謎のアジア納豆 そしてかえってきた<日本納豆>

  • 新潮社 (2016年4月27日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (360ページ) / ISBN・EAN: 9784103400714

作品紹介・あらすじ

見て、嗅いで、作って、食べる。壮大すぎる「納豆をめぐる冒険」! 辺境作家が目指した未知の大陸、それは納豆だった。タイやミャンマーの山中をさまよううちに「納豆とは何か」という謎にとりつかれ、研究所で菌の勉強にはげみ、中国に納豆の源流を求め、日本では東北から九州を駆けめぐる。縦横無尽な取材と試食の先に見えてきた、本来の姿とは? 知的好奇心あふれるノンフィクション。

みんなの感想まとめ

多様な納豆文化を巡る壮大な探求が描かれた作品で、著者はアジアの納豆の起源やその地域に根付く文化を深く掘り下げています。関西における納豆嫌いの背景や、アジア各地の納豆の特徴を通じて、民族の生活や歴史的文...

感想・レビュー・書評

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  • 高野氏の本にはハズレが無い。
    「関西の納豆嫌い」について、事実としてそういう人はいるだろうが、事実か否かに関わらず、何故そうした関西は納豆嫌いとする風潮が出来上がったのかが分からない。本著でも述べられるが、関西地区は気候が温暖で魚が手に入り易かったから、納豆を作る習慣がなかったから。本当か?で、東西に割れる日本にいながら「納豆は我が国のものである」と上から目線でアジア探索する高野氏。更に、高野氏は日本でもその起源を探ろうと飛び回るのである。素晴らしい探究心。

    アジアにも納豆はある。それは粘くなかったり、焼かれていたり。共通するのは、どことなく漂う懐かしさ。ホッとする。そして、各国、民族の納豆文化を軸にその地の人との触れ合いを描く。

    納豆を作る文化を持つ人々は、比較的タンパク源に恵まれない高地の方で、性格的な特徴にも共通点があるような気がする。平地の開放的な民族性に比べ、固く真面目な気質のようだと。この本に薄っすら流れる、高野氏の本にしては残念な飛び抜けたキャラクターが登場しない予定調和感はこの納豆気質によるものか。

    つまり、真面目な仕立てである。ソマリランドを先に読むと、少し大人しめな印象を受けるが、これはこれで。ホッとするのであった。

  • 高野さんの本を初めて読む。本来はソマリアシリーズぐらいから始めた方がよかったのかもしれないが、たまたまNHK朝イチで納豆特集があって、高野さんがアジア納豆の納豆煎餅(表紙の写真)を紹介していたので、無性に読みたくなって紐解いた。

    「(見た目は腐っている)こんな臭みが強い食べ物を好んで食べているのは、日本人ぐらいのものだ」という「納豆選民意識」が、日本人にはある。しかし、それは大いに間違っている。ということを、これでもか、これでもか、と書いている。確かに納豆菌が発見されたのは、明治期日本においてである。しかし、そのことによって納豆が日本で興ったことの証明にはならないのだ。

    納豆にも個性がある。ミャンマー・シャン族のそれは臭みの薄いモノを、パオは山の民で水浴びをしないので、臭いモノが好まれる。(日本人含む)それぞれの民族は自分たちの納豆が最高だと思う「手前納豆」症状が少なからずあった。また、東南アジアでは、納豆を発酵食品の味噌の代わりに使っている。日本も最初に納豆があり、あとから味噌と出汁に取って代わられた、ようだ。だから、秋田地方のように、最初は納豆汁が普通だったというのが高野氏の説である。ともかく納豆は、煮豆を手近な葉っぱで包めば出来るのだ。この本を読むうちに、私の中に少しはあった「納豆選民意識」が見事に剥がれていったのを感じた。

    納豆を追ってゆくうちに、意外にも東南アジア納豆民族の共通した「ルーツ」がわかってくる。漢民族の南下西進を受けて、アジア東部に広くいた納豆民族が南や西に追いやられて残った食習慣なのである。だとすれば、中国南部に起源を持つ稲作民族の日本の出自も、この辺りにあることの例証になるかもしれないと思っていたら、最終章で著者もそう推察していた。ところが、である。ビックリすることが最後に書かれていた。一つは民族移動が原因ではなく、あまりにも簡単にしかも必要性があり出来ることから、納豆同時多発発生説の方が説得力あること。もう一つは、その最古のモデルが日本の縄文時代である。というのだ。確かに世界最古の煮炊き土器をつくったのは、縄文土器だ。しかも、縄文時代に豆を煮炊きしていたのは、つい最近証明されている。しかも高野さんは、この本において、縄文の代表的な植物であるトチの木の葉で納豆が、しかもとても美味しい納豆が、出来ることを証明してしまった。間違いないでしょ、間違いない。何処が最古かは別にして、間違いなく縄文時代に納豆を作っていた。考古学ファンとして、私はかなり興奮しました。

