騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 3743
レビュー : 550
  • Amazon.co.jp ・本 (544ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103534334

感想・レビュー・書評

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  • 以下、多大なるネタバレ。
    注意。






    ストーリーとしては呑み込める。

    そこに在ったものを上手く説明することは難しい。

    主人公自身の持つ何かと分かち難く、また先を示す指標となるべき存在として顕われた、騎士団長イデア。
    しかしイデアを求め、慕っている中では、残念ながら物語が終わることはない。
    イデアを主人公自らが抹殺することで、彼は次のステージへと進むことを許される。

    そのステージとは、妹コミを捕らえて持って行ってしまった、致死的で理不尽な闇への挑戦。
    「私」はコミの死以来、閉鎖的な空間に寄り付くことさえ出来なかったが、まりえを助ける為に自身の闇を乗り越えていく。

    まりえがメンシキの家で対峙したモノとは、一体何だったのだろう。
    それは主人公の描いた白いスバル・フォレスターの男のような影(純然たる悪)だったのだろうか。
    それがクローゼットの扉を開けていたとすれば、まりえはコミのように、損なわれることになったのだろうか。
    しかし、損なわれるとすれば、何を?
    致死的な何か?

    メンシキの家を脱することで大人に近付いてゆくまりえは、もう守られるべき少女ではなくなっている。
    彼女は、次第にメンシキへの危機感を失わせ、むしろ魅力を感じてもいるような描写がある。

    アンデルセン文学賞のスピーチ「影と生きる」からは、雨田父の生き方を彷彿とさせる。
    ドイツという国が抱える歴史的な闇に、雨田父は本当の自分を影に損なわれ、また偽物である影を本当にして生きることを強いられた。
    彼は「騎士団長殺し」を描いたことによって、影から本当の自分を救い出そうとしていたのだろう。
    そうして、雨田父は本当の騎士団長殺しを目撃することにより、癒される。

    非常に重いクライマックスを過ぎ、「私」は東北大震災以降をユズとむろの三人で過ごしている。
    そこで起きた事実は、日本という国が隠してはいけない影であると言いたいのかもしれない。

    ただ、メタファーとしての結末ではなく、私が読んだ村上春樹の作品の中では、ややハッキリ描かれた、良き結末のように思えた。

    男は血を流すことで大人として完成された。
    少女は少女のまま完成されずに抜け殻を残し、美しい女になった。

  • ページを繰る手を止めさせない
    ぐいぐい読ませる内容はさすが!と感じた、やっぱり面白い
    面白いけど、新しいスタイルや哲学の提示はなかった、いつもの村上作品
    穴があって 美少女がいて 史実との関連があって
    まるで、ねじまき鳥クロニクル の再構成版のよう

    これまでの作品と同様に
    喪失感や虚無感をイシューにしてるので、
    生きることにおいて緊迫した問題を抱える人にとっては
    どうでもいい作品、けど 面白い
    フィクションだから 目くじらを立てることは不毛だけど、
    南京の件は バイアスがかってて ちょっと がっかり
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    騎士団長は 「私」と同一、
    before/afterでいうところの beforeの「私」を象徴するもの
    自問自答する時の自答者の暗喩的存在が騎士団長なのだろうと思う、なので 自分の味方であり 自分の望むことを表現してくれる
    afterの「私」になるための兆しを示してくれたのは、
    「私」が実はそうなること(変わること・過去を克服すること)を薄くとも望んでいた証左だと思う

    コミの死 やその喪失感が「私」の人格形成に大きく影響していて、
    物事の捉え方・哲学・ロジックの起点になっている

    ユズとの離別にも 抗ったり 自分の意志を明示することなく、「私」は去った、これも コミの死にとらわれた「私」の判断

    騎士団長を殺す、川を渡り閉所恐怖症なのに細穴を抜けたことは、過去の自分との決別であり 成長のための過程
    そうして祠の穴に着地して、
    ユズと会って話そう!という決意に至った。

    「ユズと会って話そう!」と
    秋川まりえの免色邸宅脱出後の「私は自由だ どこへだって行ける」は、たぶん同じ意味合いで、
    似た者同士が 心を交しながら それぞれの試練に立ち向かって、成長し、過去の自分では やれなかったことにチャレンジしていく様であったように思う

    トラウマと一括りに呼ぶのは早計だけど、
    誰もが抱える逃げたい苛烈な過去事案によるココロの制約を外すために、過去を直視し直して再定義して未来へチャレンジしていこう、という所謂 成長ストーリーが本作の主旨かと捉えた
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  • とてつもなく不思議な物語だった。
    雨田具彦の「騎士団長殺し」の絵があってこその内容なんだろうけど、
    んんん、ファンタジーなのか?

