1Q84 BOOK 3

著者 :
  • 新潮社
3.74
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本棚登録 : 16418
レビュー : 1751
  • Amazon.co.jp ・本 (602ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103534259

感想・レビュー・書評

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  • 等閑にうんざり。または、パチンコやバラエティ番組との相似          

     一気に読める。洒落た会話に、視覚的な情景描写、ブランド名や性的な事柄も遍在し、暴力や醜悪さの露出もあり、手軽に「文学的な気分」を楽しめる。チャンドラーの洒落た会話、アーヴィングの露悪的な人物描写、その他翻訳小説の影響らしき文が垣間見え、パチンコのリーチ予告のような快感もある。BOOK1、2の読後に「で?」と思った気分は解消しない。あのノルウェイの森の頃から、もう四半世紀。それなりに笑わせてくれるが、風刺も機知も無く、顔見知り同士のお決まり冗句しかないバラエティ番組を、延々と見続けているような気分だ。
     一九八〇年代に読書好きもしくは単に本屋に通う者にとって、村上春樹は看過しえない事件だった。英米文学の書棚には一九八一年から彼の訳書が増殖しつつあったし、一九八七年には、どうやっても、赤と緑の商業的に合理的な装丁のあの本からは逃れようが無かった。チャンドラーはともかく、フィッツジェラルドとアーヴィングに関しては、村上春樹訳のおかげで、出会えたかもしれない恩はある。

    「どうもありがとう。村上春樹先生」

     とはいえ、説教であれ、教養主義、自然主義であれ、報道的な観点であれ、経済小説でも、はたまたポルノ小説だったなら尚更、物語は何かを伝える意図を含むべき、と考えると、彼の作品は全く評価できない。相変わらず何も関与していないことは徹底の度合いを増している。その上、性行為の無い妊娠、電話越しでの煙草アレルギー、日本が舞台なのに、皆が英米文学の古典から引用することなど、言っている振りがもっと巧緻になったことは悪質ですらある。。
     積極的に性交しないが結局は女性に求められる男性を格好良くみせる癖も相変わらずなら、NHK集金人や麻薬に関するふざけた姿勢は不愉快だった。プロフェッショナルと記された人物が、仕事中に致命的なくらい饒舌に語り、想い出に浸る場面も多い。そして、流行を散りばめ仄めかしつつ、明確な価値観は示さない。言い訳をしながら行為が積み重ねられる。「いははや」、「やれやれ」、「仕方ない」、「もちろん」。
     何も肯定も否定もしない。彼が好んでいるだろう翻訳対象の作品は饒舌だった。たかだか200年の歴史しか無いアメリカの上流階級に無邪気に憧れたフィッツジェラルドですら、もう少し、世の中に関与した。『金持ちは善だ。僕もそうなりたい』、と。生前に恵まれなかった彼と違い、経済的にも名誉としても恵まれている村上春樹には、最早、富と名声の維持が、主たる関心事項で、そのために小説を発表しているのだろうか。そう穿ちたくなる。何も言わないなら、サリンジャーのように黙っていることはできないのだろうか。
      作中、NHKの集金人が、しつこくしかも不適切に料金回収に訪れる。「村上春樹」自体が、そのような存在だ。本屋で図書館で、僕が病的な読書好きであることを知る他人との他愛無いやり取りにおいて、彼は執拗に扉を叩き続ける。
     繰り返すが、文章は分かり易く、筋立ても魅力的、暇つぶしのネタとしてはよくできている。ただ、再読することもないし、人に勧めることも無い。非常に刹那的で他の刹那的な娯楽同様、恐らく常習性があり、パチンコやTVのバラエティ番組を時間の無駄とするなら、これもそうだと思われる程度に、内容が無い。
     しかし、きっと新刊は手にするだろう。行きつけの書店で、図書館で、TV、新聞で、嫌になる程、見せつけられ、したり顔で語られるなら、手垢が付く前に自分で試すしかない。誰か発明してくれないものだろうか、彼にサヨナラを言う方法を。

