世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

  • 新潮社 (2005年9月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (624ページ) / ISBN・EAN: 9784103534174

感想・レビュー・書評

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  • 最初は2つの物語の繋がりがわからないまま、何かあるはずだけど一体なんなんだろう…と思いながら、ハードボイルド〜の世界ではスピード感やハラハラドキドキを感じながら、世界の終わりの世界ではゆったりとしたファンタジー世界を味わいながら、読み進めていました。
    博士からの種明かし後、2つの世界が見事にシンクロし始めて興奮しました。
    また百科事典棒はミクロの中の無限な世界に惹き込まれてしばらく思い巡らせてしまいました。
    あと24時間ほどで心を失ってしまう主人公(in ハードボイルド)の、自分の運命についての考え方や受け入れ方、残された時間の行動はとても丁寧で好感が持てました。
    私だったら限られた時間で何をすれば良いのかわからずパニックになると思います。
    "「人間の行動の多くは、自分がこの先もずっと生き続けるという前提から発しているものなのであって、その前提をとり去ってしまうと、あとにはほとんど何も残らないのだ。」"
    と思いつつも、彼は彼なりの無駄のない素晴らしい最後のときを過ごしたと思います。
    また自分を失うことや死を近くに感じると、人間は無意識のうちに、幸せ探しをして些細なことにも感動するのかもしれないなと感じました。
    "「ボブディランって少し聴くとすぐにわかるんです。」
    「ハーモニカがスティービーワンダーより下手だから?」彼女は笑った。…
    「そうじゃなくて声が特別なの。」
    「まるで小さな子が窓に立って雨降りをじっと見つめているような声なんです。」
    「良い表現だ」"

    いよいよ残り時間あとわずかとなったとき、日比谷公園でビールを飲んで芝生の上で過ごして、自然の美しさに触れたとき、初めてこの世界に未練を感じていたのは切なかったです。

    一方で、世界の終わりの僕は、影と一緒に街からの脱出計画を企て、この街から出て本来の自分を取り戻し、正しい世界で生きて死ぬんだと決心します。ただ、彼はこの街に居心地の良さを感じて好きになっており、それに何より愛する彼女と離れなければならないことに苦悩します。
    彼女の心を取り戻すためのキーが、音楽だったこと、手に入れた手風琴で音を探し続けて、探し出したメロディが『ダニー・ボーイ』だったところは素敵だなと思いました。
    "「ここには何もかもがあるし、何もかもがない。そして僕は僕の求めているものをきっとみつけだすことができる」
    「私の心をみつけて」"

    その後、ハードボイルドの主人公が晴海へ移動し、海の見える人気の少ない場所に車を止めて、ボブディランをリピート再生し、自分の人生に祝福を与えるところ、彼が出会った人々にも祝福を与えようとするところ、目を閉じて最後の瞬間を迎えるところには美しさを感じました。
    "「太陽の光が長い道のりを辿ってこのささやかな惑星に到着し、その力の一端を使って私の瞼をあたためてくれていることを思うと、私は不思議な感動に打たれた。宇宙の摂理は私の瞼ひとつないがしろにしてはいけないのだ。
    私はアリョーシャカラマーゾフの気持ちがほんの少しだけわかるような気がした。おそらく限定された人生には限定された祝福が与えられるのだ。」"

    博士は主人公に、新しい世界には彼が失ったものがあり、それを取り戻すことができると伝えます。
    彼が失ったものとはなんなのか、それは愛だと思いました。
    世界の終わりの主人公は、図書館の彼女に向かって真っ直ぐに、愛していると告白し、彼女が居ない世界で生きる意味はないと感じて、街から出ることを拒否しました。
    愛の力は偉大です。人は愛のある世界で幸せを感じ、愛の中に生きる希望を見出すのだと思います。
    "「君は今、心というものを失うことに怯えておるかもしれん。私だって怯えた。それは何も恥ずかしいことではない」
    「しかしあんたはその世界で、あんたがここで失ったものを取り戻すことができるでしょう。あんたの失ったものや、失いつつあるものを」
    「あんたが失ったもののすべてをです。それはそこにあるのです」"
    "「私はこれで私の失ったものを取り戻すことができるのだ、と思った。それは一度失われたにせよ、決して損なわれてはいけないのだ。私は目を閉じて、その深い眠りに身をまかせた。ボブディランは『激しい雨』を唄いつづけていた。」"

