1Q84 BOOK 1

著者 :
  • 新潮社
3.78
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本棚登録 : 22208
レビュー : 2197
  • Amazon.co.jp ・本 (554ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103534228

感想・レビュー・書評

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  • これまでに読んだ村上春樹作品全てに言えることなんですが、

    平坦でアッサリとした文章、やや難解な幻想的なファンタジー描写、妙にしつこい性表現、癖が若干ありすぎる登場人物達、作中出てくる小物や音楽などから漂う気取った空気感、隠喩か比喩か良く分からないが何かを表現しようとしているが結局サッパリなテーマ性。

    などなど、作品がいくつもベストセラーになってますが、
    そのどれも万人向けとは程遠いというか
    正直魅力がサッパリ分からない、という感想をば

    ストーリーが面白いとかそーいう単純な話じゃないと思うんですが
    うーん

  • くっだらない三文小説。

    しょーもなっ!

    村上春樹は、外国小説をたっぷり読んで、売れる小説の書き方を、よく知っている。

    だけど、ここには何のリアリティもない。

    オウム真理教、ヤマギシ会、全共闘、ゲイ、殺人事件、超能力、エホバの証人・・・・・・・
    これだけ、娯楽性のある大衆向けのネタを使いながら、よくまー、こんなにつまんない小説が書けたものだ。

    中でも、「リトルピープル」なるものは、最も下らない概念だった。

    大衆を常時監視する恐怖政治の象徴としての「ビッグブラザー」に対する、大衆の妬みや嫉みによって形作られる衆偶政治的なものの象徴としての「リトルピープル」だろうと思うんだけど。
    オルテガが洞察した大衆の群像のような。
    でも、そのことが、ぜんぜん上手く描けていなくて、単なる精霊や妖怪みたいな、空想的なキャラクターにしかなっていない。
    「くだらないファンタジー」とは、このことだ。

    呆れて物も言えない。

  • やっと読みましたわーい(嬉しい顔)

    とっても読みやすくて頭にどんどんイメージが沸く文体で、さすがだなぁ。と思いました。

    リトル・ピープルは何者か?気になります。

  • 思ったより面白くなかった。

  • 小説には分かる小説と分からない小説があって、その分からない小説の中でも、

    ・全く意味が分からないし低俗なもの
    ・よく分からないけど何故かいいと思えるもの

    の二つが私の中であって、村上春樹さんの本は後の方です。
    今回のは以前読んだ本よりは内容がよく分かるし、興味がもてる内容だとは思いました。
    だけど登場人物や、その言動がやっぱり普通じゃないな・・・と思う。

    このお話では2人の主人公が出てきて、2つの物語が交差して進んでいきます。
    一人は若く美しい女性。
    もう一人は小説家志望で塾の講師をしている中年男性。

    女性の方は書いてしまうとつまらないので、何をしてどういう行動をとったという事は書きませんが、宗教の信者である両親に育てられた過去のトラウマをかかえている。
    そしてその女性は、振興宗教の集団によりひどい虐待を受け心を閉ざした一人の少女と出会う。

    男性の方は、新人の小説を選考する際、応募してきた作品の文章の手直しを編集者に頼まれる。
    そしてその小説の作者である少女と知り合い、その少女がある宗教団体に関わっていたと知る。

    という形で、この1巻の最後は2つの話がひとつの話にまとまっていく過程まできました。

    この人の本はタイトルから会話、登場人物の行動、服装、全てが村上春樹流で、とにかくセンスがいい。
    ひとつのポーズになるくらいに。
    1Q84って多分1984年の事だよな・・・と読んでて思ったんですが、それを暗号っぽくQを入れたりするあたりがオシャレというか・・・。
    だからそうやって出てくるものがブームになったりするんだろうと思います。

    ・・・と何だかんだ言いながら続きがどうなるか気になるので2巻も読んでみます。

  • 海辺のカフカ、ねじまき鳥クロニクル、世界の終わりとハードボイルドワンダーランド。そして、1Q84。

    この4編の中では、はっきり言って一番読む手がなかなか進みませんでした。
    先に多崎つくる読んじゃったくらい。
    多崎つくるでも思ったけど、また春樹さんの変革の時期なのかなーと。
    河合さんとの本で、デタッチメントやアフォリズムがあって、物語をつくるという段階を経て、そこからまた変わった、
    みたいなことをおっしゃられていたけど、本当に春樹さんの小説はどんどん変化していってる感じがします。

    とてもアグレッシブな人だなぁ~と、感心してしまうほどに。
    いつも、なにかしらの挑戦をしているという印象を強く受ける。
    1Q84も、アンダーグラウンドというバックグラウンドがあってこそ、というかんじがして、執念みたいなものすら感じる。

    ただ、物語自体は失速気味かなぁ・・・と。。。
    BOOK2への布石がいくつかあったので、2はもう少し加速できるといいなぁ、と思います。

  • 本が出てから随分経つし、書評も多くあるだろうから感じたことだけを記述する。
    僕が感じたのは「麻痺感」だ。プロットは単純で出てくる人も少ない。それなのに繰り返しの多さ、そして同じ単語の連続的出現。僕はこのBOOK1だけで、2年分くらいの「耳の形」「アイスピック」「レイプ」「乳首」「おちんちん」「ペニス」「射精」「睾丸」「陰毛」「カルト」という字を読んだ。不思議なもので最初は「?」という違和感があったが、そのうちに慣れてくる。そうすると読み飛ばしが多くなる。スピードが上がるが、内容をしっかりと覚えていない。ただ、天吾と青豆に通じることだけが、文字に埋没した物語から浮かび上がってくる。読む意識が麻痺したせいで平面となった世界の中から浮上する絆が立体となって浮上する。二人とも質素に、責任を持たず、そしてひっそりと暮らしながらも、見つけられることを願っている。

