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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784103343226
みんなの感想まとめ
イスラム教の聖典に関する知識を深めるのに適した一冊で、コーランの特徴や内容をわかりやすく解説しています。著者はユーモアを交えながら、クルアーンの構成や歴史的背景を丁寧に説明し、他の宗教との関連性も示し...
感想・レビュー・書評
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コーランの特徴や何が書かれているのか、そして最後には聖典の故里、サウジ、ヨルダンを訪ねた話が載っている。とてもわかりやすく、ユーモアもあって面白い。イスラム教に対する理解や、高校時代は苦手で仕方なかった中東の歴史が頭にスッと入ってくる。ただただ御法度だと思って知ろうとしないのではなく、少しでも好奇心を持っている自分にとっては、こういう入り口の本があることは本当にありがたい。
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イスラム教って、ユダヤ教に近いんだ。旧約聖書、新約聖書の次の仕上げ。預言者もマホメットで仕上げ。でも、何故、一神教がこれだけ広まったのか?不思議。最近のこれらの国の変化にも興味が出てきました。
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イスラム教の聖典「クルアーン」やイスラム教そのものの歴史・構成について,他の宗教や文化との対比も交えながら解説した一冊.
クルアーンは3代目カリフのウスマーンによりまとめられたが,時系列順になっているわけではなく,章の中でも異なる時期に書かれたものが混在しているということは知らなかった.クルアーン全体は,ムハンマドの生涯の中で,メッカにいた時代の言葉と,ヒジュラによりメディナに移って以降に得られた言葉とに大きく分けられ,更にメッカ時代も,啓示を受け始めて周りの人々の信仰を集めていった初期と,クライシュ族との対立が次第に深まり,集団として規律やアイデンティティが求められるようになった後期とに分けられる.イスラム教は当時一神教として完成を見ていたユダヤ教に範とするところが大きく,啓示を受けたムハンマド自体も,最初の預言者であるイブラーヒームになぞらえているところが多い.キリスト教との関わりでは,イーサーが自らの後に,主のもとから守護者を送ると述べていて,それがキリスト教では聖霊とされる一方,イスラム教ではムハンマドであるとしている.
全体にクルアーンは告諭の繰り返しや規則の説明が多く,文章の詩的な美しさはあっても,文学的に面白い内容は少ないということだが,洞窟に眠る敬虔な若者たちの話など,説話らしきものもあるのは面白いと思った.イブラーヒーム自身が早くに両親を亡くして孤児のように育ったことから,孤児や貧しい人に対する庇護を繰り返し説いているというのは勉強になった.女性に関する問題では,従来存在していたズィハールのような,女性を虐げる土着の習慣を否定し,男性による保護がされやすいように様々な取り決めをしてはいるものの,結局そうしたものは保護の対象になる女性の意志や,保護そのものの必要性と関わりのない,父権主義的なものでしかなく,それが男尊女卑と見なされる所以でもある.
他,シーア派とスンナ派についても納得.ムハンマドの血統の者のみを正当な指導者と認めるシーア派(シーアは単に「党」の意味しかない)は,アリーを2代目の指導者とみなし,教義についても厳格な解釈を試みる.
