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Amazon.co.jp ・本 (624ページ) / ISBN・EAN: 9784103534174
感想・レビュー・書評
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ストーリー云々以前に、やはり表現の一つ一つがいちいち面白い。
余りある表現の中から自分の好きな表現をいくつかでも心に留めておけば、それだけで村上春樹の小説を読んだ意味があるんじゃないかと思う。
個人的には〈世界の終わり〉の僕が心の存在や影の意味を知り始めてからの話や〈ハードボイルドワンダーランド〉の私が自分の生の終わりを意識して最後の1日を過ごすシーンが素敵だった。
2人の主人公が自分の殻を突き破って世界の美しさをしっかり見つけている様子がよく描かれていて、そうなる前と後で世界は変わっていないのに見え方がこんなにも違うのかと考えさせられた。
世界が変わらなくても自分の考え1つで捉え方がこんなにも変わる、というのは現実でも案外そうなのかもしれない。
また、〈ハードボイルドワンダーランド〉の地下で繰り広げられる場面などは、暗闇という他の情報がなく表現が難しいだろう状況をよくもまあここまで文章で伝えることができるなあと感嘆としてしまう。
どんなに突拍子のないシーンでも表現の多様さでありありとシーンが思い浮かべられる凄さが村上春樹がファンを熱狂させる理由の1つだと思う。 -
街とその不確かな壁を読み、ずっと気になっていた本。
独特な世界観、文体、思想
読書をするという時間そのものに意義出てくる物語。
まるで違う世界を旅してきたかの様。
素敵な時間でした。 -
何が何だかわからない感じ、ファンタジーのような現実的なような、突拍子もないような、、でも心地よく、引き込まれていくかんじ。
最後まで読み切れた達成感。でも感想といわれると難しい~
以下、なぜか気に入った会話───────
「今日は何曜日だっけ?」と私は娘に訊いてみた。
「わからないわ。曜日のことなんて考えたことないもの」と娘は言った。 「平日にしてはどうも乗客が少なすぎる」と私は言って首をひねった。「ひょっとして日曜日かもし れない」
「日曜日だとどうなるの?」
「どうにもならない。ただ日曜日だっていうことだけさ」と私は言った。
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1文でも心に留まる文があると、読んだ甲斐が有るなぁと思える。
自分は毎日毎日、一日に何度も今日何曜日だっけ。と思ったり口にしたりしてるなぁ。そして休日までカウントダウンするように生きていて、なんかそれってもったいないよなぁ。と思った。 -
完読したのは20年振り。
どうでもいいディティールしか覚えていなかったので、かなり新鮮に読んだ。
まずは、この2つの物語の主人公、私と僕が、同じ人物だってこと、すっかり忘れていた。
だって、ねじまき鳥クロニクルも、カフカも、1Q84も、いくつかの物語が交錯したイメージだったから。。
それから、博士の言ってることがよく分からなくて手こずったww
どちらの世界も素敵なエピソードと、困難に溢れているけれど、やはり世界の終わりの、美しさは特別かしら。図書館の彼女の夢が優しく光るシーン、そしてその夢を読む所は美しかったなぁ。
春樹節と、スプートニク並の素敵かつエキセントリックな比喩の数々に惚れ惚れする。以下
*夏の朝のメロン畑に立っているようなにおいだった。
*サンドウィッチを食べているときの老人はどことなく礼儀正しいコオロギのように見えた。
*わたしはたまに街に出るたびに、十一月のリスみたいにこまごまとしたものを山ほど買いあつめてしまうのだ。
*私は地球がマイケル・ジャクソンみたいにくるりと一回転するくらいの時間はぐっすりと眠りたかった。
*私はだいたいにおいて春の熊のように健康なのだ。
*海底の岩にはりついたなまこのように、私はひとりぼっちで年をとりつづけるのだ
*私は水路標識灯の底についたおもりのように暗く愚かなのだ。
*時間のことを考えると私の頭は夜明けの鶏小屋のように混乱した。
*洋菓子屋の店員はもみの木のように背の高い女の子
*「まるで小さな子が窓にたって雨ふりをじっと見つめているような声なんです」
*ウエイターがやってきて宮廷の専属接骨医が皇太子の脱臼をなおすときのような格好でうやうやしくワインの栓を抜きラグラスに注いでくれた。
* 誰も彼もが秋のいなごのように私の豊潤な眠りを奪っていくのだ。
サリンジャー。
ツルゲーネフ、ドストエフスキー、サマセット・モーム。
