バブル:日本迷走の原点

著者 :
  • 新潮社
3.78
  • (26)
  • (43)
  • (36)
  • (6)
  • (1)
本棚登録 : 411
レビュー : 29
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103505211

作品紹介・あらすじ

あれは「第二の敗戦」だった――バブルの最深部を知る記者が放つ警世の書。奇跡の復興と高度成長を成し遂げた日本だが、70年代以降、世界経済の仕組みは急速に変化する。グローバル化・金融自由化が進む世界と、変われないままの日本。その亀裂はやがてバブルを生み出し、全てを飲み込んでいった――。日本が壊れていく様を最前線で取材した「伝説の記者」が当事者たちの肉声をもとに迫るバブルの真実。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 1980年後半から1990年までに発生した日本のバブル。本書は、バブル期の前後を通じて多くの関係者に取材した著者が、主な登場人物と事件についてあらためて自らの見解を交えて振り返ったものである。日経の記者であった著者は、そのときのバブルを国民ぐるみのユーフォリア(熱狂)と呼ぶ。

    自分にとっては、バブルは大学生の時にその絶頂を迎え、そして崩壊していったものである。そのときには、ここで書かれたような裏の事情はもちろん表の事情もほとんどわからなかったし、おおよそ興味もなかった。しかし、そのときにこそもっと知っておくべき事柄であったと思う。もちろん、今でも知るべきことであることは変わっていないのかもしれない。「バブルの時代を知ることなしに、現在の日本を理解することはできない」という著者の主張が読み終わった後にはっきりとそうだとわかるだろう。

    振り返ると著者が挙げるようにそれぞれのプレイヤーに次のようなミスや瑕疵があった。
    ・上げるべきところで金利を上げなかった日銀の罪
    ・機関投資家に株を買うように誘導した大蔵省の罪
    ・不動産融資にのめり込んだ銀行の罪
    ・特金・ファンドラをリスクなき財テクのように扱った事業会社の罪
    ・会社の価値を収益ではなく含み資産で計算した証券会社の罪

    そうした中にあって著者は「誰が何にチャレンジしていたのか、そして何に敗れ、何を否定されたのか。バブルの時代という大きなうねりのなかで、敗れて行った人たちや、否定された人たちの行動の中にこそ、変革への正しい道筋が埋もれているのではないか」という。そうした問題意識の中で著者が堀り起こすこととなった人と出来事は多岐にわたる。

    三光汽船によるジャパンライン株の買占め、プラザ合意、ブラックマンデー、レーガノミクス、サッチャリズム、NTT株公開、リクルート事件、山一証券破綻、そごう問題、興銀・長銀破綻、阪和興業、秀和事件、特金・ファンドラ、株式損失補填、イトマン事件、イ・アイ・イ事件、公的資金投入など。

    バブルを彩った政治家、経営者も数多い。児玉誉士夫(右翼)、高橋高見(ミネベア)、磯田一郎(住友銀行頭取)、成田芳穂(山一証券)、竹下登(大蔵大臣、総理大臣)、渡辺喜太郎(麻布土地グループ)、高橋治則(イ・アイ・イ)、佐藤行雄(第一不動産グループ)、江副浩正(リクルート)、是川銀蔵(伝説の相場師)、加藤暠(誠備グループ)、小谷光浩(光進)、小林茂(秀和)、尾上縫(投資家)、橋本龍太郎(大蔵大臣、総理大臣)、三重野康(日銀総裁)、宮沢喜一(大蔵大臣、総理大臣) 、そして著者の父でもある永野健(日経連会長)。

    色々な要因があったが、日本のバブルを特異なものにしたのは土地神話であった。実家の大阪辺りでもマンションを買って大儲けをしている人が身近いるという話を聞いていた。「バブル崩壊後の「失われた20年」と呼ばれる日本経済の長期低迷と、銀行の経営危機の大きな原因が、1986年から89年にかけての土地をめぐる取引にあったことは間違いない。...銀行の節度を越えた土地融資への傾斜だった。最終局面の日本のバブルを、他の外国のバブルと分かつ重要なポイントである」ー 1989年末に史上最高値を付けた株価は90年に入ると急落したが、土地価格はその1年半後まで維持され、その後急落することとなった。

