村上春樹 雑文集

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 2719
レビュー : 275
  • Amazon.co.jp ・本 (438ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103534273

作品紹介・あらすじ

1979‐2010。未収録の作品、未発表の文章を村上春樹がセレクトした69篇。

感想・レビュー・書評

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  • 自己とは何か あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方 の考え方が心に残る。できれば誰かにこのことを話してみたいとさえ思う。滅多にないことだけど。なんだっていいんだ。なんだっていいということがいちばん大切なのだーー。

  • 「本というのは僕らの内なる凍った海に対する斧でなくてはならない」とはカフカの言葉であり、村上氏の考える本の定義。

  • 村上春樹が色々なところで書いた文章が雑多に詰まっている、まさに雑文集。
    やっぱり、文章を書くのが上手な人だなって思う。自分が興味のない事柄について書いていても、おもしろく読めてしまうのだから。
    例えば目玉焼きについてでも、戦争についてでも、きっとすらすらと上手に語ってくれるだろうと思ってしまうのは、きっと彼自身が、自分が何を語れて何を語れないかをよくわかっているからこそなんだと思う。
    (そういえばデビュー作の「風の歌を聴け」にはこんな文章があった。「しかし、それでもやはり何かを書くという段になると、いつも絶望的な気分に襲われることになった。僕に書くことのできる領域はあまりにも限られたものだったからだ。例えば象について何かが書けたとしても、象使いについては何も書けないかもしれない。」)

  • エルサレム賞受賞の挨拶が読みたくて、手に取った。村上春樹の受賞時のスピーチ映像をニュースでみて、日本人として誇りに思ったことを覚えている。ただ、ほとんどの小説は読んでいるにもかかわらず、それほどファンというわけでなかった。「村上春樹って、会話とか成り立たないような、不思議な人なんだろうな」と、勝手に思っていたのだが、数々の受賞の挨拶や、安西水丸氏について書いている文章など、クスッと笑えたりして、村上氏への印象が変わった。また、翻訳に関しての「翻訳に必要なのは、偏見に満ちた愛」という記述には、大きくうなずいた。すべての翻訳本は、愛に満ちていて欲しい。村上氏の手がけた翻訳本を、ぜひ読んでみようと思う。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「エルサレム賞受賞の挨拶が読みたくて」
      この「雑文集」は文庫化待ちで未読。
      受賞を受けると聞いた時には軽く失望して、ネット上でスピーチを読ん...
      「エルサレム賞受賞の挨拶が読みたくて」
      この「雑文集」は文庫化待ちで未読。
      受賞を受けると聞いた時には軽く失望して、ネット上でスピーチを読んだ時はウルウルし、それでもビクともしないイスラエルに恐怖。。。
      しかし、震災に医療チームを派遣して下さったコトに感謝しつつ複雑な心境。。。
      2013/03/26
    • aiさん
      私は図書館で借りました。

      国と国の問題は難しいですね。
      どの国にも、良い人もいれば悪い人もいる…。

      そうそう、村上氏からどなたかへの結婚...
      私は図書館で借りました。

      国と国の問題は難しいですね。
      どの国にも、良い人もいれば悪い人もいる…。

      そうそう、村上氏からどなたかへの結婚のお祝いメッセージが載っているのですけど(詳細は忘れました)、その文章を拝借し、友達の結婚式に電報を送ったらとても喜んでもらえました。
      もちろん村上氏の文章であることを添えて。
      2013/04/03
  • 僕は村上春樹にはずいぶんとシンパシーを抱いている。彼の小説が好きなのはもちろん、村上ファンである内田樹さんファンでもあり、ジャズが好きでもあり、チャンドラーファンで、フィッツジェラルドファンで、日本の文壇はあまり好きではなく、孤独が好きで、翻訳が好きで、文章をゴリゴリ書くのが好きで、早起き。システムが嫌い。

    アイロンがけが好きとか、カズオ・イシグロに対する言及とかは、この「雑文集」を読んで初めて知った。ノルウェーの森のタイトルとかも興味深く読んだ。壁と卵ももちろん深くうなずきながらよんだ。対談も面白かった。青山にまた行きたくなるくらいに。

    今は、小説と小説の農閑期みたいだから、このような軽めの本を出したのだそうだ。ということは、また新しい小説が読めるということ。楽しみじゃ。

  • タイトルのとおり、短い文章がとにかくごちゃっと詰め込まれている感じ。内容に一貫性はない。僕自身はまあまあ楽しめたけど、これはおそらく「村上春樹という人物のファン」しか楽しめないのではないかなと思った。また、ジャズ関係の話が多かったので(まったくわからないので丸々飛ばした)わかる方ならもっと楽しめるのかも。
    ただ、例のエルサレム賞の受賞スピーチが全文収録されているところはとても良いと思った。未読の方はどうぞ。