    2017年7月21日読了

  • 納豆がどこ発祥なのか気にしたことがなかったけど、アジアの山岳地帯に広く分布しているのには驚いた。
    ただ私は納豆を食べられないので納豆愛もなく、その土地ごとの納豆の作り方や味の違いには興奮できない。
    それよりも、様々な民族の暮らしぶりや習慣、どうやってその地に流れ着いたのかなどの歴史的背景の方に興味が向いた。ブータン難民というものも初めて聞いた。
    山岳地帯の民族のことを少しだけ知ることができ、そうするとそこに納豆があるのは必然で、人類って繋がっているんだなあと壮大なことを感じた。

  • ヨーロッパでは無理でも、アジアなら納豆好きのあたしが暮らせる国がたくさんあることが分かっただけで幸せ。笑
    アジアはまだまだ個人的に未知な部分が多いので、かなり視野が広がった...

    発酵食品がまさかのその気候の地で色々発達してるとは、また面白い。納豆汁 も日本では冬の季語だし、東北のイメージだったので。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%8D%E8%B1%86%E6%B1%81?wprov=sfti1

  • 非常に面白かった。アジアの納豆は副菜を越えて調味料である、だから納豆せんべいの粉末は、日本のダシ同様に使われる。またペースト状の納豆は味噌のように使われる。味噌や醤油と同じく大豆の発酵旨味食品だと考えるとおかしくないのか、なるほど。
    食べ物探索記であると同時に、その地の歴史背景、文化について知ることができるのも興味深い。一つの国名で呼ばれていても、その中には種々の民族があり、少数マイノリティの民族は、本来の民族の言葉を学校で教えることが許されていなかったり、対外的な公式語の名前を名乗ったリ、差別を受けていたりする。そして、納豆は少数マイノリティの辺境の民族の共通食品なのだと。
    千利休の茶会に納豆汁が何度も供されていたと知り、美味しく作った納豆汁も食べてみたい。
    同時に科学的にも納豆にアプローチするところも非常に面白い。日本で、藁草でなく葉を使ったアジア納豆が作れるかという真面目な実験は、猛烈に面白かった。

  • 同じ作者のアフリカ納豆の本があまりにも面白かったので手にとってみた。書かれた順序としてはこちらが先でミャンマーの奥地でゲリラの取材をしている時に現地で卵かけ納豆ご飯を振る舞われたことに衝撃を受けた作者がアジアにおける納豆を追い求めた作品。本作で取材しきれなかった韓国の納豆がアフリカの納豆本に収録されているので網羅性を求めるのであれば両方読む必要がある。本作品ではタイ、ミャンマー、ネパール、中国と日本の一部が取材されている。学術研究ではなくいきなり現地に飛び込みで行って納豆作るところを見せてくれ、という形だったりゲリラ取材で知り合った人などのツテをたどってやはり製造現場に乗り込んでしまうところが面白い。よほどの緊急時を除いて諸外国では納豆はいわば出汁や味噌のような使われかたをしておりそのまま食べるところは殆どないらしい。日本でも江戸時代くらいまでは納豆汁がそれこそ全国で食べられており、西日本ではそれがいつしか味噌に取って代わられたのであろう、という推理も楽しい。非常に興味深い作品で納豆が嫌いな人もたぶん楽しく読めると思う。おすすめです。

  •  畑のタンパク質と言われる大豆。大豆は東アジア、中国が原産地で、5000年近い歴史がある。大豆は、豆腐、納豆、味噌、醤油、豆乳、大豆粉などが利用され、最近は大豆ミートも生まれている。
     納豆は、日本食だと言われるが、その納豆の過去と歴史を探求する。

     福島市は、2019年から2022年まで納豆消費日本一だった。ところが、2023年は山形市に取られた。そして、2024年の納豆消費は福島県が奪還した。納豆消費日本一は、水戸じゃないのだ。福島での消費は、温かいご飯に納豆が定番だが、納豆汁、納豆巻き、オムレツに納豆、サラダに納豆だそうだ。

     タイのチェンマイのシャン族の納豆
     チェンマイのシャン族は、ミヤンマーから来た。ミヤンマーでは、最大の少数民族。ミヤンマーで500万人いる。
     シャン族の人は、納豆でたべ、乾燥させて炙って食べ、唐辛子味、ニンニクと生姜の味もある。おやつとしてつまみ、調味料として料理に入れ、結婚の時に寺に寄進する。その納豆は、「トナオ」という。トーはマメの意味で、ナオは腐ったという意味で、トナオは「腐ったマメ」という意味。トナオは、シャン族のソウルフード、トナオは薄焼き煎餅みたいな形状でまん丸で直径10〜15cm、厚さ2〜3mmである。生で食べるのではなく、炙るか油でサッと素揚げする。塩をふりかけ、かじるとパリッとわれ、厚めのポテトチップのようだ。香ばしい。トナオで、チャーハンを作る。
     トナオは、①トナオ・ケップ(せんべい状の納豆)、②トナオ・メッ(粒納豆)、③トナオ・ウ(ブロック状の納豆)の3種類がある。粉にしたものが、トナオ・ポンという。
     シャン族のサイさんは、日本の納豆について、「美味しいけど、日本の納豆は味がひとつしかない」