扱われている範囲が必ずしも網羅的でないので,これ一冊でクルアーンの内容を把握できるかは微妙だが,教養レベルでイスラム教について知る分には,手頃かと思う. -
入門書で、イスラム教の雰囲気かな。コーランの世界観までは描き切れていない。やはり、原本(和訳)に挑戦かな。
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読みにくい本かと思っていたが、分かりやすく、読みやすかった。ダジャレも多くて、日本人に馴染みのないコーランに親しみを持ってもらおうという筆者の気持ちが伝わってきた。信仰があるって、強いな、と思う。
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最近は、なにか事件や事故があると「テロか?」「イスラムか?」みたいな反応が少なからずあり、そのたびにバランスをとるかのように「本来のイスラムの教えでは…」という記事も出たりする。
ここでイスラムの教えのことをもうちょっと知りたいと思い、図書館にあった本のなかから、阿刀田高の『コーランを知っていますか』を読んでみた。「イスラムへの理解は21世紀の大きな課題」(p.284)という立場で書かれたエッセイである。
こういうタイトルの本を、むかし母の本棚で見たような…と思ったら、阿刀田高は『~を知っていますか』シリーズとして、旧約聖書、新約聖書、ギリシア神話、イソップ物語、源氏物語…などを書いているらしい。出版年からすると、母の本棚にあったのは、聖書かギリシア神話であろう。
さて、「コーランには私たちの常識では割り切れない部分がある」(p.7)と話を始めた著者は、まずはユダヤ教、キリスト教とイスラム教の関係を語る。いまでは「ムハンマド」と書かれるが、この本では「マホメット」。私が習った教科書や資料集も「マホメット」だった気がする。この響きがなつかしい。
▼ユダヤ教もキリスト用も同じ唯一神を仰ぎ、これまでにも神の言葉を伝える聖典〔ユダヤ教の聖典や旧・新約聖書〕がくだされ、数多くの預言者〔モーセやイエスなど〕がこの世に送られて来たが、人々の胸にまだ充分に神の教えが届いたとは言えない。いよいよ最後にマホメットが現われ、もっとも充実した教典であるコーランがつかわされた、と、これがイスラム教側の見方である。(p.16)
阿刀田流にいえば「アラーはすべてをお見通し」。もともとは同じ神様の教えであって、だからコーランの話には、当然、聖書と似たところもある。
著者は、コーランと、それに先立つ旧約聖書と新約聖書について、私見としてこんな風にいう。
・旧約聖書=古代ユダヤ王国の建国史
・新約聖書=イエス・キリストの伝記
・コーラン=親父の説教
率直すぎて笑ってしまうが、論述の方法が親父の説教のようだと、後になって(親父の言ってたこと、正しかったなあ)と感銘するようなものだと。
▼だが、そういう偉い親父でも、説教というものはあまり論理的ではない。いきなりドカンと降って来る。事実の誤認もあるし、牽強付会もある。断片的な言いようが多いから、前後の事情を知らないとわかりにくい。…(略)…
そして、もっとも顕著な特色は、親父の説教は、つねに、くどい。同じことを何度も言う。(p.27)
そういう、いまいち論理的でないところもあって分かりづらく、しかも繰り返しが多い、というのが、阿刀田流につかみとった「コーラン」。親父の説教に喩えるなど、アラーの神には不敬であろうが、「読み進みながら親父の説教をふと思い出さずにはいられない。何度くり返して言われても、それに従わない愚かさに思いを馳せてしまう」(p.28)というのだ。筆者によれば、「アラーの教えは旧約聖書ほどストーリー性に富んでいない」(p.26)のである
コーランは、「アラビア語で詠唱されるのが正しい」(p.285)そうで、翻訳はお目こぼしのような存在だという(本の扉には「本来、外国語に翻訳することは不可能である」とも書いてある)。そういうわけではあるが、エッセイの中で縷々引用されているコーランは、「日本語訳として一定の権威を持つ〈聖クルアーン〉(日本ムスリム協会発行・第七刷)」を典拠とし、ほかに井筒俊彦訳の『コーラン』や、世界の名著シリーズの『コーラン』を利用し、ところどころは英語訳も参照したとのこと。
マホメットが生きた時代のこと、その生涯がどんなものであったか、マホメットの死後の跡目争いにから現代のイスラムの派閥のこと、そしてイスラム系の国家の数々。広く浸透したイスラム文化と各地で興亡したイスラム王朝のことを読んでいると、世界史の教科書であれこれと出てきた何とか朝(アッバース朝とかウマイヤ朝とか)がぼんやりとよみがえる。
著者のコーランやイスラム社会への素朴なツッコミも含め、門外漢にもなんとなく分かるような仕立てだった。イスラム社会はものすごく広いし、同じイスラム国家といってもいろんな国があるし(たとえば、禁酒の国もあれば、お酒が飲める国もある)、でも、あまり知らないがために「イスラム教=○○だ」みたいなキメツケや短絡した思い込みになりやすいのかも…と思った。