音楽。
ボブ・ディラン、ダニー・ボーイ
やれやれ は、たぶん13回。 -
「街とその不確かな壁」を読んで、再読せざるを得なかった一冊。数十年前に読んだ時より楽しめたと思うのは、おそらく誰もがそうであるように、長い間には個人的に私も自分の意識とか心の在りようとかを考えざるを得ない状況というのが、何度もあったからだろうと思う。
弱い人間だから、環境とか周囲の意見、雰囲気に流されることも少なくないけれど、それでも「心の持ちよう」や自分なりの確固たる考え方を、面倒を避けるために無視しないこと、自由であるために背負わねばならない重荷や苦痛を受け入れること、など、初読の時よりはるかに明確に、自分の経験に照らして考えさせられることが多かった。
「街とその不確かな…」に比べてスピード感がある。二作を読み比べると、著者が歳を重ねたことも何となく感じられて面白い。 -
物語の終わり、世界の終りに窓の外を見ると雨が降っていた。
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街とその不確かな壁のあとに読んだ。面白かった!!
ハードボイルド・ワンダーランドの、地下の暗闇をひたすらに歩く場面で私の頭の中がつらつらと描かれてる文章がわたしは特に面白かった。
他も全部、ずっと読んでいたいような文章。比喩がすごい。
街とその不確かな壁よりも、疾走感があって冒険チックだったなと思う。
あと、村上春樹さんの本はわたしはワインやビールを飲みながら読みたくなる。 -
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かの有名な村上春樹であるが、はじめて読んだ。
無関係に見えた2つの世界がつながっていく構成が上手いなと思ったし、台詞回しや比喩表現が個性的で、ハマる人がいるのはわかると思った。文章がめちゃめちゃ上手いのもよくわかる。美しい言葉を紡ぐ作家という印象。
幸せそうに見えるネジがなぜ幸せなのかを考える一節が好き。
ただし個人的には物語はそこまで面白かったとも言えない、もやもやが残るし、結末は救いが無いし、主人公の感情にいまいち添えない作品だった。
心がある世界とない世界を対比的に書いてる割に、ハードボイルドワンダーランドの主人公はそこまで感情的かというと疑問だし。すぐわかんないっていうし。むしろ淡々としてる印象がある。冷めたやつだから、最後ちょっと生に未練が出たのが際立つのかもしれないが…。
「影」はその後どうなったのだろう。「私」とともに冷凍されてしまったのかな。 -
村上春樹の長編で一番面白いやつ
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雨宮さん
私も、そう思います。フォローありがとうございました!どうぞよろしくお願いいたします♪りまの雨宮さん
私も、そう思います。フォローありがとうございました!どうぞよろしくお願いいたします♪りまの2021/01/31
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日本近代文学館にあるBUNDANという名前のカフェに「ハードボイルド・ワンダーランドの朝食セット」という、この物語の「ハードボイルド・ワンダーランド」における主人公の最後の晩餐(朝食)を模したメニューがあるのです。
私はその時、まだこの小説を読んだことがなかったのですが、最後の晩餐だなんて主人公は死ぬんだろうか、とか、いろいろ想像しながら食べました。食べてから、気になって、小説を読んでみました。
納得のいく結末でした。先に現実世界で主人公の最後の晩餐を疑似体験できて、ラッキーでした。 -
大人になるにつれ距離を取っていたファンタジー、だけどその本質は深い内省なのだと教えてくれた。そして何より活字中毒としての飢えを、みっちりと満たしてくれた作品だった。これを読むために、1日の仕事終わりを楽しみにしたまである(笑)
突飛な設定や展開に対峙するとき、問われるのは想像力であり、思考回路であり、自分自身そのものだ。己が何によって己であるのか。何を幸せに感じるのか、何から逃げているのか。そんな単純かつ難解な問いのなかで、主人公(著者?)の理想を垣間見るような感覚。さては重度のロマンチストだな??^_^ しかし彼の言うところの「気の利いた」生活は確かに魅力的でエロティックで遊び心があって…これがかくも大衆を夢中にさせた世界観なのだと納得。
そして言葉選び。心地よく、しかし予想をぴょんと飛び越えるような文章と独特のテンポが楽しい。口癖を指摘されるところで何故か随分ぎくりとした、突然複数の視点が交錯したから?
