月日の残像

著者 :
  • 新潮社
3.25
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本棚登録 : 102
レビュー : 18
  • Amazon.co.jp ・本 (261ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103606086

作品紹介・あらすじ

消えようのない記憶を刻んでいった人々がいよいよ鮮やかに甦る――。疎開先で亡くなった母、早世した四人の兄たち、後妻としてやってきて、三年で去っていった理知的な義母、若き日の松竹撮影所時代の思い出、木下恵介、寺山修司、向田邦子ら忘れえぬ人々。時間の堆積のなかからうかびあがる苦さと甘やかさのないまぜになったさまざまな記憶を練達の文章で描きだす、大人のためのエッセイ集。

感想・レビュー・書評

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  • 2013年発行。9年間にわたって季刊『考える人』に連載されたもの。助監督時代、木下恵介の話などから、「食べることの羞恥」「忘れた自分」といった日常のこと、「オスマン・トルコ軍楽隊」などの旅行記、向田邦子等著名人との思い出などいろんな切り口でのエッセイ。山田太一ならでは。山田太一は常識を見返す柔軟の観察力と視点が好きだが、このエッセイにも散見できる。もっとも活字なのでもっと鋭いものを期待しなくもなかったが。

    小道具さんら職人が好きで仲良くしていると、別の助監督からたしなめられる。

    『君はいなに監督になるのだろう。彼らと親しみすぎてはいけない。命令する立場になるのだ。いまのままだと、彼らは君を軽く見るだろう』

  • 「君を見上げて」「丘の上の向日葵」など楽しく読みました。1934年浅草生まれの山田太一さん、今年82歳、「月日の残像」は2013.12発行、著者79歳の作品です。季刊「考える人」に9年間にわたって連載したエッセイの全部、35作だそうです。幼少時からの著者の半生が切れ味のある筆の滑りで描かれています。再読しました。
    山田太一 著「月日の残像」、2013.12発行、エッセイです。次の2点が心に留まりました。①七十歳になっても、二十代の頃といくらも変わらない内面で街を歩いている自分に気づくことがある。私もそうですw。今、気づきました。肉体は年老いているのに~。②「死んだあと、その人間のことを書いたりしゃべったりする奴は、ろくなもんじゃない」木下恵介さんの言葉だそうです。いい人だったなと思い出を語るのはいいと思いますが。今、高倉健さんのことを語ってる小田貴月さんはどうなんでしょうね・・・。

  • 2015年10月26日読了

  • 2015.10.2
    扱うジャンルが馴染みのないものばかりで、最後まで読めませんでした。

  • 平松洋子さんと小川洋子さんの「洋子さんの本棚」で紹介されていた。
    声に出して言うほどでもない自分が感じるちょっとした違和感、についてうなずける箇所が多々あった。
    三島由紀夫、向田邦子、ポルトガルの詩人、フェルナンドペソアが度々出てきた。向田邦子さんの「阿修羅のごとく」のあのメインテーマはトルコの軍楽だそうだ。
    かつて夫婦だった沢村貞子さんと藤原釜石さんに共演を依頼して受けくださったが、顔合わせの時にほとんどお互いを見ることない姿から、「ひとの過去を軽くみるなよ」とたしなめられているように感じたというのも印象的。
    日記代わりにつけていた読んだ本からの抜書きも、山田さんらしいと思った。

  • この本を持ち歩くときは、メモとか、まあ写メとかでもいいかもしれないけど著作権の問題などがあるかもしれないので、せめて付箋も一緒に持ち歩くといいかもしれない。山田太一さんがこれまでテレビで描いてきたような、人間のやさしさやかなしさやいとおしさ、可笑しみなどが詰まったこのエッセイには、心の底にしみわたる、易しく優しいことばや文章がたくさん書かれているから。山田さんが引用しているものも含めて。またそのことばや文章の登場のしかたがニクいから、ついうるっときてしまう。ウマい。

    生きるってかなしいけどやさしいなあ、と思える1冊、また、同じように感じてほしい人に読んでほしい1冊でした。文章のリズムもたまらなく心地よい。

  • 2013年12月刊。新潮社の雑誌考える人2005年冬号〜2013年夏号連載のエッセイ。引出しが多いというか、深いというか、凄みすらある興味深い話があちこちに出てくる。精妙で微妙な機微を感じます。さすが山田さん、深淵で面白い。

  • 小説を読んでもあまりピンとこないけど、エッセイは好きだなあと思う作家が何人かいて、山田太一氏もその一人。「生きる悲しみ」など折にふれて読み返すのだが、これもしーんと心にしみてくる一冊だった。

    著者もすでに八十歳。「岸辺のアルバム」も「異人たちとの夏」もずいぶん昔のことになってしまったのだなあ。映画の助監督時代、シナリオライター時代それぞれの思い出や、老いを迎えて思うことなどが、過ぎ去った「月日の残像」をすくい取るように、静かに書かれている。

    大勢の人が当たり前のように言うことにどうしようもない違和感を抱くが、正面切って反論できるわけではなく、そもそも自分の考えていることが確かであるという自信もなく、それでも澱のように沈殿するよりどころのない気持ちを小声で言ってみる…。著者の文章にはそんな気配がある。「世間」を否定するわけではない、ただ、心情的にそこにためらいなく交じっていけない者の居場所もどこかにあって欲しい。そんなつつましい願いを感じながら読んだ。

