騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編

  • 新潮社 (2017年2月24日発売)
3.84
  • (466)
  • (945)
  • (580)
  • (81)
  • (22)
本棚登録 : 8106
感想 : 711
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (512ページ) / ISBN・EAN: 9784103534327

作品紹介・あらすじ

その年の五月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入り口近くの、山の上に住んでいた。夏には谷の奥の方でひっきりなしに雨が降ったが、谷の外側はだいたい晴れていた……それは孤独で静謐な日々であるはずだった。騎士団長が顕(あらわ)れるまでは。

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

深い内面描写と不思議な出来事が織りなす物語が展開され、主人公の画家は突然の離婚後、山の上で孤独な日々を送ります。そんな彼のもとに現れる不思議な隣人や、謎に包まれた空洞、そして騎士団長という存在が、淡々...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 村上春樹ワールド全開です。人間の描き方が緻密で、ゆえに物語の密度が濃いです。
    主人公の画家がいて、突然の離婚後、山の上に棲むことになる。
    訪ねてくる不思議な隣人「免色」。掘れば掘るほど色々な面を見せてくる。
    近所にある謎の空洞その中に残された謎の鈴。極めつけは姿を表すイデアの権化たる騎士団長。
    不思議な出来事が、淡々と過ぎ行く日々を彩り物語を旋回させていきます。
    これまで潜在的だったものが顕在化するように、第一部では次々と謎が現れては消え、現れては消えします。これがどう第二部に繋がっていくのでしょうか。第二部にこれらが織り成す結末が明らかになると期待も膨らみます。
    それにしても読みごたえがあります。

  • 本棚に並ぶ「騎士団長殺し」が何か問いかけてる気がして、手に取った。
    案の定、すぐにひきこまれた。1Q84の時と同じように。次第に勢いを増して。
    謎がどんどん重なり、まだ謎は全然ほどけてはいないけど、まだ謎のままでいい。
    特に惹かれるのは妹のコミ。「暗闇が手でそのまま掴めちゃいそうなくらい真っ暗なの」この比喩には痺れた。もう一人は秋川まりえ。
    後半の展開が楽しみ。
    村上春樹さんの魅力は。モノローグにある。内面をどこまでも掘り下げるから、自分の中にある何かにもカチンとふれてしまう。
    この本も夜明け前に意識を集中させ、書いたのだろうか。小澤征爾さんを時々思い出しながら。

  • 私は『騎士団長殺し』を閉じ、スコッチを一息に飲み干した。そして革張りのソファに横になり、大きく息を吐いた(やれやれ、まだ下巻が残っている)。

  • 初めて村上春樹さんの本を読んでみた。小6にはまだ早いかな?と思ったけどそれなりに面白く感じた。ただ性行為などが書かれていたので苦手な人は読まない方がいいかも...続きが気になるので私は第二部も読む予定です。

  • 妻との結婚生活を終え、放浪していた一人の絵描きの男がとある山奥での生活を始める。そこには不思議な男との出会いがあり、二人ともに過去に過去に「喪失」をしている共通点があった。不思議な世界観に浸れる村上春樹さんの作品を久しぶりに読んでいるが、やはり世界観に浸らせる言葉の豊かさが素晴らしいと思う。話の展開も少しずつ進む中でつながりができたり、新しい発見があったり、自己内対話があったりと自然な速さ、読み手が無理をしないで良い速さで進むのがとても良いのだと思う。
    「騎士団長殺し」の内容を何も知らずに本に手を伸ばしたが、「騎士団長」とはこういう役回りなんだなということが読んでいく中で自分が読み始めの時とは違う、それでもなお自然に浸れる進みをされているのはさすがであると思う。
    話の中でこれは夢なのか現実なのかの境界線が曖昧になっていたり、虚構が現実を侵食していたりするような表現がわたしはとても好きなので、後半も楽しみに読み進めたいと思う。

  • これまでの村上作品の中では至って普通な、あまり空想的すぎないところが読みやすかった。
    もちろん、比喩や現実離れしたところも多々あるが、それでも、とても読みやすかった。
    後半が楽しみだが、急ぎの本が割り込みで入ったので、それまでしばらくのお預けである。

  • 村上春樹を初めて読んだ。タイトルから想像する話と全く違い困惑し、現実とファンタジーの境目が中途半端で入り込めなかった。比喩の言い回しが詩的で文の繋がりが滑らかなところに惹かれた。章題も何か刺さるものがあり、思わず紙に書き写したくなった。
    文学の高尚さを垣間見て、普段小説を娯楽とし過ぎていることを反省したくなった。