    2010/07/06、誤字脱字修正

     等閑にうんざり。または、パチンコやバラエティ番組との相似          

      一気に読める。洒落た会話に、視覚的な情景描写、ブランド名や性的な事柄も遍在し、暴力や醜悪さの露出もあり、手軽に楽しめる。チャンドラーの洒落た会話、アーヴィングの露悪的な人物描写、その他翻訳小説の影響らしき文が垣間見え、パチンコのリーチ予告のような快感がある。BOOK1、2の読後に「で?」と思った気分は解消しない。あのノルウェイの森の頃から、もう四半世紀。それなりに笑わせてくれるが、風刺も機知も無く、顔見知りのお決まり冗句しかないバラエティ番組を延々と見続けているような気分だ。
     一九八〇年代に読書好きもしくは単に本屋に通う者にとって、村上春樹は看過しえない事件だった。英米文学の書棚には一九八一年から彼の訳書が増殖しつつあったし、一九八七年にはどうやっても赤と緑の商業的に合理的な装丁のあの本からは逃れようが無かった。チャンドラーはともかく、フィッツジェラルドとアーヴィングに関しては、村上春樹訳のおかげで、出会えた恩はある。「どうもありがとう。村上春樹先生」

     とはいえ、説教であれ、教養主義、自然主義であれ、報道的な観点であれ、経済小説でも、はたまたポルノ小説だったならなおさら、物語は何かを伝える意図を含むべき、と考えると、彼の作品は全く評価できない。相変わらず何も関与していないことは徹底されている。いや、性行為の無い妊娠、電話越しでの煙草アレルギー、日本が舞台なのに、皆が英米文学の古典から引用することなど、言っている振りがもっと巧緻になった。
     積極的に性交しないが結局は女性に求められる男性を格好良くみせる癖も相変わらずなら、NHK集金人や麻薬に関するふざけた姿勢は不愉快だ。プロフェッショナルと記された人物が仕事中に致命的に饒舌で想い出に浸る場面も多い。また、流行を散りばめ仄めかしつつ、明確な価値観が無い。言い訳をしながら行為が積み重ねられる。「いはやはや」、「やれやら」、「仕方ない」、「もちろん」。
     何も肯定も否定もしない。彼が好んでいるだろう翻訳対象の作品は饒舌だった。たかだか200年の歴史しか無いアメリカの上流階級に無邪気に憧れたフィッツジェラルドですら、もう少し、世の中に関与した。金持ちは善だ。僕もそうなりたい、と。生前に恵まれなかった彼と違い、経済的にも名誉としても恵まれている村上春樹には、富と名声の維持が、主たる関心事項で、そのために小説を発表しているのだろうか。何も言わないなら、サリンジャーのように黙っていることはできないのだろうか。
      作中、NHKの集金人が、しつこくしかも不適切に料金回収に訪れる。「村上春樹」自体が、そのような存在だ。本屋で図書館で、僕が病的な読書好きであることを知る他愛無いやり取りにおいて、彼は執拗に扉を叩き続ける。
     繰り返すが、文章は分かり易く、筋立ても魅力的、暇つぶしのネタとしてはよくできている。ただ、再読することもないし、人に勧めることも無い。非常に刹那的で他の刹那的な娯楽同様、恐らく常習性があり、パチンコやTVのバラエティ番組を時間の無駄とするなら、これもそうだと思われる程度には内容が無いからだ。
     しかし、きっと新刊は手にするだろう。行きつけの書店で、図書館で、TV、新聞で、嫌になる程、見せつけられ、したり顔で語られるなら、手垢が付く前に自分で試すしかない。誰か発明してくれないものだろうか、彼にサヨナラを言う方法を。

    2010/05/04、読了。杉並図書館から借用。

  • 正直、?って感じだし無駄な比喩や回収されない付箋が多すぎて1800ページに近く読み終わって時間を無駄にした感じが否めない…(°_°)
    続編は果たしてあるのか?そこでリトルピープル、シンフォニエッタ、消えた年上のガールフレンド、ドアを叩く謎の人物、などなどの謎が解けるのか…
    村上春樹ファンだけが理解する作品なんてベストセラーではないと思う…