     北タイ族も、トナオを食べる。一般のタイ人はトナオを食べない。
     粒納豆(トナオ・メッ)を食べる。トナオ・メッ・コーと卵と唐辛子で炒めて食べる。トナオ・ムッは塩と唐辛子で味付けする。

     納豆を発酵させるときに植物の葉っぱを使う。タイ語でヒエン、トゥンと呼ばれる木の葉、フタバガキ科ショレア属の樹木の葉。

     全国納豆協同組合の納豆の定義は、「煮た大豆の表面に納豆菌が増殖し、納豆の糸と言われる独特な粘質物ができるとともに、納豆特有の風味を生じた食品」である。大豆は蒸したものを使う。
     納豆菌(Bacillus natto)は、東大の澤村眞が発見した。
     納豆のネバネバの成分は主に「ポリグルタミン酸」という物質である。これは、納豆に含まれる納豆菌が大豆のタンパク質を発酵させる過程で生成される。ポリグルタミン酸は水分を保持する性質があり、納豆特有の粘り気や滑らかさを生み出す。

    ミヤンマーの国境沿いのシャン州の チェントゥンでは、納豆の産地で、自分たちで作る。
     トナオ・エムは、トナオのペーストに生の生姜と唐辛子を入れて、容器に保存す流。それが酸っぱくなる。味噌のように使う。

     ミヤンマーのタウンジーのシャン族では、納豆の葉は山のシダと言われるグッ・ロイを使う。
     タウンジーの少数民族のパオ族は、納豆せんべいに厚みがあって、碁石のような厚さ。その碁石納豆を炙って、砕いて豚肉と一緒に炒めたり煮たりする。調味料のような使い方をする。パオの納豆は匂いが強い。ビルマ語で、糸引納豆は、ペー・ボウ、大豆に塩を加えて発酵させるペー・ンカビがある。

     ミヤンマーのナガ山地。ナガ族のタンクル部族で、納豆は、チュシュエと言われる。通年作る。
     里芋と野菜の納豆スープ、牛肉と納豆スープ、アボガドと納豆とタマネギの炒め物、豚肉とタケノコの納豆煮、生納豆の生姜和え、ほし魚と納豆の炒め物、発酵したタケノコの入った酸っぱい納豆汁、キノコと山菜の納豆汁。

     ミヤンマーのカチン州ミッチーナには、「竹納豆」があるという。それを探すと、カチン族の納豆は、糸引が強い。今までのチェンマイからミヤンマーの納豆は、糸引が弱く、それがアジア納豆の特徴だと思ったが、糸引の強いものが見つかった。カチン族は、その納豆のことをノップーという。
     そして、見つけた竹納豆は、竹筒に納豆と香辛料を入れた保存食で長く持たせるものだった。主に贈り物に使われる。

     ブータンにも納豆があり、納豆のことをリビ・イッパという。ブータンは牧畜民が多く、チーズを非常によく食べる。リビ・イッパについては、「大豆のチーズ」と言われる。ブータンでのリビ・イッパは、調味料で、加えると味が良くなり、色も深くなる。ほとんどの料理に加える。

     ネパールには、ヒマラヤネパール系にキネマという納豆がある。キは、発酵を意味し、ネマは風味を意味する。このキネマは、キネマカレー(納豆カレー)、キネマカレースープ
    が作られる。キネマのアチャール(キネマと漬物を混ぜた食べ物) 
     本格的なキネマの作り手は、リンブー族とライ族。

     中国で納豆を作るのは苗族。豆豉というものは、塩を入れる。中国湖南省の鳳凰古城の大馬村で、苗族の納豆作りを見る。シダの葉っぱを使用する。糸引きのいいものが美味しい。

     この本の面白さは、納豆とは何か?いつ頃から食べられていたのか?アジアの納豆と日本の納豆とどう違うのか?を、現場を歩き、実際に作ってみて、検証しているのがいい。
     
     日本の全国納豆協同組合の納豆の定義に基づいて、アジアに同じものがあるのかを探る。
     その中で、納豆菌はどうやって大豆に付着させるのか?日本では、ワラになっているが、ワラ以外の納豆菌が付着しているものはないか?
     現在の日本では、ワラを使って納豆作りはセレウス菌問題があり、殺菌してしか使えないのと農薬問題がある。

     東京都都立食品技術センターで、ミヤンマーのチェントゥンとブータンの納豆に関して、納豆菌がいるかを検査。そして、それには納豆菌が存在し、セレウス菌がいないことが確認された。
     両方とも、乳酸菌が検出された。チェントゥンのものは少なく、ブータンのものは乳酸菌が多く、酸味の正体は、乳酸菌だった。

     日本でアジア納豆ができるのか、納豆合宿をして調べた。アジア納豆は、ワラではなく木の葉をスターターでできないか、実験をする。シダ、ヨモギ、ススキ、ササ、ビワ、イチジクの葉とイネワラで実験。納豆のにおい、糸引、味で調べた。
     どの納豆が良かったか?香りはワラ、糸引はイチジク、味はビワとササ。総合優勝はビワだった。
     この実験はおもしろい。ワラだという先入観を大きく変える。
     そして、この考え方は、次の展開を組み立てる。