    東京23区の地価がアメリカ全体の時価総額を上回る。1株50万円弱と評価したNTT株が119万7000円で売り出され、上場後には318万円を付ける。大手都市銀行の一行あたりの時価総額が、世界最強と言われた米国のシティバンクの時価総額の5倍となる。小金井カントリー倶楽部の一口あたりの会員権が3億円を超える。これでバブルの兆候が見えなかったのは今から思えば不思議だが、バブルとはそういうものなのだ。「バブルは同じ顔をしてやってこない。しかし、われわれは生きている時代に真摯に向き合わなければならない。だからこそ、日本のバブルの歴史を今一度学び直す必要があると思う」

    著者は安倍政権に「謙虚さ」が足りないと指摘する。どこかバブルのときと似ているという。そして、最後に問う「安倍総理に、黒田日銀総裁に、かつて公的資金を投入しようとした宮沢喜一と三重野康のような洞察と責任感は果たしてあるのだろうか。自省の心が欠けていると思うのは私だけだろうか」
    このことが著者がこの本を世に問うこととなった最大の理由なのかもしれない。


    多くの登場人物がここ数年のうちに鬼籍に入った。その今だからこそ書けるものもあるのかもしれない。具体的に没年を明示されているのは次のような方々だ。

    2013年 大蔵省 窪田弘
    2013年 リクルート 江副浩
    2013年 トヨタ 豊田英二
    2014年 秀和 小林茂
    2015年 裁判官 滝井繁男
    そして、この本をちょうど読み終わった2016年12月加藤暠が亡くなったというニュースが入ってきた。

    歴史となりつつあり自らも同じ時間を生きていた時代を描いていて、とにかく非常に面白い。お勧め。

  • 136まで

  • 1980年から1989年までのバブル経済をマクロで語るというよりかは、当時、日経新聞証券部であった筆者が取材過程の中で遭遇した事案とともにどちらかというとミクロで具体的に見つめなおす本。経済原理ではなく生々しさで迫ってくるのでおもしろく、一気に読めた。

    すべては85年のプラザ合意から始める。恒常的な円高に対して筆者の言葉を借りれば「日本のリーダーたちは、円高にも耐えうる日本の経済構造の変革を選ばずに、日銀は低金利政策を、政府は為替政策を、そして民間の企業や銀行は財テク収益拡大の道を選んだ。そして、異常な株価高政策が導入され、土地高も加速した」ことがその構造的要因となってバブルは膨らみ、弾け、そしてその後は”失われた20年”と言われる長いデフレ期間が続くに至る。

    それにしても、バブル時代の土地高、株高を背景としたマネーゲームの象徴として”バブルのAIDS”という言葉があるのはこの本を通じて初めて知った。曰く、麻布自動車(A)、イ・アイ・イーインターナショナル(I)、第一不動産(D)、秀和(S)だそうだが、これらに加え、この本には河本敏夫、高橋高見、加藤暠、江副浩正、尾上縫などのバブル時代の象徴的な怪人物たちがもちろん登場してくるが、筆者の視点の面白さは、それらのバブル紳士たちを単純に批判するのではなく、彼、彼女らの思想はその後のグローバルな金融経済(いわゆるカジノ経済)の先駆たる先進性が一部には確実にあったことと、これらの人物に"成り上がりで強欲な人々"というレッテル張りをしてバブルの罪を負わせて、自分たちはその影に隠れて責任逃れを行おうとする、銀行、証券、大蔵省のエリート層への批判の怠らない点にあると思う。

    それにしても、東京23区の土地代がアメリカ全土の土地よりも高く、NTT上場時の時価総額は25兆、株購入の申し込みは1000万人を超えたとか、もはやおとぎ話にしか思えないが、すべての原点はやはりプラザ合意でアメリカに頭を下げられていい気になった日本のエリート層の慢心に(あと知恵で振り返れば)原因の確信があったように思う。やはり驕れる平家は久しからず、というところか。そしてその驕りが同時に訪れてもおかしくないドイツは実はちゃんと回避していた(要するにアメリカの意向無視して利上げをちゃとやっていた)というのをこの本を通じてこれまた初めて知って、やはり日本は極東の人の好い田舎者集団だったんだなーと思わざるを得なかった。

