葬送の仕事師たち

著者 : 井上理津子
  • 新潮社 (2015年4月17日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103391913

作品紹介

葬儀社社員、納棺師、エンバーマー、火葬場職員……。その目を通し「死」を見つめる。葬儀業界の市場は右肩上がりの一兆六千億円。規模は拡大を続け、家族葬、直葬、合理化と、その形態は多様化している。一方で、団塊世代が八十歳代となる「超多死社会」が間近に。「死」の現場に携わるプロたちの「生の声」、尊厳をもって送るとは? 自らを語ることがあまりなかった職種を通し、葬送の実際をルポする。

葬送の仕事師たちの感想・レビュー・書評

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  • 葬送の儀礼に関わる様々な職業にスポットを当てたノンフィクション。

    葬儀の専門学校で葬祭ディレクター(フューネラルディレクターというらしい!)やエンバーマーを目指す学生や教師、実際にその仕事についている人たちへの、丁寧でいてくい込むようなインタビューが続く。

    葬儀会社の葬祭ディレクターや、湯灌、納棺に携わる人たちや、日本ではまだまだ少ないエンバーマー、死体安置所経営者、火葬場で働く人たち…と、ほとんどの人が日常で関わることのない職業が次々と登場する。

    僧侶など宗教家へのインタビューがないことが、よりとっつきやすさと社会学的な仕上がりの理由かもしれない。

    遺体の状態やエンバーミングの描写は、死を忌み嫌う人には厳しいかもしれないが、この方の文体がとても読みやすいために、厳しい場面や描写もさらさらと進めてしまった。

    普段から死んだ植物=ドライハーブを扱って、エチルアルコールを染み込ませたり、細胞壁を壊したり、煮込んだりしている身としては、その行はなんとなく知っている感覚だった。

    動物も植物も、生命活動が停止し恒常性を失うと、とたんに自身の酵素と微生物に犯されてしまう。
    バリアゾーンが崩壊し、生きるために必須だった水分が、生きているうちに抱く人の理想の、ちょうど真逆の方向へと私たちを変化させる。
    動物の生と死にこんなにもギャップがあるのは、水とアミノ酸でできているからだろうなぁと思うと、植物と微生物への憧れがとまらない。

    それぞれの職業についたきっかけがとても興味深い。インタビューに答えた人たちの動機やきっかけは、

    ①身近な人の死に祭して、葬儀に感動して志した
    ②理由があり身近な人の死を受け入れられなかったので志した
    ③仕事がなくてやってみたら、性に合っていた

    のいずれかだった。

    死生学を専攻している立場からは、②の理由があり身近な人の死が受け入れられなかった に引っかかった。
    どうして受け入れられなかったのかというと、「まだ小さいから」「ショックを受けるから」「遺体の損傷が激しいため」など様々な理由で、死を隠されたり、後で告げられたり、死に顔に会えなかったりしたからだ。

    いま、世の中は核家族化し、病院や施設で死亡するケースがほとんどであるため、死を身近に感じることができない。実はそのことが、その後の死や生への向き合い方に大きく影響を与える。


    産まれたものは(いまのところ)必ず死ぬ。けして死を避けることはできず、すべての遺伝子や酵素は、死に向かっている。死をおもうゆえに生があるのだと、改めて噛み締めることができた。

  • 現代日本に住んでいて、「遺体」を目にする機会は、一般的に、そう多くはないだろう。
    しかし、文字通り「毎日のように」遺体を目にしている、さらには遺体に触れている人々がいる。葬送に関わる仕事をしている人たちである。
    本書は葬送に関わる様々な職種の人たちに取材したルポである。

    「葬儀」は今や、一大ビジネスになりつつある。少子高齢化を背景に、結婚に関わる仕事、子供に関する仕事は減っていく。増えつつある高齢者(いや、高齢者には限らないが)が必ず迎えるのがこの世に別れを告げる日である。
    自分の実家を含め、地方では結婚式専門の式場が減り、セレモニーホール等と称して、葬儀「も」行う、あるいは葬儀「しか」行わない会館が増えているように感じる。
    結婚式のみではビジネスとして成り立たなくても、葬儀なら採算が取れる、そうしたシビアな姿が見え隠れする。

