- Amazon.co.jp ・本 (197ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103367116
感想・レビュー・書評
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至宝のような、6つの短編集。
読んでいる間も読んだ後も、心の深い部分が静かに静かに揺さぶられる。
どの作品も出だしからすでに美しい。
ほんの数行読んだだけで、繊細で響きの良い文章の虜になってしまう。
「緑の洞窟」「焼却炉」「私のサドル」「リターン・マッチ」「マジック・フルート」そして最後に表題作の「夜の木の下で」。
主人公はみな若く、10代かもしくは20代。
取り戻せない時間や過ぎてしまった過去を軸に構成される。
でも決して後悔や甘い懐かしさだけではない。
その先にある微かな希望さえも、作者の筆致は浮かび上がらせる。
青春と呼ばれる時期に考え、感じていたことが実に鮮やかに描かれている。
大人から見れば「なんだ、そんなこと」と鼻で笑われるようなことでもその頃は死活問題で、早く大人になりたいと必死で願ったものだった。
その時その場の正しい判断力と行動力というものに、どれほど憧れたことか。
作品の中に「ああ、これだ」と痛みとともに気づくことが、いくつもある。
言葉に出来なかった感情や、蓋をしたはずのつまづく原因。諦念や不安、焦燥。そしてそれは年を経てもさほど変わらないということ。
「そういう時があった、ということがただ地層のように積み重なり、雨水やそのほか私自身も知らない色んなものを、今も通過させたり留めたりしている。」
「話したかった私と話せなかった私、話したかったことと話せなかったこと、それらが降り積もってゆく。しんしんと降り続けるその音を、カナちゃんも聞いているだろうか。」
「もし恋というものが、相手の持っている時間と自分の時間を重ね合わせたいと願うものなら、あのとき僕はもう恋をしていたのだ。」
「ずっと手探りしていた。そこにあるかどうかわからないものを、あると信じて。一生やり通せる仕事とか、追い続けることのできる目標とか、永遠に揺るがない関係とか。
私の手が探りあてるのは、枕元の目覚まし時計くらいのものなのに。」
いくつもの喪失を経験したけれど、たぶんこれからもそれは続くのだろう。
そのたびに私は、生まれて初めての悲しみのように、うろたえてしまうことだろう。
生きていくってそういうことかもしれないと、この本を読んでそう思う。
甘やかな感傷の波にたゆたい、何度も涙ぐみながらの読書だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
六つの物語をおさめた短編集。
nejidon さんのレビューで知った、湯本香樹実さん、初読です。
ありがとうございました。
反発と夢と不安と愛情の芽のようなもの、大人になってもまだ名付けられない想いを、かたちの定まらないままに大切にすくいとったような。
静かな痛みと寂しさと、爽やかな救いがありました。
家族の中で庇護されて生きていることに何の疑問も持たず、ただ愛情に包まれていると感じて成長してゆけたら、なんて幸せなんだろう。
庇護されていることが安心感に繋がらず、『養われている』ことを息苦しく感じさせる、自分の無力を何かにつけて思い知らされる関係だったなら…
そういうことを感じとってしまう者にとっては、ごくごく薄められた毒を飲まざるをえない場所で生きているようなものなのか…
どの物語も良かったけれど、「焼却炉」「マジック・フルート」「リターン・マッチ」が、うまく説明することもできないけれど、私にとても近いものを感じました。-
yo-5h1nさん、何とかお気に召していただけたようで良かったです!
スリーベースヒットくらいにはなったようですね(笑)
「反発と夢と不...yo-5h1nさん、何とかお気に召していただけたようで良かったです!
スリーベースヒットくらいにはなったようですね(笑)
「反発と夢と不安と愛情の芽のようなもの」は、確かにありました!
思い出しながら読めて、今一度ひたっています。
ありがとうございました。2020/10/11 -
nejidonさん、ありがとうございます!
おかげさまで、素晴らしい作品と出会うことができました。これから順番に、湯本さんの著作を読んでい...nejidonさん、ありがとうございます!
おかげさまで、素晴らしい作品と出会うことができました。これから順番に、湯本さんの著作を読んでいこうと思います。
雑食性なので、違う世界にワープを繰り返しながら…
ということで、「夏の庭」を予約してきました。
これからもnejidonさんのレビューで、新しい世界に出会うことを楽しみにしています♫2020/10/18
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生と死についての短編集。心に残る佳編が多く、この猛暑の中でも、読んでいる間は自分がシンとおさまる感じがした。
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過ぎ去った時間は取り戻せない。悔やんでみてもどうにもならない。時の流れは、なんて残酷なのでしょう。
6つの短編は、それぞれ趣の異なる内容なのですが、静かな語り口に心の奥底がそっと揺さぶられるような気がしました。哀しいでもなく、せつないでもなく、やるせないでもなく、それやこれやをすべてひっくるめて平らかにしたような、なんともいえない余韻の漂うお話でした。
べそかきアルルカンの詩的日常
http://blog.goo.ne.jp/b-arlequin/
べそかきアルルカンの“スケッチブックを小脇に抱え”
http://blog.goo.ne.jp/besokaki-a
べそかきアルルカンの“銀幕の向こうがわ”
http://booklog.jp/users/besokaki-arlequin2 -
この本の装丁にぴったりの
短編が詰まった一冊でした。
大切な記憶の欠片を、
どこか薄暗く濃密な場所から
呼び戻してくるような。 -
筆者の本は初めて読んだ。男性・女性、いろいろな視点で描かれた6篇のストーリー。変なロマンチシズムがなく、さらっとして、優しい。
感情についての「気づき」が多く、それをすくって書き上げる感性が豊か。
通底するテーマは、過去の自分を振り返り、いまの自分のありようを素直に認ること。誰もがどこかで求めている「肯定」を与えてくれる。 -
短編集6編
それぞれ珠玉のような情景があって、アオキの陰に蹲る双子の弟、焼却炉で燃える炎、しゃべるサドルや屋上の決闘、特に楠の花咲く夜の公園のむせかえるような香りと猫と缶酎ハイを飲む弟の姿は印象的だ。カバーの絵もとても雰囲気にあってる。 -
「緑の洞窟」「焼却炉」「私のサドル」「リターン・マッチ」「マジック・フルート」「夜の木の下で」の6編。
これまでの湯本さんの作品、例えば「夏の庭」のように少年・少女を主人公に置くのではなく、多くは既に大人になった主人公が自分の子供から青春時代に感じた怒りや理不尽さ、未来への諦念などを思い起こす形で描かれています。
そこに登場するのは純粋で繊細で儚い者たちです(対照として異常な母親が出てくるのも特徴かもしれません)。
ですから筆致はやや暗く重い。そしてどこか哀しみが含まれてます。
それにしても引き込まれていく文章です。静寂。小川洋子さんの硬質な静謐感とは少し違い、どこか柔らかさのある静寂感の中で語られる物語です。