     つまり、中尾佐助の照葉樹林文化が重要な提起である。照葉樹林文化で、モチ、赤米、なれ鮨、コンニャク、茶、絹、漆、竹細工、歌がき、鵜飼、家の作り(藁葺き屋根など)そして、豆腐、納豆、味噌がその産物とされる。稲作文化の祭りも共通する。

     しかし、著者は、①アジア納豆をつくる納豆民族は中国南部各地から移動している。②日本の納豆の本場の東北地方内陸部は、縄文時代は照葉樹林帯ではなく、佐々木高明のナラ林文化圏と指摘。それで、「日本の納豆はそもそも照葉樹林文化とは関係ない」と言っているが、あまり正しいと言えない。縄文時代の文化は、照葉樹林文化となら林文化の二つの主な文化圏に分類される。照葉樹林文化は、主に温暖な地域で発展した一方、なら林文化は、より寒冷な地域や森林が主に広がる地域で見られる。東北地域は、気候的には寒冷な部分が多く、さらに針葉樹や広葉樹の混合林が広がっている。つまり、照葉樹林文化となら林文化が明確に分離しているのでなく、混合しているのが特徴だ。③アジア納豆を仕込む葉っぱは照葉樹はない。照葉樹林は、シイ、カシ、タブノキ、クスノキ、ヤブツバキなどである。

     著者は、縄文時代にも納豆を食べていたのではないかという。クリ林やウルシ林を育て、マメを栽培していた。縄文土器を調べると13000年前から野生のツルマメが発見されていた。その時、納豆をつくる葉がトチノキの可能性があり、トチノキの葉で作ってみたら、極上の納豆ができた。なるほど、トチノキは照葉樹林ではないなぁ。

     それにしても、納豆でここまで現地に飛び、実際作る工程を観察し、また日本の納豆発祥の地や雪納豆作りも詳しく調査しているのは、素晴らしいなぁ。参考文献もたくさんあっていい。

  • 1日最低1パックは納豆を食べることを20年続けている私が本書を手に取ったのは文庫版が発売されてすぐの2020年の夏のことだった。一時は納豆好きが高じて自分の専門外にも関わらず納豆メーカーにESを出す寸前まで行きかけた私だが、本書を読んでみると、なんとまあ自分の納豆に関する知識は浅かったのかと思い知ることになった。筆者は若い頃ミャンマーの山中で納豆に似たものを食べたことを思い出し、記憶を頼りにタイ、ミャンマー、ネパールの山岳地帯で納豆探しを始める(なぜか納豆は山岳地帯でしか食べられていないのだ)。なんとそれらの地域では大豆をその辺の葉っぱに包んで発酵させており、筆者は今までの「納豆菌は藁の中にしかいない」という常識を破壊される。すっかり納豆に取り憑かれた筆者は自作納豆作りを始め、さらには納豆が食される「納豆文化圏」についての独自の理論を構築し始める…。
    私が東南アジア諸国の納豆を食べたくても、これらは家庭の味ということもあり、なかなかレストランなどで食べることはできない。ともなれば現地に行くしかないが、前述のように納豆文化圏は山奥に分布しており、現実的ではない。そんななかタイ語やビルマ語が堪能かつ探検家として30年のキャリアを持つ筆者が写真付きで現地の納豆を紹介してくれている本書は、追体験をしているような気分にしてくれる(そして私はそれこそ紀行文の最も良い部分だと思っている)。願わくば現地で彼らの納豆を食べること、それが今の私の人生をかけた目標である。

  • 【本書の概要】
    アジア納豆とは一言で言えば「辺境食」だ。東は中国湖南省から西はネパール東部に広がる、山間の地域で食されている。肉や魚、塩や油が手に入りにくい場所なので、納豆は貴重なタンパク源にしてうま味調味料だ。納豆民族は例外なく、所属する国においてマイノリティだ。
    食べ方は生よりも火を通すほうが多い。味噌納豆、せんべい納豆、干し納豆、油納豆など。
    重要尾なのはすべて「保存」が眼目ということだ。

    日本でも納豆は辺境食だった。日本の納豆の本場が東北で、関西では食べられなくなるのは、東日本は山文化が優勢で、西日本は海文化が優勢というのが一つの答えである。
    日本の納豆の特徴は藁苞で包むことにある。これはかなり特異である。作るのがかなりの手間で、他の葉でも代替可能であるからだ。それでも作る理由としては、保温力と保存に適するからである。アジア納豆は葉っぱが先に傷むため、作ってから必ず葉っぱを取り出す。普通の葉は通気性が良くないため納豆の傷みの原因になるが、乾燥した藁にはその心配が無い。ここにも「納豆はまず保存用」という思考が現れている。