    この作品に限らずですが、村上春樹作品は、ストーリーだけではなくて、表現力と言葉の丁寧さに魅了されます。
    読み終わったあと、良い時間をもらえたなぁと思いました。

  • ストーリー云々以前に、やはり表現の一つ一つがいちいち面白い。
    余りある表現の中から自分の好きな表現をいくつかでも心に留めておけば、それだけで村上春樹の小説を読んだ意味があるんじゃないかと思う。

    個人的には〈世界の終わり〉の僕が心の存在や影の意味を知り始めてからの話や〈ハードボイルドワンダーランド〉の私が自分の生の終わりを意識して最後の1日を過ごすシーンが素敵だった。
    2人の主人公が自分の殻を突き破って世界の美しさをしっかり見つけている様子がよく描かれていて、そうなる前と後で世界は変わっていないのに見え方がこんなにも違うのかと考えさせられた。
    世界が変わらなくても自分の考え1つで捉え方がこんなにも変わる、というのは現実でも案外そうなのかもしれない。

    また、〈ハードボイルドワンダーランド〉の地下で繰り広げられる場面などは、暗闇という他の情報がなく表現が難しいだろう状況をよくもまあここまで文章で伝えることができるなあと感嘆としてしまう。
    どんなに突拍子のないシーンでも表現の多様さでありありとシーンが思い浮かべられる凄さが村上春樹がファンを熱狂させる理由の1つだと思う。

  • 街とその不確かな壁を読み、ずっと気になっていた本。

    独特な世界観、文体、思想

    読書をするという時間そのものに意義出てくる物語。

    まるで違う世界を旅してきたかの様。
    素敵な時間でした。

  • 何が何だかわからない感じ、ファンタジーのような現実的なような、突拍子もないような、、でも心地よく、引き込まれていくかんじ。
    最後まで読み切れた達成感。でも感想といわれると難しい~

    以下、なぜか気に入った会話───────
    「今日は何曜日だっけ?」と私は娘に訊いてみた。
    「わからないわ。曜日のことなんて考えたことないもの」と娘は言った。 「平日にしてはどうも乗客が少なすぎる」と私は言って首をひねった。「ひょっとして日曜日かもし れない」
    「日曜日だとどうなるの?」
    「どうにもならない。ただ日曜日だっていうことだけさ」と私は言った。
    ────────────────────

    1文でも心に留まる文があると、読んだ甲斐が有るなぁと思える。
    自分は毎日毎日、一日に何度も今日何曜日だっけ。と思ったり口にしたりしてるなぁ。そして休日までカウントダウンするように生きていて、なんかそれってもったいないよなぁ。と思った。

  • 完読したのは20年振り。
    どうでもいいディティールしか覚えていなかったので、かなり新鮮に読んだ。

    まずは、この2つの物語の主人公、私と僕が、同じ人物だってこと、すっかり忘れていた。
    だって、ねじまき鳥クロニクルも、カフカも、1Q84も、いくつかの物語が交錯したイメージだったから。。

    それから、博士の言ってることがよく分からなくて手こずったww

    どちらの世界も素敵なエピソードと、困難に溢れているけれど、やはり世界の終わりの、美しさは特別かしら。図書館の彼女の夢が優しく光るシーン、そしてその夢を読む所は美しかったなぁ。