    日本人、もっともっと経験豊かになっていこう!と思える本でした。

  • バブル時は20歳代後半だった。経済的な話は正直よくわからないのだけど、同時代を生きたものとして、しかし恩恵はほぼ受けなかったものとして、著者のいう、後付けでない時代の諸相を知ることができたと思う。

  • 日本を熱狂に巻き込んだ「バブル」とは一体何だったのか? 日本を壊したのは誰だったのか? バブルの最深部を取材し続けた記者が、当時の状況を克明に記す。

    第1章 胎動
    第2章 膨張
    第3章 狂乱
    第4章 清算

  • 直接的に『バブル』という異常な熱狂を描くのではなく、バブル経済の源流を興銀と大蔵省の二軸に定め諸事案を立体的に構成し本質的功罪を炙り出していく良著だ。元日経のエース記者であった著者がまさにバブルの最前線で味わった感覚や見聞きした生の情報と分析は興味深い。

    著者はイタリア語の「ユーフォリア(熱狂)」という単語を度々使用しているが、的確にバブルを表した言葉であろう。例えば当時を知らぬ者からすれば証券業界の「にぎり」など異常そのものだが資金獲得合戦として銀行預入+αを確約しその背景に大蔵省の黙認があったこと
    と「ユーフォリア」という空気があったことを考えると理解できなくもない。興銀という当時超一流の組織が尾上縫に入れ込んだのも同様だ。

    人々はユーフォリアという多幸感のうちにバブルは弾け、その麻薬的後遺症はいまなお「当時の感覚」として残る。ステレオタイプで申し訳ないが、いわゆる「バブル世代」と話すと当時を懐古する様があり麻薬的快楽が消え去っていない。その限りバブルは再来するのだろう。そして彼ら「バブル世代」はバブル以後を「失われた20年」と評すがそこに生きた「ミレニアム世代(この呼称は好きではないが)」は生まれながらにITを身にまとい独自の感性とコミュニケーション感覚で時代を切り開き始めている。バブルを知らない世代は後遺症を知らないからその新しい感覚に酔いしれるのかもしれない。

    本書を読んだのは奇しくも日経16連騰。時代は流れ、そして繰り返すのかもしれない。

  • バブル経済を間近で取材した日経記者の作品。
    みなユーフォリアに浮かれて、実態経済から乖離しているにも関わらず、みなそのファクトに目を向けないのだ。

  • 会社説明会ではわからないそれぞれの企業のかかえる内実が理解できよう。
    バブル当時の記憶はすっかり風化しつつあるが、蘇らせる手段として本書は有用。尾上さんなど錚々たる人物の写真が掲載されているのは珍しい。
    銀行が不良債権の山を築く契機となった住銀コンサル案件と大前研一の関係を指摘したバブルを論じた本はほとんどないが、本書にはちゃんと書かれている。
    その場をとりつくろうだけで、本質的問題を先送りするという日本の組織の問題をあらためて考えるうえでも参考となる

  • 超低金利を背景にリスク感覚が欠如した狂乱の時代。日本人の価値観が壊れ、社会が壊れ、そして政・官・財が一体となった日本独自の「戦後システム」が壊れた…。「失われた20年」を経て見えてくる「バブル」の真実に迫る。

    私はバブル最盛期の88~89年に日本にいなかったのでその狂乱ぶりを肌で知っているわけではないが、こうして読んでみると政治家、官僚、銀行・証券、怪紳士たちを中心とした、いかに狂った時代だったかよくわかる。そして大蔵省や銀行・証券の幹部らの自己保身が「失われた20年」につながったことも。筆者は人為的にバブルを作ってデフレ脱却を図るアベノミクスへの懸念も忘れない。
    (B)

  • 市場はコントロールできない。そしてバブルは同じ顔をしてやってこない。昭和史を読んでる感じ。

全29件中 1 - 10件を表示

バブル:日本迷走の原点のその他の作品

永野健二の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
クリス・アンダー...
伊賀 泰代
國重 惇史
村田 沙耶香
塩田 武士
フィル・ナイト
トマ・ピケティ
有効な右矢印 無効な右矢印

バブル:日本迷走の原点を本棚に登録しているひと

ツイートする