著者 :
  • 新潮社
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感想 : 51
  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103509561

作品紹介・あらすじ

人が占いの果てに見つけるもの、それは自分自身かもしれない。男の本心が知りたくて始めた占い師巡りを止められない翻訳家。恋愛相談に適当に答えるうち人気の「千里眼」になってしまったカフェーの会計係。優越感を味わうため近所の家庭事情を双六盤に仕立てる主婦。自分の姿すら見えない暗闇の中で、一筋の希望を求める女たちの姿を「占い」によって鮮やかに照らし出す七つの名短篇。

感想・レビュー・書評

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  • 占いにまつわる連作短編、7編。

    時の頃はおそらく昭和初期くらいでしょうか。

    「時追町の卜い家」
    一人暮らしの翻訳家の桐子が、一時同居していた伊助のことを占いに何度もトい家に通ってしまうようになる話。
    占い師によって言うことが違い振り回されます。
    自立した女性でも、男性のことは気になるんですね。

    「山伏村の千里眼」
    カフェーの女給の岩下杣子は千里眼を買われて大叔母の家で、鑑定を始めます。
    千里眼とはいえ半分以上はあてずっぽうで適当なことを言っているだけで、大繁盛し、占いの舞台裏がみえて面白かったです。

    他にも、イタコあり、似顔絵や読唇術など占いからちょっとはずれている物語もありますが、読ませる話が多く楽しめました。
    小説家の方が占いを描いたら、こんな風に描くんだなあと思いました。
    小説家と占い師ってどこか共通の要素がある気がするし、本気で作り話をすれば本物の占い師よりも面白い話をでっちあげる才能のある方が他にもたくさんいらっしゃる気がしました。

  • 迷える女性達を巡る短編集。
    恋や仕事、家庭の不安。抱える悩みも人それぞれ。
    何の根拠もないただの「占い」ではないか。当たる訳ない、と思いつつも鑑定結果がいつまでも心の内をぐるぐるかき乱す。
    この心理は男性には理解されないかもしれない。
    女性はおそらく多くの人から共感を得られそう。
    今回の木内節も冴えていて好きだ。

    「人の心はどうにもならなくて、そのどうにもならなさには、さまざまなことが絡んでいます。生い立ちや、性格、今まで経てきた体験や。ですから時には、不可解をやり過ごす、ということがあってもいいように思うのです」

    占いは単なる「助言」に過ぎない。
    結局進む道は、心のままに自分で選ぶほかない。
    あなたは誰に認められなくても「あなた」なのだから…とは言うけれど、やはり頼ってしまうのが人の弱さ。
    私ならカフェーの会計係・杣子に鑑定してもらいたい。
    「稚拙な嫉妬なんて間違っても受け取ってはいけない。するりとかわして、ドブに流してしまえばいいのだ」
    「このくだらない執着を手放せば、誰しも簡単に幸せになれる」
    私にも心が軽やかになれるハッキリした「答え」を導き出してほしい。

  • 悩み迷う女性たち、の一冊。

    いつの時代も女性に悩みはつきもの。

    そんな女性たちの悩み迷う心を描いた作品。

    木内さんの、揺れる心の機微を言葉にのせていく巧みさを堪能した。

    思わず読み手も一緒に心が揺れてしまう感覚に陥る。

    占いにしばし心を預けては一喜一憂。
    新たな迷いに右往左往。
    そう、迷う心は無限だ。

    時にはお金をかけてまでも迷ったって良い。たとえそれが望む結果に繋がらなくても迷って自分の心を見つめた時間は貴重。
    それが新たな一歩へとなれば良い。
    そしてその経験は必ずいつかどこかでプラスの光に変わっているに違いない。

  • 純文学かつ昭和の香りのする言葉の選び取り方が、古いのではなく、懐かしい匂いのする家感を漂わせてくれる作家、木内昇。

    あの、褒め言葉です。

    文庫まで待たなくて良かったと思わされるくらい、私の思う木内昇感が漂う短編でした。

    「時追町の卜い家」では、若い男に恋をする翻訳家が登場するのですが、自分との恋よりも身内を案じる彼に、次第に心が荒んでいきます。
    そこで、「自分に都合の良い」占いを求めて、何度も屋敷に通うようになる。

    願掛けにも通じるような、叶うことへの必死さが、やがて己自身を潰していく。

    なのに、満たされない。

    「山伏村の千里眼」では、そんな満たされない女性たちを観る側へとシフトします。
    杣子という主人公は、誰の印象にも残らない自分から、千里眼で村の女性たちの悩みを解決する立場へと変わります。
    誰かに必要とされる存在でありながら、結局、女性たちが求めているのは真実ではなかった。

