吃音: 伝えられないもどかしさ

著者 :
  • 新潮社
4.14
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レビュー : 34
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103522614

作品紹介・あらすじ

日本に100万人もいるのに、彼らを孤独に追いやる「どもる」ことの軋轢とは。頭の中に伝えたい言葉ははっきりとあるのに、相手に伝える前に詰まってしまう――それが吃音だ。店での注文や電話の着信に怯え、伝達コミュニケーションがうまくいかないことで、離職、家庭の危機、時に自殺にまで追い込まれることさえある。自らも悩んだ著者が、丹念に当事者たちの現実に迫るノンフィクション!

感想・レビュー・書評

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  • 正直なところ、この本を読むには勇気が必要だった。自身が同じ吃音者だからこそだ。蓋をしていた自分自身の「欠陥」に向き合わされるような気がして、避けていた。

    しかし、一読してすぐに、この本を読んで良かったと思うようになった。自分だけではない悩み、著者の際立った表現力が身に染みた。そして何より、客観的に自分が「どもっている」時の反射的な反応を考えるようになった事で、気づきが生まれ、改善が生まれた。これは思っても見なかったような、大きな進歩だった。

    だから、本書は吃音を隠してきた私のような人間にとっても有益だし、また、もちろん、吃音者ではない方にも当然、吃音というものを知って、理解して、干渉ではなく、見守って欲しいという願いを理解して貰えるような本だと感じる。

    いつか、吃音に対する理解が深まって、将来の人たちが『吃音」なんて単語を知らないまま、全く気にせず過ごすことが出来る社会になればいいと願ってやみません。

  • 抑制の効いた文章が素晴らしい。
    これを読んで、吃音というものがなんなのか、やはりよくわからない。わからないものだということがわかるだけだ。
    ただそのよくわからないものが、人をどのように苦しめて、人はどのように乗り越えようと足掻くのか、そこにこの本の面白さがあった。
    後半で出てくる、横隔膜の話、その話がどうなっていくのか知りたい。

  • 自身も吃音である筆者による吃音者の内面に迫る本。吃音を苦に命を絶つケースも多いそうで、かなり胸が痛む記載もありますが、周囲に吃音者がいる方は一読してみるとよいと思います。子どもの20人に1人が発症する(ほとんどがその後治る)そうなので、小さなお子さんをお持ちの方にもおすすめです。「ノミを打って少しずつ石を削るように一音一音を必死に出している」という表現が印象に残りました。
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  • 言葉を発しようとするとき、滑らかに話せず、つっかえたり、同じ音を繰り返したりする。
    どもり、あるいは吃音。
    からかいや差別の対象になることもあり、重度の吃音を持つ当事者にとっては重大な問題である。
    幼少期の子供ではおよそ20人に1人が吃音を発症するという。そのうち8割程度は成長とともに自然に解消されていくが、消えずに残る場合もある。概ね、1%が吃音を持つとされている。
    症状は多様で、大きくは「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは」のように繰り返しが入る「連発」、「ぼーーーくは」のように伸びる「伸発」、「・・・(ぼ)くは」のように出だしの音が出ない「難発」の3つに分けられる。
    100人に1人というくらいだから、著名人にも吃音の人物はいる。映画『英国王のスピーチ』はジョージ6世(エリザベス2世の父)の吃音がテーマだが、その他、マリリン・モンロー、田中角栄、ルイス・キャロルも吃音症だったという。

    緊張してスムーズに話せないというのは多くの人が経験することだが、吃音は、特定の言葉を発しようとするときや、特定の状況下で、喉や口元が硬直し、どうしても動かなくなる点で、一般的な緊張とは異なる。
    しかし、そのメカニズムは実は詳細にはわかっていない。器質的な問題もあり、それに加えて生活環境や発話状況に大きく左右される。本人にとっては深刻だが、他人からはその深刻さはわかりにくい。常にどもるわけでもなく、完全に話せないわけでもないためだ。
    原因もわからず、症状も安定しない。万人に当てはまるような治療法が確立されているわけでもない。