    春樹節と、スプートニク並の素敵かつエキセントリックな比喩の数々に惚れ惚れする。以下

    *夏の朝のメロン畑に立っているようなにおいだった。

    *サンドウィッチを食べているときの老人はどことなく礼儀正しいコオロギのように見えた。

    *わたしはたまに街に出るたびに、十一月のリスみたいにこまごまとしたものを山ほど買いあつめてしまうのだ。

    *私は地球がマイケル・ジャクソンみたいにくるりと一回転するくらいの時間はぐっすりと眠りたかった。

    *私はだいたいにおいて春の熊のように健康なのだ。

    *海底の岩にはりついたなまこのように、私はひとりぼっちで年をとりつづけるのだ

    *私は水路標識灯の底についたおもりのように暗く愚かなのだ。

    *時間のことを考えると私の頭は夜明けの鶏小屋のように混乱した。

    *洋菓子屋の店員はもみの木のように背の高い女の子

    *「まるで小さな子が窓にたって雨ふりをじっと見つめているような声なんです」

    *ウエイターがやってきて宮廷の専属接骨医が皇太子の脱臼をなおすときのような格好でうやうやしくワインの栓を抜きラグラスに注いでくれた。

    * 誰も彼もが秋のいなごのように私の豊潤な眠りを奪っていくのだ。


    サリンジャー。
    ツルゲーネフ、ドストエフスキー、サマセット・モーム。
    音楽。
    ボブ・ディラン、ダニー・ボーイ

    やれやれ は、たぶん13回。

  • ⚫︎受け取ったメッセージ


    ⚫︎あらすじ(本概要より転載)
    高い壁に囲まれ、外界との接触がまるでない街で、そこに住む一角獣たちの頭骨から夢を読んで暮らす〈僕〉の物語、〔世界の終り〕。老科学者により意識の核に或る思考回路を組み込まれた〈私〉が、その回路に隠された秘密を巡って活躍する〔ハードボイルド・ワンダーランド〕。静寂な幻想世界と波瀾万丈の冒険活劇の二つの物語が同時進行して織りなす、村上春樹の不思議の国。

    〈私〉の意識の核に思考回路を組み込んだ老博士と再会した〈私〉は、回路の秘密を聞いて愕然とする。私の知らない内に世界は始まり、知らない内に終わろうとしているのだ。残された時間はわずか。〈私〉の行く先は永遠の生か、それとも死か?そして又、“世界の終り”の街から〈僕〉は脱出できるのか?同時進行する二つの物語を結ぶ、意外な結末。村上春樹のメッセージが、君に届くか?

    ⚫︎感想
    異世界へ連れて行ってくれる。
    世界の終わりは無意識世界、ハードボイルドワンダーランドでは意識的世界を描いている。
    二つの世界を科学技術「シャッフル」で行き来する。そして意識世界において、自己を受け入れ、世界の終わりで生きることを選び、新たな一歩を踏み出す。

    意識と無意識に等価を置いて物語が紡がれていく。モチーフが魅力的。

  • 「街とその不確かな壁」を読んで、再読せざるを得なかった一冊。数十年前に読んだ時より楽しめたと思うのは、おそらく誰もがそうであるように、長い間には個人的に私も自分の意識とか心の在りようとかを考えざるを得ない状況というのが、何度もあったからだろうと思う。

    弱い人間だから、環境とか周囲の意見、雰囲気に流されることも少なくないけれど、それでも「心の持ちよう」や自分なりの確固たる考え方を、面倒を避けるために無視しないこと、自由であるために背負わねばならない重荷や苦痛を受け入れること、など、初読の時よりはるかに明確に、自分の経験に照らして考えさせられることが多かった。

    「街とその不確かな…」に比べてスピード感がある。二作を読み比べると、著者が歳を重ねたことも何となく感じられて面白い。

  • 物語の終わり、世界の終りに窓の外を見ると雨が降っていた。

  • 街とその不確かな壁のあとに読んだ。面白かった!!

    ハードボイルド・ワンダーランドの、地下の暗闇をひたすらに歩く場面で私の頭の中がつらつらと描かれてる文章がわたしは特に面白かった。
    他も全部、ずっと読んでいたいような文章。比喩がすごい。

    街とその不確かな壁よりも、疾走感があって冒険チックだったなと思う。

    あと、村上春樹さんの本はわたしはワインやビールを飲みながら読みたくなる。

  • 新作「街とその不確かな壁」を読んでしまったので、まだ読み残していた姉妹作とも言える本作も読まざるを得ないだろう。世界の終りの街の設定は両作とも一緒だが、物語は違う、本作では相容れない物語が進行して行き交わることもなくその終焉は絶望に満ちている、本作でも影が現実世界に戻り生活して行くと解釈して良いのだろうか。小説的には新作の方が面白いと言って良いだろうが、本作は形而上学的小説とも言えるのだろうか、しかし最後読ませる力は流石だと思った。

