梅の実るまで 茅野淳之介幕末日乗

  • 新潮社 (2025年1月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784103560111

作品紹介・あらすじ

大切なひとを守るとき、私は刀を選ばない。若き私塾の主が仰ぐ、これから。お役目がなく学問で身を立てることもできない淳之介は、幼なじみの同心から頼まれたある娘の見張りをきっかけに、攘夷の渦中へと吞み込まれてゆく。徳川の世しか知らないながらも、武士という身分に疑問を抱き始めた青年がようやく見つけた、次代につながる道とは。生へのひたむきな問いが胸を打つ、人間味溢れる時代小説。

みんなの感想まとめ

人々が生き抜く姿を描いたこの作品では、幕末の動乱に巻き込まれる普通の武士の視点が新鮮に映ります。主人公は私塾を開き、学問を通じて人々とつながりながら、時代の変革に直面します。彼の生活は、尊王攘夷の波に...

感想・レビュー・書評

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  •  時は桜田門外の変から1年と半後の江戸。

     役もなく私塾を開いてほそぼそと身を立てていた武士の茅野淳之介。

     ある日、食いつないでいくために、依頼を受けて水戸脱藩浪士などを探るための密偵業務を引き受ける。

     志士でもない、江戸の上約でもないしがない武士が尊王攘夷に巻き込まれていくというお話。

     幕末の志士でもない、貧乏だけども全うに武家として普通の暮らしをしている武士目線で描かれる幕末とは?

     まず、読んでいて思うのは、私が知っている幕末というと、黒船来航以来、日本という国をどういう方向に導くのかということで、坂本龍馬、西郷隆盛などなど幕末の志士が江戸幕府を倒していくというのも格好良いし、江戸幕府側の新選組みたいなのも格好良い。

     それぞれが日本という国を真剣に考えて本気で動いていた時代で、本や映画、ドラマなどなど、どの視点で見てもワクワクするところだと思います。

     しかし、それ以外の視点ってあんまりなくて、本作のように歴史上何も取り上げられない普通の武家視点というのは面白いなと思いました。

     そして、本作品からは変動する世でも、必死に食べるために暮らしている人々がいること、歴史に名が残っていないたくさんの人達が幕末を生きていたということを知ります。

     毎日、食べるために働くこと

     日本という国を守るために皆それぞれ必死だったこと

     江戸幕府は260年間という時期を争いのない国に保ったこと

     特に自分は何のために働いているのか、ということを思い返した時、生活を維持するためなんて、そこまで考えているだろうかと。

     職場が嫌だとか、仕事がキツイとか、やりたい仕事とは違うとか、残業代が出ないだとか様々なことを考えます。

     でも、明日食べるために仕事をするというのをどこまで本気で捉えているだろうか。

     本作品の伝えたいこととは違うかもしれませんが、幕末の尊王攘夷に巻き込まれていく江戸と登場人物達を想像しながら思いました。

     そして、政治などにいろいろ不満はあるものの、争いや戦争で命を脅かされる心配のないところで食べることに困らずに過ごせることっていうのは気づかない幸せなのだろうなと思うのでした。

     

  • 幕末の武士のお話。身分は武士であるが、学問所を開いて広く武士や町人、子どもにまで教えている。基本ごろごろのんびりしている先生だけど、幕末の動乱の波に否応なく揉まれていく。
    学ぶということは他者に寛容になること。叡知により人と繋がり、助け助けられ。
    反乱軍に加わり亡くなってしまった若者。道端で行きだおれていてもかかわり合いになりたくないため見て見ぬふりをする町の人々。しかしながら日頃口うるさい母上は丁寧に弔い庭の花をそっと手向ける。時代とは関係なく人として自分が出きる良きことを行う、その姿が心に残る。

