謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉

著者 :
  • 新潮社
4.21
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本棚登録 : 524
レビュー : 72
  • Amazon.co.jp ・本 (350ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103400714

作品紹介・あらすじ

見て、嗅いで、作って、食べる。壮大すぎる「納豆をめぐる冒険」! 辺境作家が目指した未知の大陸、それは納豆だった。タイやミャンマーの山中をさまよううちに「納豆とは何か」という謎にとりつかれ、研究所で菌の勉強にはげみ、中国に納豆の源流を求め、日本では東北から九州を駆けめぐる。縦横無尽な取材と試食の先に見えてきた、本来の姿とは? 知的好奇心あふれるノンフィクション。

感想・レビュー・書評

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  • 納豆がどこ発祥なのか気にしたことがなかったけど、アジアの山岳地帯に広く分布しているのには驚いた。
    ただ私は納豆を食べられないので納豆愛もなく、その土地ごとの納豆の作り方や味の違いには興奮できない。
    それよりも、様々な民族の暮らしぶりや習慣、どうやってその地に流れ着いたのかなどの歴史的背景の方に興味が向いた。ブータン難民というものも初めて聞いた。
    山岳地帯の民族のことを少しだけ知ることができ、そうするとそこに納豆があるのは必然で、人類って繋がっているんだなあと壮大なことを感じた。

  • 高野さんの本を初めて読む。本来はソマリアシリーズぐらいから始めた方がよかったのかもしれないが、たまたまNHK朝イチで納豆特集があって、高野さんがアジア納豆の納豆煎餅(表紙の写真)を紹介していたので、無性に読みたくなって紐解いた。

    「(見た目は腐っている)こんな臭みが強い食べ物を好んで食べているのは、日本人ぐらいのものだ」という「納豆選民意識」が、日本人にはある。しかし、それは大いに間違っている。ということを、これでもか、これでもか、と書いている。確かに納豆菌が発見されたのは、明治期日本においてである。しかし、そのことによって納豆が日本で興ったことの証明にはならないのだ。

    納豆にも個性がある。ミャンマー・シャン族のそれは臭みの薄いモノを、パオは山の民で水浴びをしないので、臭いモノが好まれる。(日本人含む)それぞれの民族は自分たちの納豆が最高だと思う「手前納豆」症状が少なからずあった。また、東南アジアでは、納豆を発酵食品の味噌の代わりに使っている。日本も最初に納豆があり、あとから味噌と出汁に取って代わられた、ようだ。だから、秋田地方のように、最初は納豆汁が普通だったというのが高野氏の説である。ともかく納豆は、煮豆を手近な葉っぱで包めば出来るのだ。この本を読むうちに、私の中に少しはあった「納豆選民意識」が見事に剥がれていったのを感じた。

    納豆を追ってゆくうちに、意外にも東南アジア納豆民族の共通した「ルーツ」がわかってくる。漢民族の南下西進を受けて、アジア東部に広くいた納豆民族が南や西に追いやられて残った食習慣なのである。だとすれば、中国南部に起源を持つ稲作民族の日本の出自も、この辺りにあることの例証になるかもしれないと思っていたら、最終章で著者もそう推察していた。ところが、である。ビックリすることが最後に書かれていた。一つは民族移動が原因ではなく、あまりにも簡単にしかも必要性があり出来ることから、納豆同時多発発生説の方が説得力あること。もう一つは、その最古のモデルが日本の縄文時代である。というのだ。確かに世界最古の煮炊き土器をつくったのは、縄文土器だ。しかも、縄文時代に豆を煮炊きしていたのは、つい最近証明されている。しかも高野さんは、この本において、縄文の代表的な植物であるトチの木の葉で納豆が、しかもとても美味しい納豆が、出来ることを証明してしまった。間違いないでしょ、間違いない。何処が最古かは別にして、間違いなく縄文時代に納豆を作っていた。考古学ファンとして、私はかなり興奮しました。

    2017年7月21日読了

  • ヨーロッパでは無理でも、アジアなら納豆好きのあたしが暮らせる国がたくさんあることが分かっただけで幸せ。笑
    アジアはまだまだ個人的に未知な部分が多いので、かなり視野が広がった...

    発酵食品がまさかのその気候の地で色々発達してるとは、また面白い。納豆汁 も日本では冬の季語だし、東北のイメージだったので。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8D%E8%B1%86%E6%B1%81?wprov=sfti1

  • 非常に面白かった。アジアの納豆は副菜を越えて調味料である、だから納豆せんべいの粉末は、日本のダシ同様に使われる。またペースト状の納豆は味噌のように使われる。味噌や醤油と同じく大豆の発酵旨味食品だと考えるとおかしくないのか、なるほど。
    食べ物探索記であると同時に、その地の歴史背景、文化について知ることができるのも興味深い。一つの国名で呼ばれていても、その中には種々の民族があり、少数マイノリティの民族は、本来の民族の言葉を学校で教えることが許されていなかったり、対外的な公式語の名前を名乗ったリ、差別を受けていたりする。そして、納豆は少数マイノリティの辺境の民族の共通食品なのだと。
    千利休の茶会に納豆汁が何度も供されていたと知り、美味しく作った納豆汁も食べてみたい。
    同時に科学的にも納豆にアプローチするところも非常に面白い。日本で、藁草でなく葉を使ったアジア納豆が作れるかという真面目な実験は、猛烈に面白かった。

  • 高野秀行に外れ無しだけど、飽きてきたのかなあ。
    途中で断念。

  • 多くの辺境の旅を書いている著者による、東南アジアと日本国内の「手前味噌」ならぬ「手前納豆」をめぐる旅の記録。初出は季刊雑誌「考える人」2014年~2016年。