    納豆はどこからどのようにして生まれたのだろうか?筆者は、納豆職はもともとアジア東部に広く普及していたが、漢族の支配地域でいつの間にか消滅し、東北の辺境(日本と朝鮮半島)と西南の辺境(アジア納豆のエリア)にかろうじて残った――少数民族が押し出される形で、納豆も辺境に押し出されたのではないか――と見ている。そして、どこか特定の場所が起源であることは無いと考えている。納豆は葉っぱにくるんで火の近くに置いておくだけであまりに簡単にできるため、多くの場所で偶発的に出来上がる可能性のほうが高いからである。
    研究によると、縄文時代から大豆が栽培されていたことが分かっている。納豆は当時から生えていたとされるトチの葉でも作ることができた。であれば、縄文人が既に納豆を食べていても何らおかしくないのだ。


    【本書の詳細】
    1 日本の納豆の定義
    日本の全国納豆協同組合連合会の話によると、「納豆菌とはそもそもワラなどの枯草にいるもの」「近代以降はわら由来の納豆から分離した純粋培養の納豆菌により納豆が作られている」とのことである。
    納豆の作りかたはいたってシンプルで、①大豆を蒸し、②納豆菌をふりかけ、③45度以上の部屋で発酵させ、④5度の部屋で冷却し熟成する。
    本来は藁の中で発酵させるのが常套だが、日本では保健衛生上許可が下りない。藁納豆を作っている会社は、一度藁についている納豆菌を含む細菌を全て死滅させ、そのあと再度納豆菌をふりかけるという面倒な作業をしている。
    今の日本では匂いが弱くて糸引きが強い納豆が好まれる。


    2 アジア民族の納豆
    ミャンマーのシャン州やタイのチェンマイに住む民族「シャン族」。彼らが食べるソウルフードが「トナオ」、つまり日本で言う納豆だ。と言ってもトナオには色々な種類があり、火であぶった薄焼きせんべい状の納豆、日本のような糸引き納豆、調味料としてつかうブロック状の納豆、蒸し納豆などがある。
    一般のタイ人は納豆を全く食べず、バンコクの人は存在を知らない。チェンマイを中心としたタイ北部の人のみ食べる。発酵には枯れ草でなく青い葉っぱを使うのがアジアの主流だ。

    ミャンマーのチェントゥンに住むシャン族に日本の藁納豆を食べさせると、「うん、同じ味」と言った。チェントゥンでトナオを作るのはシャン族だけであり、ビルマ族も少数民族も中国人も食べるが自分では作らない。揚げ納豆、味噌納豆などのバリエーションがある。

    パオ族は碁石のように分厚い納豆を食べる。厚いほうが匂いが長持ちするらしい。

    カチン族は日本の納豆とほぼ同じ糸引き納豆を食べている。

    納豆民族はほとんどが中国南部に起源を持つ。
    中国南部の鳳凰古城に住む苗族(ミャオ族)も、トウチーという種類の納豆を食していた。

    大小さまざまな納豆が食べられていたが、どれにも共通するのは、みな自分の地域の納豆にこだわりを持っていることだった。
    シャン族に言わせれば日本の納豆は「別に美味しくない」。生だし、油もかけないし、火で炙らないし、食べられないことはないが「粗野」である。シャン族は自分たちの作る納豆がとにかく一番うまいと思っている。どこに尋ねても自分の地域が一番おいしいと言う。まさに手前味噌ならぬ手前納豆だ。


    3 日本の納豆とアジアの納豆
    実は納豆という存在はよくわからないことだらけだ。
    納豆菌は学術的には存在しない。日本の沢村博士が納豆を作る菌を単離することに成功し、それを日本では納豆菌と呼んでいるが、国際的な通称として登録されてはいない。外国には「納豆菌」という概念が無く、枯草菌の一種が大豆と接合して発酵した料理を納豆と定義しているにすぎない。
    納豆は近代にいたるまで製造が難しく、現在も「菌屋」と呼ばれる菌供給業者によって、「納豆菌の培養方法は秘伝」というおよそ現代離れした様式で守られている。医療用としてナットウキナーゼの研究開発を行っている所もほとんどない。
    納豆菌は扱いが難しく、固体差が激しいため品質がまちまちになることも多いのだ。

    では、日本の納豆とアジア納豆は同じなのだろうか?菌を検査した結果、ミャンマーの納豆菌もブータンの納豆菌も、日本の納豆菌とほぼ同じだった。しかもアジア納豆は日本同様にかなり衛生的であった。

    日本納豆の起源地と言われる秋田県三郷町。そこで作られていた納豆は、食べ方の過程がシャン州に似ていた。納豆を作り、糸がひいているもの(成功したもの)はご飯にかけ、糸がひいていないもの(失敗したもの)はすり鉢でつぶして違う食べ方をする。この地域では後者を納豆汁にしていた。
    納豆民族はアジア大陸では常に国内マイノリティにして辺境の民である。それは、海や大河に近い平野部のほうが文明は発達するため、納豆を食べているような内陸の民はマイノリティ側に回るからかもしれない。