  • 副題:茅野淳之介幕末日乗。
    小普請組の下っ端御家人・茅野淳之介が見た幕末から明治を描いた連作短編集。
    著者はタカセノイチさんという売り出し中の女性時代小説作家さんです。
    何と言えばいいだろう。ストーリーはひどいと思う。しばしばいきなり場面転換して置いて行かれる。何か起きたことに対する登場人物のリアクションが余りに嘘っぽい。登場人物のキャラクターも不統一(剣はからっきしのはずの主人公が相手を打ち破る)etc.etc.
    ただエンディング(短編集なので幾つもある)は妙に感動的で良いのです。
    さて、もう一冊手を出すかどうか、悩ましい所です。

  • 梅の実るまで
    茅野淳之介幕末日乗

    著者:高瀬乃一
    発行:2025年1月15日
    新潮社
    初出:
    『水仙香』 「小説新潮」2021年6月号
    『萩の小道』 「小説新潮」2021年10月号
    『鑑草』 「小説新潮」2023年7月号
    『千鳥啼く』 「小説新潮」2024年3月号
    『空蝉』『忘れ草』 書き下ろし
    *第38回山本周五郎賞候補

    茅野家は、徒目付だったが、淳之介(主人公)の父である政平が仕事で失敗をして、自害してしまったため、小普請組入りとなり、淳之介には定まった役が与えられていなかった。生活はギリギリで、母親のお市がどうにか工面する。淳之介は27歳にして独身。私塾を開くも、最後の門下生も離れていってしまった。

    かつてともに塾で学んだ青柳梅太郎は、南町奉行所の同心。梅太郎から言われた仕事を請けてこなす、いわばフリーランスとして活動するも、その一つの仕事が攘夷浪人たちの企みに潜入するものだったため、自らも捕縛されて牢獄で苦しんだりもする。

    そんな茅野淳之介の話で、5編からなる連作短編だが、限りなく長編に近く、以前の短編に出て来た謎が後の短編で解けていき、最後は落ち着いたところに到達する形式。

    ★★★★に近い★★★だった。

    *******

    茅野淳之介:27歳、私塾「鶉居堂(じゅんきょどう)」の主、独身
    政平:父、淳之介15歳の時に非業の死、嘉永2(1849)年立夏過ぎ死亡(自害)
    お市:母
    源次:中間(従者)
    佐原善之丞:お市の兄、淳之介の伯父

    青柳梅太郎:南町奉行所定町廻(じょうまちまわ)り同心、淳之介の幼馴染み、1歳上、同じ有馬道場にも通っていた、有馬道場師範代
    由見:妻、斉籐鶉庵の娘
    鉄太郎:梅太郎の息子、8歳
    斉籐鶉庵(じゅんあん):私塾「斉籐塾」、淳之介の師匠
    正吉:岡っ引き
    お楽:深川の櫓下にある女部屋(花天)で洗濯女をしている娘
    小歌:「花天」の女郎
    村越鍋太郎:水戸浪士、東善寺襲撃に加担、お楽と深い仲?(頻繁に花天に出入り)
    大橋訥庵(とつあん):儒学者、尊王論者、「思誠熟」塾長
    有馬左衛門之丞:米沢藩老剣士、外神田の心形刀流(しんぎょうとうりゅう)有馬道場・道場主

    『水仙香』

    茅野家は、徒目付→小普請(政平が自害した嘉永2年~)になった。屋敷も新たに与えられたが、住める状態でのなかったために貸家に。前住人が道場にしていたところで私塾「鶉居堂(じゅんきょどう)」を開く。しかし、先日、最後の塾生が辞めていまは門人もいない。生活はお市の内職と中間(ちゅうげん)の源次がアルバイトをしているのに頼る。
    *徒目付=江戸幕府の職名。目付の支配に属し、警衛・探偵などに従事。徒横目。御徒目付
    *小普請=①小規模の修築工事。②江戸時代、小破損の普請の人足を旗本・御家人の非役の者に課したこと。1690年(元禄3)から金納となった。③禄高200石以上3000石以下の非役の旗本および御家人。