  • 過去読了
    1Q84が好き過ぎたので比較では少し下がったけど、ものすごく面白かったことに変わりなし

  • タイトルを見た時は、ヨーロッパか中世の話だろうと勝手に想像していたのですが、意に反して現代日本の画家が主人公です。
    村上春樹特有の現実と幻想の狭間を行ったり来たりの主人公視点。
    食卓に並ぶオシャレな食材に料理意欲も刺激されます。

  • 村上春樹の長編を読むのは1Q84以来だった。
    (すごいタイトルの本だなぁ)
    当時この本が出版され本屋に並んでいるのを見た時にわたしが最初に思ったのはそれだった。
    そして読んでみて思った、やっぱりおもしろいと。
    村上春樹の書く世界はいつも、現実と非現実の間にあると思う。ただそれは、とても巧妙に現実に溶け込んだ違和感、というか。起こるべくして起こっている非現実というか...。
    読み終えて本を閉じ、手のひらを本に乗せタイトルを見てふぅ、と一息つくと頭の中であの鈴の音が小さく鳴っているような気がしてならない。
    後編もすぐに読んでみようと思う。

  • タイトルからのイメージと全然違うストーリー。(^◇^;)
    ただまあ、やはり面白い。今回は絵画の描写がスゴイ!音楽への造詣の深さは承知していたけど。
    続きが気になって仕方がない。。。

  • 年末年始に
    じわじわ読めばいいかなと
    思ったけど
    やっぱり続きが気になって
    どんどん読んでしまう
    村上春樹の謎の中毒性!
    下巻楽しみ

  • <第一部、第二部を併せての評です>
    主人公は三十六歳の画家。今は復縁しているが、五年前に突然妻から離婚を切り出されたことがある。あなたとはもう暮らせない、と言われたのだ。家を出るという妻に、自分の方が出ていくと告げ、愛車のプジョー205に当座の荷物だけを積みこむと、そのまま北に向けて走り出した。東北、北海道をさすらうようにして宮城に着いたところで車が壊れた。電車で東京に戻り、友人の雨田政彦に電話し、住むところを紹介してもらった。小田原の山中にある、政彦の父で画家の雨田具彦の家である。

    具彦は山の上にある一軒家にこもって絵を描いていたが、今は認知症が進み、施設で暮らしている。空き家のままでは物騒で、「私」は番人代わりに格安で宿を提供される。しかも、政彦の紹介で市内の絵画教室の教師の職も得、何とか暮らしの目途もついた。そんなある夜、屋根裏で物音がする。明るくなってから天井裏を調べると梁にミミズクがいた。それともう一つ見つかった物がある。丁寧に梱包された絵だ。紐に付された名札には「騎士団長殺し」と記されていた。

    雨田具彦は元は洋画家だが、留学先のウィーンから帰国後、突然日本画を描き出した。理由は不明だが、余白を生かした空間に飛鳥時代の人物を配置した絵は高い評価を得た。見つかった絵は、未発表のもので画家は誰にも見せる気がなく、秘匿していたもののようだ。画題は題名からモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』に想を得たものと分かる。騎士団長(コメンダントーレ)がドン・ジョヴァンニに刺された直後を描いたものらしく、騎士団長の白衣には血が滲み、ドン・ジョヴァンニの恋人であるドンナ・アンナの驚く姿も見える。ただ服装は日本の古代の装束に変えられている。画家の代表作と言っていい傑作である。

    その絵を見つけてからというもの、おかしなことが起きるようになる。深夜になると外で鈴の音が聞こえるのだ。それも敷地内にある祠のあたりから。祠の裏にはススキの茂みがあり、よく見ると塚のようなものがあった。一人で調べるのも気が引けたので、知りあったばかりの免色という男に話して協力を得る。IT関連で財をなした男で、早速手を回して業者と重機を手配し、蓋になっていた岩を持ち上げた。石の下には深さ三メートルほどの穴が隠されており、中には仏具の鈴が残されていたが、人のいた気配はなかった。

    持ち帰った鈴はスタジオに置いた。すると今度は家の中で鈴が鳴る。恐る恐るスタジオの扉を開ける、とそこに騎士団長がいた。身長六十センチほどで絵の中から抜け出てきたなりをして。「ない」というところを「あらない」と奇妙な日本語を使うその男は本人の言葉を借りると「イデア」だそうだ。今は「形式化」していて、格好は主人公の頭の中にある騎士団長の姿を借りたのだという。いわば「私」の「心の眼」だけに写っているわけだ。現実界では長くこの姿でいることはできず、一定時間がたつと消えてしまう。

    このイデアとの遭遇以来、主人公の絵は変化を遂げる。それまでも肖像画家としての技量は人に優れていたが、今ではモデルの外見ではなく本質を描き出すまでになった。免色に依頼された肖像画も傑作で、高額で買い取られて屋敷に飾られる。その上で免色はもう一枚絵を依頼する。「私」の絵画教室に通う十二歳の少女の絵だ。まりえという少女は、免色の愛した女の忘れ形見であるだけでなく、もしかしたら自分の血を引いているかもしれない、という。死んだ自分の妹に似たまりえは、日曜日になるとやってきた。教室では無口だったが、二人きりになるとよくしゃべった。