    日本の納豆は平安時代から食べられていたとされているが、文献として日本の歴史上公式に初登場したのは室町時代である。実は、室町時代から江戸後期までほぼ全て「納豆汁」としての登場である。当時はシジミや鴨脂と同じくみそ汁の出汁として使われていた。

    思えば、アジアの国のほとんどは、味噌と出汁の代わりに納豆が常に使われる。手間と技術が必要な味噌や入手しにくい魚ダシよりも先に、旨味が豊富で手軽に作れる納豆があったのではないだろうか。そしてそれは日本も同じ状況であり、日本の場合は納豆も脇役として残り続けたのではないだろうか。


    4 まとめ
    アジア納豆とは一言で言えば「辺境食」だ。東は中国湖南省から西はネパール東部に広がる、山間の地域で食されている。肉や魚、塩や油が手に入りにくい場所なので、納豆は貴重なタンパク源にしてうま味調味料だ。それゆえ納豆民族は例外なく、所属する国においてマイノリティだ。
    アジアの大豆は日本の極小粒ぐらいの大きさであり、植物の葉で仕込む。それは民族や地域、個人によってこだわりがある。ネパールではシダの葉で納豆を作っていた。
    発酵温度であるが、日本は通常40度で18時間発酵を目安としている。これに対してアジア納豆は、温度は低めで時間は二晩程度。といっても、様子を見て発酵時間が足りなければ適宜足すため、全体としてフレキシブルである。
    食べ方は生よりも火を通すほうが多い。味噌納豆、せんべい納豆、干し納豆、油納豆などがメインだ。
    重要なのはすべて「保存」が眼目だということである。
    食べる人は、全員「納豆なんて所詮よそに出すような大それたものでは無い」と思っている。それゆえに、納豆に対して「身内」のような思いを抱き、うちの納豆は一番おいしいというアイデンティティを抱いている。

    日本でも納豆は辺境食だった。日本の納豆の本場が東北で、関西では食べられなくなるのは、東日本は山文化が優勢で、西日本は海文化が優勢というのが一つの答えである。
    日本の納豆の特徴は藁苞で包むことにある。これはかなり特異である。作るのがかなりの手間で、他の葉でも代替可能であるからだ。それでも作る理由としては、保温力と保存に適するからである。アジア納豆は葉っぱが先に傷むため、作ってから必ず葉っぱを取り出す。普通の葉は通気性が良くないため納豆の傷みの原因になるが、乾燥した藁にはその心配が無い。ここにも「納豆はまず保存用」という思考が現れている。

    納豆はどこからどのようにして生まれたのだろうか?筆者は、納豆職はもともとアジア東部に広く普及していたが、漢族の支配地域でいつの間にか消滅し、東北の辺境(日本と朝鮮半島)と西南の辺境(アジア納豆のエリア)にかろうじて残った――少数民族が押し出される形で、納豆も辺境に押し出されたのではないか――と見ている。そして、どこか特定の場所が起源であることは無いと考えている。納豆は葉っぱにくるんで火の近くに置いておくだけであまりに簡単にできるため、多くの場所で偶発的に出来上がる可能性のほうが高いからである。
    研究によると、縄文時代から大豆が栽培されていたことが分かっている。納豆は当時から生えていたとされるトチの葉でも作ることができた。であれば、縄文人が既に納豆を食べていても何らおかしくないのだ。


    【感想】
    実を言うと、自分もこの本を読むまでは納豆は日本由来の食べ物だと思っており、「外国人は受け付けないだろう」と顎を撫でていた。その日本が、実は納豆後進国だというのだから驚きだ。
    シャン族、ナガ族、カチン族、ミャオ族、どれも話す言葉や住む場所は違うにもかかわらず、一様にみな納豆を食べている。食べ方は千差万別で、せんべい、炒め物、煮汁、そして生食とある。作り方も全ての部族によってローカル化されつつあるが、全員が「煮た大豆をあったかくして放置する」という認識で繋がっているというのは非常に興味深い。我々日本人が誇りに思っている納豆の食べ方が、アジア基準で言うと「粗野」「バリエーションに乏しい」と思われているのは、何とも痛快だが的を射ているではないか。

    納豆は思ってた以上に何でもアリである。糸引きの度合い、味の濃さ薄さ、匂いの強さ弱さ。本来であれば、日本の納豆にも色んなバリエーションがあってしかるべきなのだ。まるで県ごとに味の違うラーメンがあってもそれらが全て「ご当地ラーメン」で括られるように。しかしながら、そうした各国の納豆の可能性を無視しながら、「日本こそ納豆のルーツ」という態度を取っているのはあまりにも高慢だと言える。まさに井の中の蛙であり、その一匹であった私の納豆観は本書を読んで180度転換した。
    といっても、日本の納豆も捨てたもんじゃない。日本の納豆文化の目覚ましい特徴は、全国的に普及しているところにあるだろう。本来マイノリティが食べる納豆を、国民の大多数が食べるようになるまで商業的に成長させたというのは、やはり大国の食文化あってこそだと思う。

