世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

著者 :
  • 新潮社
4.07
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レビュー : 279
  • Amazon.co.jp ・本 (618ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103534174

作品紹介・あらすじ

村上春樹、80年代の記念碑的長編。

感想・レビュー・書評

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  • 最初は2つの物語の繋がりがわからないまま、何かあるはずだけど一体なんなんだろう…と思いながら、ハードボイルド〜の世界ではスピード感やハラハラドキドキを感じながら、世界の終わりの世界ではゆったりとしたファンタジー世界を味わいながら、読み進めていました。
    博士からの種明かし後、2つの世界が見事にシンクロし始めて興奮しました。
    また百科事典棒はミクロの中の無限な世界に惹き込まれてしばらく思い巡らせてしまいました。
    あと24時間ほどで心を失ってしまう主人公(in ハードボイルド)の、自分の運命についての考え方や受け入れ方、残された時間の行動はとても丁寧で好感が持てました。
    私だったら限られた時間で何をすれば良いのかわからずパニックになると思います。
    "「人間の行動の多くは、自分がこの先もずっと生き続けるという前提から発しているものなのであって、その前提をとり去ってしまうと、あとにはほとんど何も残らないのだ。」"
    と思いつつも、彼は彼なりの無駄のない素晴らしい最後のときを過ごしたと思います。
    また自分を失うことや死を近くに感じると、人間は無意識のうちに、幸せ探しをして些細なことにも感動するのかもしれないなと感じました。
    "「ボブディランって少し聴くとすぐにわかるんです。」
    「ハーモニカがスティービーワンダーより下手だから?」彼女は笑った。…
    「そうじゃなくて声が特別なの。」
    「まるで小さな子が窓に立って雨降りをじっと見つめているような声なんです。」
    「良い表現だ」"

    いよいよ残り時間あとわずかとなったとき、日比谷公園でビールを飲んで芝生の上で過ごして、自然の美しさに触れたとき、初めてこの世界に未練を感じていたのは切なかったです。

    一方で、世界の終わりの僕は、影と一緒に街からの脱出計画を企て、この街から出て本来の自分を取り戻し、正しい世界で生きて死ぬんだと決心します。ただ、彼はこの街に居心地の良さを感じて好きになっており、それに何より愛する彼女と離れなければならないことに苦悩します。
    彼女の心を取り戻すためのキーが、音楽だったこと、手に入れた手風琴で音を探し続けて、探し出したメロディが『ダニー・ボーイ』だったところは素敵だなと思いました。
    "「ここには何もかもがあるし、何もかもがない。そして僕は僕の求めているものをきっとみつけだすことができる」
    「私の心をみつけて」"

    その後、ハードボイルドの主人公が晴海へ移動し、海の見える人気の少ない場所に車を止めて、ボブディランをリピート再生し、自分の人生に祝福を与えるところ、彼が出会った人々にも祝福を与えようとするところ、目を閉じて最後の瞬間を迎えるところには美しさを感じました。
    "「太陽の光が長い道のりを辿ってこのささやかな惑星に到着し、その力の一端を使って私の瞼をあたためてくれていることを思うと、私は不思議な感動に打たれた。宇宙の摂理は私の瞼ひとつないがしろにしてはいけないのだ。
    私はアリョーシャカラマーゾフの気持ちがほんの少しだけわかるような気がした。おそらく限定された人生には限定された祝福が与えられるのだ。」"

    博士は主人公に、新しい世界には彼が失ったものがあり、それを取り戻すことができると伝えます。
    彼が失ったものとはなんなのか、それは愛だと思いました。
    世界の終わりの主人公は、図書館の彼女に向かって真っ直ぐに、愛していると告白し、彼女が居ない世界で生きる意味はないと感じて、街から出ることを拒否しました。
    愛の力は偉大です。人は愛のある世界で幸せを感じ、愛の中に生きる希望を見出すのだと思います。
    "「君は今、心というものを失うことに怯えておるかもしれん。私だって怯えた。それは何も恥ずかしいことではない」
    「しかしあんたはその世界で、あんたがここで失ったものを取り戻すことができるでしょう。あんたの失ったものや、失いつつあるものを」
    「あんたが失ったもののすべてをです。それはそこにあるのです」"
    "「私はこれで私の失ったものを取り戻すことができるのだ、と思った。それは一度失われたにせよ、決して損なわれてはいけないのだ。私は目を閉じて、その深い眠りに身をまかせた。ボブディランは『激しい雨』を唄いつづけていた。」"

    この作品に限らずですが、村上春樹作品は、ストーリーだけではなくて、表現力と言葉の丁寧さに魅了されます。
    読み終わったあと、良い時間をもらえたなぁと思いました。

