騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

著者 :
  • 新潮社
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レビュー : 469
  • Amazon.co.jp ・本 (544ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103534334

作品紹介・あらすじ

その年の五月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入り口近くの、山の上に住んでいた。夏には谷の奥の方でひっきりなしに雨が降ったが、谷の外側はだいたい晴れていた……それは孤独で静謐な日々であるはずだった。騎士団長が顕(あらわ)れるまでは。

感想・レビュー・書評

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  • いろいろ気になる(さわる)ところを棚上げにして読み進めてみたものの、最終的にこれはまったく自分のための本ではなかった。全能感に包まれた男が子供の使いを達成するカタルシスはいらない。

    口にするものにこだわりはないといいながらバラライカを注文してバーテンを試し、女性に対する評価は性的魅力に関することばかりな主人公にはなんの魅力も感じなかった(ドンナ・アンナにさえ男性から見てどうかを言わずにいられない主人公はほんとうに気持ちが悪かった)。そういう彼に年上の人妻やら美しい少女が心を開く理由がさっぱりわからない。そうだったらいいなという書き手の妄想の気配しかない。

    そんな主人公が何も自分で選ばず周囲に後押しされて「がんばった」結果、病的にイケメン好きな妻が戻ってくる(だからそもそも妻が別れたがったのだって主人公のせいじゃない)んだからおめでたい。白いスバル・フォレスターの男も、免色も、穴と鈴も、彼が行って帰ってくるための道具にしかなっていない。妻の恋人の結婚失敗の理由を描いたくだりはとても下品だし(いくら脇役だからと言って、小説家があんな風に雑に人の人生を語っていいものだろうか)、とってつけたような東日本大震災のエピソードには呆れるしかなかった。

    もう村上春樹とはお別れな気がする。わたしは年を取ったけれど、春樹はいつまでも15歳なのだろう。

  • とてつもなく不思議な物語だった。
    雨田具彦の「騎士団長殺し」の絵があってこその内容なんだろうけど、
    んんん、ファンタジーなのか?

    クエスチョンマークがいっぱいになりながらも、ページをめくる手は止まらなかった。
    不可思議な先が知りたいから。

  • 井戸のようなもの、通過儀礼のようなもの、試練、犠牲、女性、血縁、不思議な名前、色々な知識を持ちすぎている人々、イデア・メタファーといった得体の知れないもの。これまでに主に新潮社から出版されている作品群に出てきたモチーフに似た沢山のものが次から次へと現れてきて、概ね想像した通りに物語内の役割を果たしていきました。もちろん予想しえないことも沢山起こりましたが、いつも通りの、とても村上春樹さんらしい作品であった、ということです。

    村上春樹さんの作品を読むときはやや恣意的に眼鏡を外した裸眼で見るぼやけた世界をイメージするようにしています。そうでもしないと、意味不明なものに振り回され過ぎて話の筋らしきものがさっぱり分からない、ということは初期に読んだ作品から学びました。自分の常識のフィルターにかけることは彼の作品を前には何の意味もなさない、というか。あらゆる固定概念を取っ払ってしまってはじめて心地よいもの、というか。
    たとえば、主要な登場人物は皆一応日本社会に溶け込んでいるようだけれど少なくとも私は出会ったことのないタイプの人ばかりです。主人公と免色さんのお話しは文字で追う分には辛うじて耐えうるけれど、万が一突然間近で始まったら付いていけなさすぎて私の中の何かがドカンと爆発しそうです。私の教養が足りなさすぎるのか、それとも彼らが強烈なのか、そういうことは何とも判断しがたいですが、私の考える常識の範疇ではないことが共有されすぎているのは確かです。
    ほかにも、まりえちゃんの年齢設定には違和感をおぼえました。もっと幼いような雰囲気もあるし、不気味なほど大人にも感じられる、そういう微妙さという意味では適切な年頃なのかもしれないけれど、でもそういう問題ではありません。違和感は違和感です。
    ただ、掘り下げるべきはそういうところではないのでしょう。読者の世界との関係性、近さみたいなものはある意味でどうでもよいことで、物語の構造の中で起きていることをそのまま汲み取れたらそれでよいのではないか、と。あるいは、「面白い」と感じられるならば読書している間その構造の中に思い切って飛び込んでトリップしてしまえばよいのではないか、と。村上春樹さんの作品の正しい読み方、作法のようなものがあるのか、あったとしても知らないので、そんな調子できちんと味わえているのかもやはり知りませんが、とかく個人的には満足の行く時間の使い方を出来たのでそれで良いと思っています。

    主人公の身に起きたことが「本当」だとするなら、どういう現象だったのだと理解するのが妥当なのか、というどうでもよいことだけが消化不良で胃に残っています。でも、地底の冒険の描写自体はメタファーだとしても、「分かるような気がする」現象だからそれでいいのではないか、とも思っています。

    あと、本作を楽しめた一因は、「真実」との向き合い方について度々議論されていたからかもしれません。「真実はいつも一つ!」だと信じていた頃から随分遠くまで来たもんだ、と思ったり。「真実はいつも一つ!」もまた真だとは思いますが。

