百年泥 第158回芥川賞受賞

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 383
レビュー : 85
  • Amazon.co.jp ・本 (125ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103515319

作品紹介・あらすじ

橋の下に逆巻く川の流れの泥から百年の記憶が蘇る! かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聴かれなかった歌。話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。流れゆくのは――あったかもしれない人生、群れみだれる人びと……

感想・レビュー・書評

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  • インドで洪水を経験する。川の流れの泥から、様々なものが出てくる出てくる。最初はインドの文化、生活モノかなと思ったけれど、泥を通して様々な人の人生、思いの断片が語られていて。不思議な世界。泥のお話も、日本語教師のお話もなかなか面白く読めました。泥の中は繋がっているのね。摩訶不思議。インドだけにありうる感じ。

  • 著者の石井さん。
    以下、Wiki情報の抜粋。

    大阪出身。早稲田大学法学部卒業後、東京大学文学部インド哲学仏教学専修課程に学士編入。更に、同大学院人文社会系研究科博士後期課程に進み・・・云云。2015年から東大で知り合ったサンスクリット語研究者の夫と共にチェンナイのIT企業で日本語教師として働く。

    そして、2017年『百年泥』で第49回新潮新人賞を受賞。2018年同作で第158回芥川賞を受賞・・・と。

    ***

    「芥川賞」は、純文学の新人に与えられる文学賞。

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    「純文学」とは、大衆小説に対して「娯楽性」よりも「芸術性」に重きを置いている小説を総称する日本文学における用語。

    ***

    あきらかにご自身を思いっきり題材として、ご自身の周辺にある素材を取り込んで、煮て、焼いて、叩いて、こねて、丸めたような小説だなというような印象です。

    上記の「純文学」の定義に当てはめてみると少々中途半端な感じがしないでもない。だからなのかどうか、文学にド素人の自分にはよくわからないが、「これが芥川賞なの???」という感想が宙に浮いています。

    それほど芸術性も感じず(自分の感性に問題はあると思う)、大阪弁の表現は大阪人から見れば普通にシンプルなセンテンスだし、そこに込められたギャグっぽい要素も、破壊力がなくなんとなく大人しい感じ。

    百年泥から、飛び出す様々な思い出やファンタジックな部分なんかも、もっと奇想天外な仕掛けを望んでしまう読後の自分がいます。全体的に小ネタのコレクションのように感じてしまっています。芥川賞だけに期待のハードルが高すぎるのか?

    「ぐよ」の伏線から、大阪万博のコインの話は、まぁ本書で一番心奪われた部分でした。

  • 借金のカタに南インドのチェンナイで教師の資格もないのに日本語講師をする羽目になった主人公は、百年に一度という洪水に見舞われ、百年分の泥をさらった氾濫後の川にかかる橋へと向かう。

    百年泥の中からは、なぜか懐かしい人や思い出の品が掘り返され、失くしたはずの過去が顔を出す。

    頭のいいエリートインド人であるはずなのに精神年齢が10歳児なみの生徒たちに手を焼く「日常」と、エグゼクティブが<飛翔>して通勤し、泥の中から人や物が現れる「非現実」と、どこか物悲しさを誘う主人公や生徒の「過去」が不思議に入り混じり、幻想的な世界を作り出している。

    混沌とした感じがインドという国の独特の雰囲気と合って、読んでいてすーっと遠くの世界に連れていかれる気分になった。
    そこではクマと相撲をとる男とその息子がいて、大阪万博の記念コインが宝物になっていて、空を飛んで衝突事故を起こす人間がいて、恋愛をすることが困難なのに明るく家族を愛する男たちがいる。

    芥川賞作品、というと、難解、文学、という印象が強いけれど、単純に読んでいて楽しい一冊だった。

  • 非現実と現実の交錯。
    主人公が淡々としているから、
    私も淡々と受け止める。
    インドという舞台がカオスをがっつり抱え込んでいる。
    他の国が舞台だったら、収まらんのでしょう。

    ラストがやけに爽やかで、
    読後感に悶々としたものがなかったので、
    私は好きです。

  • 百年に一度の洪水がもたらした百年分の泥が、水底に堆積していた住人の過去の遺物や記憶を天日に晒す、というマジカルな物語。

    エピソードの語り始め方や、話終わり方に、独特の手法があり堪能。また、事象のひとつひとつに対して、基本つきはなした態度のようでありつつ、未練ではないだろうがこだわりを有しているような湿り気も独特。

    登場人物たちの過去の記憶が、とっ散らかってばらまかれるように見せようとしつつも、どことなくバラ撒き方が丁寧なせいで夢幻要素にひたりきれなかったが、これは単純に好みの問題。

  • 必要があり、読む。
    シュール、関西、インド。どれも好物なテーマ。川の氾濫が過去という泥を運んでくる。この設定も秀逸。
    そこから感じられるべきは、感じたいのは、あらゆるものを飲み込むパワー。
    けれども本作は、前~恋愛小説、といった趣を呈している。そこに収束しかかる。それが残念。
    ページ数は、三、四倍(いやもっとでもいい)あってほしい。どうせシュールなんだから、もっと、作家の手に余るほどにしっちゃかめっちゃかであってもよかったのではないか。
    もっと言えば、混沌に、失礼ではないか。

  • 舞台はインド南部、川のそばの地元の人たちの雑踏の中。
    しかも大洪水の後で大変なにおいを放つ泥が…

    読んだきっかけは芥川賞だけど遅かれ早かれこの小説には呼ばれたという感がある。特別インド好きというわけではなかったけれど。

    芥川賞を先入観で小難しい純文学ととらえてこれまで敬遠してきたような方がもしいたら是非ともお勧めしたい。
    読む人の記憶の底まで総攫いするような一種敬虔な祈りのような魂の発露。また繰り返し読んで自分自身をも掘り起こしてみたくなる小説でした。

  • 私は、つきあっていた自称フリーライターの男に頼まれサラ金で借りた金を貸してしまい、多重債務者でした。困りはてた私は元夫に会ったところ、南インドのチェンナイでの日本語教師の仕事を紹介され、二週間後にはチェンナイにいました。そして、“チェンナイ生活三か月半にして、百年に一度の洪水(p3)”に遭います。

    日本語クラスの生徒たちに困らされる日常の授業の風景があるかと思えば、飛翔する人々、洪水の泥の中から人や物が出てくるといった風景もある、不思議な世界でした。

    泥の中から出てくる物とともに、人々の百年の記憶が蘇っていきます。
    “かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聴かれなかった歌。話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。あったかもしれない人生、実際は生きられることがなかった人生、あるいはあとから追伸を書き込むための付箋紙、それがこの百年泥の界隈(p118)”だったのです。
    この世界観を楽しみながらも、その記憶たちを知って、少し切なくもなりました。

    “こうなにもかも泥まみれでは、どれが私の記憶、どれが誰の記憶かなど知りようがないではないか?(p120)”
    洪水の泥にまみれた、荒唐無稽で素敵な物語でした。

  • これホントに芥川賞?
    しっちゃかめっちゃかな話だ。
    前後左右、時系列、起承転結、全て無視のカオスな話。物語にもなってない。 それでいて面白い。
    これを計算してやってるのなら凄い。
    裏表紙に東大大学院退学と有る。
    やっぱ賢いんだ。計算ずくか。

  • 第158回芥川賞

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プロフィール

石井遊佳(いしい・ゆうか)
1963年11月大阪府枚方市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程満期退学。日本語教師。2017年『百年泥』で新潮新人賞、第158回芥川龍之介賞を受賞。インド、タミル・ナードゥ州チェンナイ市在住。

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