ビニール傘

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (124ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103507215

作品紹介・あらすじ

共鳴する街の声――。気鋭の社会学者による、初の小説集! 侘しさ、人恋しさ、明日をも知れぬ不安感。大阪の片隅で暮らす、若く貧しい〝俺〞と〝私〞(「ビニール傘」)。誰にでも脳のなかに小さな部屋があって、なにかつらいことがあるとそこに閉じこもる。巨大な喪失を抱えた男の痛切な心象風景(「背中の月」)。絶望と向き合い、それでも生きようとする人に静かに寄り添う、二つの物語。

感想・レビュー・書評

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  • 突然の雨に見舞われ、コンビニで安物のビニール傘を買う。
    傘の見た目や機能性なんてどうでもいい。どうせその場しのぎの傘なんだから。
    また別のビニール傘を買ったっていいんだから。

    他人との関わり方が、そんなビニール傘に似ている。
    なんとなく誰かと話がしたい。相手は別に誰でもいい。でも自分の話をするのは億劫だから、相手の話を聞くだけがいい。

    大阪を舞台にした、寂寥感たっぷりの物語。
    毎日をただ淡々と機械的に過ごす若者たちがとてもリアル。
    雨が降るとすぐに水浸しになるという湿地帯の大阪。でも大阪住みの若者たちの人間関係はドライなんやな。
    途方もない切なさ、寂しさがひたひたと伝わってきて、何度も胸が締め付けられた。

    岸さんはこれが3作品目。男女の会話が相変わらずいい。カギカッコがない会話の方が読み手の気持ちに無断でズカズカ入ってくるのかも。勝手に入り込んでずっとそのまま心の中に居座る感じがクセになる。
    寂しさ漂う余韻に暫し包まれる。

    もう一作の『背中の月』
    こちらは妻を病で亡くした男の話。
    喪失感がすごく伝わってきて痛々しい。
    この人、いつかは立ち直れるんだろうか。

  • 第156回芥川賞候補作

    よく聞くラジオ番組で何度か岸政彦さんがゲストだったり、Eテレの「100分で名著」にも講師として出演されていたので、社会学者であるということは知っていた。
    そして、大阪愛はもちろん、「人」というものに対する興味や愛情が本当に深い方なんだなぁ、とその熱量の高いトークから感じていたのだが、小説はまた違った趣きだった。

    読み始めてすぐ、なぜか柳美里さんの「JR上野公園口」が思い浮かんだ。


    私自身は、大阪という街をあまり知らないので、この小説の舞台が大阪のどんな所なのかは、読んで受けたイメージしかない。

    ゴミの吹き溜まりの少しすえた匂いのするような、寂れかけた一角に暮らす、明日が見えない若者たちの物語。
    登場人物の一人一人がはっきりせず、どこか重なり、どこか繋がっているような…いくらでも代わりがある仕事をしている人々。
    いくらでも代わりがあったとしても、その人はその人しかいない。
    でもその当人が、そのことを理解することもなく、ただただ無常な時に流されていく。

    これがバブルの時ならば、「横道世之介」みたいな根拠のない前向きな空気感が漂うのだろうが、平成世代は、生まれた時から不景気と格差社会の中にある。
    ささやかな幸せを見つけても、簡単にその場から剥がされる。
    そういったことを怒りではなく、諦めの姿勢で受け入れてしまう彼らの姿が哀しい。

    読む世代によって感じ方は変わるだろう。
    私の世代は、こうなる前にもう少しできることがあったのではないか、と感じるのではないだろうか。
    2022.2.13

  • ボリュームが少なかったので読み終わるのは早かったが、内容が全く頭に残らなかった。あまり楽しめなかった。

  • 岸政彦さんの作品の空気感がすごく好き。

    カギカッコもなしにつらつらと
    関西弁訛りの会話が良くて。

    特に特別という訳でもなく、
    あの時確かにそこにあって、
    なんのとりとめのない時間だったけど、
    今思えば、今ここのどこにもない、
    かけがえのない時間を過ごしていたんだなって気づく、そんな場所から眺めているような。

    淀川が見たいなって思う。眺めていたいなって。
    できれば本当は大切だった人と、二人で。
    ビニール傘をさして、とりとめのない話をぽつりぽつりと、雨に並んで話しながら。


    なぁ「傘」って漢字あるやろ?
    あれって傘になんで人が4人も入ってるん?
    4人もようはいらんやろ?

