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Amazon.co.jp ・本 (128ページ) / ISBN・EAN: 9784103507215
作品紹介・あらすじ
共鳴する街の声――。気鋭の社会学者による、初の小説集! 侘しさ、人恋しさ、明日をも知れぬ不安感。大阪の片隅で暮らす、若く貧しい〝俺〞と〝私〞(「ビニール傘」)。誰にでも脳のなかに小さな部屋があって、なにかつらいことがあるとそこに閉じこもる。巨大な喪失を抱えた男の痛切な心象風景(「背中の月」)。絶望と向き合い、それでも生きようとする人に静かに寄り添う、二つの物語。
感想・レビュー・書評
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「ビニール傘」
侘しさ、人恋しさ、明日をも知れぬ不安感
大阪の片隅で暮らす、若く貧しい"俺"と"私"
「背中の月」
誰にでも脳のなかに小さな部屋があって、なにかつらいことがあるとそこに閉じこもる
巨大な喪失を抱えた男の痛切な心象風景
絶望と向き合い、それでも生きようとする人に静かに寄り添う、二つの物語
だ、そうですがよくわからない、、、
話自体は特に面白くはな( ゚∀゚)・∵. グハッ!!
あぶない!あぶない!
「い」までは言いませんw
初読み作家さんなので一冊で判断してはダメですよね〜
特に面白くはないけど、空気感はなんだか心地良いですよ〜(*´ω`*)
ってか、面白くはないって言っちゃってるやないかーい( ゚∀゚)・∵. グハッ!!
とりあえず、心地良いから何冊か読んでみようか! -
第156回芥川賞候補作
よく聞くラジオ番組で何度か岸政彦さんがゲストだったり、Eテレの「100分で名著」にも講師として出演されていたので、社会学者であるということは知っていた。
そして、大阪愛はもちろん、「人」というものに対する興味や愛情が本当に深い方なんだなぁ、とその熱量の高いトークから感じていたのだが、小説はまた違った趣きだった。
読み始めてすぐ、なぜか柳美里さんの「JR上野公園口」が思い浮かんだ。
私自身は、大阪という街をあまり知らないので、この小説の舞台が大阪のどんな所なのかは、読んで受けたイメージしかない。
ゴミの吹き溜まりの少しすえた匂いのするような、寂れかけた一角に暮らす、明日が見えない若者たちの物語。
登場人物の一人一人がはっきりせず、どこか重なり、どこか繋がっているような…いくらでも代わりがある仕事をしている人々。
いくらでも代わりがあったとしても、その人はその人しかいない。
でもその当人が、そのことを理解することもなく、ただただ無常な時に流されていく。
これがバブルの時ならば、「横道世之介」みたいな根拠のない前向きな空気感が漂うのだろうが、平成世代は、生まれた時から不景気と格差社会の中にある。
ささやかな幸せを見つけても、簡単にその場から剥がされる。
そういったことを怒りではなく、諦めの姿勢で受け入れてしまう彼らの姿が哀しい。
読む世代によって感じ方は変わるだろう。
私の世代は、こうなる前にもう少しできることがあったのではないか、と感じるのではないだろうか。
2022.2.13 -
大阪市南部の港湾部を舞台に、貧困と孤独の中で暮らす者たちの群像。表題作『ビニール傘』と『背中の月』の2編が収録されている。
『ビニール傘』は、タクシー運転手、ガールズバー店員、清掃員、日雇い作業員など、貧困の中で暮らす彼らの生活がかわるがわる描かれる。
彼らの名前は一切出てこない。章立てもなく行間もないため、読んでいる途中で、あ、これは違う人物の話なんだ、と気づく。
みんな心の中にどこか孤独を抱えている。寂しいから誰かといたい。誰かと話したい。でも、別れてしまえばきっと二度と会うこともない。
彼らが住む大阪の港湾部は、すぐ近くに難波や梅田、USJがあるとは思えないほど寂れて勢いを失っており、彼らは先の見えない中、今食べていくためだけに日銭を稼いでいる。
『背中の月』は、愛する伴侶を突然失った男性の喪失感を描く。お金はないけれど、ささやかな暮らしの中での楽しみを共有しながら生きてきたのに、彼女は突然逝ってしまった。涙を流すわけでも悲嘆にくれるわけでもないのに、心の中の埋めようのない大きな穴が目に見えるような気がする。
著者の岸政彦さんは、社会学者としてさまざまな地域の人たちへの聞き取りを行ってきた。彼の著書『断片的なものの社会学』では、研究データの俎上に乗らない数々の思いの断片を綴った本だったが、本書はさらに、小説という少し踏み込んだ形で彼らの抱えるいいようのない不安や寂寥感を表現している。小説であると同時に、現代社会の一部分を切り取る社会学の本でもあると感じた。 -
この現実感のないリアルさは何なのだろう。ここではないどこかだとか、細部だけ具体的な夢の様な。どこにでもある、ありふれた世界。私が見ているものは本当にあるのだろうか?