  • ストーリー云々以前に、やはり表現の一つ一つがいちいち面白い。
    余りある表現の中から自分の好きな表現をいくつかでも心に留めておけば、それだけで村上春樹の小説を読んだ意味があるんじゃないかと思う。

    個人的には〈世界の終わり〉の僕が心の存在や影の意味を知り始めてからの話や〈ハードボイルドワンダーランド〉の私が自分の生の終わりを意識して最後の1日を過ごすシーンが素敵だった。
    2人の主人公が自分の殻を突き破って世界の美しさをしっかり見つけている様子がよく描かれていて、そうなる前と後で世界は変わっていないのに見え方がこんなにも違うのかと考えさせられた。
    世界が変わらなくても自分の考え1つで捉え方がこんなにも変わる、というのは現実でも案外そうなのかもしれない。

    また、〈ハードボイルドワンダーランド〉の地下で繰り広げられる場面などは、暗闇という他の情報がなく表現が難しいだろう状況をよくもまあここまで文章で伝えることができるなあと感嘆としてしまう。
    どんなに突拍子のないシーンでも表現の多様さでありありとシーンが思い浮かべられる凄さが村上春樹がファンを熱狂させる理由の1つだと思う。

  • 物語の終わり、世界の終りに窓の外を見ると雨が降っていた。

  • 完読したのは20年振り。
    どうでもいいディティールしか覚えていなかったので、かなり新鮮に読んだ。

    まずは、このつの物語の主人公、私と僕が、同じ人物だってこと、すっかり忘れていた。
    だって、ねじまき鳥クロニクルも、カフカも、1Q84も、いくつかの物語が交錯したイメージだったから。。

    それから、博士の言ってることがよく分からなくて手こずったww

    どちらの世界も素敵なエピソードと、困難に溢れているけれど、やはり世界の終わりの、美しさは特別かしら。図書館の彼女の夢が優しく光るシーン、そしてその夢を読む所は美しかったなぁ。

    春樹節と、スプートニク並の素敵かつエキセントリックな比喩の数々に惚れ惚れする。以下

    *夏の朝のメロン畑に立っているようなにおいだった。

    *サンドウィッチを食べているときの老人はどことなく礼儀正しいコオロギのように見えた。

    *わたしはたまに街に出るたびに、十一月のリスみたいにこまごまとしたものを山ほど買いあつめてしまうのだ。

    *私は地球がマイケル・ジャクソンみたいにくるりと一回転するくらいの時間はぐっすりと眠りたかった。

    *私はだいたいにおいて春の熊のように健康なのだ。

    *海底の岩にはりついたなまこのように、私はひとりぼっちで年をとりつづけるのだ

    *私は水路標識灯の底についたおもりのように暗く愚かなのだ。

    *時間のことを考えると私の頭は夜明けの鶏小屋のように混乱した。

    *洋菓子屋の店員はもみの木のように背の高い女の子

    *「まるで小さな子が窓にたって雨ふりをじっと見つめているような声なんです」

    *ウエイターがやってきて宮廷の専属接骨医が皇太子の脱臼をなおすときのような格好でうやうやしくワインの栓を抜きラグラスに注いでくれた。

    * 誰も彼もが秋のいなごのように私の豊潤な眠りを奪っていくのだ。


    サリンジャー。
    ツルゲーネフ、ドストエフスキー、サマセット・モーム。
    音楽。
    ボブ・ディラン、ダニー・ボーイ

    やれやれ は、たぶん13回。

  • 村上春樹の長編で一番面白いやつ

    • りまのさん
      雨宮さん
      私も、そう思います。フォローありがとうございました!どうぞよろしくお願いいたします♪りまの
      雨宮さん
      私も、そう思います。フォローありがとうございました!どうぞよろしくお願いいたします♪りまの
      2021/01/31
  • ・ハードボイルド・ワンダーランド
    博士が「私」の頭のなかに仕掛けを施したせいで、組織にも工場にも第三の勢力にも追われることになってしまった。地底の世界ではやみくろに襲われる恐怖も味わった(博士の有能な太った孫娘に助けられた)。
    「私」は博士の仕掛けた時限爆弾で終わりを迎えることになる。それは死のようであり、永遠の生でもあるらしい。「私」はそれを受け入れ、図書館の女性と食事を楽しみ、交わり、わずかな余生を味わう。

    ・世界の終り
    壁に囲まれた街で、自分の影と切り離されて暮らし始めた「僕」。
    図書館の女の子を好きになり、大佐との交流で色んなことを学び、夢読みの仕事もこなして、心のない世界での営みに馴染む「僕」に、影はこの世界からの脱出を持ちかける。
    影と一緒に逃げることにした「僕」だったが、この世界はすべて自分だということを認め、責任をもって残ることにした。影だけが世界の終りを脱出した。