    その絵もほぼ完成しかけたころ、ことは起きた。まりえの行方が分からなくなったのだ。騎士団長は、明日電話がかかり、何かを頼まれるが、それを断ってはいけないという。それがまりえの行方を知る手がかりだからだ。電話の主は政彦で、父の具合が悪いので見舞いに行くが一緒に行くか?というものだ。前々から具彦に会いたかった「私」はもちろん承知する。翌日、ベッドに横たわったままの具彦と「私」が二人きりになると、姿を現した騎士団長がここで自分を刺せ、と命じる。それがまりえを探す切り札だった。躊躇した「私」だったが、まりえのためと思い定め、言われたとおりにすると、不思議なことが起きる。

    「私」は、具彦の部屋ではない薄暗いところにいた。そこは「メタファー」の世界だった。ところで、突然出てきたこの「メタファー」、修辞学で言えば隠喩である。それにとどまらず視覚表現などにも適用され、近頃では「空間の中に身体を持って生きている人間が世界を把握しようとする時に避けることのできないカテゴリー把握の作用・原理なのだと考えられるようになってきている」らしい。村上春樹をあまり読んだことがないので、よく知らないのだが、こんな小難しい理論を小説の中に持ち込むような作家だったか?

    ここからはまったく「冥界下り」。ル=グウィンの『ゲド戦記』に描かれているような灰色の世界が延々続く。それまで読んできた現実的な世界から突然放り出され、霧に包まれた茫漠たる世界や三途の川を思わせる川、富士の風穴にあるような横穴などの中を「私」は一人で歩いていかなければならない。しかも、そこには「二重のメタファー」と呼ばれる恐ろしい存在がいて、「私」が動けなくなるのを待っている。必死で頼りとなる記憶をたどろうとする「私」だが、しだいにそれもままならなくなる。すると穴は狭まり、「私」は身動きが取れなくなる。まるで母親の子宮の中にいる胎児のようだ。

    冒頭にあるように、結果として「私」は生還し、離婚していた妻と元の鞘に収まる。まりえがどこにいたのかもその口から説明される。めでたし、めでたしとなるわけだが、いったいこれはどういう小説なのだろう。ミステリめいた謎も多く解決されずにそのまま放置されている。妻にそのことを言うと(実はこれは妻が貸してくれたのだ。妻は村上春樹をよく読んでいる)「続編があるんじゃないの?」とあっさり言った。えっ、そうなの。これで終わりというのではないのか?そういえば、上・下じゃなかったなあ、と思い出した。第一部、第二部になっている。ひょっとしたら第三部が書かれたりすることもあるわけか?あるかもしれない。前にもそんなことがあった。

    というわけで、ここまでで分かったことをちょっとだけまとめておく。これはユング心理学でいう「死と再生」を主題とした小説だ。村上春樹は河合隼雄と親しく、ユング心理学について対談もしている。「私」は実は一度死んだのだ。といっても、肉体的にはそのまま存在していた。ご丁寧なことに村上春樹らしく律儀にセックスまでしている。しかし、ユズという伴侶を失ったことは「私」が考える以上に彼を深く傷つけ、回復不可能なところまで追いつめていたのだ。彼はもう、一度死ぬしかなかった。

    雨田具彦も一度死んだのだろう。愛する女性をオーストリアに残し、自分ひとり強制帰国させられた時点で。しかし、そのままでは死ねなかった。自分の身代わりのように南京に出征した弟が、ピアノを弾く繊細な手に剣を握らされ、中国人を虐殺するよう命じられ、帰国後自殺したからだ。その具彦が描いたのが「騎士団長殺し」の絵だ。考えてみると、この小説の登場人物のほとんどが、愛する人をなくして深い喪失感に耐えている。

    免色はまりえを見るためだけに、大金を払って向かい合う山の上に建つ家を購入し、今でもまりえの母の衣服を鍵のかかった部屋にしまいこんでいる。まりえも幼い頃に母を失ったままだ。父は喪失に耐え兼ねて宗教に走り、娘を顧みることはない。肉体だけを残して魂が死にかけていた「私」は、何故かこれらの人に引きつけられるように小田原に来て、九か月間暮らした。これらの人々は「地下の通路」で結ばれているのだ。