    これ以上は、まだ反芻しきれていない感じがするので、何か思い浮かんだたらまた。

  • 「騎士団長殺し」の画を軸に異次元の世界に入り帰って来て元におさまっていく話だが、相変わらず村上さんらしい世界に何故か引き込まれていくのが不思議である

  • ねじまき鳥とか思い出す展開。なかなか面白かった。

  • この作品は『1Q84』以来の長編になるが、作風はややマイルドになったように思う。『1Q84』は女性が主人公でもあり、久しぶりに新鮮味と躍動感を感じたものだが、『騎士団長殺し』は落ち着いていて、じっくりと味わうことができた。免色さんのキャラクターの影響か、作者の年齢的なものかはわからないが、それはそれで良かったと思う。

    またこの作品は少し映像的というか、ドラマや映画にできそうにも思った。フォレスターの男がツインピークスに出てくるホワイトロッジの男のようであった。小さな騎士団長や顔のない長身の男も、ツインピークスに出てきそうである。

    しかしこの物語は観念的な世界で終わっていない。最後にイデアやメタファーではない現実の日本が顕れる。これは今までにはなかった展開ではないだろうか。新鮮な印象を受けた。そして主人公も、胸の薄かった少女も、そしておそらくは免色さんも、もうお互いに会うことはないかもしれないが、それぞれが時間を味方につけて現実社会の中で歩みだしていくように思える。いい読後感だった。

  • 「免色さんの正体」みたいなものが明かされるのかと思いながら読み進めたけど、結局謎の人物のままでした。
    騎士団長の「あらない」に妙に嵌ってしまった。
    村上さんの長編の中ではどうなんでしょう。後年振り返った時「代表作」にはならないのかなあ、と思いました。

  • こんなにハッピーエンドな村上春樹作品が他にあったかな

  • 初村上春樹。村上春樹の何がそんなにいいのか、試に読んでみるか・・・と読んでみた。確かに、今まで読んだ他の作家さんたちとは、同じ日本語を使っているとは思えない表現だった。引き込まれていった。ストーリーは、ミステリーのような、SFのような、スピリチュアルなような、なんとも言い難いものだったけど、おもしろかった。とっても奥深くて、感慨深かった。
    私にとっての穴、私にとっての白いスバルフォルスターの男、私にとっての騎士団長が、身近にあるような気がする。

  • ページを繰る手を止めさせない
    ぐいぐい読ませる内容はさすが!と感じた、やっぱり面白い
    面白いけど、新しいスタイルや哲学の提示はなかった、いつもの村上作品
    穴があって 美少女がいて 史実との関連があって
    まるで、ねじまき鳥クロニクル の再構成版のよう

    これまでの作品と同様に
    喪失感や虚無感をイシューにしてるので、
    生きることにおいて緊迫した問題を抱える人にとっては
    どうでもいい作品、けど 面白い
    フィクションだから 目くじらを立てることは不毛だけど、
    南京の件は バイアスがかってて ちょっと がっかり
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    騎士団長は 「私」と同一、
    before/afterでいうところの beforeの「私」を象徴するもの
    自問自答する時の自答者の暗喩的存在が騎士団長なのだろうと思う、なので 自分の味方であり 自分の望むことを表現してくれる
    afterの「私」になるための兆しを示してくれたのは、
    「私」が実はそうなること(変わること・過去を克服すること)を薄くとも望んでいた証左だと思う

    コミの死 やその喪失感が「私」の人格形成に大きく影響していて、
    物事の捉え方・哲学・ロジックの起点になっている

    ユズとの離別にも 抗ったり 自分の意志を明示することなく、「私」は去った、これも コミの死にとらわれた「私」の判断

    騎士団長を殺す、川を渡り閉所恐怖症なのに細穴を抜けたことは、過去の自分との決別であり 成長のための過程
    そうして祠の穴に着地して、
    ユズと会って話そう!という決意に至った。

    「ユズと会って話そう!」と
    秋川まりえの免色邸宅脱出後の「私は自由だ どこへだって行ける」は、たぶん同じ意味合いで、
    似た者同士が 心を交しながら それぞれの試練に立ち向かって、成長し、過去の自分では やれなかったことにチャレンジしていく様であったように思う

    トラウマと一括りに呼ぶのは早計だけど、
    誰もが抱える逃げたい苛烈な過去事案によるココロの制約を外すために、過去を直視し直して再定義して未来へチャレンジしていこう、という所謂 成長ストーリーが本作の主旨かと捉えた
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著者プロフィール

1949年京都府生まれ、早稲田大学第一文学部演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーターキャット」を国分寺に開店していた。
1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴があるが、芥川賞は候補に留まっただけで受賞しておらず、賞に対する批判材料となっている。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年の発表時期は日本国内でニュースになっている。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。
翻訳家としての仕事も高い評価を受け、フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけてきた。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、いまなお作家として成長を続けている。
代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。

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