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Amazon.co.jp ・本 (512ページ) / ISBN・EAN: 9784103534242
みんなの感想まとめ
独特の比喩表現と深いテーマが織り交ぜられた短篇小説集は、読者に新たな視点を提供します。著者自身が短篇と長篇の違いについて語る前書きが印象的で、作品の魅力を引き立てています。特に、シーツの皺を直す仕草や...
感想・レビュー・書評
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村上さんの短篇小説はいい!
前書きで、村上さんにとっての短篇小説と長篇小説の位置づけみたいなのが語られていて、それもとても印象的。 -
村上春樹の比喩表現がおもしろくて好き。シーツの皺を直すみたいに口の端をきゅっとひっぱって微笑む仕草、だとか、彼の耳たぶはちょうど今焼きあがったばかりのマドレーヌのようにふっくらしていた、とか。
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外国の読者向けに編まれた短編集、第二弾。
「東京奇譚集」がまるまる入っているのですが、当時、読んだときよりもしっくりきました。
初期の短編のほうが好きだ!と思っていたのに…年をとると好みも変わるようです。
とくにお気に入りは、
「めくらやなぎと、眠る女」
p.28 やらなくちゃいけないことなんて、どこにもひとつもない。でもここにだけは、いるわけにはいかないんだ。
「スパゲティーの年に」
p.261 「だから今ちょっと、手が離せないんだよ。スパゲティーが絡んじゃうから」
「ハナレイ・ベイ」
p.403 「女の子とうまくやる方法は三つしかない。ひとつ、相手の話を黙って聞いてやること。ふたつ、着ている洋服をほめること。三つ、できるだけおいしいものを食べさせること。簡単でしょ。それだけやって駄目なら、とりあえずあきらめた方がいい」
あと、プーランクがゲイだったという新発見。(「偶然の旅人」より) -
ハイ、私はここ数ヶ月でどんどん村上春樹を好きになっている。これはもう否定のしようがない。
25年前にノルウェイの森を読んだ時はめちゃくちゃ苦手やったのに。そこからほとんど村上作品には手をつけられずにいたのに。
日本での散々な言われよう、叩かれように嫌気がさして海外で生活しながら執筆を続けていたという村上春樹。そんな時に何を思っていたのか、どこまで自身を振り返り、日本のそんな人たちをどんな思いで海外から見ていたのか。なんとなくこの短編集を読むと分かる気がして。苦しみや葛藤を乗り越え、海外で日本での人目や批評を気にしない生活では何が見えたのか、聞こえたのか、浮かんだのか。
ラストがモヤる短編がほとんどだけれど、嫌なモヤり方ではない。村上春樹が読者に向けてニヤっといかにも笑ってそうだなと。
ワールド、村上ワールド全開で、いつのまにかそのトリコになってる自分に気づいてこちらもニヤリ。
本はストーリーの面白さがいちばん。グイグイ引き込まれる勢いが文体にも会話にもストーリーにも欲しい!派だったけれど、村上作品に限ってはそこを求めずとも、なんか好きやなと思いながら読めてしまう自分がいて嬉しい発見だった。
全編通してとても美しい比喩が無数に散りばめられていて、それを読む(眺めると言った方が良いかもしれないほど美しい表現)だけでも価値ある短編集。
表紙もすごくかわいい。
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過去に読んだ短編もあり、やはり村上春樹は良いなと痛感させてもらいました。
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村上春樹苦手だったが、この短編集はすっと入ってきた。日常の描写や感情の描写が目に浮かぶ又は実感として感じられる所が良かった。
表題の『めくらやなぎと眠る女』の難聴のいとこへの彼の小さな苛立ち
『我らの時代のフォークロア〜高度資本主義前史』の藤沢嘉子の彼が求める「肉体的一体感」への対応。決めたものはどうしてたか崩せない。周りが何と言おうとそれを崩したら、自分の中で何かが変わってしまいそう。でも、彼の要求も受け入れたい。受け入れない自分は彼に悪い事をしている気がする。そして苦肉の策。 -
二月にNHKブックレビューで、高泉淳子さんが薦めていて