  • 高野秀行に外れ無しだけど、飽きてきたのかなあ。
    途中で断念。

  • 多くの辺境の旅を書いている著者による、東南アジアと日本国内の「手前味噌」ならぬ「手前納豆」をめぐる旅の記録。初出は季刊雑誌「考える人」2014年~2016年。

    早稲田大学探検部出身の高野氏の著作は毎回突き抜けているが、今回もえらい面白い。

    日本においても西日本では納豆を食べず、納豆の中心は東日本とされている。納豆は山の文化として受け継がれているという考察のもと、タイ、ミャンマー、ネパール、中国、そして秋田・長野・岩手と、アジア各地の納豆産地を、現地の人々との親交を結びながら訪ね歩いている。

    納豆製造のプロセスを観察し、納豆料理を食べるだけでなく、納豆を切り口として、アジアの山間部の文化・政治的な歴史や、各民族の移動・成立過程まで考察している。

    驚くべきは彼の語学力。最近はソマリア本が話題だが、ミャンマーやタイの山の中で納豆屋のオバチャンたちに何日も密着取材できるコミュニケーション能力は驚異的。

  • 世界各地の辺境を旅し、そこでのリアルな体験を痛快な文章でまとめあげる著者が本作でテーマに選んだのは「納豆×アジア」という一見、奇想天外なものである。

    そもそも我々は納豆を日本独自の伝統食と認識し、外国人に対して、日本に慣れたかどうかを試す”踏み絵”として話題にすることも多いが、本書を読むと、実はアジアには納豆を食べる民族が多数存在しており、日本独自のものではないということにまず驚かされる。

    また、食べ方も煎餅のように加工するタイプから、味噌のようなペースト状でご飯と一緒に食べるタイプなど、バラエティーに富んでおり、頭をガツンとやられるような衝撃と、納豆という謎の食べ物の面白さに、読むページが止まらず、そして納豆を食べたい気持ちにさせてくれる一冊。

  • 納豆があまり好きでない人間には、情熱が今一つ伝わらない。が、納豆文化の発見自体は素晴らしい。

  • 「謎の独立国家ソマリランド~」以来、高野さんの本にはハズレなしと思っているので、今回も発売からはちょっと遅れましたが、期待しながら読んで、そして読了しました。

    正直に言ってしまうと、ソマリランドほどのジェットコースター感は無かったのですが、それでも個々のエピソードを楽しく繋ぎ合わせ、大きな物語に仕立て上げる(ノンフィクションですが)手腕は素晴らしいなぁ、と改めて感服しました。
    アジアに納豆っぽい食材があるね、と言われて「そうだね」で終わってしまう人もいれば、ここまで掘り下げられる人もいる。各国の納豆を見て、比べて、共通点や違いを見出し、通低する要素を掘り出し、なかなかできることじゃない!
    しかも、巻末の謝辞を見れば一目瞭然の行動力。どれだけいろいろな人とやり取りして、知見をもらっているのか。さすが、と言いたくなります。

    軽妙な言い回し(手前納豆、って面白い)を真似したくなり、そして納豆が食べたくなる(小粒派でしたが、大粒納豆や黒豆納豆にも興味が…)。読者に不思議な変化をもたらしてくれる、素敵な本でした。

  • 納豆は日本オリジナルの伝統食だと思っている人は多く、この本にもある通り、外国人に「納豆食べられる?」と訊く日本人を見たことがない人はいないくらいだと思う。しかし、この本を読んだ今となっては
    、簡単に作ることができて、お金もかからず、旨くて栄養のあるものが、(しかも大豆という、世界中で手に入る食材でできている)他の国にないという方がおかしいと考えるようになった。
    アジア納豆については、何人か研究している学者もいるようだし、著者も参考にしているが、多分面白さでは本書とはくらべものにならないだろう。そのフットワークの軽さ、集中力と探究力、語学力、秘境探検で培ったカンの良さ、文章の上手さは高野秀行だからこそ。ソマリアの本で、探検を面白おかしく書くライターという場所から飛び出した著者が、また期待を裏切らない、というか期待以上の快挙を成し遂げた印象。この好奇心と情報収集力で、もう一冊は納豆本が期待できそう。
    自分では決して出来ない面白いことをやってくれるのも嬉しいが、それ以上に人間の良さ、世界の奥深さに触れられるのが嬉しい。
    アジア納豆、食べてみたい。乾燥したやつは輸入できるだろうし、日本でも作れると思うので、この本でアジア納豆ブームが来ることを祈る。

  • いやいや、納豆で感動するとは思わなかった!タイからミャンマー、ネパールへとアジア納豆の姿を探索してきた高野さんが、岩手の雪納豆にたどり着いて旅を終える。このくだりでジーンと胸にこみ上げてくるものは、やはり「感動」なのだった。納豆で、ねえ。

    大の高野ファンで、何を読んでも面白いと思ってきたけれど、今回ばかりはちょっと不安だった。納豆?うーん、そりゃ普通に食べるけど…。謎の怪獣とか怪魚とか、アヘン王国やらブータンやらソマリランドやら、ワクワクするような未知物件を紹介してきた高野さんが、納豆…。

