雑貨の終わり

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 126
感想 : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103535119

作品紹介・あらすじ

無印良品も村上春樹もTDLもパンも雑貨になった……? 東京西荻の雑貨店主が考察するエッセイ集。疫病に街がすっぽりと覆われてしまう前、店内を眺めた。専門店にあったはずの工芸品も本も服もみな雑貨になった。物と雑貨の壁は壊れ、自分が何を売っているのか、いよいよわからなくなっていく。これからどうしたら物の真贋の判断を手放さずに済むだろうか。広範な知識と経験を交えて雑貨化の過去と現在地を探る画期的な論考。

感想・レビュー・書評

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  • 村上春樹が、ディズニーランドが。「雑貨化」する社会の行き先 | 朝日新聞デジタル&w(アンド・ダブリュー)
    https://www.asahi.com/and_w/20201019/2375818/

    雑貨の終わり | 三品輝起 | 連載一覧 | 考える人| シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。知の楽しみにあふれたWebマガジン。 | 新潮社
    https://kangaeruhito.jp/articlecat/zakka_no_owari

    fall-gallery.com
    http://fall-gallery.com/

    三品輝起 『雑貨の終わり』 | 新潮社
    https://www.shinchosha.co.jp/book/353511/

  • 「専門店にあったはずの工芸品も本も服も古道具も植物もみな、雑貨になった」ほぼ完全に雑貨化された世界を見つめる、雑貨屋の店主のエッセイ。前作も面白かったけど、より諦観の念が強く、乾いた視線で家族や出会った同業者、お客さんの話をする。雑貨屋店主が雑貨化に打ちのめされているなんて、武器商人が戦争を憂うみたいな話だけど、そのことに一番自覚的なのは著者本人であって、のんきに無自覚にものの本質を抜き去って「雑貨化」する同業者を白い目で見ながらも話を合わせて、苦言を呈すなんてことはしないのだ。「同業者」だからなのだろう。不勉強なもので、文中するすると出てくる文化やら思想やら音楽やら、そしてその歴史のエピソードに毎回へーっ、となる。
    雑貨の巨人無印良品の話と、社会の虚構性を引き受けて隠さんとするディズニーランドの話、信仰という魂を抜かれたシェーカーズスタイルの話が好き。
    資本主義に実存を食い荒らされているのは人間も雑貨たちも同じではあるが、その悲哀がこうして新たな語りを得ることが、値札のついた雑貨となったものたちにも再び顔が与えられる経緯となればよいな、と思ったりする。やっぱり雑貨が好きなので(お前も武器商人だと言われれば全くその通りだ。雑貨屋巡りなんて、ものの数秒でたくさんの雑貨を値踏みして消費し続ける営みだ)。結局のところ、誰かの手に取られ、居場所と関係性を与えられた先にしか値札の外れた価値というものはない。西荻のあの店でなくても他の店でもどこでも、似たような雑貨を見ている時に私や誰かの頭にぼんやりとでも読んだことが舞い降りてきたら、いつもよりちょっと多く関係性の糸が渡される気がする。たったそれだけだけど…。

  • 『雑貨の終わり』三品輝起
    装丁のこだわり、手におさまる判型、表紙幅見返しの深い緑、そして茶と青の花布。
    本が雑貨のように素晴らしい、といっても三品さんには褒め言葉にはならない。
    雑貨の沼に入ってみた店主、その底なしのドロドロとした不可解さを巡る随想。

    「人々が雑貨と思えば雑貨。そう思うか思わないかを左右するのが、雑貨感覚である」という著者の言葉。
    その通りと思いつつ、定義が自由だったり相手に委ねることと暗さも感じる。

    雑貨を買うことは、モノ消費というよりコト消費なのかもしれない。
    ブランド品を買うこととどう違うのだろう。コト消費は体験を買う、つまり体験になるということなのかもしれないけど、そこには質のジャンプがあると思う。
    買うときに商品に込められたストーリーと、購入後自分たちでDIYされていく思い出は全く違う。でも買わせたい側は、そこをないまぜにしながら、あたかも買うことが思い出になるかのように思わせる。買った後に思い出が残せるのは、それについて語り合ったり、それを買った旅先の思い出ではないだろうか。

    無印良品のエッセイは、ブランディングとして見た時のMUJIの成功の一方で感じるものを描いている。
    薄気味悪い巨大な雨雲のような部分。あの「ふつうの良さ」をみせる鶴の恩返しの引き戸の奥にあるそうなものを。無印にしておこう、という会話を年に何度かする。そこが本当の無印なんだとおもう。無印がなかったらニトリにしておこうか、となるだけなんだ。