  • 展開がまったく予想できず最後までしっかり楽しめた。

    物語は「心」のない壁に囲まれた国の話と現実世界(とはいっても計算士や博士の設定はファンタジー感満載)での話が交互に進行していく。

    生きる、ということについて考えさせられるストーリーだった。

    心のない国では怒りや悲しみはなく、競争もない。人々は心穏やかに暮らしている。でも完璧な世界のようで、そのあまりの完全性にどこか違和感がある。

    苦悩やしがらみ、喜びや愛は、心をもった人間だからこそ感じることができる唯一無二のもの。生きるということはこういった感情と対峙していくことなのだ。

    のんびり構えていた主人公だが、失われる直前に「この世界から消え去りたくない」と強く認識するところは込み上げるものがある。

    「一度失われたにせよ、決して損なわれない。」という言葉には前向きな力をもらえた。心に従い今この瞬間を大切に生きることで、時を経て環境が変わろうとも他人には奪えない大事な記憶が刻まれるのだと実感させられた。


  • かの有名な村上春樹であるが、はじめて読んだ。

    無関係に見えた2つの世界がつながっていく構成が上手いなと思ったし、台詞回しや比喩表現が個性的で、ハマる人がいるのはわかると思った。文章がめちゃめちゃ上手いのもよくわかる。美しい言葉を紡ぐ作家という印象。
    幸せそうに見えるネジがなぜ幸せなのかを考える一節が好き。
    ただし個人的には物語はそこまで面白かったとも言えない、もやもやが残るし、結末は救いが無いし、主人公の感情にいまいち添えない作品だった。

    心がある世界とない世界を対比的に書いてる割に、ハードボイルドワンダーランドの主人公はそこまで感情的かというと疑問だし。すぐわかんないっていうし。むしろ淡々としてる印象がある。冷めたやつだから、最後ちょっと生に未練が出たのが際立つのかもしれないが…。

    「影」はその後どうなったのだろう。「私」とともに冷凍されてしまったのかな。

  • とりあえず、思いのほか博士の話や主人公の物事の考え方が論理的かつしっかりとしていて面白かった☆

    いろいろと回収されていない伏線(僕が理解出来なかっただけ??)もたくさんあったし、登場人物の背景がほとんど説明無いので登場人物自体にも余り共感は出来ないんだけど、逆にそれは読んでいる人が自由に想像してくれれば良いのかな☆しっかり説明してくれて伏線回収してくれる本じゃないとダメな人には余りおススメしませんが、作中に出てくるいろいろな言葉が印象的かつ引っかかるところがあるので、受け身ではなく能動的に読書したい人にはおススメ。

    個人的には、いろいろな事に対して反省はするんだけど、でも後悔はしていないところがすごく良かった♪あと、「公正さは愛情に似ている」「与えようとするものが求められているものと合致しない」ってところも結構良かった☆あと、何と言うか、人肌が恋しくなると言うか、その辺りの描写もすごく良かった♪それと、スカした感じの主人公が途中から自分の人生の些細な日常を愛おしむようになっていくところとかも良かったです。

    村上春樹さんの本はどの本もなかなかのページ数なので気楽に読める感じではありませんが(笑)、またちょくちょく読んでみたいと思います☆

  • 村上春樹の長編で一番面白いやつ

    • りまのさん
      雨宮さん
      私も、そう思います。フォローありがとうございました!どうぞよろしくお願いいたします♪りまの
      雨宮さん
      私も、そう思います。フォローありがとうございました!どうぞよろしくお願いいたします♪りまの
      2021/01/31
  • ・ハードボイルド・ワンダーランド
    博士が「私」の頭のなかに仕掛けを施したせいで、組織にも工場にも第三の勢力にも追われることになってしまった。地底の世界ではやみくろに襲われる恐怖も味わった(博士の有能な太った孫娘に助けられた)。
    「私」は博士の仕掛けた時限爆弾で終わりを迎えることになる。それは死のようであり、永遠の生でもあるらしい。「私」はそれを受け入れ、図書館の女性と食事を楽しみ、交わり、わずかな余生を味わう。