    思うに、「私」はまだ一人で死ぬだけの確かな自我を持っていなかったのだろう。謎の多い免色という人物や、妹を思い出させるまりえという導き手によって、象徴的な死を経験することができた。なにより、雨田具彦という先達が描いた「騎士団長殺し」という絵の存在が大きい。騎士団長のなりをした「イデア」がいなかったら、「私」はどうなっていたのだろう。一度死をくぐり抜けたことで、「私」はひとつ成長を遂げた。画家として対象の本質をつかむところまで行きながら、元の肖像画家として生きてゆくことを選んだ「私」。いつか、あの「白いスバル・フォレスターの男」の絵を完成させることはあるのだろうか?妻ではないが、続編を期待したい。

  • 7年前に読んだときは「変な話だなぁ」という印象でしたが、今回はイデアだという騎士団長が「あらない」という可愛らしい口調もあり、すんなり受け入れられました

    まりえとの性別や年齢を超えた信頼関係が印象的でした
    メタファーと救出の結びつきがはっきりしないのが気になりつつも、整合性がありすぎると嘘っぽくなる気もして、今回はそれを含めて楽しめました

  • 騎士団長をはじめとして各キャラクターに魅力は感じました。
    設定も面白く、後編はどうなるのかと期待させられました。しかし、…………。

    それにしても村上春樹さんの小説の主人公は、お金や女性に困らない人が多い気がします。

  • タイトルから想像していたストーリーとは全く違っていて、どこに向かっていくのかどうなるのかずっと気になりながら読み進めて第一部が終わった。

  • それほどぶっとんだ空想話でもなく、村上作品としては比較的読みやすい部類に入ると思う。

  • 再読。読みやすい。

    うまくいかない状況について、自分が何か行動するというより時間を信用できるかどうかが肝要だ、という文章があった。
    「時間が解決する」とか「時間ぐすり」とか言うけど、たしかにこれらは「時間を信用する」という感覚だな。

  • 久しぶりの村上春樹様〜
    自分の人生に何かあって、いざという時のために読まずにとっておいた本!私のバイブル!

    読んでて心が落ち着くし、きちんとした丁寧な生活を送りたいと思わせてくれバイブルとしての機能が十分にあった。

    主人公の「わたし」も免色さんも騎士団長もむっちゃ魅力的!

    主人公が離婚しかけでしかも唐突に別れを切り出されたのが自分の状況と少し似てて読むのが辛かった。
    ただ当たり前だけど結婚しても急に別れを切り出されることもあんねやと思った。

    それとは反対に、これだと思ったら尻尾を離さないってのも印象的だった。

  • この本は出版当時に単行本で買ったが、ずっと読まずそのままにしていた。
    村上春樹の小説は好きで、当時の上司と「騎士団長殺しをそろそろ読むか」といったやり取りもしていたのだが、本の分厚さや、ほかの種類の本を優先するうちに、6年が経過してしまった。

    きっかけは、「街と、その不確かな壁」が出て、そちらを読みたいと強く思ったが、その前に読み終えておくべきだと思ったことと、並行で取り組んでいる英語に頭が向かないことからこの本を読むことにした。
    また、少し前に読んだ落合陽一の「忘れる読書」で、「村上春樹の文章は『たまにこういった文章を読みたくなる』」と書いてあったことも手に取るきっかけになった。

    読み始めてみると、落合陽一さんのいうことに改めて同感したのだが、それよりなにより、小説を読むのはかなり久しぶりで、ビジネス本やノンフィクションとは頭の使われ方がかなり違うことに気づき、(一文一文意味をしっかりとらえようとして)はじめはなかなか読み進まなかった。

    今はかつて村上春樹の本を楽しんだようにスイスイ読み進んでいる。
    と同時に、村上春樹の小説にはかなり引き込まれることにいまさらながら気付いた。

    読んだ後は自分が小説の中に出てくる「私」になっているというか、「私」のような生活を望むというか、決してそんな風にはならないのに、かなり引き込まれている。
    頭を現実に戻すのに少し時間がかかるので、仕事の合間にはとても読めない。

    さて、村上春樹の小説にも自分なりの好き嫌いがある(といっても好きだったものを読んだのは古いものでは30年近く前だ)が、騎士団長殺しは今のところ「違うな」といった感じがなく、第二部を楽しく読み進めているところ。

全633件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

1949年京都府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。79年『風の歌を聴け』で「群像新人文学賞」を受賞し、デビュー。82年『羊をめぐる冒険』で、「野間文芸新人賞」受賞する。87年に刊行した『ノルウェイの森』が、累計1000万部超えのベストセラーとなる。海外でも高く評価され、06年「フランツ・カフカ賞」、09年「エルサレム賞」、11年「カタルーニャ国際賞」等を受賞する。その他長編作に、『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』『街とその不確かな壁』、短編小説集に、『神の子どもたちはみな踊る』『東京奇譚集』『一人称単数』、訳書に、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』『フラニーとズーイ』『ティファニーで朝食を』『バット・ビューティフル』等がある。

村上春樹の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×