    いや、作品中にも書かれているのですが、真実とは占いを基に自分がどう認識して行動したかの結果でしかない。

    でも、私たちが望んでいるのは、現実を外したような、そんな理想的な結末だけなのかもしれません。

    個人的に一番好きだったのは「宵待祠の喰い師」というお話です。
    このお話には占い師は登場しません。
    喰い師とは愚痴や悪口を食べ、スッキリさせてくれる人のことです。
    父の跡を継ぎ、大工一家の組長を務めることになった綾子は、前職で女のくせに可愛げがないと言われたことを引きずりながらも、男衆をまとめていきます。

    そこで、とある男の仕事ぶりに腹が立ち、喰い師の元を訪れる。

    「人にはそれぞれ、大事にしているやり方がございます。その是非を論じるのは私の役目ではございません。ただ、人が人に対して憤りを感じるとき、個々が大切にしているものの相違が原因となっていることがおおかたなのです」

    この言葉に、自分が引きずっていたものの一端を見せられたように思った。
    綾子は、喰い師によって楽になることから離れ、最後は自身の仕事に対する信念をぶつけます。

    それは父のやり方とは違い、正しいかどうか分からないものだけど、私も、きっと綾子のようにしか生きられないだろうなと思うのでした。

    単に呪いめいた気持ちを抱えるよりは、そこに、なるほどなと思わせてくれる一言があるだけで、また気持ち新たに進むことが出来るのかもしれません。
    後味の良い結末ばかりではないのだけど、気持ちに残る読書になりました。

  • 悩める女性達を描いた短編集七話。

    タイトルの通り“占い”をテーマに書かれたものと、占いとは異なるけれど、それっぽいものを書いたもの等、舞台は大正から昭和初期頃で、この時代の雰囲気が手に取るように伝わってきます。何となく同著者の「よこまち余話」を彷彿とさせるものがあります。
    各話すべて秀逸で(勝手に“木内クオリティ”と呼ばせて頂いております)微妙なリンク具合も心憎く、上手いなぁと唸らせる構成です。
    個人的には第二話「山伏村の千里眼」と第七話「北聖町の読心術」が好きでした。この二つの話に登場する、杣子さんの人間観察力とそれに導かれる結論が適格すぎて、占いというよりカウンセリング、はたまたプロファイリングか?というレベルです。
    そりゃ、相談者も納得だわね・・と、なりそうなのですが、いくら筋が通っていても“自分の希望している回答ではない→納得できない”という事で、何度もやってくる相談者がいるのが面倒ですね。
    そう、本書に登場する悩める女性達に共通しているのは“執着”にとらわれているという事。
    なので自分で適格な判断ができず、占いだったり、それのようなものに依存してしまう・・・という心理過程の描き方がまたお上手で、感心しながら読みました。
    因みに、「宵町祠の喰い師」に出てきた森崎みたいな人って、会社にも普通にいますよね。こういう困ったヤツにつける薬はないものですかねー・・。

  • どれも、悩みを抱えた女性が主人公。
    細やかな心理描写に、知らず知らず引き摺り込まれる。

    年下の男の心が自分にあるのかないのか信じられない女。
    占いの結果に納得できなくて何度でも通い詰める女。
    そんな客が大きなストレスになる占い師。
    口寄せ師から夫婦それぞれの思わぬ本音を聞いて、見合いへの取り組み方を考え直す若い女性。
    隣の芝生の青さが気になり過ぎて、ご近所の家庭を採点し始める主婦。
    まだ明治の末、男社会への抵抗と挑戦に悩む才女。
    結婚7年、「赤ちゃんまだ?」の問いに苦しみ続ける心優しき主婦。
    相手を疑い、不安を膨らませ過ぎて、自分の中に鬼を生み出してしまった少女。


    ・時追町の卜い屋(ときおいちょうのうらないや)
     翻訳で身を立てる桐子(とうこ)は、30代の一人暮らし。
    家の修繕に来た若い職人と男女の関係になるが、彼が一番大切に思うのは、生き別れの妹だった。

    ・山伏町の千里眼(やまぶしむらのせんりがん)
     カフェーのレジに立つ岩下杣子(いわしたそまこ)19歳。存在感がないのを幸い、人間観察が鋭い。
    占い師から見た勘弁客とは。

    ・屯田町の聞奇館(とんだちょうのぶんきかん)
     知枝(ともえ)18歳。この時代(大正の末)では適齢期も末。
    父が見合いを勧めてうるさいが、知枝は英語の先生である桐子の家の仏壇に飾ってある、ダンディなおじいさまの写真に淡い恋心を抱いている

