- Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103528517
作品紹介・あらすじ
応仁の乱前夜、室町の天才絵師は都を騒がす怪異の闇に、何を見たか。異能の絵師土佐光信は、将軍足利義政から、人心を惑わす妖異の謎を解くよう命じられる。御所をさまよう血塗れの女、奇怪な呪詛屛風、「影喰らい」という妖物、笑い小鼓、人の悲しみから生まれた石……。果して彼が見極めた化生の者の正体とは。異界から現れ、乱世の歯車を陰で操る妖童子とは。不穏な時代を描く傑作歴史小説。
感想・レビュー・書評
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続いて絵師の話だが、こちらは時代物ファンタジー。
妖物が次々出てくるのだが、怖いというよりは物悲しさの方が強い。
室町幕府八代将軍・義政に仕える土佐光信が主人公。
門井慶喜さんの「銀閣の人」では文化の力で政治に勝とうとした義政を描いてあったが、この作品での義政もまた美の感性は鋭い人という設定。
だが更にそこに伝奇的要素を加えることによって、大飢饉や災害、戦などで民が苦しむ中、作事作庭に没頭した身勝手な将軍という印象に対して納得できる理由付けをしているのが興味深い。
「銀閣の人」でも、岡田秀文さんの「応仁秘譚抄」でもある種諦めの境地のような部分が描かれていたが、夢や託宣、呪詛といったものが信じられていた時代ならこういうことがあってもおかしくはないかもとも思えてしまう。
一方の光信は『心に壁がない』ために様々な怪異を見ることが出来る人という設定になっている。
瓶、梨の木、鏡、鯉といった様々なモノと交信できるし、人の悲しみや願いを元に生まれたというモノも見ることが出来る。いちいちたじろいだり戸惑ったりしないのがすごいが、決して大物っぽくはないし、義政に取り入ったりも逆に堂々渡り合ったりもしないところがまた興味深い人物だ。
義政から様々な怪異の噂や人物を探るように命じられ、それを探っていけば最終的には人の苦しみ悲しみに気付き、あるいは人の世の醜さにたどり着くというのが切ない。それに比べれば妖物は何と純粋で美しいのか。
と言っても彼が妖物の世界に取り憑かれてしまうわけではないし、彼は絵師として義政の命令に決着を付けていて満足できる内容になっている。
終盤の義政はいよいよ妖物の世界に入り込んでいる。彼の願いがこの通りなら、後の応仁の乱は正に彼が望んだことということだろう。
『人の世の不幸は人が招く 人の世が乱れるのは人が望むから』
妖物の世界を描きながら、結果的には人の心の奥底を描いている、歴史からも逸脱しない面白い絵巻だった。
続編があれば読んでみたいが、どうもこの一冊だけのようだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
そして応仁の乱の幕開けとなる……一応ホラーに分類したが、伝奇と呼ぶほうがふさわしく、さらにミステリー要素もあり、面白く読めた。出世欲はあるものの権力争いからは一歩引いたポジションで、絵師である土佐光信が足利義政の周辺で巻き起こる怪異に関わっていくのだが、絵師というと何となく物事の真を見る目をもつイメージがあるだけに、はまり役だろう。そしていつの世も恐ろしいのは人であるなと、この手の話を読むたびに思ってしまう。起きてしまうことはどうしようもないが、せめて再会を果たし解放された彼らが無事に生き延びてくれることを願いたい。
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室町時代中期、京の都を舞台に展開する、大和絵の天才絵師にして土佐派中興の祖、土佐光信を主人公とする歴史伝奇ファンタジー。
争乱の気配を孕み、不穏と混迷が渦巻く洛中にて、相次ぐ怪奇現象を前に、第8代将軍・足利義政の命を受け、光信が事態を収拾する謎解き要素もある。
異界の妖物と交信できる異能を持つ光信だが、完全無欠の超能力者ではなく、その繊細な感性と情け深さで、化生の哀しさにも共鳴し、憐憫でもって事に当たる。
過剰な情緒を抑えた淡白な筆致が、此岸に澱む人間の止めどなき放埓さ、度し難さを静かに浮かび上がらせている。 -
室町幕府八代将軍の足利義政に仕えた実在の絵師、土佐光信を主人公にした怪異短編集。応仁の乱を経てやがて戦国時代へと向かう直前の、混沌とした時代に起こった悲しい七編が収められている。
世の中が飢饉や天災に襲われ、将軍家の跡継ぎをめぐる謀殺が起こるなど、不安定な状況をつづく中、室町御所の周辺では次々と不思議な出来事が起こる。
梨の木や鏡などに憑いた、他の人には見えない妖異の姿がなぜか絵師の光信には見え、不思議な出来事の裏側にある悲哀を読みとっていくことで、妖異となったものたちの魂を鎮め、自身も心の置きどころを見つけていく。
室町時代の小説はめったに読んだことがなかったので途中までは興味深く読んだ。七編はどれも悲しみの生まれた背景と光信の苦悩が丁寧に書かれているのだが、いずれも物語の運びが軽いというか、あっさりと怪異の正体が語られ、光信がその正体にも自分の異能力にも特に疑問を抱いていないところがやや物足りなかった。最後は、光信の作と言われる「百鬼夜行絵巻」につながるのかと思ったが、そういう仕掛けでもなかった。 -
応仁の乱になる前のいろいろ孕んでいる空気感が好きです。
怪しに天才絵師に将軍、頭の中は、極彩飾!
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久々に気持ちよく最初から最後まで一気に読んでしまった。描かれる世界がとても雅で美しい。人ではないものが見える主人公の実直さ、将軍家のドロドロした感情なんかがとても良かった。
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初出 2018〜19年「小説新潮」、最終章は書き下ろし
足利義政に仕えた御用絵師土佐光信は、あやかしが見えて意思の疎通もできた。心に壁がないからだとあやかしが言う。
真魚(まな)と呼ばれていた少年の頃から、大鯉から話しかけられ、助けた礼に夢で同年代の友達と遊べたが、彼らは親の謀反で処刑されるために京に連れてこられていた。
光信が出会うあやかしたちは常に死をまとっている。
義政から難解な絵のテーマを出されて相談した老人は、中国からもたらされた古い瓶の精で、幼い日の義政がのぞき込んで天変地異と戦乱の未来を見て驚いた過去を見せてくれた。
改築中の室町御所に現れる半身血だらけの女の正体が「呪詛屏風」と呼ばれる屏風だと教えてくれたのは、建て替えのために伐られようとして梨の木の精で、光信は屏風の上にを新たに極楽図描きこの女たちを絵に残して義政に渡す。
鴨川の河原で、光信は老婆から嘆きの声を吸った石のような卵がかえると声冥というあやかしになり、自分の声と引き換えに不思議な力を手に入れられると教えられるが、その力を使った鳥舞の娘たちが義政の命を狙い、かばった光信が形に矢を受ける。
義政から評判の占い師を呼ぶように言われて光信が行った先で逢ったのは、少年の自分の世話をしてくれた住み込みの弟子で、彼に憑いていた願いを叶えるという童子は、義政に乗り移ってしまう。赤松満祐の子だったために腕を切られた元の弟子とその子、そしてその妻だった義政の占い師(託宣する桂女)が殺されかけるのを光信が願ったために義政(に憑いた童子)は赦す。
そして物語は「応仁」に改元されるところで終わり、義政が何を願ったのかが暗示される。
この作家さんの作品を読むのは2作目だが、なかなかに面白い。新しい登録のカテゴリを作った。 -
2020.02.18