  • Book3は話が進まないなぁという感じ。
    結局何?わからないことばかりだ。
    チョット残念。

  • やっと読み終えたわよ~。
    なーんかすっごい読むのが苦痛な本だった。
    BOOK1と2はすいすい読めたんだけど、BOOK3は最初の400ページがなかなか話が先に進まなくて、もう読んでて超退屈。
    読むのを断念しようかと思ったわよ。
    で、400ページ目以降は、やっと軌道に乗った感じで読めたんだけど、なんとなく先が読めちゃって、面白くも楽しくもない。。。
    そんな中、タマルが出てくると一気にその場の空気が張り詰めた感じになって好きだったな~。

    天吾のお父さんが残した形見の中で天吾にまつわるちょっとした疑問な点があるんだけど、それが解明されてないし、まだリトルピープルの本当の正体がわかったわけでもないし、ハッピーな結末だったけど、まだまだ先がありそうな感じはするね~。
    BOOK4出たら、買うか買わないか迷うとこだな~。

  • 半年掛かってやっと三巻読み終わり。やはり春樹は好きになれない。まぁ、読み切る事は出来るからなんとかここまできたけど。最終巻まだ出てないんだっけ?
    感想としては過度な説明や表現(性的なとこ特に)が見受けられる癖に、本当に言いたい事、伝えたいとこは「自分で感じてね★」って雰囲気がいかにも春樹節。好きな人はこの空気感が好きなんだろうなと理解しつつも、私は苦手。

  • 途中まで読んでそのまま放置していたものを、急に思い立ち一気に読んだ。
    村上春樹の長編は時間のあるときにイッキ読みするのがやっぱりいいなあと思う。

    それにしても謎は謎のまま、BOOK3終了。相変わらず読後感スッキリせず。もやもや。

    BOOK4刊行の噂があるけれど、そんなに待ち遠しくもない、、よう、、な。
    やっぱり、従来の作品と比べてあまり登場人物に魅力がない気がして、のめりこめないのもそれが一番の理由かと思う。


    あ、あと何故かふかえりが登場すると、わたしの頭のなかで相対性理論の曲が鳴る。ふかえりのイメージがやくしまるえつこになってる。

  • 読むのにちょっと時間がかかりました……。よかったねーて感じは感じだけど、解決されてないことが多いというかなんだか腑に落ちない。え? おしまい? みたいな。
    1,2はそこそこ面白かったと思ったし、だからこそなんだか残念な気持ちになった。
    逆に1,2でおしまいのがよかったのかも。いや、それだと中途半端なのかな。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「え? おしまい? みたいな。」
      ですよね、、、
      きっとBOOK4が書かれるんだと思います!
      「え? おしまい? みたいな。」
      ですよね、、、
      きっとBOOK4が書かれるんだと思います!
      2012/09/04
  • 著者の言う志(気負い)に安易に乗っかってしまい、過度な期待を寄せたことを猛省しています。
    行く行くは、世界文学のグレートサミッツ「百年の孤独」「失時求」「カラ兄」らに近づくような大作がリアルタイムで読めるかもと夢想してしまったのが間違いでした。
    もう、「世界の終わりHW」「ねじクロ」の系譜の長編はきっと出ないのでしょうね。
    あえて本作の特徴を挙げるとすれば、登場人物に対して自然な親密な気持ちを持てないこと。柳屋敷の老婦人とタマルは独善的(狂気的)だし、年上の不倫人妻は極度に嫉妬深い。頑固で怒りっぽい青豆も賢い女性とは思えません。
    本田さん、間宮中尉、金色の獣たち、門番、大佐のように、我を捨て謙虚で、深い真の智慧を備えた人物(動物)らとは好対照です。

  • とても読みやすいのだけれど、なんだか内容が薄いように感じる。村上春樹という作家は、あらかじめ結末をどうするか決めないで、ひたすら頭に浮かんだことを行き当たりばったりに書き進める人なのでしょうか?

  • 評価はもしこの巻が本当に最終巻だったらということで。
    4巻目が出れば評価が変わるかも。。。

著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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