    ・深山町の双六堂(みやまちょうのすごろくどう)
     平穏な家庭に物足りなさを感じている政子。
    自分が直接に査定されることの無い主婦は、周りの家庭とのランク付に目を血走らせる。俗っぽさと皮肉にブラックな可笑しみを感じる。

    ・宵町祠の喰い師(よいまちほこらのくいし)
     才色兼備の綾子は、大きな製薬会社に、紅一点の薬剤師として就職した。
    最初は女性が入った、と喜んだ男性社員たちだったが、綾子の仕事が出来れば出来るほど、煙たがられるようになり、父の死を機に退職して、実家の工務店を継ぐ。
    ここでも、いい加減な仕事をする若い職人に悩ませられる。
    彼の処分をどうするか。

    ・鷺行町の朝生屋(さぎゆきまちのともうや)
     恵子は結婚して7年、子供に恵まれない。
    写真よりも生き生きした遺影を描く画家・朝生(ともう)に興味を抱く。
    (この話は他と毛色が違う。角川の、黒い背表紙のあの文庫に収録すべきやつ)

    ・北聖町の読心術(ほくせいちょうのどくしんじゅつ)
     佐代(さよ)20歳。容姿も含めて自分に自信が持てない。
    島岡富久子(しまおかとくこ)の絵画教室で、画材を納めに来ていた老舗画材屋の三代目の青年と知り合った。初めて「両想い」というものを知り喜びを覚えた矢先、彼の過去に関する噂を聞く。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    結局、恋愛に振り回され過ぎないこと、没頭できる仕事や生き方を持つことだろう。
    そして、占いやまじないは相談程度にとどめ、最後の決断は自分で下すことである。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    最後の、杣子と佐代の関わりが良かった。
    杣子自身も、悔いが残った鑑定の残した澱のようなものをさらえたのではないだろうか。

  • あまりに 素晴らしかったので
    読み終えるのが 惜しいぐらいでした
    と 思える作品はそうありません

    行きつけの図書館に
    先週返却したのが
    「鬼棲むところ」朱川湊人さん
    だったのですが
    「あっ じゃあ これも ぜひ!」
    と 司書さんに薦められたのが
    この一冊

    そのまま 置いていて
    何気なく 今週手に取ったのですが
    いゃあ これが
    冒頭の言葉につながっていくのです

    短編小説群です
    何れも
    静かに物語は始まるのですが
    物語がすすむにつれて
    それはそれは
    いつのまにか
    魅入られてしまうのです

    女人であるがゆえの
    人情の機微 
    心の奥深く棲んでいる気持ち
    それらが
    見事に描かれて
    一編一編が終わるたびに
    ほーっ
    と してしまう
    この余韻が
    たまらなく 心地よい

    朱川湊人さんのあとに
    これを
    薦めてくださった
    図書館司書さんの慧眼にも
    感謝 感謝

  • ああこれは「茗荷谷の猫」のような連作だな、と読む。じっくりと書き込まれた長篇もいいけれど、木内昇はやはり短篇が面白いように思う。それも何処かで何かが繋がっているような気配がする連作が。

    気配、と書いたけれど、木内昇の短篇の良さは気配を漂わせても結論を出し過ぎないところであるように思う。江戸の落語ではないけれど、皆まで言いなさんな、という物言いにも通じるような。それは結論が明々白々だからというわけではなく、未来がどうなるかは主人公しだいであるのだから。

    そんなこと気にしなくてもいいのだけれど、例えば、白雪姫やシンデレラが「王子様と結婚して幸せに暮らしました」的大団円で終わるのは、ある意味無責任というか、いい加減過ぎないかとか、短絡的だなとか、思ったりするのに対して、木内昇の短篇の終わりでは主人公は問題を抱えたままなところがいい。それでもどこかしら前向きな姿で描かれているのを読んで、多分、主人公はこの後も色々な問題に直面して悩んだり傷ついたりするんだろうなと想像しつつも(それもある意味短絡的だけれど)、すっと噺を手放す気にさせる。それがリアルだとか言いたい訳ではなく、小説を読む側に託されたものに触れた気になること、つまりはそれをああでもないこうでもないと考えることが、結局、小説を読むことの醍醐味じゃない?と思うので。

    逆に言うと「万波を翔る」や「光炎の人」のようなずっしりとした長篇では、主人公がぎちぎちに描かれていて、どんな結末を迎えようともすっきりしない感じ(読んでいる側の未練)が残るような気がする(過去の感想を振り返って見たら、やっぱり主人公のことばかり書いている)。