    クエスチョンマークがいっぱいになりながらも、ページをめくる手は止まらなかった。
    不可思議な先が知りたいから。

  • ねじまき鳥とか思い出す展開。なかなか面白かった。

  • やはり らしくない読み易い文章と分かりやすい展開との印象が2部でも続き、小説というより読み物 だったという読後感。どうしても期待してしまうので、村上春樹もハズすこともあるのだと感じた作品だった。

  • 読後直後の感想は、えっ?これで終わり!?第3章あるの?って感じでした。
    流石は春樹、文章が綺麗で上手でシーンが目の前に展開されるようです。ただ他の春樹本でもありましたが、意味ありげな伏線っぽい謎は、最後まで読んでも少しも解釈できず。。今作は読者に解釈を丸投げし過ぎ!

  • やはり村上春樹らしい一冊。

    ストーリー云々よりも、場所や人物の設定の不思議さは面白かった。日常に非日常が潜んでいるというのが一貫したテーマであるように思うんだけど、今回は設定自体も日常からズレていく過程があり、またそれが非常に単なる妄想とも言えるような感じで進むあたりに良い意味でとっぽさがある。

    個人的に免色は坂本龍一、女の子は芦田愛菜ちゃんをイメージしようとしたが、何故か免色はTKO木下が浮かんでしまった。不思議。スバルフォレスターの男も木下。なぜか。

    ラスト周辺で震災に触れるが、それに深い意味があったのか、分からなかった。無論他にも分からなかった事はいつも通り多かった。

    • naosunayaさん
      免色に坂本龍一、わかる(笑)
      免色に坂本龍一、わかる(笑)
      2019/01/03
  • 「免色さんの正体」みたいなものが明かされるのかと思いながら読み進めたけど、結局謎の人物のままでした。
    騎士団長の「あらない」に妙に嵌ってしまった。
    村上さんの長編の中ではどうなんでしょう。後年振り返った時「代表作」にはならないのかなあ、と思いました。

  • つい急いで読みたくなる気持ちを抑えつつ、ゆっくり読むようにして、ようやく読了。ふーっと。
    しばらくすると、また違った感想が出てきそうだけど、読了直後の感想をメモ。

    *これまでの村上作品の断片が垣間見えて、何かしら集大成的な印象がある。あるいは、テーマや世界観が不変だから、そう感じたのかもしれない。

    *村上作品によくあった「説明のなさによる不思議感」が若干影を潜め、物語の筋のわかりやすさが、(良い悪いは別として)アップしたように感じた。(村上作品にしては)ちょっと説明的すぎる、と最初感じたが、文脈の追いにくさによって奇妙な印象を与える、というのではなく、物語全体をメタファーに仕立てようというのが、作者の企みなのかな。

    *主人公の「うじうじ感」はこれまでと共通するけれど、今回は成長譚ファンタジー的な構成になっていて、あれ?っと思った。現実を肯定し受け入れていく主人公の姿は、村上春樹が近年コミットメントに目を向けてきたことと関係しているのか。

    *いやいや、環はまだ完全に閉じられてなく、平凡な日常を取り戻したかのようにみえても、またいつか少しだけ環は開き、二重メタファーとの対峙は再現するはず。うっかり自分も罠にかかるところだった…

    *一度だけでは、作者のメタファーが読みきれない。しばらくしたらもう一度読んで、より深く探ってみたい。

  • ようやく読了。これほど読むのに時間のかかった村上作品もない。元鞘とはスプートニクを思い出す。そして誰の子かは分からないけど子供が生まれる。新境地ではないか。騎士団長の狂言回し的キャラはカフカのカーネル・サンダースに通じるものがある。第3部があるような気は、しない。

著者プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
1949年、京都府京都市伏見区生まれ、兵庫県西宮市芦屋市育ち。早稲田大学第一文学部映画演劇科卒。大学在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺・千駄ヶ谷に開店していた(1981年、店を人に譲渡)。1979年にデビュー作の「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など数々の受賞歴がある。2006年にフランツ・カフカ賞、2009年にイスラエルのエルサレム賞受賞。ノーベル文学賞に最も近い作家の一人と言われており、毎年発表時期に日本国内でニュースになる。事実、村上春樹作品は全世界で翻訳されており、アメリカ・アジアでの評価がとりわけ高い。フィッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーなどの作品の翻訳も手がけ、翻訳家としての仕事も高い評価を受ける。翻訳と創作活動を交互に行うことで、作風を変化させ、作家としての成長を続けている。新作が発表されるたび大きな話題となるが、近年は特別番組「村上RADIO」にてラジオDJも務め(不定期放映)、数々の名言も注目を集める。代表作に『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』『騎士団長殺し』。2019年7月31日に『神の子どもたちはみな踊る』が舞台化。アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツの伝記翻訳を2019年8月刊行。2019年9月10日発売の『文藝春秋』10月号で「至るところにある妄想 バイロイト日記」を寄稿。

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