すぐ予約して、3ヶ月以上待ち、ようやく手に入りました。
ちなみに高泉さんも、昨年マイミクさんに教えてもらって
劇的な出会いを感じた女優さんで
夏に舞台を見に行きました。
今年村上春樹氏の読者にデビューして、
「ノルウェイの森」「ねじまき鳥クロニクル」に続いて
三作目になります。
先の二作は長編なので、続きが気になって
だんだん本に束縛される日が増えてしまったのです。
今回は短編24作品なので、のんびり読めるかなと思ったのですが
結局面白くて、「次はどんな話なんだろう」と気になって
だんだん加速がついて読書時間が増えてしまいました。
ノルウェイの森のときもジャズの形式のように思うと書きましたが
私にとって彼の文は本当にJAZZのアドリブのようです。
PIANOを何年も弾いて、何曲も弾いてきたのに
JAZZのアドリブは私の知っているピアノの鍵盤以外の鍵盤があるようです。
ただ順番が違うだけなのに。
そして村上氏の文章も、私の知っている日本の字が並んでいるだけなのに、まるで思いつかないところに表現をもっていく。
でもJAZZも村上氏もその流れがとても心地よいし、共感してしまうのです。
全部面白かったけど、【偶然の旅人】を読み終えた直後
本当に偶然、驚くべきできごとが起こったことをここにメモしておきます(メモできない) -
村上春樹の短編集です。1990年代から2005年あたりまでに書いたまたは書き直したという24のお話が収められています。村上さんご自身も序文にあたって短編小説は心の墓標のようなものと述べておられるように、これまでの長編小説と短編小説は作品を作り上げていく上で密接に結びついているようです。
村上作品の長編を全部を読んだわけではないのですが、確かにこのひとつひとつの短いお話を読んでいると自然に以前読んだ小説の一部分が呼び戻されます。あの小説の雰囲気だなあとか、この人はあの人物のようだと思いながら読んでいました。この中で「スパゲッテイ-の年に」の終りの文が至極詩的で素敵でしたのと「七番目の男」は大震災での大津波を予言したような情景だったので、印象に残りました。 -
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『象の消滅』とセットで読みたくなる。
何回も読めるのは良い短編集だと思う。 -
安心して読める。文章が文章としてではなく概念として、私の頭の中へと伝わってくる感じが心地よい。この人ほど読みやすい文章を書く作家は、今の日本にはいない。東京奇譚集の作品はとくに1Q84っぽい。充実。
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村上春樹さんの言葉の選ぶセンス、言い回しや比喩は本当に天才的であると感じる。
「その一文を伝えるために、その短編小説が書かれたのかなだろな」と感じるものがあり、その言葉の使い方や導き方がとても心地よかった。
作品内容は過去の数種類の短編集をニューヨークの出版社がアメリカで発行するために抜粋したもので、その全てが素晴らしかった。
あえて好きな順位をつけさせて頂くなら。
全24作品
1、偶然の旅人
2、我らの時代のフォークロア~高度資本主義前史
3、ハナレイ・ベイ
4、トニ-滝谷
5、ハンティングナイフ -
旅に出る時はいつも村上春樹 持参です。今夜もついつい夜更かししちゃいました。
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村上春樹は実に不思議な作家だ。短編などいちいち感動しながら読んでるくせにその内容は次々と記憶の器からこぼれていく。
これだけ厚い短編集だと、最後まで読み終えると最初の話は何ひとつ覚えていない。そしてまた読み返す。また新しい話を読んでるように新鮮だ。
内容を思い出すが、単なるリピートではなくてまたいくつもの新たな発見がある。
無人島に一冊だけ小説を持って行っていいといわれたらまよわず村上春樹の短編集だ。何度読んでも何度でもかみ締められる。
なんでそんなことができるかというと、たぶん彼の小説は完結しないからだ。終わってない。締めてない。結論が見えてこない。
本題とはかなりはずしたところでフッと力を抜いて話が切れている。
この本のタイトルとなっている「めくらやなぎと眠る女」は、いとこの耳の治療につきあって病院まで出かけ、かつてその病院へ行った日のことを思い出す。友達の彼女が入院していたのだ。その彼女が作っためくらやなぎについての詩をそこで思い出す。