    幼馴染みの青柳梅太郎から仕事を頼まれた。10日ほど、ある娘を見張ってくれとのこと。謝礼は悪くなかった。岡っ引きの正吉と「たきがわ」に籠もった。昼間は帰宅してもいいと言われていたが、居れば3食出るのでずっと居て読書をしていた。

    見張っていたのは、料理屋「花天」の洗濯女をしているお楽。斜向かいの小料理「たきがわ」から。そこに水戸浪士の村越鍋太郎が頻繁に出入りしている。お楽と深い仲であり、お楽は間者をしているのだと疑われている。村越たちは、5月28日に江戸駐留のイギリス人宿泊地で公使館の下高輪村東禅寺を浪士14名で襲撃し、ラザフォード・オールコック公使は無事だったものの、書記官と長崎駐在領事がケガをした。公使は書簡を出して浪士が勝手にやったことではすまぬ、徳川が責任を取るべきとした。そこで、取締りの対象となっている。

    ずっと見張る中、淳之介はお楽が村越の子をはらんでいるものの、彼女は間者ではないことを見抜いた。そして、いよいよ手入れに入る時になって、お楽を逃がしたのだった。お楽が村越の子を下ろそうかどうしようか迷っていることを知っていた。村越が頻繁に会っていたのは小歌だった。小歌が他の客を相手している時、村越は洗濯女のお楽に目をつけたのだった。

    小歌は村越に夢中であったため、協力をしていた。
    淳之介は、お楽を逃がした際に村越と対峙した。体の震えを隠しつつ向かったが、刀は抜けなかった。ただ、鞘で相手の喉をついて骨を砕くことができた。村越は生け捕りにされるのを避けるため、持ち歩いていた水仙の根から作った毒を飲んで死んだ。小歌が協力したのは、その毒づくりだった。実家が花屋だった。

    淳之介の塾には、植木屋に就職する予定の小僧が何度も来て、漢字を教えてくれと言ってくる。それぐらいできないとクビになってしまうとのこと。でも、お金は出せないから水仙を持って来るという。断っていたが、最後は受けることにした。そして、水仙の根はもういいから、水仙が植わっているうちの庭の掃除をすこし手伝ってくれと言った。


    『萩の小道』

    松三郎:多町(たちょう)の茶問屋「緑香堂」主人、27歳(40歳にも見える)、金吾と同じ頃から門人に(一月前)
    喜七:門下生、次の春で10歳、年明けに植木問屋へ
    横倉金吾:3人目の門人、一度売った御家人の株を買い戻したい、そのための学問

    浅草寺からの帰り、淳之介は誰かにつけられていることを感じていた。真っ直ぐ帰れば、家を知られてしまう。道を変えつつ歩いていると、茅野先生!と声を掛けられた。一月前に門人となった茶問屋の主人、松三郎だった。27歳、淳之介と同じ年だった。彼は駕籠で吉原に向かった。別れると、後を付けていた者も消えた。

    和宮降嫁の話が伝わってきた。

    松三郎と同じ時期に門人となった横倉は、湯屋に行くのもままならぬ。体臭があってお市が嫌がる。3ヶ月謝儀だと差し出した小判は万延小判とも呼ばれる雛小判で、質が悪く、この新小判を3枚出してようやく旧小判1枚に両替してくれる。一度売った御家人株を買い戻して、浪人生活から抜け出そうとしている横倉は、武士の誇り高さだけは持っている。攘夷を訴える身として、外国に擦り寄って儲ける商人を見下している。

    青柳梅太郎が師範代を務める有馬道場へ、一同は出かけた。横倉は以前に梅太郎に負けているので、そのリベンジにと無理矢理ついていった。しかし、また木刀でやられてしまった。帰り道、淳之介、松三郎、喜七(無理矢理ついてきた)が歩いていると、2人の浪人が立ちはだかった。浅草寺からつけてきた者か?なぜ俺を狙う?すると、祠に隠れた松三郎と喜七へと向かう。そうか、攘夷浪人は商人も目の敵にするから、狙いは松三郎だったのだ。刀を抜く淳之介。そこへ、何処かで吞んでいたのか横倉が駆けつける。横倉たちが優勢だが、あと少しのところで横倉の刀が喜七に当たってしまった。