    あれ人ちゃうやろ。
    多分傘の骨組みのとこやで。

    え、そうなん?……それやったらなんかつまらん。

    つまらんもなんも。4人も入られへんゆうてたやん。

    せやけど、そんぐらい包んであげようおもてるよって心持ちがええやん。

    ようわからん。2人でも入りきらんと濡れとるし。

    そう言って肩を包むように傘の軸がこっちに傾く。
    みたいな。
    あぁ思わず妄想が暴走して止まらない。


    もう1作『背中の月』もすごく良かった。
    侘しいというか、切ないというか。
    悲しみが張り付いているようなページたち。

    妻の不在がよく表れていて。
    妻が居てて、ちゃんといてて、今はもういない。
    それが明らかに表現されている、穴。

    暗い穴は時にバックスクリーンになって、
    そこに映像が映し出さられて。

    本当になんのとりとめのないようなシーンがぼわ〜っと浮かんできて、
    あぁあの時、なんて言ったのかも思い出せないけれど、
    その記憶はふとした瞬間に、穴のスクリーンに映し出されて、くり返されていく。無声映画みたいに。

    〝忘れられない〟って、そういうことなんじゃないかなって。そんな風に思った。

    どちらの作品もすごく好きです。

  • 大阪の海沿い、大正あたりで生きる人々の、どうしようもない日々の記憶。
    こういう人たちの生活が「分かる」かどうか、見えるかどうかって、読む人自身の生い立ちに深く関わってくる気がする。
    うら寂しい読後感。滔々と流れる淀川を見に行きたくなる。

  • 先日聞いたラジオの人生相談コーナーで、「向上心もなく仕事をし、請われるままに人と付き合い、いつも流され、自分がないのが悩み」という相談者さんにパーソナリティが、「若いうちにそんな風に何にも打ち込まず怠け者でいて、40代になったときにしっぺ返しがこないといいけどね」と言った。
    でも、流されるままにどうにか生きている人はいくらでもいるし、そういう生き方をしているからといってそんな呪いをかけられて良い訳がない、と、表題作の『ビニール傘』を読みながら何度も何度も思った。

  • (いま感想文用のノートに手書きで書いているのだけど、「傘」っていう漢字が全然上手に書けなくて悲しみ。)

    「断片的なものの社会学」以来、それまで全然知らなかった岸政彦さんという社会学者/作家の方にすこぶる興味を持って、著作をあれこれ読み漁っている。

     この小説は、おそらくカップルと思われる男女のそれぞれの視点から、彼らの出会いや日常生活が淡々と語られる。前半が男性側、後半が女性側。決して裕福ではなく、ほとんど定職にもついていないような二人。汚い部屋。塞ぎ込む彼女。日雇いの肉体労働。付き合ってすぐの頃の思い出、明るかった彼女。波打ち際。だらだらと始まってだらだらと終わる関係。自分と無関係なようで全然そんなことはない、見ず知らずの人の生活。大学生の頃に読んでいたらどんなふうに思ったかなあ。「ビニール傘」の二人と同じように、霧の中を彷徨うような生活をしていたあの頃に読んでいたら。あのときわたしは「あーこれわたしにはムリ」って思ったんだった。自分で気付いてかなり強引なやり方で一気に方向転換したんだった。その選択は間違ってなかった。間違ってなかった・・・本当に?

  • 日々すれ違う他人には、自分と同じように人生のストーリーがあるんだということを忘れてしまうと、
    他人に対して乾いた対応をしてしまうことがある。

    他人の人生を覗き見る感覚で読み始めたが、
    なぜか古き良き温もりと、人と重なる温度の幸福感が沸々と蘇えり、ああ、コロナやらなんやらで、
    とても大切なものをなくしてるんじゃないかと怖くなりました。

    読み終わった後、なんともいえない味わいを
    噛み締める時間が暫く必要でした。

    何回も読み返したい本です。

  • 群像劇のような構成でさまざまな人の日常が断片的に描写された小説。きちんとした傘ではなくビニール傘しか持っていないような、またはビニール傘を使うことをなんとも思わないような、物を使い捨てするような投げやりな日々を送る人たち。どんな人の日々にもそんなには何も起きない、でも一人ひとりの日々はそんなにはありふれていない。岸政彦はほんとうにすごい人だ。

  • 全体的に優しい柔らかい文章を書く人だなと思った。
    人の話を聞いているみたいだった。

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著者プロフィール

岸政彦(きし・まさひこ)
1967年生まれ。社会学者・作家。京都大学大学院文学研究科教授。主な著作に『同化と他者化』(ナカニシヤ出版、2013年)、『街の人生』(勁草書房、2014年)、『断片的なものの社会学』(朝日出版社、2015年、紀伊國屋じんぶん大賞2016)、『質的社会調査の方法』(石岡丈昇・丸山里美と共著、有斐閣、2016年)、『ビニール傘』(新潮社、2017年)、『マンゴーと手榴弾』(勁草書房、2018年)、『図書室』(新潮社、2019年)、『地元を生きる』(打越正行・上原健太郎・上間陽子と共著、ナカニシヤ出版、2020年)、『大阪』(柴崎友香と共著、河出書房新社、2021年)、『リリアン』(新潮社、2021年、第38回織田作之助賞)、『東京の生活史』(編著、筑摩書房、2021年、紀伊國屋じんぶん大賞2022、第76回毎日出版文化賞)、『生活史論集』(編著、ナカニシヤ出版、2022年)、『沖縄の生活史』(石原昌家と監修、沖縄タイムス社編、みすず書房、2023年)、『にがにが日記』(新潮社、2023)など。

「2023年 『大阪の生活史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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