    ・世界の終り
    壁に囲まれた街で、自分の影と切り離されて暮らし始めた「僕」。
    図書館の女の子を好きになり、大佐との交流で色んなことを学び、夢読みの仕事もこなして、心のない世界での営みに馴染む「僕」に、影はこの世界からの脱出を持ちかける。
    影と一緒に逃げることにした「僕」だったが、この世界はすべて自分だということを認め、責任をもって残ることにした。影だけが世界の終りを脱出した。

    --------------------------------------

    「私」の頭のなかにある世界が”世界の終り”で、そこで心(影)のない状態で暮らすと哀しみもなければ喜びもないような永遠の静けさのなかにいられる、ということだったのかな。
    読みながら、ドラクエ6みたいな世界観だな、と思った。

    「ハードボイルド・ワンダーランド編」のやみくろって一体なんだったんだろう。字面から汚れた「のらくろ」みたいな姿をイメージしたけどもっと邪悪な感じなんだろうな。のらくろはかわいい。

    勝手に自分の頭をいじくった博士を許し、自分を好いてくれる女性とまた会えるかのように別れ、自分の存在の消滅を受け入れる「私」。
    自分ならもっとジタバタするだろうし、間違いなく感情的になってしまうと思う。自分が世界から消滅する時、かっこつけていられることがハードボイルドなのかな。だとしたら自分にハードボイルドは到底無理だなあ。

    「世界の終り編」の心のない人たち、彼らの暮らす街は無意識の「私」が作り出したユートピアだったのだろうか。はたまたディストピアか。
    どちらにせよ、影と別れて街に残った「僕」は苦労するだろうな。もちろん、影もまた然り。

    「ハードボイルド・ワンダーランド編」でやみくろの国から地下鉄へ抜け出す直前に「私」が見た古い革の靴。あれは影の履いていた靴だったのかな、”世界の終り”を出られてすぐに電車に轢かれたか、やみくろに襲われたのかな、と思った。
    もしくは靴は何かの暗喩だったのか。よくわかんないぜ。

    話のなかにはいくつもの暗喩があったんだろうけど、何もわからずに素通りしてしまった。そんな自分を悲しく思いつつも、悲しいということは心がある、ということで、つまり自分には影がいるということなのだと実感する。

  • 日本近代文学館にあるBUNDANという名前のカフェに「ハードボイルド・ワンダーランドの朝食セット」という、この物語の「ハードボイルド・ワンダーランド」における主人公の最後の晩餐(朝食)を模したメニューがあるのです。
    私はその時、まだこの小説を読んだことがなかったのですが、最後の晩餐だなんて主人公は死ぬんだろうか、とか、いろいろ想像しながら食べました。食べてから、気になって、小説を読んでみました。
    納得のいく結末でした。先に現実世界で主人公の最後の晩餐を疑似体験できて、ラッキーでした。

  • 大人になるにつれ距離を取っていたファンタジー、だけどその本質は深い内省なのだと教えてくれた。そして何より活字中毒としての飢えを、みっちりと満たしてくれた作品だった。これを読むために、1日の仕事終わりを楽しみにしたまである(笑)

    突飛な設定や展開に対峙するとき、問われるのは想像力であり、思考回路であり、自分自身そのものだ。己が何によって己であるのか。何を幸せに感じるのか、何から逃げているのか。そんな単純かつ難解な問いのなかで、主人公(著者?)の理想を垣間見るような感覚。さては重度のロマンチストだな??^_^ しかし彼の言うところの「気の利いた」生活は確かに魅力的でエロティックで遊び心があって…これがかくも大衆を夢中にさせた世界観なのだと納得。

    そして言葉選び。心地よく、しかし予想をぴょんと飛び越えるような文章と独特のテンポが楽しい。口癖を指摘されるところで何故か随分ぎくりとした、突然複数の視点が交錯したから?
    いずれにせよこの人の作品は私たちに「課金」したくさせるようだ(章構成も相まってご褒美化した)。
    次は何を読もう?