    「女と刀」と題された章。かつて随筆で、電車内でのある経験から「たちまちなごやかになれる人々がなんだか怖い」と書いて小さな波紋を呼んだこと、「なごやかになれない人」の結晶のような女性を描いた「女と刀」という小説のドラマ用脚本を書いた時のことが綴られている。いやほんと、なにかで居合わせた人たちがちょっとしたきっかけで和気藹々、というのは心温まるものではあるけれど、一方で、そう簡単に心を開けない人もいるわけで、それはそれで許容されるべきもののはずだ。現実的に、そういう態度を貫くのはなかなか大変だったりするんだなあ。

    「恥ずかしい」という感覚についても何回か言及される。著者は東京下町の生まれなので、またアレかな?と思う。わたしは「江戸っ子の恥ずかしがり」っていうのにあまりいい感じを持てないのだ(優越感が三回転半ヒネリしてるようで「勝手に照れてろ!」とか思ってしまう。そのことに自覚的な人が書いたものは別だけれど)。しかし、ここで書かれていることは、たいそううなずけるものだった。

    「食べもののことをあれこれ言ったり、食べるところを見られるのは恥ずかしい」という感覚は、共有する人がきわめて少なくなっているのだろう。食の情報があふれかえる現代ニッポン。「食べる哀しみ、食べなければ生きていけない無念、羞恥などなんとことかわからなくなってしまった」と著者は書く。なぜ自分が食べることにそこはかとない恥ずかしさを感じるのか、うまく言い表せなかったのだが、「素の自分」をさらすことだからだろうか、とも思う。

    「ひとりカラオケ」という章の、次のくだりにはまったく同感だ。

    「いわゆる『孤独死』をただ痛ましく悲惨のようにいう人がいると、それは近所の人たちの迷惑にはちがいないから早く死亡に気がつくというような対策は必要だが、悲惨という言葉でくくってはいけない『孤独死』もあるのではないか、と『ひとりカラオケ』がよぎるのである。一人もいいものだ、と。
     言葉尻をつかんで怒る人がいるから、念を押すが、『絆』に救われる現実もあれば『ひとりカラオケ』に救われる現実もあり、それは別の人のことではなく、両方の現実を同じ人間が生きているというようなことを思うのである。
     書いてみれば当たり前すぎることだが、絆が大切という正論が、そこから逃げたいという心情をかくすようなことになりすぎない方がいいと、まあ、考えたりしたのである」

    すぐに正論の大合唱になりがちな世の中では、こうした複眼的な見方は決して「当たり前」ではないと思う。残念ながら。

  •  年末の新聞の書評欄で、複数の選者が推薦トップ3に挙げていたので手に取ってみました。
     著者の山田太一氏は、「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」など数多くのテレビドラマを手掛けた脚本家です。本書は、山田氏の家族をはじめ巡り会った人々との思い出を語ったエッセイです。
     確かに、それぞれの章で開陳されている山田氏一流の物事の捉え方は、私の興味を掻き起します。が、年間トップ3までのインパクトは感じませんでした。ただ、あと10年ほど経って読み返すと、おそらく感銘は深まる予感はありますね。

  •  第13回小林秀雄賞を受賞ということを知り購入。季刊誌『考える人』は特集に惹かれて読むが、毎号連載されていたこのエッセイには目を通したことがなかった。細部まで練り上げられた密度の濃い文章、味わい深い文章を知らずにいたことが恥ずかしくなる。
     題名のとおり、過去の思い出が断片的に描かれている。記憶はくっきりとした像を結ばず、ぼんやりとした残像のように浮かんでくる。それらの像は重なり合い、交錯し合う。しかし、シナリオライターの思い描く35の残像は、題名の暗示するとおり、どれも映像として立ち上がってくるから不思議だ。一編を読み終えるごとに、テレビドラマの一つのシーンを見ているような錯覚に陥る。
     『考える人(秋号)』で、選考委員が選評を書いている。どの委員も、このエッセイの良さを表現するのに苦労していることが窺われて面白かった。加藤典洋「家族への言及など、節穴から差す光は強い」。養老孟司「人生をきちんと見ている人の目は厳しい」。関川夏央「温顔のゆかしい書きぶり、その下にある著者の本質的な勁さ」。堀江敏幸「普遍をはみだす破れ目に触れる感性があり、実際に触れてもいるのに、向こう側へ身体を入れてしまうことはしない」。橋本治「書き手ばかりが前に出るわけではなく、書かれた文章の中に作者が見事に収まっている、その案配の良さが文章の美しさを作り出している」。
     フェルナンド・ペソアと三島由紀夫の言葉が頻繁に引用さているのも印象に残る。自分を過剰に押し出すことはせず、しかし受け身のままではない強さも見せ、他者との距離の取り方が絶妙。こうしたことは長く生きていれば身につくというものではないこともわかる。幾つかの残像と余韻が残る素晴らしいエッセイ集だ。

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著者プロフィール

1934年、東京生まれ。大学卒業後、松竹入社、助監督を務める。独立後、数々のTVドラマ脚本を執筆。作品に「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たち」他。88年、小説『異人たちとの夏』で山本周五郎賞を受賞。

「2019年 『絶望書店』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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