  • 「物書き」の仕事で、小説でもエッセイにも属さないような、雑多な書き物を集めた、まさに雑文集。

    村上春樹氏の、言葉のチョイス、紡ぎ出す文章、独特の世界観が大好きで、何でもない文章ですら、人間味や温かみや面白みがあって好き。

    『小説家とは世界中の牡蠣フライについて、どこまでも詳細に書きつづける人間のことである。自分とは何ぞや?そう思うまもなく、僕らは牡蠣フライやメンチカツや海老コロッケについて文章を書き続ける。そして、それらの事象・事物と自分自身のあいだに存在する距離や方向を、データとして積み重ねていく。多くを観察し、わずかしか判断を下さない。それが僕の言う「仮説」のおおよその意味だ。そしてそれらの仮説がー積み重ねられた猫たちがー発熱して、そうすることで物語というヴィークル(乗り物)が自然に動き始めるわけだ』

    『私が小説を書く理由は、煎じ詰めればただひとつです。個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。我々の魂がシステムに絡み取られ、貶められることのないように、常にそこに光を当て、警鐘を鳴らす、それこそが、物語の役目です。私はそう信じています。生と死の物語を書き、愛の物語を書き、人を泣かせ、人を怯えさせ、人を笑わせることによって、個々の魂のかけがえのなさを明らかにしようと試み続けること、それが小説家の仕事です。そのために我々は日々真剣に虚構を作り続けているのです。』

    よく『ノルウェイの森』の元となったビートルズの『Norwegian Wood』は「ノルウェイ製の家具」であり「ノルウェイの森」は誤訳だという意見が世界で論争されているけれど。
    この件について、村上春樹氏は、『Norwegian Woodは正確には「ノルウェイの森」ではないかもしれない。しかし同様に「ノルウェイ製の家具」でもないというのが僕の個人的な見解である』と書いている。

    「プレイボーイ」誌のインタビューの中でジョン・レノンが次のように語っている。
    「この曲で僕はすごく用心深く、パラノイアになっていたと思う。当時他の女性と関係があることを妻に知られたくなかったからね。実際に僕はいつの誰かと不倫していたんだけど、曲の中ではそういう色事をうまくぼかして描こうとしていたんだ。ちょうどスモーク・スクリーンで覆ったみたいに、実際の出来事ではないかのようにね。これは誰との常時だったか忘れてしまった。いったいどうやって”ノルウェイの森”っていう言葉を思いついたのかわからない」
    これは、「よくわけはわからないけれど、すべてを押し隠す曖昧模糊とした深いもの」ということになる。

    業界関係者の女性による話では、
    「Norwegian Woodというのは本当のタイトルじゃなかったの。最初のタイトルは”Knowing She Would”というものだったの。歌詞の前後を考えたら、その意味は分かるわよね?(つまり、”Isn't it good,knowing she would?”="彼女がやらせてくれるってわかってるのは素敵だよな”ということだ)でもね、レコード会社はそんなアンモラルな文句は録音できないってクレームをつけたわけ。ほら、当時はまだそういう規制が厳しかったから。そこでジョン・レノンは即席で、”Knowing She Would”を語呂合わせで”Norwegian Wood”に変えちゃったわけ。そうしたら何がなんだかわかんないじゃない。タイトル自体、一種の冗談みやいなものだったわけ」
    真意の程はともかく、この説はすごくヒップでかっこいいと思いませんか?もしこれが真実だとしたら、ジョン・レノンって人は最高だよね。

    なるほど。言葉遊びって奥が深くて面白い。

    「ノルウェイの森」は、深い森の中で彷徨う、地図なき道(WAY)をただ進む。この物語を象徴する題名だと思っている。

    『ずいぶん昔のことになるけれど、二十代初め、結婚したばかりの頃、本当にお金がなくて(というか事情があって借金をたくさん抱えていて)、一台のストーブを買うこともできなかった。その冬はすきま風の吹き込む、東京近郊のとても寒い一軒家に住んでいた。朝になったら、台所に氷がばりばり張りまくっているような家だった。僕らは猫を二匹飼っていたので、眠るときには人間と猫と、みんなでしっかりと抱き合って暖をとった。当時なぜかうちは、近所の猫たちのコミュニティー・センターみたいなものになっていて、いつも不特定多数のビジター猫がごろごろいたから、そういう連中を抱き込んで、人間二人と、猫四、五匹で絡み合うようにして寝ることもあった。生きていくにはきつい日々だったけれど、そのときに人間と猫たちが懸命に醸し出した独特の温かみは、今でもよく思い出せる。
    そういう小説を書くことができたらな、と僕はときどき考える。真っ暗で、外では木枯らしが鋭いうなり声を上げている夜に、みんなで体温を分かち合うような小説。どこまでが人間で、どこまでが動物か、わからなくなってしまうような小説。どこまでが自分の温かみで、どこからがほかの誰かの温かみなのか、区別できなくなってしまうような小説。どこまでが自分の夢で、どこからが他の誰かの夢なのか、境目が失われてしまうような小説。そういう小説が、僕にとっての「良き小説」の絶対的な基準になっているような気がする。極端なことを言えば、それ以外の基準は、僕にとってはとくに意味を持たないかもしれない。』