    ふーん、で終わってしまうのでは?という危惧は見事にはずれ、おもしろいったらありゃしない。納豆は意外にもアジアの多くの地域で日常的に食べられていて、大切な食材であるという。その実態も起源もよくわからないということで、高野さんの探究心に火がつく。とことん生活の現場で、ありのままの姿を見ようといういつものスタイルで、アジアの辺境へ、日本の田舎へ、旅を重ねていく。昨年ブログ(ツイッターかも)に「このままだと上中下三巻になってしまう。いくらなんでもまずい」というようなことが書かれていたが、実に取材量が半端ではない事が伝わってくる。

    何よりおもしろいのは、納豆を通して、国や民族や部族の歴史、人々の生活のありようが生き生きと感じ取れることだ。納豆を作る人たち、買って食べる人たち、食べない人たち、それぞれにそうなるに至った、動かしがたい必然性がある。文化とはそういうものなのだなあとしみじみ思う。納豆は辺境食なのだという「発見」はまさに目からウロコ。高野さんは、かつて壮絶な徒歩行をした西南シルクロードが実は「納豆ロード」なのではないかという仮説をたてている。そうかもしれないなあと思って、なんだか嬉しくなってしまった。

    いつものように、魅力的でヘンテコな人が次々出てくる。これが本当に楽しい。シャン族の美人女将(いやほんと別嬪さん)、カチンの達人カプラジャン、上村愛子似のルビナ、岩手で雪納豆を作る中村さん夫婦…、忘れがたい人ばかりだ。一番心に残ったのは、アジアの辺境で、岩手の田舎で、同じような言葉を繰り返し聞いた高野さんの感慨だ。「人間には好奇心ってものがあるからなあ」 古き良き世界にどっぷり浸かっているはずの人たちがどうして探検部出身者みたいなことを言うのか、と書かれている。納豆というものができたのも、それを食べるようになったのも、実に好奇心のたまものかもしれない。

    取材期間は長く、地理的にも広範囲にわたっている。それをわかりやすく楽しく読ませる高野さんの筆力に改めて脱帽。

  • 納豆文化に関してこんなに知見の深く広い本を出してくれてありがとう。世界の納豆も日本のそれも辺境で生き残っているっていうのが興味深かった。義妹ちゃんが山形の人で話でしか聞いたことない納豆汁が美味しそうだなと思ってたのだが、文化として深い話でした。アジアの納豆せんべいや、和物美味しそう。

  • 納豆は、日本だけの食べ物ではなく、広くアジアで食べられている。そして各民族のソウルフードである、ということを突撃体当たり取材で、明らかにしていくルポタージュ。著者の「幻のアフリカ納豆を追え」が新書として出版され、その書評に本書に引き続き、とあったことから、まずはアジア納豆から読んでみようと思って手に取りました。
    一言で言うのなら、「よくぞここまで取材しました!」と感嘆符がたくさんつく内容です。厳密な科学調査ではないけれど、アジアのタイ・ミャンマーの紛争地域でもお構いなしに取材し、現地人に「納豆(例えば、シャン族ではトナオ)の作り方を見せて欲しい」とお願いしたり、挙句の果てに自分でも一緒に作ったりして、行動力がものすごい。
    辺境ネタの多い著者ですが、存分にその特技?が活かされています。
    取材した結果だけ理解するのであれば、13章のまとめだけを読めば事足りますが、その体験談というか、フィールドワークというか、その過程をぜひ楽しんで欲しい本です。
    ネタバレ的には、日本の納豆とアジアの納豆はほぼ同じ。藁で包む必要はなく、シダ等の葉っぱを含め、発酵のために包むものはなんでもよく、適当にやったも納豆はできる。アジアと日本の違いは、糸引きがあまりない納豆を、調味料的に使って、どんな料理にも入れて使うのが特徴的。日本の納豆に個性がない、という納豆会社の社長さんのコメントはもっとも。日本の納豆の起源は分からないが、最後の章にある通り、大陸からもたらされたものではなく、実は縄文時代から自然発生的に食べられていた、という説に、私も一票入れたいと思いました。

  • 2020/09/07

    納豆.....大阪人なもんで....こどものころから食卓に出てきたことがなく。給食にも出ない。食べれないのが悔しい。。

  • 高野秀行・インタビュー 「わからないものをわかりたい」『謎のアジア納豆―そして帰ってきた〈日本納豆〉―』刊行記念 | インタビュー | Book Bang -ブックバン-
    https://www.bookbang.jp/review/article/512826

    高野秀行 『謎のアジア納豆―そして帰ってきた〈日本納豆〉―』 | 新潮社
    https://www.shinchosha.co.jp/book/340071/

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著者プロフィール

1966年、東京都八王子市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学探検部在籍時に書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をきっかけに文筆活動を開始。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」がモットー。アジア、アフリカなどの辺境地をテーマとしたノンフィクションのほか、東京を舞台にしたエッセイや小説も多数発表している。

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