    ポートランドの論考は、他の都市の話にワクワクする自分と重ねて読んだ。
    「多くの場合、都多様性に開かれた都市について語るということは、その人が見たいものをその都市の中に見つけることだ。」
    都市のストーリーが好きなのは見たいものを見せてくれるからだ。ぼくはポートランドに行ったことがない。でも興味があっていつか行きたいと思ってる。武邑光裕さんの『ベルリン・都市・未来』で読んだベルリンにも行きたい。でも行く頃には、ほんで切り取られたシーンはないかもしれない。
    たしかに想像できる吉祥寺、代官山、下北沢と大なり小なりといったところか。

    都市も雑貨なら、ホテルの章もそうだ。
    でも三品さんがそのホテルを想い出すのは、内装や食事のことというよりも父親の明かさないコトやある夜の鳩の群れだったりする。

    ぼくらは雑貨の終わりを見ないように、隠しながら、生活をしている。終わらせることは難しいけど、終わりを語るとどこか安堵する。

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  • 雑貨に関連した短編が13.著者のものは初めて読んだが、何か知らない街を歩いて、これまで興味がなかったものに取り付かれてしまったような不思議な感覚だ.登場人物が未知の人ばかりで驚いた.村上春樹、大橋歩くらいは知っていたが、雑貨に絡む人は知られていないのかもしれない.著者は目の付け所が特殊で、独特の嗅覚や眼力を持っている人のようだ.

  • 西荻の店舗、現在の店より、立地の悪かった前の店の方が、ごった煮感があり、好きだった。
    良い意味で、安っぽいもの、洗練されていないモノのパーセンテージが高かったと思う。

    稀にしか行かない客で、大きな買い物はしない、常連ではない。マナーは悪くないと自負しているが、上客にはなりえない。
    そんな客にも丁寧に応対してくれる店主さんの本、ということで読んでみた。

    文章は好ましいが、エッセイの題材によって、いいなと思える章と、あまり好きじゃないな〜と感じる章があった。

    最初と最後に置かれている、祖父の思い出が綴られている章が一番好ましい。
    雑貨とは何か、をぐるぐる考えて書かれたものは、面倒くさい印象。

    おそらく、私が、雑貨界?の変化やお店の位置付け、何をもって雑貨とするのか、ということに興味がないからだと思う。
    これから自分のお店を持ちたい、流れを知っておきたい、人には学びになりそう。
    そんな中で、無印良品について書かれた章は興味深かった。これは、自分が無印好きだから。





  • エッセイ…だと思うのですが。
    私小説っぽくもあり。

    お店の体験談みたいなものを
    予想していたので、違ってたわ。

  •  西荻窪にて雑貨屋を営む著者によるエッセイ。前作で「雑貨化」をキーワードにして資本主義論にまでリーチした論考、つまり何にお金を払うのか、どこに価値が存在しているのか?そのあたりを独自の視点で解きほぐしていたが今回はさらに先にリーチしているような内容だった。タイトルにもあるとおり、もう「雑貨化」がどこまでも侵食して完遂されたと著者は冒頭で宣言し、ある種の諦念さえ感じさせる。そんな中で「雑貨」に関する鋭すぎるパンチラインが今回も連発されつつ過去語りが多いからか小説のような印象を受けた。こんな美しい文体でものが書けるようになりたい。
     そもそも「雑貨化」とは何かといえば以下のとおり書かれていた。「歴史、用途、文脈といったあらゆるしがらみからすべての物を解きはなち、いったんばらばらにして、ふたたび自由自在に組み合わせること」この視点で物事を捉えると想像していなかったレイヤー、つまり売り出している裏側=ほとんどマーケティング論のようなものになっていてめちゃくちゃ興味深い。世の中はすべてのものといっていいものにマーケティングが用意されていて顧客を周到にターゲティングしているのである。こんなことは自明といえば自明だけど、これだけオモシロく語れる人がどれだけいるだろうか。どの章も読んでいてずっとニヤニヤしてしまうことばかり。本著を読んでから街で買い物すると必ず頭の中で「これは雑貨化されているのか?」と自問するようになり資本主義との付き合い方を改めて考えるキッカケにもなった。僕が好きだったのはポートランド、無印良品、ディズニーで、特に無印良品に関する表現は頷き過ぎて首がもげるくらいだった。最後に自分が生きていく上で気をつけたい鬼のようなラインがあったので自戒の意味を込めて引用。

    たとえばSNSという集合意識に囲われて、あるかないかわからない他人の視線をつねに意識しながら生きる、という仮想の快楽を一度でもおぼえてしまうと、かけがいのないフェティッシュはだれかの欲望とともにゆれはじめ、まじりあい、いずれたんなる消費財へと堕してしまうだろうから。

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著者プロフィール

1979年、京都府に生まれ、愛媛県デ育つ。2005年より西荻窪にて雑貨店「FALL」を経営。2020年8月、エッセイ『雑貨の終わり』(新潮社)を刊行する。音楽活動も行い、2007年『PENGUIN CAFE ORCHESTRA -tribute-』(commmons ×333DISCS)に参加。

「2021年 『Tea Time 11』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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