    一人の浪人は火が着き、川に飛び込んだが、後に死体となり発見、もう一人は逃げ延びたか?しかし、喜七は死んでしまった。横倉は捕まり、何れは島に送られるだろうとのことだった。悲しみが止まらない淳之介。
    お市が言う。萩の名の由来をご存じか、と。
    「生(は)え木、という呼び名が転じたのですよ」と解説。冬の間に枯れたと思われた萩の株から新しい芽が生えてくる様子からつけられたと。


    『鑑草』

    弓削弘光:小普請組支配
    亀之助:鳴海家奉公人
    鳴海平兵衛:小十組(将軍の護衛、格が高い役だが低給)
    りく:娘
    斉籐啓一郎:鶉庵の長子、学問所勤番(父から譲られる)

    猪原岐山(いのはらぎざん):徒目付、政平の同僚、
    鎌田:徒目付組頭

    ◎淳之介と梅太郎が19歳の時の話

    淳之介は19歳、当主。4年前(嘉永2年、1849年)の立冬過ぎに父が切腹。
    御広敷添(おひろしきそえ)番士浜田忠次郎の次女と縁談話。出戻りの24歳。婚家で子が出来ずに離縁。
    源太は茅野家に奉公して19年

    青柳梅太郎(19歳)と斉籐鶉庵の娘である由見(18歳)が夫婦になることに。
    梅太郎は既に八丁堀同心。
    りくと亀之助が駆け落ちした。それに由見が手を貸したと鳴海から言われている。
    りくと由見は、芝居を観るなどいつも一緒だったからそう疑われている。
    由見を出せという鳴海、しかし、由見は出てこない。
    由見と梅太郎の婚儀も延期になっている。

    梅太郎は淳之介に頼み事をした。由見に本を持ってきたという名目で会いに行って欲しい、それなら由見は出てくるはず。鶉庵は女が学問をすることだけは許さなかった。しかし、由見は本を読みたかったので、淳之介と本のやりとりをしていたのだった。淳之介が鶉庵から借りた本をまた貸し、戻して貰ってから鶉庵に返す。それが始まりで、今はいろいろな本を貸している。

    5日後、「源氏物語忍草」を持って行く。下女が出て来て、由見は誰にも会いたくないと行っていますと断られたので、では、本だけ教場においていくと行って入ると、由見が縁側に座っていた。
    由見は、確かに駆け落ちを助けたと話し始めた。
    りくは別に縁談がまとまっていて、父が見つけた録の高い家が相手。持参金のうち8両が抜き取られていて、おそらく亀之助が持ち出したのだろうとのこと。

    由見がその時(話している時)に読んでいた本は、中江藤樹の『鏡草(かがみぐさ)』。嫁ぐおなごが読むべき訓話集。父から最初にもらった本だとういう。
    由見はりくの居場所を話しはじめた。
    青柳の手下たちは、すぐにそこへ向かったが、既に2人はいなかった。

    ◎淳之介が15歳の時の話

    政平は徒目付の役目として、江戸城本丸の御玄関番士の監視を務めていた。表門に到着する駕籠を所定の場所に誘い、登城を円滑にとりまとめる御小人(おこびと)番たちの目付。その日、当番日ではなかったが、季節外れの流行風邪により人手不足だった。当番だった同役の猪原岐山も病気だったため、加番として泊番だった真麻片が、そのまま御玄関番らを監視していた。

    宮門跡寛永寺輪王寺の使者(格上)と、准門跡東本願寺の使者(格下)が、時間をずらして来る予定だったが、トラブルでほぼ同時刻に来た。慌てふためく番士らも、急遽呼び出されて慣れない玄関番ばかり。政平も役目違いで駕籠を止めて歩かせたりの指示をしたが、格上の駕籠を遠くに止めて歩かせてしまうミスを犯してしまった。逼塞(ひっそく)という昼間は家から出られない謹慎処分となった。