    だが、当事者には大きな問題だ。
    発話がスムーズでないことは、吃音者の人生に大きな影響を及ぼす。就職に不利になったり、対人関係で過剰なストレスを感じたりが積み重なり、思い詰めてうつ病を患う人もあれば、自死を選んでしまう人もいる。

    本書の著者も吃音の経験がある。著者の場合はあるきっかけがあり、症状は軽減しているが、そもそもライターという職業を選んだのも吃音があったせいだという。
    吃音というテーマを選んだのはもちろん経験者であるからだが、その著者にしても、自身の症状が重かった時期にはこの問題には取り組めなかっただろうと言う。そのことが吃音が当事者に与える影響の深刻さを物語るようでもある。

    吃音には特有の「曖昧さ」がある。
    それは障害なのか? 障害だとすれば身体的なのか精神的なのか。
    訓練によって直るものなのか。
    症状が出る場合と出ない場合があるのはなぜなのか。
    原因に関する憶測や偏見も消えない。

    吃音をコントロールしようと努力する人。
    障害者認定を受けて一息つく人。
    職場に恵まれる人、理解のない職場の対応に苦しむ人。
    吃音の度合いもさまざまならば、吃音に向かう姿勢もさまざまである。
    自身も吃音の経験を持つ著者は、丁寧に個々の吃音者に向き合い、その人生を追う。

    「個性」と「障害」の狭間で、もがく人たちがいる。
    吃音の人が持つ「生きづらさ」はどこからきているのか。
    読み応えのある好著である。

  • 吃音については、知ってるようで知らなかった世界が見えてきた。
    訓練すれば治ると思っている人が多い世の中。良い傾向になる患者ももちろんいるがそういった傾向がでない患者もいる。ストレスや家庭環境によるところもあるが、脳の成長が芳しくないと出てくることもある吃音という症状。
    吃音があるがために、自殺を選んだ人たち、明日の食べるものも心配しなければならないような生活状況の方もいる。そんな人たちを少しでも助けられたらと吃音患者同士で助け合う。私たちができることは、このマイノリティに属している人たちをもっともっと理解してあげること。吃音という症状を理解してあげること。それだけで、吃音患者さんに対して接する対応が今よりずっと向上する。彼らに対してのストレスも軽減できて吃音症状に良好の兆しが見えるかもしれない。本書の中の高橋さんがおっしゃっていた、逃げ続けることは生きずらくすることという一文がでてきて、はっとさせていただきました。自分の向上できるかもしれないという部分から逃げ続けるのではなく、自分を生きやすくするために立ち向かっていく根性がすさまじく心に突き刺さってきた。民主党のジョーバイデンも何を隠そう吃音の持ち主で過去に苦しめられてきた人でもあるため、すごく興味がわいたトピックだった。誰しもが読むべき本だと思う。

  • 冒頭「どもってうまく話せない」
    末尾「おそらくこの言葉にこそ、100万人の人たちの思いが詰まっているのではないかと思う」

    吃音に苦しんだ著者が、80人以上の当事者(本院、家族など)に話を聞いたノンフィクション。

    自分も軽いけど吃音がある。特定の言葉が出ない、そしてその失敗体験が不安感をより大きくしていく、という循環。リラックスできていたり、自信が持てたりしているとたぶんマシになる。自分の場合は本当にかわいいものなんだけど、本書ではもっともっと症状が重くて、自殺(未遂)してしまった人や、職を失ってしまう人達が登場する。障害であって障害でないような、症状が出たり出なかったりしてなかなか他者に理解されない吃音。読みながら想像するだけで泣きそうになった。

    著者は吃音には二つの特徴があるとしている。
    一つは「曖昧さ」。原因も治療法もはっきりせず、精神障害に入るのか身体障碍に入るのかもわからず、本人も(周囲も)どう向き合えばいいのかわからない。
    もう一つは「他者が介在する障害」であること。吃音は通常一人でいるときは障害にならず、他者とコミュニケーションをとるときに障害となる。
    どちらも自分で制御できないゆえの不安感を生み出し、それが吃音の苦しみの核心部分ではないだろうか。