    落語の人情噺を聴いているような心地。それは会話の文章、地の文章を問わず用いられる少し時代がかった江戸の話し言葉の効果だろうか。それもあるとは思うものの、丁寧に描かれる日常の緩さ(主人公たちはある意味真剣だろうけれど)のもたらす自由度の大きさに由来するものかな、とぼんやり考える。

  •  「茗荷谷の猫」でも感じたことだけど、人が翻弄されながらも自分で道を選ぼうとすることが著者にとって一つのテーマなのではないかと感じた。それは「茗荷谷の猫」で各作品において偶然に繋がっている人物や出来事からそう感じられたのだが、本作では「卜い家」の桐子の心情としてよりはっきりと語られている。

     表題の「占」というのも、本書の主題というよりは、そうした偶然の繋がりを示す一つの糸として受け取った方が良いだろうか。本書の作品はすべて占いの話ではなくて、占いを一つのターニングポイントとして、女性たちがどのように決断したかという話である、と見たほうが、単純化しすぎているにせよ妥当ではあるだろう。

     この「女性たちが」というのも本書の一つのテーマである。思い計ることのできない恋人の思いに煩悶し、他者との比較において自分の立ち位置を確認する。こういういかにも女性らしい嫌らしさを描き出されるところと、「占いは助言に過ぎない」と切り捨てたり、自我の確立を訴える部分は女性の共感を得やすいだろうし、著者のメッセージだろうと感じた。(「千里眼」「読心術」など)

     この関連で、「千里眼」で3人の女性を服装で区別しているのも印象的だった。不幸な自分に言い聞かせるように「結婚は良いものよ」と説教する大島紬、説教される銘仙、自立した女性像のワンピース。女性の「マウント」の取り方は男性とは違って、自分の不幸を埋め合わせるために「あなたのほうが不幸である」という主張を裏に秘めた婉曲的な嫌らしさがある……と言ったら男女差別かもしれないが。あーそういう女性いるよなぁ、と思ったりもする。

     個人的に面白かったのは「頓田町の聞奇館」である。現代はなんでも即断即決、善悪の判断が拙速になりがちだと感じていたところ、この物語はそうした先入観を覆し、言葉にならない感情のつながりを描いている。主人公は柔和にほほ笑む男性の写真に惚れこむが、「聞奇」に霊を呼びだしてもらうと実は”べらんめえ”調のガサツな人物であったと分かる。主人公は幻滅し、家庭を顧みないとんでもない男だと思い込むのだが、これまた口寄せによって現れたその妻から語られる言葉がこれを覆す。読者の先入観を二転三転させる。「一緒に居ても寂しい人」「離れていても寂しさが無い人」とは、目に見えないものへの想像力が疎かになりがちな(と私は勝手に思う)現代の人びとに今一度考えてみてほしいことである。

     とまあ、面白い話だらけで刺さったので、本(特に小説はなおさら)を滅多に買わない私が買ってしまった。


    収録作品:
    時追町のトい家
    山伏村の千里眼
    頓田町の聞奇館
    深山町の双六堂
    宵町祠の喰い師
    鷺行町の朝生屋
    北聖町の読心術

  • 今も昔も男も女も、未来のことや他人の心の中を知りたいという願いは変わらない。人はそんな心理を持っているから、「占い」が行われ、「占い」に頼ろうとする。

    本書は、大正時代の若い女性たちが自らの迷いを占いで解決しようとする様を描いた短編小説集。占いをされる者も登場すれば、占う者も登場する。悩みを解決するために占ってもらったはずが、より深い悩みにおちいったり、適当に発した言葉が相手にとっての占いとなったり。

    結局、彼女たちが占いでわかったことは自分のことだ。未来や他人どころか自分のことすらわからないから、人は占いにすがる。同時に、占いは助言にすぎない、自分の道は自分で選ぶしかないことも彼女たちは知る。そして、自分なりの結論を見つけて新たなる一歩を踏み出していく。

    占いに期待し、占いのおかげで、自分に占いが必要ではないことを知ることになることは皮肉だ。だけど、その占いが無駄だったわけではない。彼女たちには、とりあえず背中を押してほしい何かが必要だったわけだから。

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著者プロフィール

1967年生まれ。出版社勤務を経て、2004年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。08年『茗荷谷の猫』が話題となり、09年回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、11年『漂砂のうたう』で直木賞、14年『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。他の小説作品に『浮世女房洒落日記』『笑い三年、泣き三月。』『ある男』『よこまち余話』、エッセイに『みちくさ道中』などがある。

「2019年 『光炎の人 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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