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    「私」の頭のなかにある世界が”世界の終り”で、そこで心(影)のない状態で暮らすと哀しみもなければ喜びもないような永遠の静けさのなかにいられる、ということだったのかな。
    読みながら、ドラクエ6みたいな世界観だな、と思った。

    「ハードボイルド・ワンダーランド編」のやみくろって一体なんだったんだろう。字面から汚れた「のらくろ」みたいな姿をイメージしたけどもっと邪悪な感じなんだろうな。のらくろはかわいい。

    勝手に自分の頭をいじくった博士を許し、自分を好いてくれる女性とまた会えるかのように別れ、自分の存在の消滅を受け入れる「私」。
    自分ならもっとジタバタするだろうし、間違いなく感情的になってしまうと思う。自分が世界から消滅する時、かっこつけていられることがハードボイルドなのかな。だとしたら自分にハードボイルドは到底無理だなあ。

    「世界の終り編」の心のない人たち、彼らの暮らす街は無意識の「私」が作り出したユートピアだったのだろうか。はたまたディストピアか。
    どちらにせよ、影と別れて街に残った「僕」は苦労するだろうな。もちろん、影もまた然り。

    「ハードボイルド・ワンダーランド編」でやみくろの国から地下鉄へ抜け出す直前に「私」が見た古い革の靴。あれは影の履いていた靴だったのかな、”世界の終り”を出られてすぐに電車に轢かれたか、やみくろに襲われたのかな、と思った。
    もしくは靴は何かの暗喩だったのか。よくわかんないぜ。

    話のなかにはいくつもの暗喩があったんだろうけど、何もわからずに素通りしてしまった。そんな自分を悲しく思いつつも、悲しいということは心がある、ということで、つまり自分には影がいるということなのだと実感する。

  • 日本近代文学館にあるBUNDANという名前のカフェに「ハードボイルド・ワンダーランドの朝食セット」という、この物語の「ハードボイルド・ワンダーランド」における主人公の最後の晩餐(朝食)を模したメニューがあるのです。
    私はその時、まだこの小説を読んだことがなかったのですが、最後の晩餐だなんて主人公は死ぬんだろうか、とか、いろいろ想像しながら食べました。食べてから、気になって、小説を読んでみました。
    納得のいく結末でした。先に現実世界で主人公の最後の晩餐を疑似体験できて、ラッキーでした。

  • 生きるって・・・疲れません?
    くだらないことで一喜一憂して、そりゃあ辛いと思いますよ。この無駄に感受性の高い心を捨てられたらどんなに楽か、と何度思ったことか。

    でも。逃げられないんだよ・・・
    いや、正確には逃げてはいないのだ・・・

    村上春樹の本から生きる希望・・・なんて綺麗事ではなく、「向き合うしかないんだ」との現実的なメッセージを幾度も受け取っては明日を生きる糧にしてきたわけですが、本作もまさにこれ。

    現実を受け入れて生きなければならないのだ。


    「ハードボイルドワンダーランド」の現実の世界では実際読んでても嫌な気持ちになるシーンが目立った。
    とくに、蛙を踏み潰すシーン、首を傷つけられるシーン。
    そんな生々しい描写も生きる証を引き立たせている。

    しかし、村上春樹の本の登場人物はなぜ揃いも揃っていい意味でマイペースなのだろう?
    1人ぐらい反面教師の意味でも生き急ぎキャラがいてもおかしくないのでは。

    まさか死を宣告されても人様のためにコインランドリーに行くとはね。

    穏やかさの提唱に、いつもハッとさせられる。



    とにかく、かなり深い。
    今まで読んできた村上春樹作の中でも「意味がわからない」より「とりあえず深いことだけはわかる」との声が多く寄せられる作品なのではないかと思う。




  • 静かで美しい 世界の終わり に
    とどまることを 選択したのは

    しょうがないこと。

  • 処分する前に読む母の村上本 その⑦
    若かりし頃に読んで村上春樹の小説の中では
    好きだった記憶があるものの内容はさっぱり覚えておらず
    本当にこんなめんどくさい小説を読んだのだろうか

    レビューを書かれているみなさんは
    一字一句飛ばさず読まれているのですよね
    私にはできませんでした(たぶんかつての私も)
    この世界のカラクリを早く知りたくて
    細かな描写や暗喩をすっとばしてしまいたくなる
    結末にたどりついても決してすっきりなど
    しないことはわかっているのに
    先を急いでしまうのだ

    壁に囲まれた「世界の終わり」には
    戦いも憎しみも欲望もない完璧な世界
    一見とても満たされた平和な世界のように思えるが
    それは逆に喜びや至福や愛情がない
    絶望や哀しみがあるからこそ喜びは生まれるんだ
    と影は言う

    つまりそれは私たちの人生ってことなのか

    他の方のレビューで「ノルウェイの森」との関係が書かれたあった
    次に読む作品が決まった

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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