    一月ほどで解けると言われていたが、その気配はなく、逆に追及が厳しくなった。格下の方から裏で金を貰っていたのではと疑われた。腹を切れば改易はないだろうと思い詰め、突然、自害してしまう。庭で苦しみもがく。介錯を言われ、恐る恐る淳之介はやってみるが、上手くいかない。最後は源太が終わらせた。

    ◎淳之介19歳の話に戻る

    梅太郎が来て、りくと亀之助が見つかったという。5日前、嘉永6年6月3日、ペリー来航の日だった。亀之助は博奕で八百長を試みたがバレて元締めに指や頬骨を折られたが逃げ出して番所へ。調べると鳴海家の家紋が見つかり、亀之助だと判明した。りくを茶屋に軟禁し、持ち出した8両がなくなったら売り飛ばす気だった。

    亀之助は8両の持ち出しについては自白したが、駆け落ちについては言わなかった。駆け落ちを認めて鳴海家に引き渡されれば手打(武士が家臣や町人などを手づから斬る)にされるが、8両だけなら重敲(じゅうたたき、鞭100)ですむはず。娑婆に出たらまた女を騙すなどと吹聴しているらしく、梅太郎は憤る。淳之介は考えて、アドバイスする。10両にすればいい。10両を超えると死罪となる。梅太郎は、そんな嘘の被害届は認められないと言ったが、そうではなく亀之助を脅すのだと言った。やったことを洗いざらい言わないと、被害額を10両だと言うぞ、と。

    年が明けて嘉永7年3月、アメリカと幕府が神奈川条約を結ぶ。その頃、淳之介の浜田忠次郎の次女と縁談話が消えた。先方から取り消してほしいと、ある口実をつけて言ってきた。やはり父のしたことや死に方が問題だったのだろう。以降も縁談話がなかなか決まらない。なお、梅太郎と由見の婚儀は昨秋、執り行われた。

    ◎現在に

    文久元(1861)年もあと少し。
    梅太郎から、家に来てくれと呼び出しがあった。
    行ったが、まだ奉行所から帰っていなかった。鉄太郎たち子供が遊んでいる。待つことにしたが、本が何冊かあった。鑑草があり、読み込んであった。由見の手も、もう真っ白な手ではない。源氏物語忍草もあった。こちらは、新しいままだった。


    『千鳥啼く』


    笠井一馬:正体は淳之介
    舟吉:芸者、料亭「鳥笈(とりおい)」
    吉野政介:素浪人、舟吉の客、「仁令会」で勉強会を開催、実は水戸藩士・黒沢五郎
    大橋訥庵(とつあん):儒学者、尊王論者、「思誠熟」塾長(日本橋→小梅村)

    内田万之介:会読参加者、正体は川辺佐治右衛門。
    名護仁左衛門:会読参加者、宇都宮の郷士
    浦木:会読参加者、徳川斉昭の元陪臣、斉昭死去後は尊王を遂げるため脱藩
    春川庄助:会読参加者、水戸訛り、常州生まれ、眉秀たる美丈夫

    山木繁三郎:訥庵の元門人、一橋家の近習、慶喜への上書を託されている

    長井雅楽:長州(萩藩)の重鎮、攘夷派の敵、吉田松陰の江戸送りの使者として選ばれた
    安藤信行対馬守:同じく攘夷派には敵

    雁丸屋作次郎:老舗酒屋「雁丸屋」、舟吉を淳之介に紹介

    「仁令会」は、思誠塾の志操はそのままに、門戸をヒロが、真の攘夷を目指すため人を集めている。料亭や女部屋、剣術道場から矢場まで網を張って尊王攘夷を叫ぶ同士を見つけて声を掛けている。舟吉経由で笠井一馬の噂を聞き、声をかけてきた吉野。淳之介は狙いどおり、連中の懐に入ることができた。南町奉行所同心、青柳梅太郎からの密命だった。