    医学の発展はもちろん吃音に対する世の中の理解が広まればいいと思ったし、さらに言えば吃音に限らず様々な障害やコンプレックスを抱えた人たちがいるということの理解が広まって寛容な社会になればいいと思った。少なくとも自分としてはそういう視点を持ちたい。
    存在を知ること。想像すること。

  • テーマは「吃音」だが、関係のない人にこそ関係のある本。あとあまり、普段はノンフィクション読まないという人にも。

    すべてが明らかになるわけではなく、すべてに結論が出るわけでない、という、ありのままの姿勢がとてもよかった。小説のように全部が丸く収まるわけではないが、それこそ人生と同じで、読み終えて考えさせられるところが大きい。

    他者と関わる必要があるときに問題化する「吃音」は、それを受け入れられるかどうか、そこに社会の柔軟さが問われている、現れるべくして現れた問題のようにも思える。

    身近ではないので傍観してしまうところがあるのだと思うが、単純に、「他者としゃべりたくない」という現代社会の悲鳴のような気もした。「うつ」だって、「もう頑張りたくない」という、心の叫びなのかもしれない。この薬を飲んでください、で治るようになったら、もちろん救われる人もいるから解明は待たれるのだけど、病(「おかしい」→「この薬を飲めば治る」)のように単純な問題でもないような気がした。

    思いきって言ってしまえば、都市という空間で、私たち自身が悪化させた病状のようにも思われる。(男の人に多いというのも、プレッシャーを感じやすい社会だからじゃないのか、と思ったり。他の国とか、他の時代と比較してみないと何ともいえないが)

    症状としては「吃音」であるが、それが問題化する本当の原因は、私たちの脳の中にはないのではないか。根本的に社会の問題を治さなかったら、(それはつまり、昔の感染症などが衛生状態を良くしなければ別の病気が流行ったりするなど、根本的には解決しないのと同じで)それは治った、とはいえないのではないか。

    逆説的な見方をすれば、社会をより良くするために現れた社会の課題のようにも思われる。こういう問題をひとつずつ解決しながら、私たちは前に進んでいくのかもしれない。

  • 吃音の実態、治療法がないこと、それがまた軽視される悪循環にあることを伝えてくれた

  • 「吃音」と言っても何となく不自由だ、程度の認識しかなかったが、自死に追い込まれるような苦しみ、身もだえするような苦闘の日々を送っている方がいることを初めて知った。
    著者自身が吃音者であったとのことだが、吃音者に寄り添いその心の内を聞きだしながら、治療法や支援の活動などを真摯に取材したことがよく分かる。
    流れるような文章で構成も立体的。素晴らしいノンフィクションであった。

  • 『吃音 伝えられないもどかしさ』吃音者の著者が当事者たちの現実に迫る - HONZ
    https://honz.jp/articles/-/45122

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    頭の中に伝えたい言葉ははっきりとあるのに、相手に伝える前に詰まってしまう――それが吃音だ。店での注文や電話の着信に怯え、伝達コミュニケーションがうまくいかないことで、離職、家庭の危機、時に自殺にまで追い込まれることさえある。自らも悩んだ著者が、丹念に当事者たちの現実に迫るノンフィクション!
    https://www.shinchosha.co.jp/book/352261/

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著者プロフィール

近藤雄生(こんどう・ゆうき)
1976年東京都生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院修了。2003年、自身の吃音をきっかけの一つとして、結婚直後に妻とともに日本を発つ。オーストラリア、東南アジア、中国、ユーラシア大陸で、約5年半の間、旅・定住を繰り返しながら月刊誌や週刊誌にルポルタージュなどを寄稿。2008年に帰国。大谷大学/京都造形芸術大学非常勤講師、理系ライター集団「チーム・パスカル」メンバー。
主な著書に『遊牧夫婦』(ミシマ社/角川文庫)、『旅に出よう 世界にはいろんな生き方があふれている』(岩波ジュニア新書)、
『吃音 伝えられないもどかしさ』(新潮社)などがある。

「2020年 『まだ見ぬあの地へ 旅すること、書くこと、生きること』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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