    そういう「良き小説」で、私はどれだけ温められたか、現実から離れて夢を見させてくれたことで、どれだけ心が救われたか。
    村上春樹氏が小説家であることに、心から感謝したい。

  •  村上春樹が1979年のデビューから昨年までの間に書いた単行本未収録(一部は未発表)のエッセイ、コラム等から、村上自身がセレクトしたもの。

     「村上春樹の新刊なら、いまはどんなものでも売れるから」というエゲツナイ皮算用で出した「落ち穂拾い」的一冊ではある。また、安西水丸の娘の結婚式に寄せた祝福メッセージなんてものまで入っていたりして、どうでもいい雑文も少なくない。

     だがそれでも、収められた69編の中には拾い物も多い。
     本書の読みどころを、私が選ぶなら……。

     まず、冒頭を飾る「自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)」。
     これは、村上が小説家としての基本的心構えを表明した文章で、今後の村上春樹研究には欠かせない一文になるであろう内容だ。

     次に、オーディオ雑誌『ステレオサウンド』のロング・インタビューを再録した「余白のある音楽は聴き飽きない」。
     これは村上春樹が子どものころからの音楽遍歴を語ったもので、彼の音楽観の的確な要約になっている。いうまでもなく、音楽はハルキ文学の重要な要素であるから、ファンなら必読といえる一文。無署名だが、ライターのまとめ方もうまい。

     また、ドアーズのジム・モリソンについて書いた「ジム・モリソンのソウル・キッチン」もよい。音楽エッセイ集『意味がなければスイングはない』に入れてもよかった気がする名文だ。

     それから、『アンダーグラウンド』執筆当時に書かれたという「東京の地下のブラックマジック」。これは、村上のオウム真理教についての思索を凝縮した内容である。
     アメリカの雑誌から依頼されて書かれたもので、なんと、ボツをくらっていままで未発表だったという。村上春樹の原稿をボツにするなんて、日本では考えられないことだ。

     この文章で私が最も強い印象を受けたのは、次の一節。

    《オウム真理教に帰依した何人かの人々にインタビューしたとき、僕は彼ら全員にひとつ共通の質問をした。「あなたは思春期に小説を熱心に読みましたか?」。答えはだいたい決まっていた。ノーだ。彼らのほとんどは小説に対して興味を持たなかったし、違和感さえ抱いているようだった。》

     宮内勝典さんがオウム信者たちについて、“彼らがもっと文学に触れていたら、オウムに走ることもなかったのではないか”と書いておられた(うろ覚えだが)のを思い出した。
     この「東京の地下のブラックマジック」は、オウム事件をフィルターに村上春樹が「文学の力とは何か?」を改めて思索した一文として、興味深い。

     ほかにも楽しめる文章は多く、ファンなら買って損はない一冊。平均的単行本の倍のページ数なのに価格は安く、装画・挿画は和田誠と安西水丸が2人で手がけているというゴージャスぶりだし。

  • とても素敵

  • 言葉で説明されるよりも、物語ることの方がわかるときがある。

    村上春樹が何を思い、何に触れているかを辿りながらも、やっぱり彼の持つ虚構に誘われるほうが良い。
    しかし、冒頭の「自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)」はすごく良かった。

    自分について原稿用紙四枚で述べることなんて出来ないが村上春樹なら出来るのか、という起点も楽しい。
    私たちはどうしても、問いの前に制限されることがあるけれど、そんな質問に対する村上春樹は、牡蠣フライについて書いてみたら?という答えを出すのだった。

    自分が好きな何か、村上春樹にとっては牡蠣フライについて書くことから、村上春樹が浮かび上がる。
    全体的にではなくとも、極めて微細に深く、そのひとを知ることが出来るのかもしれない。ユーモアがあるなあ、と笑ってしまった。

    が、更に大人げない?ことにはそれを村上春樹自身が書いてのける。実に美味しそうな牡蠣フライの話を。

    見方や切り口は、その人の世界の入り口である。
    そんな入り口を幾つも提示してくれる、なかなか素晴らしい「雑文集」であると思う。

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著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。2019年8月7日発売の『文学界』でロングインタビュー「暗闇の中のランタンのように」掲載。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月末に刊行予定。

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