    一月前、松三郎が襲われた。そこに居合わせて犠牲になったのが、9歳の喜七だった。その犯人の一人を看た医師が、吉野という浪人と頻繁に会っていたことが分かった。吉野にアプローチして探ろうということになった。

    文久元年12月17日、鳥笈2階、吉野主宰の会読に参加。
    何度か開催されたが、残ったのは次の四人と淳之介だった。
    内田万之介、名護仁左衛門、浦木、春川庄助。
    文久2年正月5日、対馬守安藤信行を討つことになった。決行日は15日で、その後全員(吉野を含めた6人)自決し、攘夷を盛り上げようということになった。慶喜を担ぎ出しての攘夷が目標。

    ところが、吉野が最近は舟吉のところにこない。恐らく準備をしているのだろう。
    14日に大橋訥庵が南町奉行所に捕縛された。慶喜への取次を託された山本繁三郎が、寸前で老中久世広周(ひろちか)に、慶喜を擁して日光山において挙兵する計画を漏らしたという。

    淳之介たちは鳥笈の2階に籠もっている。梅太郎の耳に入っているのだろうか。どうにかここを脱出しなければいけない淳之介だった。明け方には内田と山木が来る。それまでに脱失しなければいけないが、しそびれてしまった。そして、町方の手入れが入った。梅太郎は来るか?捕吏は淳之介のことを聞いていなければ、手加減しないだろう。

    梅太郎はいた。そして、一人が刺股で抑えられ、淳之介も梯子で抑えられたが、抑えているのは正吉だった。あとの2人は斬られた。そこで、知らせが入る。安藤信行がさきほど襲われたという。6人に襲われたが、一人は吉野政介こと水戸藩士・黒沢五郎だった。鳥笈に集めたメンバーはおとりで、そちらに目をそらせている間に6人が安藤を襲ったのである。鳥笈の4人は、まるでチチと啼く千鳥ではないか。

    逃げ傷を負った安藤信行は、老中を罷免されたと噂が立った。

    内田(川辺)は参加していなかった。怖じ気づいたのか、間に合わなかったのかは不明。しかし、襲撃の午時(ひるどき)、萩藩邸の桂小五郎を訪ね、ここで腹を切らせてくれと言った。ちょっと待っていろと桂が席を外している間に、喉を突いて死んだ。

    内田と吉野に加担していたのは、春川だった。春川は鳥笈の陽動部隊を見張っていたのではなかと奉行所では見ている。笠井がすでに故人であることも、春川は見抜いていた。

    淳之介は、1月ほど顔をあわせた男たちのことを思うと、涙ぐんだ。

    『空蝉(うつせみ)』

    石出帯刀:小伝馬町牢屋敷、囚獄の長、
    芳助(ほうすけ):張番、扁平顔、梅太郎の手下、囚人から阿呆助と呼ばれている

    木俣善九郎:牢名主、30代半ば、武士か?
    柳井:二番役の中年武士
    勝谷寛二郎:死んだ柳井に変わって入牢、すぐに二番役になった、20歳にもならない


    ある日、自宅に帰ると捕縛されてしまった淳之介。老中安藤信行襲撃事件の間者(かんじゃ)ではないかとの嫌疑。南町奉行所・青柳梅太郎の指図でしたこと、すぐに嫌疑は晴れるからと、騒ぐ母のお市にいいつつ、未決囚の入る小伝馬町へ。しかし、2ヶ月たっても吟味の声がかからない。その間に「牢内役人」たちにより、苛められ、苦しめられ、殺される寸前になっていく。牢の中はすべて金(ツル)次第だった。生きていたければ家の者に持って来させろ、の世界。
    *「汁留」とは、水分なしに米や餅などを強制的に食べさせられる牢内の私刑