    葬儀に関わる仕事と言っても様々ある。
    葬儀屋と言われて思い浮かぶような、葬祭を取り仕切る人々。
    湯棺や納棺、損傷を受けた遺体の復元を担う人々。
    遺体の痛みが進まないように処理を施すエンバーマー。
    そして火葬場で働く人々。
    葬儀のプロを育てる専門学校も出来てきているというから、そうした学校で講師を務める人も、広い意味で、葬儀に関わる仕事と言えようか(実務経験を積んでから教師に転じている人がほとんどであるようだ)。
    著者は様々な人の懐に飛び込み、突っ込んだ話を聞き、可能な場合は現場を見せてもらっている。
    エンバーミングの実際の手順や、火葬炉の裏側の仕事など、あまり聞いたことのない詳細な話に驚かされる。
    長時間労働が常態化し、いつ呼び出されるかもわからない、体力的にきつい仕事である一方、被差別民が「死」の現場を背負っていた歴史を受けて、いまだに差別的に見る目もあるという。

    「死」の現場で働く彼らは、多く、肉親や近しい人の死による、強烈に印象に残る記憶を持つ。日々、死に接する中で、遺体に関する科学を深く学び、あるいは宗派にこだわらず宗教の勉強をする者も多い。人はいずれ死ぬことを目の当たりにすると、どうしても哲学的になるものなのかもしれない。

    団塊の世代が80歳代となる2030年代以降、おそらく大量の葬儀が行われることになる。著者はこれを「超多死時代」と呼ぶ。
    こうした時代に向かって、葬儀はどのように変わっていくのだろうか。
    現代日本では火葬が主流だが、実はそうなったのはさほど古いことではない。古くは土葬が一般的であり、明治政府などは一度は廃仏毀釈を背景に火葬を禁止している。これは土葬の用地不足で都会を中心に無理が出てきて2年も立たずに撤回された。但し、田舎では土葬が多く、戦前では最高でも火葬率は57%だったという。戦時中に一度30%まで落ち込んだ後、1950年代から加速度的に上がり、80年に91%、現在では99.99%が火葬となっている。
    現在は過渡期なのだろう。すでに、簡素化、家族葬への動きが目立ってきている。
    著者はこれからの葬儀について、「一日葬」、「合理化」、「感動化」を上げている。
    一番目と二番目は、忙しい現代人に合わせてあまり時間を取らないように、そして虚礼を廃し、必要なものだけとするということだが、三番目の「感動化」とは何か。
    それは規模は小さくても心がこもったお別れだったと思える葬儀が求められている、ということである。生前、描きためた趣味の絵を個展のようにして飾る。長年、切り盛りしていた店の看板のレプリカを置き、売り物を並べる。故人の人となりにあった、小さな「サプライズ」を盛り込んだ式をプランする業者もあるという。結婚式じゃあるまいし、と眉を顰める向きもあるかもしれないが、遺族には喜ばれることが多いようだ。
    一方で、まるで立体駐車場のようにボタン一つで遺骨を呼び出す「共同墓地」のような話もあり、時代の流れに驚かされる。

    遺体の状態に関してなど、いささか突っ込んだ話も多いので、万人にお薦めとは言い切れないが、存外、死にまつわるあれこれを考えるきっかけをくれる好著と思う。

  • 亡くなった人をあの世に送り出す仕事をしている人へのインタービューやその仕事を見学して書かれたノンフィクション。大変な仕事なのに偏見の目で見られるとの事。頭が下がる思い。損傷が激しい遺体の顔を修復する仕事など、これからの時代絶対必要。自分が死ぬ時はどんな風に送り出してもらいたいか考えながら読む。故人の好きだった薔薇の花に囲まれお姫様の部屋のような会場でのお葬式が本の中に出てきて印象に残った。

  • 「死」は誰にも平等に訪れる。本当にそうなのだろうか? この本に登場するのはそうあるように日々努力し続けている方々だ。一言で葬儀に携わると言ってもその仕事は千差万別で、より細やかに選別されているのだと知った。家族の形態も繋がり方も昔と変わったとは言え、故人を悼み、遺された人の心をケアするということは変わらないのだから。