丘の上に小さな家がある。その家には女がひとり眠っている。
家のまわりにはめくらやなぎが茂っている。
めくらやなぎが女を眠り込ませた。・・・・・というもの。
友達と彼女のエピソードを思い出しながら、いとこを待つ。
もどってきたいとこが映画「アパッチ砦」の話をする。インディアンを見かけた将軍にジョン・フォードが、「インディアンを見かけたというのは、つまりインディアンはそこにはいないということです。」と言ったというもの。
やがて帰りのバスが来て、いとこが僕に「大丈夫?」(たぶんこのバスで大丈夫かという意味)と聞き、僕はいとこの肩に手を置き「大丈夫だよ。」と言った。
・・・・・意味深いでしょ。余韻たっぷりでしょ。
現実離れしすぎてないけど現実ではない。どこか遠い世界の話みたいだ。
2023年再読
「バースデー・ガール」
二十歳の誕生日にアルバイト。オーナーの老人から、プレゼントとしてひとつだけ願い事をかなえてあげよう。と言われる。結局彼女が何をお願いしたのかはわからないが、願い事がかなえられたかどうかはまだ結論が出てないらしい。
「私が言いたいのは」と彼女は静かに言う。「人間というのは、何を望んだところで、どこまでいったところで、自分以外にはなれないものなのねっていうこと。ただそれだけ」
二十歳の私は誕生日に何をしていたでしょう。願い事をひとつと言われたら何をお願いしたでしょう。願い事がかなえられていたとしても、今の人生とあまり変わりはなかったと思う。
「人喰い猫」
1986年ごろ、専業作家になりたての春樹先生はギリシャ、イタリアで過ごしながら「ノルウェーの森」と「ダンス・ダンス・ダンス」を書き上げた(遠い太鼓より) 。季節外れのリゾート地の裏寂しさを思い返しながらこの短編を書いたのかしら。英語で書かれた新聞記事を訳しながら奥様に読んであげていた(とあったような‥)。いいなぁ。春樹先生の翻訳を独り占めできるなんて贅沢!短編のなかでは、新聞記事の内容が死んだ飼い主をむさぼり食う猫たちの話なんだけどね。しかも登場する男女の設定は、ダブル不倫の果てになけなしの金でギリシャにやってきて、つましく生活するうちに女の方が蒸発してしまうという救いようのないもの。
死んだ飼い主を食っちゃう猫って、本当にいるらしいですよ。
「蟹」
「野球場(回転木馬のデッドヒート収録)」という短編の中に、自分が書いた小説を読んでくれと原稿を送ってきた青年が出てくる。その内容は、シンガポールで蟹をたらふく食べ、夜中に吐いて便器をのぞいてみると、嘔吐物に白い虫が混入しておりうごめいていたというグロテスクなものだが、その話をひとつの小説として立ち上げている。自分は苦しんでいるのに、同じものを食べた彼女は平気な顔して寝ている。もうこの女とはうまくやっていくことはできないだろう。というもの。 -
懐かしい感じがする。
この景色、どこで見たんだっけ、あの匂いがしてこんな明るさで、というような感覚が更新されて、あらたに色が加わる感じ。
職業というのは本来は愛の行為であるべきなんだ。便宜的な結婚みたいなものじゃなく。 -
今のところ、村上春樹短篇集では一番好きかも!
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幻想的な物語が多く、冬にぴったり。
著者プロフィール
村上春樹の作品
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感想 :

http://www.eurospace.co.jp/BWSW/
Saules ave...
http://www.eurospace.co.jp/BWSW/
Saules aveugles, femme endormie (2022) - IMDb
https://www.imdb.com/title/tt9320184/
Pierre Földes
https://www.pierrefoldes.com/
村上春樹初の原作アニメ「めくらやなぎと眠る女」、正直な感想は「すごく面白かった」 - 映画ナタリー(2024年6月15日)
https://natalie.mu/eiga/news/577954
> ネコさんは結構物知りのようだから
ハズレ!猫は、"物知り"ではなく"物好き"なんです。
で、ハルキストのコトはよく判り...