筆者は、アラビア語によるコーランの朗誦を聞いたことがあるそうだ。私もそういうのを聞いてみたいなあと思ったのは、筆者がアラビア語を母国語とする人から「第36章は詩歌としてすばらしいんです」と教えられたと書いているから。
▼コーランは詩歌であり、神の音楽でもある。朗誦されて、快く響くこと、それが一つの価値であることはつとに力説されている。…(略)…
詩歌的な響きにおいて優れている、と言われれば、私たちは〔わからないなりに〕その力を軽視してはなるまい、と思う。…(略)… 極論をすれば、詩歌として美しくない神の言葉は、神の言葉として認めにくい、とまで言ってよい、と私は思う。(p.110)
「神」というものに対する態度という点では似ているのであろうから、こんどは阿刀田流の聖書の話を読んでみたい。
(3/24了) -
大好きな「知っていますか」シリーズ。本物のコーランはとても長いが、ダイジェストでコーランを紹介してくれたので楽しめた。宗教について予備知識がなくても楽しく読めると思う。神が居る様な気がしないでもないなと思った。
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押し付けがましくなく読みやすかった。イスラム教はコーランの原文がわからないと、本質を理解できない、っていうのがムスリムの考えなんだね。
イエスさんは共通ギリシャ語もラテン語も話してなかったのかな。
お経は音を漢字にあててるけど、自分みたいなのは漢字に意味を見出したくなるな。 -
正直なところ、これまでの「知っていますかシリーズ」とは異なり、本書ではコーランの内容を俯瞰した気分にはなれなかった。それは、著者もたびたび指摘するとおり、コーラン自体の性格が物語を軸に展開するものではなく、絶対神アラーの啓示をそのまま記すことが主になっているからであろう。
コーランの記述は、すべてストレートである。読み手を引きこむような物語は必要なく、アラーが折に触れ定めた教義が、ばらばらに書いてあるとのことだ。ただ、どんなときでもアラーを畏れ崇めることが第一であり、その裁きは生きている間ではなく、死後に訪れるというきわめてシンプルな教えが一貫している点はわかりやすい。民族が複雑に入り混じった地域で暮らす人々に浸透させる教えとして、この点は重要だったのではないだろうか。
基本としている考え方は旧約聖書にあり、神話についてもこれに基づくものであるようだ。このような点も私は知らなかったので、いかにイスラム教について情報を得る機会が少ないか、思い知らされた。その理由は、コーランの難しさ、あるいはストーリー性の少なさにもあるのだろうと思う。著者のシリーズの中で、本書はきわだって読みにくい。テーマの性質上、可能な限り慎重に取材を重ね、記述にも気を配りながらの執筆で、制約もあるだろうが、それにしてもわかりにくいのである。この教えを信じるものにはまっすぐに心に響き、外から見る者にはどこまでも見えにくいままということであろうか。なかなか中立的、客観的に扱うには難しいテーマなのだろうということだけはよくわかった。 -
全く不心得な私の入門書としては概要つかめて興味でました。
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じゃあ、コーランって何だって話になりますよね。
わかったようなわからない解説の数倍よく理解できる阿刀田式聖典読本。
所々でピリッとするツッコミがある辺り氏らしいなと思わせる。
コーラン読みたいけど難しそうだし時間もないという方には是非オススメ。 -
遺産相続から女性の扱い方まで厳格かつ具体的、ときにはこまやかにイスラム社会を規定するコーラン。この聖典の理解なくして21世紀は語れない。ユダヤ・キリスト教との確執、礼拝、巡礼ほかをひもとく驚きのコーラン入門書。
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★優れた入門書★とっつきの悪いコーランを意味を補足しながら丁寧に解説する。物語性の薄さや同じことの繰り返しなどコーランの性質を説明しつつ、平易な話し言葉を交えてキリスト教やユダヤ教とのかかわり(すべての一神教を最後にフォローしたのがイスラム教という位置付け)など背景も教える。利子を禁じるがリスクを取ったビジネス(配当?)ならいい、遺産相続にやたらと細かい規定がある、なども新鮮。全体を通し親しみやすい。
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興味なくなった。
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遺産相続から女性の扱い方まで厳格かつ具体的、ときにはこまやかにイスラム社会を規定
するコーラン。この聖典の理解なくして21世紀は語れない。ユダヤ・キリスト教との確執、
礼拝、巡礼ほかをひもとく驚きのコーラン入門書 -
阿刀田さんの知っていますかシリーズはわかりやすいのに,コーランは難しかった。
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