    早稲田大学探検部出身の高野氏の著作は毎回突き抜けているが、今回もえらい面白い。

    日本においても西日本では納豆を食べず、納豆の中心は東日本とされている。納豆は山の文化として受け継がれているという考察のもと、タイ、ミャンマー、ネパール、中国、そして秋田・長野・岩手と、アジア各地の納豆産地を、現地の人々との親交を結びながら訪ね歩いている。

    納豆製造のプロセスを観察し、納豆料理を食べるだけでなく、納豆を切り口として、アジアの山間部の文化・政治的な歴史や、各民族の移動・成立過程まで考察している。

    驚くべきは彼の語学力。最近はソマリア本が話題だが、ミャンマーやタイの山の中で納豆屋のオバチャンたちに何日も密着取材できるコミュニケーション能力は驚異的。

  • 世界各地の辺境を旅し、そこでのリアルな体験を痛快な文章でまとめあげる著者が本作でテーマに選んだのは「納豆×アジア」という一見、奇想天外なものである。

    そもそも我々は納豆を日本独自の伝統食と認識し、外国人に対して、日本に慣れたかどうかを試す”踏み絵”として話題にすることも多いが、本書を読むと、実はアジアには納豆を食べる民族が多数存在しており、日本独自のものではないということにまず驚かされる。

    また、食べ方も煎餅のように加工するタイプから、味噌のようなペースト状でご飯と一緒に食べるタイプなど、バラエティーに富んでおり、頭をガツンとやられるような衝撃と、納豆という謎の食べ物の面白さに、読むページが止まらず、そして納豆を食べたい気持ちにさせてくれる一冊。

  • 「謎の独立国家ソマリランド~」以来、高野さんの本にはハズレなしと思っているので、今回も発売からはちょっと遅れましたが、期待しながら読んで、そして読了しました。

    正直に言ってしまうと、ソマリランドほどのジェットコースター感は無かったのですが、それでも個々のエピソードを楽しく繋ぎ合わせ、大きな物語に仕立て上げる(ノンフィクションですが)手腕は素晴らしいなぁ、と改めて感服しました。
    アジアに納豆っぽい食材があるね、と言われて「そうだね」で終わってしまう人もいれば、ここまで掘り下げられる人もいる。各国の納豆を見て、比べて、共通点や違いを見出し、通低する要素を掘り出し、なかなかできることじゃない!
    しかも、巻末の謝辞を見れば一目瞭然の行動力。どれだけいろいろな人とやり取りして、知見をもらっているのか。さすが、と言いたくなります。

    軽妙な言い回し(手前納豆、って面白い)を真似したくなり、そして納豆が食べたくなる(小粒派でしたが、大粒納豆や黒豆納豆にも興味が…)。読者に不思議な変化をもたらしてくれる、素敵な本でした。

  • いやいや、納豆で感動するとは思わなかった!タイからミャンマー、ネパールへとアジア納豆の姿を探索してきた高野さんが、岩手の雪納豆にたどり着いて旅を終える。このくだりでジーンと胸にこみ上げてくるものは、やはり「感動」なのだった。納豆で、ねえ。

    大の高野ファンで、何を読んでも面白いと思ってきたけれど、今回ばかりはちょっと不安だった。納豆?うーん、そりゃ普通に食べるけど…。謎の怪獣とか怪魚とか、アヘン王国やらブータンやらソマリランドやら、ワクワクするような未知物件を紹介してきた高野さんが、納豆…。

    ふーん、で終わってしまうのでは?という危惧は見事にはずれ、おもしろいったらありゃしない。納豆は意外にもアジアの多くの地域で日常的に食べられていて、大切な食材であるという。その実態も起源もよくわからないということで、高野さんの探究心に火がつく。とことん生活の現場で、ありのままの姿を見ようといういつものスタイルで、アジアの辺境へ、日本の田舎へ、旅を重ねていく。昨年ブログ(ツイッターかも)に「このままだと上中下三巻になってしまう。いくらなんでもまずい」というようなことが書かれていたが、実に取材量が半端ではない事が伝わってくる。

    何よりおもしろいのは、納豆を通して、国や民族や部族の歴史、人々の生活のありようが生き生きと感じ取れることだ。納豆を作る人たち、買って食べる人たち、食べない人たち、それぞれにそうなるに至った、動かしがたい必然性がある。文化とはそういうものなのだなあとしみじみ思う。納豆は辺境食なのだという「発見」はまさに目からウロコ。高野さんは、かつて壮絶な徒歩行をした西南シルクロードが実は「納豆ロード」なのではないかという仮説をたてている。そうかもしれないなあと思って、なんだか嬉しくなってしまった。

    いつものように、魅力的でヘンテコな人が次々出てくる。これが本当に楽しい。シャン族の美人女将(いやほんと別嬪さん)、カチンの達人カプラジャン、上村愛子似のルビナ、岩手で雪納豆を作る中村さん夫婦…、忘れがたい人ばかりだ。一番心に残ったのは、アジアの辺境で、岩手の田舎で、同じような言葉を繰り返し聞いた高野さんの感慨だ。「人間には好奇心ってものがあるからなあ」 古き良き世界にどっぷり浸かっているはずの人たちがどうして探検部出身者みたいなことを言うのか、と書かれている。納豆というものができたのも、それを食べるようになったのも、実に好奇心のたまものかもしれない。

    取材期間は長く、地理的にも広範囲にわたっている。それをわかりやすく楽しく読ませる高野さんの筆力に改めて脱帽。

  • 2020/09/07

    納豆.....大阪人なもんで....こどものころから食卓に出てきたことがなく。給食にも出ない。食べれないのが悔しい。。

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