夜の木の下で

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 360
感想 : 59
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  • Amazon.co.jp ・本 (197ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103367116

感想・レビュー・書評

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  • 至宝のような、6つの短編集。
    読んでいる間も読んだ後も、心の深い部分が静かに静かに揺さぶられる。

    どの作品も出だしからすでに美しい。
    ほんの数行読んだだけで、繊細で響きの良い文章の虜になってしまう。
    「緑の洞窟」「焼却炉」「私のサドル」「リターン・マッチ」「マジック・フルート」そして最後に表題作の「夜の木の下で」。
    主人公はみな若く、10代かもしくは20代。
    取り戻せない時間や過ぎてしまった過去を軸に構成される。
    でも決して後悔や甘い懐かしさだけではない。
    その先にある微かな希望さえも、作者の筆致は浮かび上がらせる。

    青春と呼ばれる時期に考え、感じていたことが実に鮮やかに描かれている。
    大人から見れば「なんだ、そんなこと」と鼻で笑われるようなことでもその頃は死活問題で、早く大人になりたいと必死で願ったものだった。
    その時その場の正しい判断力と行動力というものに、どれほど憧れたことか。
    作品の中に「ああ、これだ」と痛みとともに気づくことが、いくつもある。
    言葉に出来なかった感情や、蓋をしたはずのつまづく原因。諦念や不安、焦燥。そしてそれは年を経てもさほど変わらないということ。

    「そういう時があった、ということがただ地層のように積み重なり、雨水やそのほか私自身も知らない色んなものを、今も通過させたり留めたりしている。」
    「話したかった私と話せなかった私、話したかったことと話せなかったこと、それらが降り積もってゆく。しんしんと降り続けるその音を、カナちゃんも聞いているだろうか。」
    「もし恋というものが、相手の持っている時間と自分の時間を重ね合わせたいと願うものなら、あのとき僕はもう恋をしていたのだ。」
    「ずっと手探りしていた。そこにあるかどうかわからないものを、あると信じて。一生やり通せる仕事とか、追い続けることのできる目標とか、永遠に揺るがない関係とか。
    私の手が探りあてるのは、枕元の目覚まし時計くらいのものなのに。」

    いくつもの喪失を経験したけれど、たぶんこれからもそれは続くのだろう。
    そのたびに私は、生まれて初めての悲しみのように、うろたえてしまうことだろう。
    生きていくってそういうことかもしれないと、この本を読んでそう思う。
    甘やかな感傷の波にたゆたい、何度も涙ぐみながらの読書だった。

  • 六つの物語をおさめた短編集。


    nejidon さんのレビューで知った、湯本香樹実さん、初読です。
    ありがとうございました。

    反発と夢と不安と愛情の芽のようなもの、大人になってもまだ名付けられない想いを、かたちの定まらないままに大切にすくいとったような。
    静かな痛みと寂しさと、爽やかな救いがありました。

    家族の中で庇護されて生きていることに何の疑問も持たず、ただ愛情に包まれていると感じて成長してゆけたら、なんて幸せなんだろう。
    庇護されていることが安心感に繋がらず、『養われている』ことを息苦しく感じさせる、自分の無力を何かにつけて思い知らされる関係だったなら…
    そういうことを感じとってしまう者にとっては、ごくごく薄められた毒を飲まざるをえない場所で生きているようなものなのか…

    どの物語も良かったけれど、「焼却炉」「マジック・フルート」「リターン・マッチ」が、うまく説明することもできないけれど、私にとても近いものを感じました。

    • nejidonさん
      yo-5h1nさん、何とかお気に召していただけたようで良かったです!
      スリーベースヒットくらいにはなったようですね(笑)
      「反発と夢と不...
      yo-5h1nさん、何とかお気に召していただけたようで良かったです!
      スリーベースヒットくらいにはなったようですね(笑)
      「反発と夢と不安と愛情の芽のようなもの」は、確かにありました!
      思い出しながら読めて、今一度ひたっています。
      ありがとうございました。
      2020/10/11
    • yo-5h1nさん
      nejidonさん、ありがとうございます!
      おかげさまで、素晴らしい作品と出会うことができました。これから順番に、湯本さんの著作を読んでい...
      nejidonさん、ありがとうございます!
      おかげさまで、素晴らしい作品と出会うことができました。これから順番に、湯本さんの著作を読んでいこうと思います。
      雑食性なので、違う世界にワープを繰り返しながら…

      ということで、「夏の庭」を予約してきました。
      これからもnejidonさんのレビューで、新しい世界に出会うことを楽しみにしています♫
      2020/10/18
  • 青春期のほろ苦さ、自分の気持ちを上手く言い表せないもどかしさやジレンマ…大人の誰もがかつて辿ってきた道が6本の短編のあちらこちらに、静かに淡々と描かれている。
    ふと胸が苦しくなり切なくなって泣けてくる。
    人はみな色んなものを亡くし、それを振り返り思いを馳せながら、それでも生きていく。