  • 世界の終りでの思っていたラストが予想と違って気づいたら泣いてしまった。
    全くもって明るく読んでいたのに最後の最後で感情が溢れてしまった。
    本読んで泣いたのいつぶりだろう。
    心を離せなかった者が世界の終りの森の中で、永久にしんと生きていく情景で胸がいっぱいになってしまう。
    読んでたら徐々にしとしと雨が降ってきて、そのうち土砂降りになって、読み終わって泣いてる頃にはまた雨が止んで、この状況も一緒にこの本の思い出になると思う。

  • ハルキ氏4作目の長編となる・・あるところでは自身の自叙伝とも語っているとの事。
    確かに・・強い自我意識を持つ都会人の僕
    【ハードボイルド】固い殻に包まれ、モットーは強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格はない。。

    エレべーターから降りたところから始まっていく世界 ・・ワンダーランド は些か異なりゆっくり穏やかな深層心理が広いがっていく。
    【私】と【僕】の歩みは最初、戸惑ったけれど、並行して流れているのではないかと感じさせられた。

    【私】が歩んでいく世界には博士が。そしてその孫の17歳の少女。記号士、やみくも、一角獣、頭骨・・展開が極めて視覚的。読みながらだれず継続できたのは、子の「ヴィジュアル世界観」の片隅で自分の一緒に彷徨し、眺めていく感覚になれたせいが大きいかも。

    奇数が「終わりの世界」、偶数は「ワンダーランド」の構成がなかなか慣れなかったこともあって、当初はかなり疲れたが半分も過ぎたころには共に架空の世界であることの意味、そして死生観が感覚的に受け止められるようになってきた。

    『やれやれ』のつぶやきもあちこちに発せられ、【僕】も【私】も性的感覚は豊穣。博士の孫娘の陽気なキャラは輝くばかり「ピンクの服が好きで肥満気味」はそのイメージをよく感じさせる。
    対して図書館のリファレンスのバツイチ女性はほっそり華奢ながら、胃拡張気味なんで、エネルギーを感じさせる。
    日本より海外で大人気ということは耳にしてきたが、再読の今回は、そこのところがよくわかる~架空、非現実、複層的な世界を同時進行でプレゼンさせ、しかも一つの人格の中で結集させていくのは日本の作品群では理解し辛い感じになるのだろう。
    しかも何が悲劇?何が苦しみ?どのようにして乗り越えていくかのプロセスが現実的な時系列では描いていない点などもね。

    ハルキ氏、そしてその熱烈フアン曰く、アメリカ文学のエッセンスを結集させた作品、まさにハルキ世界というのがよっく分かる。
    どっちも私には分からないけれど、世界観、人生観、そして・・・
    1984年に構想を練り執筆したというにも拘らず・・・
    計算士・組織VS記号士・工場という観点から見るダイナリズムは今読んでも古色微塵もない。
    相変わらず比喩が溢れんばかり、あちこちに音楽は流れ最後に2つの世界に流れる【ダニーボーイ】の演出は素敵。
    そして一角獣が多数死に、翌年に新たな生命が多数生まれるという話。世界の終わりでは影を殺しきれない人が多数住み、心が一角獣によって運び出される(かい出す)そして死ぬと門番により、頭骨は切り落とされ、嫁読みの手によって大気の中へ古い夢が放出されていく・・という話がラストで「世界の終わりとワンダーランド」の二つの世界で光がともった風景に転じたシーンは素晴らしい映像に映った。

    初読は1995年、子育ての合間に読んだこともあり、(単なるファンタジー)・・それもとてつもないボリュームもあって、何が言いたいのか、まったくわからず、今回読んでいても記憶が蘇ってこなかった。
    今回の再読で隅々まで堪能できた10日間は、いい時間の夢見になった。

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著者プロフィール

1949年京都府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。79年『風の歌を聴け』で「群像新人文学賞」を受賞し、デビュー。82年『羊をめぐる冒険』で、「野間文芸新人賞」受賞する。87年に刊行した『ノルウェイの森』が、累計1000万部超えのベストセラーとなる。海外でも高く評価され、06年「フランツ・カフカ賞」、09年「エルサレム賞」、11年「カタルーニャ国際賞」等を受賞する。その他長編作に、『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』『街とその不確かな壁』、短編小説集に、『神の子どもたちはみな踊る』『東京奇譚集』『一人称単数』、訳書に、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』『フラニーとズーイ』『ティファニーで朝食を』『バット・ビューティフル』等がある。

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