    牢屋敷は、牢役人と称する同心と、楼内の雑用、見張り、門番、炊事などをする「張番」で構成。
    各牢内は、「牢内役人」という役付囚人が自治をし、その長は「牢名主」、その補佐「隅の隠居」、「二番役」「詰(つめ)の本番(便所担当)」など十ほどの役がある。入牢時に多額のツルを持参した者や、役付囚人の知己がそうなれる。

    ある日、木俣とのやりとりの中での淳之介の一言により、牢内の平囚人が同調して木俣の許可なく自分のいる畳を越えて移動しはじめた。牢内役人たちが暴力で抑えようとする。なんとか収まり、大罰則が与えられるかと思いきや、木俣は牢医から手に入れた酒を持ち、淳之介に対して見どころがあると酒を勧めてきた。

    木俣は算術に長けていた。百姓家だったが、本家は武家。そして、本家の惣領息子「林太郎」が心中した時に、恥を隠すために家人の息子が死んだことにし、分家である木俣善次郎が死んだことになった。15歳のころから善九郎が身代わりになって木俣林太郎として生きてきた。木俣は、自分は中身がない抜け殻、空蝉だと言い放った。そして、淳之介に対し、殻の中だけにとどまる幼虫になるなとも忠告した。

    その夜、淳之介は新入りに近い勝谷寛二郎に殺されかける。彼の正体は、『水仙香』で東善寺襲撃の後、淳之介と対決して自ら水仙の毒を口にして自害した村越鍋太郎の弟だった(養子に出されていたため苗字が違う)。兄の復讐のために牢に入ったのだった。口と鼻を塞がれ、意識が遠ざかりかけた時、吐き気を催した。同時に、寝ていた木俣も嘔吐した。2人はコロリだという騒ぎになった。牢から出され、牢医が診察をする。木俣は、お前にもチャンスを与えてやった、逃げるんだと言った。そして、木俣は逃げた。だが、淳之介にはその気力が残っていなかった。

    実は、昼間に吞まされた酒には吐き気をもよおす毒が入れてあった。コロリに見せかけて脱獄するための計略だったのだ。

    その後、淳之介は奉行所で吟味の上、無罪放免となり帰宅した。口添えをしてくれたのは、逢対で挨拶に何度行ってもちっとも役をくれない、小普請組支配の弓削弘光だったという。また、お市は今回の件で5両使ったという(ツル2両、その他3両)。そんなお金をどこで工面したのか問うと、捕縛された直後に、謎の老婆が訪ねてきて置いていったという。

    家では実世(舟吉)が、半ば押しかけ女房として奉公人になっていた。


    『忘れ草』

    入牢騒動から6年。実世は妻となっていた。
    茶問屋「緑香堂」主人の松三郎が訪ねて来た。神田から横浜に移転し、屋号も「多町商会」にするとの挨拶に来たのだった。

    茅野家は、文久2(1862)年に。対外防衛と国内統制を目的とした再編により、御持(おもち)小筒組を命じられた。お市は喜び、三日三晩の宴会をし、実世を兄の佐原善善之丞の養女にした上で嫁に迎えた。

    しかし、牢内で受けた暴行と毒のせいで体力が続かず、訓練に耐えられずに暇を命ぜられ、茅野家は300年にわたる直参としての役目を終えた。慶應元年。

    慶應2(1866)年、慶喜が十五代将軍に就任。翌年10月14日、大政奉還。
    茅野家は小石川の貸家に戻る。私塾「鶉居堂」と実世の三味線指南の教場をそこで始めた。

    梅太郎の息子の鉄太郎が15歳に。有馬道場に通う。また、梅太郎夫妻から鉄太郎を頼むといわれ、慶應4年の年明けから鶉居堂にも来ているが、3月から顔を見せなくなった。彼は彰義隊に入っていた。官軍と対峙することが多い。父と母には内緒、神田の伯父宅にいると言っている。

