吃音: 伝えられないもどかしさ

著者 :
  • 新潮社
4.21
  • (33)
  • (39)
  • (13)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 494
感想 : 48
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103522614

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • ふむ

  • 吃音当事者からのドキュメント、現状がふつふつと
    むねをうつ

  • 自分にとって吃音は未知のもので、知人にも吃音を抱えている人はいないようだ。それでも度々耳にする「吃音」って実際なんなの?という疑問があり、この本はそれをとてもわかりやすく説明してくれた。
    筆者も吃音の当事者だったために実際に当事者の置かれた立場や環境、苦しみや挫折をより深く書けたのだと思う。
    あとがきには、吃音当事者の自助会やサポートの会の情報も載っている。吃音当事者の方はもちろん、吃音をよく知らないという方にも、読んでもらいたい本だった。これから吃音を持つ人たちが、より楽に暮らせる世の中になるよう、微力ながら心がけていきたい。

  •  級長を務めていた中学2年のある日、自分がかけるべき号令の「おはようございます!」の「お」がどうしても言えなかった。それを隣の女の子とくすっと笑われたのをきっかけに、吃音は羽佐田の生活を支配するようになっていく。(p.52)

     自由に話すことができず、その瞬間瞬間に絞り出せるわずかな言葉で意思を伝えるしかなかった中で、簡潔に確信を伝える術を彼は自然に身につけたのかもしれなかった。思うように伝えられないからこそ、伝えられる瞬間の貴重さを知っているのだろう。壇上の高橋が発する言葉にはまさに、彼が長年の苦悩の中で培ってきたものと、生きるために新たに手繰り寄せたものの両方が、刻まれていたのだ。(p.96)

     異文化の中に身を置き、暮らす日々は、自分自身をいろんな意味で縛り付けていただろう価値観を壊してくれた。また、自らの意思次第で気ままに生きられる環境にいることは、日本でなんとなく感じていた「こうしなければ」という緊張感を遠ざけた。また、他言語圏にいる気楽さもあり、さらには、旅をしながら生きていく自分なりの方法が身についたことによる自信のようなものも、あるいは影響していたのかもしれない。(p.158)

     70代で吃音のある男性が、ある日羽佐田竜二の元を訪ねてきた。吃音を治すための訓練をしたいと言ったという。羽佐田は答えた。年齢を考えれば、これからの人生の時間を訓練に使うより、吃音があるままでもご自分のしたいことに使う方がいいのではないですか、と。するとその男性はこう言った。
    「残り、時間が……、少ないから、こそ、私は、訓練をしたいんです。死ぬ、までに、どうしても、思うように、話すという経験、を、してみたいの、です」
     おそらくこの言葉にこそ、100万人の人たちの思いが詰まっているのではないかと思う。(p.207)

  • 吃音をもつ人々に何年にもわたって取材し、治療の成果と環境の変化などを追っているところが興味深い。重度の吃音をもつ人たちの就職困難な現実が詳細に描かれている。
    著者本人が吃音をもつ当事者であることもこのルポルタージュにリアリティを与えている。
    しかし、吃音があるゆえに進学先も限られていまいとりあえず入れる大学に入った的に語っているのが鼻じらむ。それで東大工学部かよ…。しかも院卒かよ…。
    コミュニケーションに問題があるため対人関係に疲れ追いつめられて長期の旅に出た、というのも結婚して新妻と一緒にかよ…。めっちゃリア充じゃん…。
    わざわざ自分を卑下してみせる部分がなければもっと偏見なく読めたのにと残念。

  • 吃音は僕らの世代は「裸の大将」のドラマでの認識が一番最初だったような気がします。真似をすると自分もそうなるからやめろと怒られたのが思い出されます。
    その頃は吃音は個人的な特性で、癖に近いものとして認識されていたので無神経な表現も多かったでしょう。実際に吃音の人がどんな気持ちで番組を見ていたかと思うと胸が痛みます。
    本書は実際に吃音で苦しんだ経験を持つ筆者が、現在進行形で吃音と共に生きている人を綿密に取材した本です。吃音というものがどれだけ人生に影を落とすか、理解する為に皆読んだ方が良いと思いますし、吃音を苦に命を絶とうとする人はこれを読むことによって、苦しんでいるのが一人ではないという事が分かるし、社会に立ち向かう為に協力を仰げる場所が有る事も分かると思います。
    明確な障害とは言えない「吃音」という症状を理解して、多様性の一つとして心に留めて置く為の知識として読んでおけて良かったです。

  • 初めて吃音というものだと気付いたのは高校生の時かな?

    自分は大学生の時にバイトするのが辛かった。
    「お先に失礼します」や「ありがとうございます」、「いらっしゃいませ」の簡単かつ基本的な定型文を言えないんだから。唯一信頼してたバイト先の店長に泣きながら吃音のことを伝えたとき、店長が笑いながらそんなんだったら早く言ってよ!全然気にしないよって言ってくれたのはスッキリしたし、とても気が楽になったなぁ。


    この本は自分の体験談とも酷似する経験が多くて、読了するまでに何度目に涙を溜めたことか、、、

    勉強にもなったし、同じ苦しみを味わっている人を知ることができて本当に良かった。

  • どんな障害も当事者にとっては簡単なものではないということがとても良くわかる.吃音は他者との関係において障害となり,一人で過ごす分には何の問題もないことが他の身体障害とは異なる.喋れることに何の問題もない人が理解することは恐らくできないだろうが,このような本こそ教科書の参考資料になって読まれるべき本だと思う..

  • もう少し踏み込みがあったら、良かった。

  • 長年吃音に苦しんで、社会人になって世界を放浪する中で突然治った作者が、吃音について語る。
    作者は学生の頃の知り合いだったが、そこまで苦しんでいたとは正直知らなかった。伝えられないことの苦しさを知る。
    それに、なぜか、名前をいう時に吃音が出やすいらしい。間違えてはならない、という強い思いがどもらせ、また繰り返すことで、負の学習をしてしまうのだろうか。

全48件中 31 - 40件を表示

著者プロフィール

1976年東京生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院修了後、旅をしながら文章を書いていこうと決意し、2003年に妻とともに日本をたつ。オーストラリアでのイルカ・ボランティアに始まり、東南アジア縦断(2004)、中国雲南省で中国語の勉強(2005)、上海で腰をすえたライター活動(2006-2007)、その後ユーラシア大陸を横断して、ヨーロッパ、アフリカへ。2008年秋に帰国し、現在京都在住。著書に『旅に出よう』(岩波ジュニア新書)がある。

「2010年 『遊牧夫婦』 で使われていた紹介文から引用しています。」

近藤雄生の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×