付く。
    子は親を選べない、親も子を選べない、という当たり前の事実にあらためて深く考えさせられる。

    母性とは、いったいなんだろう?
    簡単には曰く言い難いその本質に迫る作品である。
    男である私には、その深さに迫ることも実感することもできない。
    あるべき母性とはどういうものなのだろうと問いかけることさえできない。
    ただ、この作品は“母性”が一義的なテーマではあるが、“親子”あるいは“父性”というものまで訴えかけてくる。

    “イヤミス”感の充分漂う作品ではあるが、最後、微かな光明が射すことで、読後感は悪くない。
    難しい作品ではあるが、湊かなえ、さらに進化したと言ってよいのではないだろうか。

  •  共通の時間を過ごしても、人はそれぞれに感じ方が違う、互いを見る目も違うし、使う言葉も、記憶に刻まれる深度も違う。人間はどんなに近しい人たちであれ、どんなに互いに愛情を抱き、互いに求め合っていだとしても、互いと均一な感覚を持つことはできない。

     湊かなえという作家は、そうした個々の人間の心の違いや、思いのすれ違い、不理解や、寛容性の度合いの差を、画家の絵の具みたいに使い分けて作品を作るのが実に巧い。

     少女の自殺関連の報道記事に始まり、その後は事件をめぐり、各章・3パートずつの人物の言葉が綴られてゆく。母、娘、そしてもう一人は誰だろう。すべて平易な会話体により綴られゆく物語は、いつもの湊かなえの手法通り。

     この作家は脇役に至るまで細密な人物データを作りあげる、と聞いている。数多くのキャラクターが登場することはないものの、どの人物も確かにしっかりと、その個性が描き分けられている。まさにその辺りが湊作品の生命線と言っていいだろう。

     美辞麗句で語る作家ではなく、日常的な会話で綴ることで、人と人との邂逅や別離を、心の声に聴診器を当てるようにして言葉に変えてゆく。各章には、作中人物が好きなリルケの詩の引用がなされている。本書中唯一の美辞麗句と言っていい。

     母と娘がテーマの、一冊。母と息子では成り立たない。息子は一生、母にはなれないからだ。娘はいつか、自分が母になる。親子三代に渡る母と娘の関係。母娘関係の違和感や綺麗事や二面性、愛と憎悪、誤解や性格差。男のぼくがつくづく単純だと考えていた親子関係からは少し想像のできない、おそらく女性ならではの感情の移ろいのようなものが描かれてゆく。

     『私のイサベル』というスウェーデン発の良質ミステリーを読んだ直後だけに(これも、3人の女性の独白体だが、会話口語ではないので、雰囲気はだいぶ異なる)、二作読んでみて、やはり思う共通点は、女性はたくましく、そして強い、ということである。本書の中に果たす男性の役割の何という不甲斐なさ!

     作品は現実世界とは違うもの、と改めて信じたい。そして女性の母性というものへの正しい理解こそ、男が生きてゆくための重要な要素であると、改めて肝に銘じたい。

  • まだ読んでいなかった作品。

    最後はなんか幸せに終わった感があるが、なぜかジワジワと恐怖感が残る。
    湊さんの作品ってそういえばこうだな~と感じながら読み進めた。

    言わないとわからない事、伝わらない事。
    相手の思いをくむ事なんて結構難しい。
    娘は母を愛していた。それは母も同じように自分の母を愛していた。
    だけど、娘には?
    母の手記は娘の回想よりもきれいにまとめられている。
    この手記は娘は読んだのだろうか。

    母性か・・・私は母から愛情を受けただろうか。

    やっぱり、まんまと湊さんの罠にはまってしまったな。
    リルケは私には難しい。

  • 途中で何度も読むのをやめてしまおうかと思うほど、辛い。辛い

  • 母、娘の関係 一言では言いいきれない
    家族への愛情とは違うもの、誰かに褒められたくていい子、いい母、いい妻になろうとすることは、誰でも思ったことがあるんじゃないかな。
    個人名を持つ人間であり、女であり、娘であり、嫁であり、妻であり、母であるのだ。
    名前が最後にでてくるところは、あっと思った。
    私も姉さんとよばれていたし。
    自分が欲しかった愛を子に注いでいくんだろうという言葉も印象的。
    親ではない自分には、母の気持ちを語れないけど、
    子供を産んだから母になるのではないと思う。

  • タイトルに惹かれ読み始めると、想い描いていたものとはかけ離れていて少しガックリ。でも、読むほどに著者が「これを書きあげたら、作家を辞めてもいいと思いながら書いた」と云われる程、覚悟されて書かれたかと思うと重く感じた。
    褒めて欲しい母親も他界して息子のみで娘を持たないせいだろうか?深刻に考えた事ないが、裕福な家庭で褒め育てられた子供で大人になりきっていないからと直ぐに思ったのは間違いかもしれない。娘であり、母親でもある女性。色々考えさせられるな~。

  • 「一般的に「良い」行いであることに対する「なぜ」と言う疑問は聞き手が既にその疑問に対する答えを予測出来ていて、つまり、それは、答えを知っていてなお、相手の口から直接聞く事で“確認”をしたくて口にする」と言う冒頭の一文にハッとして、一気に読み進めてしまった。複雑な気分にはなったし、決して「晴れ晴れ」したりするような作品ではもちろんないのだけれど、それでも、過去の湊作品のような後味の悪さはない。スッキリもしないんだけど、もやもやはしない。物足りなさはあるけど、でも、腑に落ちる感じで良かったと思う。

  • 湊かなえさんの長編小説が本日発売です!湊さん自ら「これが書けたら、作家を辞めてもいい。そう思いながら書いた小説です」と語る入庫ンの一作です。

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著者プロフィール

湊かなえ(みなと かなえ)
1973年、広島県生まれ。武庫川女子大学家政学部卒。
2005年に第2回BS-i新人脚本賞で佳作入選。2007年には第35回創作ラジオドラマ大賞受賞、「聖職者」で第29回小説推理新人賞を受賞し小説家デビュー。読んだ後に嫌な気分になるミステリー「イヤミス」の優れた書き手として著名。
「聖職者」から続く連作集『告白』は、2008年、「週刊文春ミステリーベスト10」で第1位、「このミステリーがすごい!」では第4位に選ばれ、2009年、第6回本屋大賞を受賞。デビュー作でのノミネート・受賞は、共に史上初。2012年「望郷、海の星」で第65回日本推理作家協会賞(短編部門)、2016年『ユートピア』で第29回山本周五郎賞をそれぞれ受賞。ほか、直木賞で度々候補になっており、2018年『未来』で第159回直木賞に3度目のノミネート。同年『贖罪』でエドガー賞候補となった。
映画化・ドラマ化された作品多数。特に映画では、2010年『告白』、2014年『白ゆき姫殺人事件』、2016年『少女』、2017年『望郷』と話題作が多い。

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