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岸政彦さんの作品の空気感がすごく好き。
カギカッコもなしにつらつらと
関西弁訛りの会話が良くて。
特に特別という訳でもなく、
あの時確かにそこにあって、
なんのとりとめのない時間だったけど、
今思えば、今ここのどこにもない、
かけがえのない時間を過ごしていたんだなって気づく、そんな場所から眺めているような。
淀川が見たいなって思う。眺めていたいなって。
できれば本当は大切だった人と、二人で。
ビニール傘をさして、とりとめのない話をぽつりぽつりと、雨に並んで話しながら。
なぁ「傘」って漢字あるやろ?
あれって傘になんで人が4人も入ってるん?
4人もようはいらんやろ?
あれ人ちゃうやろ。
多分傘の骨組みのとこやで。
え、そうなん?……それやったらなんかつまらん。
つまらんもなんも。4人も入られへんゆうてたやん。
せやけど、そんぐらい包んであげようおもてるよって心持ちがええやん。
ようわからん。2人でも入りきらんと濡れとるし。
そう言って肩を包むように傘の軸がこっちに傾く。
みたいな。
あぁ思わず妄想が暴走して止まらない。
もう1作『背中の月』もすごく良かった。
侘しいというか、切ないというか。
悲しみが張り付いているようなページたち。
妻の不在がよく表れていて。
妻が居てて、ちゃんといてて、今はもういない。
それが明らかに表現されている、穴。
暗い穴は時にバックスクリーンになって、
そこに映像が映し出さられて。
本当になんのとりとめのないようなシーンがぼわ〜っと浮かんできて、
あぁあの時、なんて言ったのかも思い出せないけれど、
その記憶はふとした瞬間に、穴のスクリーンに映し出されて、くり返されていく。無声映画みたいに。
〝忘れられない〟って、そういうことなんじゃないかなって。そんな風に思った。
どちらの作品もすごく好きです。
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エッセイだと思って読んだら小説でした。
どこかにきっといる人たちの物語。 -
大阪の海沿い、大正あたりで生きる人々の、どうしようもない日々の記憶。
こういう人たちの生活が「分かる」かどうか、見えるかどうかって、読む人自身の生い立ちに深く関わってくる気がする。
うら寂しい読後感。滔々と流れる淀川を見に行きたくなる。 -
『図書室』→『リリアン』→『ビニール傘』と読みこれが1番ガツンときた。自分でもよくわからないのだが、荒々しさを感じた。本当のことが書いてあるというか。
ただ働いて流れていく日々。なんとなく付き合い始め、あっさりと別れるよるべない複数の俺と私。その中に自分もいるように思えた。だからこそ何気ない会話に、暗闇で小さな明かりを灯すような温もりを感じるのだろう。
『背中の月』
主人公が帰宅し、倒れている妻を見つけたときの心情表現が特に素晴らしい。現実を受け入れ難い気持ちと、一刻も早く助けようとする気持ちが同時に生じる緊迫感を、一切の無駄を省いて書き切っている。 -
日々すれ違う他人には、自分と同じように人生のストーリーがあるんだということを忘れてしまうと、
他人に対して乾いた対応をしてしまうことがある。
他人の人生を覗き見る感覚で読み始めたが、
なぜか古き良き温もりと、人と重なる温度の幸福感が沸々と蘇えり、ああ、コロナやらなんやらで、
とても大切なものをなくしてるんじゃないかと怖くなりました。
読み終わった後、なんともいえない味わいを
噛み締める時間が暫く必要でした。
何回も読み返したい本です。 -
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先日聞いたラジオの人生相談コーナーで、「向上心もなく仕事をし、請われるままに人と付き合い、いつも流され、自分がないのが悩み」という相談者さんにパーソナリティが、「若いうちにそんな風に何にも打ち込まず怠け者でいて、40代になったときにしっぺ返しがこないといいけどね」と言った。
でも、流されるままにどうにか生きている人はいくらでもいるし、そういう生き方をしているからといってそんな呪いをかけられて良い訳がない、と、表題作の『ビニール傘』を読みながら何度も何度も思った。 -
(いま感想文用のノートに手書きで書いているのだけど、「傘」っていう漢字が全然上手に書けなくて悲しみ。)