    自分も送り手やったから当時を思い出してなんともな気持ちにはなるんだ。
    油断してたら喪主やるのなんかすぐであるよ、と言ってやりたい。

    これ読んでてずっと頭の中にハルキチ氏の小説の一節が回りました。
    『「死」は「生」の対極ではなく、その一部として存在する』
    その通りだなあ、と。


  • 人が死んだ後、遺族の為にあるいは本人に為に、静かに暖かく送ってあげる仕事に関わっている人達を取材した本。
    葬儀社の方、湯灌、納棺、復元の仕事をする方、エンバーマー、火葬場で働く方…。
    それぞれの技術が想像以上で大変驚いた。

    私自身、母が亡くなった時突然のことで何をどうしたらいいかわからず、もちろん大きな決め事は全て父がやったのだけれど。
    事情があり、父と私と弟とたった三人で母を送ったんだけど、棺に花を入れても入れてもなくならない。たった三人しかいないから。賑やかなことが好きでいつも笑っていた母の最後がこんなに寂しいものでいいんだろうかと思うと余計に泣けてどうしたらいいかわからなかった時、葬儀社の若い男の人が『花を全部入れて寂しくないようにしてあげて下さい』と言ってお花の入ったお盆を近くに持ってきてくれて『お顔のまわりにも入れてあげましょうか』などアドバイスしてくれて、ふとその人を見たらその人も泣いていて、凄く凄くびっくりしたと同時に、お母さん良かったね、泣いてくれる人がまだいたよって思えて、結局余計にまた泣いちゃったんだけど(笑)
    とにかく、その時もそうだけど火葬が終わるまでの一連の儀式を体験して、葬儀に関わる仕事ってなんて立派で素晴らしい仕事なんだろうって思った。
    そういう認識でずっといたのでこの本を読んでその思いはもっと深くなったし
    本の中に度々出てくる、このような仕事をする人に対する偏見が未だにあることも心底驚いた。

    本の中には知らなかったことや驚いたことがたくさん載っていたけど、一番驚いたのは火葬場の人の仕事かな…。
    スイッチ一つで全てが終わるんだと思っていた自分には衝撃でした。

  • 『葬送の仕事師』。いわゆる(納棺師を含む広い意味での)『おくりびと』たちを取材したルポだ。商業主義,ボッタクリに走る葬儀社も一部あるが,「死」と真摯に向き合う人達も多い。成長期に親しい人の死に立ち会った経験からおくりびと養成学校で真剣に学ぶ生徒たち,遺族と大切な人との最後の時間を懸命に演出しようと努力する納棺師やエンバーマー,そしてきれいに焼くことをミッションとする火葬場職人…。偏見の目で見られながらも、真摯に命の終焉に寄り添いサポートしようとする彼らに頭が下がる。

  • なかなか覗けない世界を知る必要があり、手に取った。

    この著者は、以前の"飛田"の方が筆が正直で好感を持った。

  • 人間いつか死ぬものとわかっているのに知られていない「死」に関わる職業。葬儀業界の話はたまにドラマや映画でも面白く脚色されて登場するが、映画で一時期話題になった納棺師、エンバーマー、火葬場職員の方の話は初めてで興味深かった。 また、東日本大震災時の話は読んでいるだけで涙が溢れた。

  • 現場にきちんと足を運んで
    しっかり聴かれて
    しっかり書かれたもの
    井上理津子さんの真摯さと誠実さがあればこそ
    語られたのだなぁ
    と随所で思わせられました
    私たちの身近にある
    「葬送」の現場
    でも 私たちが知らないことがどれほど多いことでしょう
    読み進めながら
    自分のこれまでの体験してきたことが
    ちょっとずつ裏付けられていくのが
    また興味深い
    人類は「葬送」をする動物なのだ
    と 改めて思いました

  • 20151228読了
    リアル。葬儀社、エンバーミング、火葬場等、葬送に携わる職業を取材した本。

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