> ネコさんは結構物知りのようだから
ハズレ!猫は、"物知り"ではなく"物好き"なんです。
で、ハルキストのコトはよく判りません。いつ頃からでしょうね~
で、調べてみました(結論は出てませんが)
2000年に朝日新聞出版から出た「『そうだ、村上さんに聞いてみよう』と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶっつける282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか?」には自称する方が居てそうな気がする。
でも2001年に學藝書林から出た「20世紀のベストセラーを読み解く:女性・読者・社会の100年」にある佐々木さよの「村上春樹『ノルウェイの森』-女性読者とノルウェイ族現象」(未読)は『ノルウェイ族』ですね。。。
1990年に河出書房新社から出た山崎浩一の「書物観光」(未読)に、『ハルキスト』と言うフレーズがあるようです、、、と言うコトは講談社から出た「ノルウェイの森」1987年以降かしら?
>猫は、"物知り"ではなく"物好き"なんです
なるほど。
確かに、"物知り"より...
>猫は、"物知り"ではなく"物好き"なんです
なるほど。
確かに、"物知り"より"物好き"の方がネコさんっぽい感じがしますね(^^ゞ
ただ、今回のこともそうですけど、"物好き"の人はいろいろツッコんで調べたりするので、結果的に"物知り"な気もします。
>いつ頃からでしょうね~
AIに訊いてもわからないみたいなので、「それについて書かれたものがない」ってことなんでしょうね。
ただ、「ネットコミュニティの中で発生した言葉なのでは?」ともあったんで、90年代後半くらいに生まれて、村上春樹の人気が高まるにつれて徐々に浸透していき、何かのタイミング(例えば『1Q84』が出た時にニュースで使ったりして)一気に一般化していったんじゃないかな?と思いました。
>『そうだ、村上さんに聞いてみよう』
>自称する方
「◯◯キスト」というと、思い出すのは「サユリスト」。あとは、「サンキスト(それは違うw)」くらい?(^^ゞ
「サユリスト」は団塊の世代から70代ということですから(ウィキペディア)、そう考えると、デビュー作が出た後、80年代初めから『ノルウェイの森』が流行った80年代終わり頃に、吉永小百合世代の出版関係の人たち辺りが使い出したってことはあるのかな?って思いました。
自分が村上春樹の本を最初に読んだのは、88年の初め、流行っていた『ノルウェイの森』ですけどw、その後、村上春樹というと、90年代の始め頃、同僚が大学生のバイトと村上春樹を語り合っていた時なんですよね。
その同僚というのは、やたら優秀な人だったこともあって、それを傍で聞きながら、「なんだ、コイツ。実は村上春樹とか好きなダサいヤツだったんじゃん」と密かにほくそ笑んでたんですけど(爆)
彼というのは、中学高校は東京の有名私立校に通っていて、某国立大の文学部出なんです。
それを踏まえると、東京の頭のいいヤツが集まっている学校出身で、文学部に進んだような人たちの間では、80年代くらいには村上春樹をもて囃すカルチャーがあったのかもしれないですね。
ちなみに彼と村上春樹を語り合っていたバイトは、3流大学の学生wだったんで。90年代の初めには、(「ハルキスト」という言葉があったかはともかく)村上春樹を読むのはカッコイイこと、という風になっていたのかも?
ちなみに、その頃自分は海外ミステリーに染まってたので、村上春樹がどんな本を出しているかなんて全く知らなかったです。
>女性読者とノルウェイ族現象
「ノルウェイ族」という言葉の響きは、村上春樹よりも、北欧のヌーディストとかフリーなんちゃらの方が思い浮かんじゃいますね(^^ゞ
個人的に『ノルウェイの森』というのは、あの頃の日本(人)に向けた村上春樹の皮肉なんじゃないか?と思っているんですけど。
もしかしたら『ノルウェイの森』というタイトルはビートルズの曲じゃなくて、(嘘か本当か70年代に日本で言われてた)北欧のヌーディストやフリーなんちゃらをイメージしているのかもしれないな?なんて思いました。
>山崎浩一
その方がどういう人かわからないんですけど、ウィキペディアを見ると、今年70歳のようですね。
ということは、やっぱり「ハルキスト」の出どこは「サユリスト」と同じく団塊の世代や今の70代くらいの人たちなのかな?
いずれにしても、面白くも愉しいコメントありがとうございました。