「断片的なものの社会学」以来、それまで全然知らなかった岸政彦さんという社会学者/作家の方にすこぶる興味を持って、著作をあれこれ読み漁っている。
この小説は、おそらくカップルと思われる男女のそれぞれの視点から、彼らの出会いや日常生活が淡々と語られる。前半が男性側、後半が女性側。決して裕福ではなく、ほとんど定職にもついていないような二人。汚い部屋。塞ぎ込む彼女。日雇いの肉体労働。付き合ってすぐの頃の思い出、明るかった彼女。波打ち際。だらだらと始まってだらだらと終わる関係。自分と無関係なようで全然そんなことはない、見ず知らずの人の生活。大学生の頃に読んでいたらどんなふうに思ったかなあ。「ビニール傘」の二人と同じように、霧の中を彷徨うような生活をしていたあの頃に読んでいたら。あのときわたしは「あーこれわたしにはムリ」って思ったんだった。自分で気付いてかなり強引なやり方で一気に方向転換したんだった。その選択は間違ってなかった。間違ってなかった・・・本当に? -
群像劇のような構成でさまざまな人の日常が断片的に描写された小説。きちんとした傘ではなくビニール傘しか持っていないような、またはビニール傘を使うことをなんとも思わないような、物を使い捨てするような投げやりな日々を送る人たち。どんな人の日々にもそんなには何も起きない、でも一人ひとりの日々はそんなにはありふれていない。岸政彦はほんとうにすごい人だ。
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全体的に優しい柔らかい文章を書く人だなと思った。
人の話を聞いているみたいだった。 -
過去と現在と空想が入り混じって、今がいつで誰と話してるのか分からなくなる本。
でも登場人物の耐えがたい空洞はしっかり伝わってきて、読んでいるのがつらかった。
少ない選択肢の中から選ばされて、選んだんだからお前の責任だというプレッシャーに耐えながら生きてるんだな。
閉塞した生活に物語的な奇跡なんて起きない、この程度が現実だよという感じ。はぁ〜。 -
「ビニール傘」と「背中の月」2編。
とても読みやすい。写真もあって。
大阪が舞台だし、なんだろう2編ともとてもリアル。
若い子が田舎から出てきて、寂れた街で人間関係に悩みながら1人暮らしていく。
突然伴侶を失い、妻の存在を思いながら毎日淡々と暮らし・・・
ちょうどいい厚みでサクッと読めるけど、結構心にずっしりくるかも。 -
ついに岸先生の小説にまで手を出しました。Podcast→「にがにが日記」→「ビニール傘」。
なんかずっと曇りで雨がしとしと降っていて、それを古いアパートから眺めている感じの小説だった。風景の湿度が高いというのか淀川が出てきたからそう思うのかもしれない。川の流れの音が聞こえているみたいだった
岸先生、大学のお仕事を始めるまで日雇いのお仕事をしていらっしゃったそうなのでそういう生活圏で生活史ている人たちの描き方がすごいリアリティがあって、その閉塞感に読んでて胸が苦しくなる
二作目の「背中の月」は生活の苦しさというよりも当たり前にいてくれた者(物)がいなくなってしまうことと、いつまで経ってもそれが自分に馴染まないことへの息苦しさや自分の内側に閉じこもってしまう感じがヒリヒリするぐらい痛切だった。でも1作目も2作目も閉塞感のなかに安全ピンの先端でちょっと穴を開けたような、かすかな風通しのよさもあって、読了後の余韻がよかった -
大阪市に住んでいる、住んでいた人にはすぐ入ってきやすいと思う。地名や駅名がたくさん出てきて、あー、あのあたりなら、ありえるな〜と。
他の地域の人が読むとまた違うかも?
全体的に暗い。貧困がテーマかな?
ありえそうな、転がってそうな話で、短いのですぐに読める。最初、誰が語り手なのか分からないが2章で回収されている。 -
なんか、私たちのことがちょっとだけ書いてあるような気がする小説ってあるよね。
著者プロフィール
岸政彦の作品
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感想 :

そーなんですよ
内容はさておき、表紙はいいですよね!
なので3冊並べてみました(-ω☆)キラリ
そーなんですよ
内容はさておき、表紙はいいですよね!
なので3冊並べてみました(-ω☆)キラリ
ほんまや…
ヾ(¯∇ ̄๑)ドンマイ
ほんまや…
ヾ(¯∇ ̄๑)ドンマイ