    湯本さんの描く物語にはよく大きな木が出てくる。
    青春真っ只中の彼らをそっと見守ってきた木。本人が大人になっても、木だけは何ら変わることなく同じ所にそっと佇んでくれている。
    どっしりとした大きな木があるだけでほっと安らぐみたい。
    あの頃の焦れったい自分を思い出させてくれる優しい短編集だった。

  • 生と死についての短編集。心に残る佳編が多く、この猛暑の中でも、読んでいる間は自分がシンとおさまる感じがした。

  • 過ぎ去った時間は取り戻せない。悔やんでみてもどうにもならない。時の流れは、なんて残酷なのでしょう。
    6つの短編は、それぞれ趣の異なる内容なのですが、静かな語り口に心の奥底がそっと揺さぶられるような気がしました。哀しいでもなく、せつないでもなく、やるせないでもなく、それやこれやをすべてひっくるめて平らかにしたような、なんともいえない余韻の漂うお話でした。




    べそかきアルルカンの詩的日常
    http://blog.goo.ne.jp/b-arlequin/
    べそかきアルルカンの“スケッチブックを小脇に抱え”
    http://blog.goo.ne.jp/besokaki-a
    べそかきアルルカンの“銀幕の向こうがわ”
    http://booklog.jp/users/besokaki-arlequin2

  • この本の装丁にぴったりの
    短編が詰まった一冊でした。

    大切な記憶の欠片を、
    どこか薄暗く濃密な場所から
    呼び戻してくるような。

  • 筆者の本は初めて読んだ。男性・女性、いろいろな視点で描かれた6篇のストーリー。変なロマンチシズムがなく、さらっとして、優しい。
    感情についての「気づき」が多く、それをすくって書き上げる感性が豊か。
    通底するテーマは、過去の自分を振り返り、いまの自分のありようを素直に認ること。誰もがどこかで求めている「肯定」を与えてくれる。

  • 短編集6編
    それぞれ珠玉のような情景があって、アオキの陰に蹲る双子の弟、焼却炉で燃える炎、しゃべるサドルや屋上の決闘、特に楠の花咲く夜の公園のむせかえるような香りと猫と缶酎ハイを飲む弟の姿は印象的だ。カバーの絵もとても雰囲気にあってる。

  • 短編集。
    文芸誌やオムニバスに掲載された時期がちがうから、それぞれの話に統一感がないのは当然のことだけど、すべての話に過ぎてしまったことへの哀しみのような感情があった。取り返しのつかない、塗り替えることのできない過去。過去への想いを背負って生きている人の姿はとても切ない。

    ---------------------------------------

    いじめについて書かれた短編、『リターン・マッチ』について。

    (簡単なあらすじ)
    「俺」が医者に話している。あいつをいじめていたこと。あいつから手紙で呼び出され、一対一で決闘したこと。その後、あいつと仲良くなったこと。
    あいつは「俺」の忠告も聞かず、キレると何するかわからない町山にも挑み、やられた。ボコボコにされたけど、でも一対一、正々堂々戦った。
    中学卒業したら「俺」とあいつで北海道の牧場で働こう、と話した。でもあいつの母親はあいつの傷を見て、弁護士に訴えると言った。そんなことしたらあいつの勇気は無駄になってしまう。あいつとあいつの母親と「俺」がもみ合いになって、「俺」はあいつの母親の頭にガラスの置時計を振り下ろした。


    強烈な話だった。
    「俺」の語りで進んでいく話なのに、どこか他人事のような、あいつに肩入れするようで距離を置くような、不思議な感覚だった。
    中学生は多感な時期だ。
    あいつの勇気はあいつの母親の命よりも重い、と感じるのかもしれない。
    そんなことも考えず、ただ咄嗟に近くにあったガラスの置時計であいつの母親を殺してしまっただけなのかもしれない。
    命とか勇気とか大袈裟な言葉を使っているけど、パニックになったら目の前で起きていることだけが世界のすべてなんだと思う。だから、あいつの母親を殺した理由は、本当にないのかもしれない。
    まちがいなく悲劇だし、救いようがない。

  • 「緑の洞窟」「焼却炉」「私のサドル」「リターン・マッチ」「マジック・フルート」「夜の木の下で」の6編。
    これまでの湯本さんの作品、例えば「夏の庭」のように少年・少女を主人公に置くのではなく、多くは既に大人になった主人公が自分の子供から青春時代に感じた怒りや理不尽さ、未来への諦念などを思い起こす形で描かれています。
    そこに登場するのは純粋で繊細で儚い者たちです(対照として異常な母親が出てくるのも特徴かもしれません)。
    ですから筆致はやや暗く重い。そしてどこか哀しみが含まれてます。
    それにしても引き込まれていく文章です。静寂。小川洋子さんの硬質な静謐感とは少し違い、どこか柔らかさのある静寂感の中で語られる物語です。

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著者プロフィール

1959年東京都生まれ。作家。著書に、小説『夏の庭 ――The Friends――』『岸辺の旅』、絵本『くまとやまねこ』(絵:酒井駒子)『あなたがおとなになったとき』(絵:はたこうしろう)など。

「2022年 『橋の上で』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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