    もう一つは、これまでの「村上春樹の本」というイメージを持って読むと大抵読みきれないということだ。これはこれまでのいわゆる「ハルキスト」達にとっては、受け入れがたい文章ではないだろうか。僕はハルキストではないけれど、彼の本は少し読んでいてその先入観のせいで4回挫折した。それも全部119ページ目で。僕の中で2年時間をおき、ようやく読みすすめれた。だから「はまった」という人と「読みはじめて数ページで本を閉じた」人にわかれるのではないのだろうか。過去の村上春樹が好きだで生じた先入観があってはきっとこの話はしっくり来ない。ただでさえ彼の本は好き嫌いが分かれるのに。

    物語の構造は、まさにヤナーチェクの「シンフォニエッタ」のようだ。派手にスタートし、似たようなメロディーの繰り返しと追いかけと転調。そして時々でてくる妙にずれた旋律。メロディは主人公達、ずれた旋律1984年ではない「1Q84」の世界。多くは共通してるが少しずれている世界。この後、主人公達はシンフォニエッタのように主旋律と副旋律をどう行き来するのだろうか。どう彼らは自分達の音を奏でるのだろうか。

    さて、ここからは勝手な想像。この作品は、先に書いたとおり、メジャー受けを目指して書かれたものではない。彼自身ずっと大衆受けする人ではないし、大衆受けする作品を書いているつもりは無いだろう。どちらかというとマイノリティに近いと思う。ただ、世間は、読者は違う。彼の世界に惹かれた人は数多く存在し、実際ノルウェイの森は430万部、この1Q84も在庫切れが当初話題になっていた。マイノリティなのに世間ではマジョリティ。
    そんなマジョリティたちをもう一度ふるいにかけるようなのがこの本だ。好きなら読めばよいし、嫌なら読まなくてもよい。勝手に期待するのは自由だが、がっかりしたことを押し付けないで欲しいというような気持ちが見える。
    世の中変わらないものはないし、変わるのが当然だ。
    だけど、著者の中で変わらないものはずっとある。それを感じた人たちはきっとこの本を楽しむことができるのではないだろうか。
    大衆に自分の意図とは違い、崇拝された「村上春樹の作品」というカルトに近い存在を壊すという思いはあるかないかは知らないけれど、読者は書き手の出したものを読む受動者でしかなく、それこそ表面上でわかったような顔をして本を読むことは危険極まりないことなのだ。情報がこれだけネットで氾濫する時代、情報発信者は誰でもビッグブラザーになりえるのだ。

    そしてもう一つ興味深いのは、平家物語の口述とディスクレシアの存在だ。物語は字でかかれる必要は無く、語られるものであること。「文学」は「文字」で伝わるのではなく、文字は表現手段の一つにしか過ぎないということ。そう、物を語ることの重要性を改めて「文字」で表現した、彼の否定と肯定と物語への愛を勝手に感じた。余計なお世話だろうけど。

    さて、次はBOOK2、そしてBOOK3へと。まだ物語は始まったばかりだ(BOOK1でも500ページ近くあるのに)。麻痺した僕の脳はどれだけ、彼の世界を浮かび上がらせることが出来るか。これから先が楽しみだ。

  • 「ものごとには必ず2つの側面がある」「良い面とそれほど悪くない面がある」

    久しぶりに村上春樹氏の本を読みましたが、あいかわらず疲れる本であることは間違いありません。

    ただ、ひとつ言えることは読み始めてしまえばかなりの速度で深く深く沈んでいく感覚です。

    冒頭に書いたセリフは文中に出てくる一言です。
    主役がとある人物を紹介するために引用した一言ですね。
    まだ、1冊めということもあり、断言する事はできまえせんが、なんとなくこれは物語の着地を予期しているように思えます。

    物語は一見して、村上春樹氏独特の複雑かつ不思議な世界へ進んでいきます。
    そして、話の早い段階で感じる少しのズレが大きくずれ始めることになりました。大きくずれていきながら、通常の世界ともつながっている、読んでいる私も少しずつ登場人物と同様にずれていく世界にハマり込んでいきます。

    この先は是非読みながら感じていただきたい、大きな違和感です。

    私の感想は全話読んでから感想を言いたい。現在までの不思議な感覚はやはり圧巻です。
    いつもよりも時間がかかる読書になりましたが、非常に次を読みたいいい本かと思います。

  • 有名すぎると、遠慮してしまう。もし、自分が面白いと思えなかったらさみしいから?みんなに同調するのがかっこわるいような気がするから?
    ねじまき鳥は1巻だけ、読んでみた。印象が強烈過ぎて、続きが読めなくなった。面白いと思っているのに、そんな本て、思えばはじめてかもしれない。カフカを買った。でも、本棚に鎮座したまま。1Q84、こわいから図書館で借りてみて、1,2と読み続けた。そして、ようやく、村上春樹のすごさに気づく。

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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