    「何も生まぬ武家」だったが、たった一つだけ誇りがあった。それは「戦なき世を貫き通した」(222P)

    全面に彰義隊、側面に大総督府の東征軍、逆側面に村越寛二郎

    猪原岐山は下谷山崎町に小さな家を借り、畑を耕しながら一人暮らし。淳之介が会いに行くと、ずいぶんと痩せ細って直視できないほどだった。
    そこで尋ねると、6年前に5両を届けたのは猪原だということが分かった。理由は、自分たちが苦難の時に政平が助けてくれたからだという。

    淳之介は、政平が自害した理由について、自分が思っていたのとは違うことを初めて知った。
    自害の日、猪原は政平の下を訪ねていた。そして、政平が疑われている格下の駕籠の者から賄(まいない)を貰っていたのは自分だとうち明けたのだった。病気で寝込む妻のため、お金に困っていたのだった。妻がよくなるまで、もう少し待ってくれと政平に願った。しかし、その後、政平は腹を切った。身代わりになったのではなく、諦めがあったのだった。
    それからほどなくして、猪原の妻も死んだ。幕が閉じられ、真実は明かされなかった。

    梅太郎が来た。鉄太郎の組が判明した。彰義隊が籠もる上野の山に旧幕の幹部が行って説得したが出てこない。東征軍の諸藩勢力は2万、彰義隊は国賊だから皆殺しにすると言っている。梅太郎は、師匠である淳之介に説得と連れ戻しを任せたが、やはり父親であるが故、自分も行かなければいけないと言い、一緒に向かうことになった。実世を実家に帰らせた。

    2人はほっかむりをして髷を書くし、畳を彰義隊に運び込む町人の振りをした。そして、入り込んで五番隊にいる自分の息子を呼んでくれと頼んでみたりした。谷中門の見張りに出ていることを聞きだした。ついに鉄太郎を見つけて帰ろうと説得するも、裏切り者にはなれないと拒否する鉄太郎。そこに、村越寛二郎が現れた。寛二郎が襲ってきた。梅太郎が大けがをする。淳之介は大八車に隠していた二本を取り出し、斬り合いとなった。梅の香りがした。これまでか・・・

    結局、梅太郎の助太刀、鉄太郎のアシストもあって寛二郎を倒した。
    大勢が死んだ上野の争乱で、唯一の私闘だった。

    10年がたち、明治11年5月
    淳之介の暮らし向きは変わらない。
    8年前に生まれたひとり息子は衛(まもる)。
    梅太郎は交番所で働く。
    鉄太郎は松三郎の多町商会東京出張所で働く。

    家の修繕に来た大工の八郎は、以前に字を習いに来て死んでしまった喜七の弟だった。

    梅の実がなり、落ちる。立派になった。

  • 茅野淳之介、この男、まことに剣術ふるわぬ木偶侍なのだろうか?であればすこぶる運が良いのか?使い手と思しき輩に絡まれ、万事休すの場面においてなぜかしら相手を斃すことたびたび。描写はあれど、よく分からぬままに斬って生き残っている。はたしてその実、武芸が達者なのではと思わせる。震えつつも悪漢に対して意見をやってみせるし、鈍のようでなかなか肝が据わってもいるのだ。ともあれ、幕末とは生きにくい。籠絡せんと、あだをあげる連中で溢れている。俺ならどう生きたのか。長いものに巻かれてあざとく切り抜けたろうか。それもやだね。

  • 心が締め付けられるような悲しい話もあるけれど、清々しい本だった。歴史に名前が残らなくてもその時代を精一杯生きた人々がたくさんいたことを改めて感じた。

  • のほほんとした物語を根拠なく想像していたけど、悲しい出来事も辛い体験もありながら、幕末維新を時代に流されながら懸命に生きぬいた幕臣のひとつの姿として、とても心に残る作品でした。最後のサプライズが題名の伏線を回収し、とても気持ちの良い読了感です。ついでながら、船吉さんには惚れました。
    3025-009

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