いずれにせよこの人の作品は私たちに「課金」したくさせるようだ(章構成も相まってご褒美化した)。
次は何を読もう? -
世界の終りでの思っていたラストが予想と違って気づいたら泣いてしまった。
全くもって明るく読んでいたのに最後の最後で感情が溢れてしまった。
本読んで泣いたのいつぶりだろう。
心を離せなかった者が世界の終りの森の中で、永久にしんと生きていく情景で胸がいっぱいになってしまう。
読んでたら徐々にしとしと雨が降ってきて、そのうち土砂降りになって、読み終わって泣いてる頃にはまた雨が止んで、この状況も一緒にこの本の思い出になると思う。 -
ハルキ氏4作目の長編となる・・あるところでは自身の自叙伝とも語っているとの事。
確かに・・強い自我意識を持つ都会人の僕
【ハードボイルド】固い殻に包まれ、モットーは強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格はない。。
エレべーターから降りたところから始まっていく世界 ・・ワンダーランド は些か異なりゆっくり穏やかな深層心理が広いがっていく。
【私】と【僕】の歩みは最初、戸惑ったけれど、並行して流れているのではないかと感じさせられた。
【私】が歩んでいく世界には博士が。そしてその孫の17歳の少女。記号士、やみくも、一角獣、頭骨・・展開が極めて視覚的。読みながらだれず継続できたのは、子の「ヴィジュアル世界観」の片隅で自分の一緒に彷徨し、眺めていく感覚になれたせいが大きいかも。
奇数が「終わりの世界」、偶数は「ワンダーランド」の構成がなかなか慣れなかったこともあって、当初はかなり疲れたが半分も過ぎたころには共に架空の世界であることの意味、そして死生観が感覚的に受け止められるようになってきた。
『やれやれ』のつぶやきもあちこちに発せられ、【僕】も【私】も性的感覚は豊穣。博士の孫娘の陽気なキャラは輝くばかり「ピンクの服が好きで肥満気味」はそのイメージをよく感じさせる。
対して図書館のリファレンスのバツイチ女性はほっそり華奢ながら、胃拡張気味なんで、エネルギーを感じさせる。
日本より海外で大人気ということは耳にしてきたが、再読の今回は、そこのところがよくわかる~架空、非現実、複層的な世界を同時進行でプレゼンさせ、しかも一つの人格の中で結集させていくのは日本の作品群では理解し辛い感じになるのだろう。
しかも何が悲劇?何が苦しみ?どのようにして乗り越えていくかのプロセスが現実的な時系列では描いていない点などもね。
ハルキ氏、そしてその熱烈フアン曰く、アメリカ文学のエッセンスを結集させた作品、まさにハルキ世界というのがよっく分かる。
どっちも私には分からないけれど、世界観、人生観、そして・・・
1984年に構想を練り執筆したというにも拘らず・・・
計算士・組織VS記号士・工場という観点から見るダイナリズムは今読んでも古色微塵もない。
相変わらず比喩が溢れんばかり、あちこちに音楽は流れ最後に2つの世界に流れる【ダニーボーイ】の演出は素敵。
そして一角獣が多数死に、翌年に新たな生命が多数生まれるという話。世界の終わりでは影を殺しきれない人が多数住み、心が一角獣によって運び出される(かい出す)そして死ぬと門番により、頭骨は切り落とされ、嫁読みの手によって大気の中へ古い夢が放出されていく・・という話がラストで「世界の終わりとワンダーランド」の二つの世界で光がともった風景に転じたシーンは素晴らしい映像に映った。
初読は1995年、子育ての合間に読んだこともあり、(単なるファンタジー)・・それもとてつもないボリュームもあって、何が言いたいのか、まったくわからず、今回読んでいても記憶が蘇ってこなかった。
今回の再読で隅々まで堪能できた10日間は、いい時間の夢見になった。
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