41歳からの哲学

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 386
レビュー : 42
  • Amazon.co.jp ・本 (175ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104001064

感想・レビュー・書評

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  • 観念の話。

  • 目の前いあるものが、本当にあるのかそれはわからない。。
    あるとおもっているだけかもしれない。

    。。すごく頭使った。

  • 「考えることに、手遅れはない」 ていう帯コピーに惹かれて購入。
    考えることの大切さを説きつつも、「そんなことは誰にも分からない」 などと開き直ってみたり、話に整合性が無くなるチョイ手前で論理をすり替えで読者を煙に巻く。
    正しいとも、間違っているとも言えない池田節、といったところか。

  • 誰もが思うだろう、「14歳からの哲学」の41歳版だろうと。
    14歳・・・が大変良く出来ていたので、そりゃぁ期待するワ。
    ところが全く関連性がないどころか、なんてことはない、著者が40歳頃に週刊誌に連載したもののピックアップである。
    こういうネーミングの付け方は感心しない。(巧妙だけどネ)

    内容は、彼女得意の「死」についてが大半であるが、その時代に起きた時事問題に対する彼女の意見などが書かれている。
    そこは週刊誌向け、かなりくだけた書き方で難しくない。
    まあ、ブログのような書き方だ。

    読んでいて感じたのだけれど、彼女、養老孟司に似ていますね。
    どこが似ているかというと、親切さがない。
    最後まで丁寧に説明せず、途中で読者を突き放す。
    もちろんこれは、後は自分で考えてねという意味であり、不親切なのではないことは明らか。

    如何にも哲学者として正しい態度であります。
    それでいても彼女の文体は分かりやすい。
    そこが彼女の好かれる点であろう。
    かなり思い込みが強いところには目をつむってやろうという気になる。

    それにしてもナンだな、彼女はこれを書いている時点から3年後には亡くなるんだな。
    死について繰り返し語っていた彼女は、両親より先に、飼い始めた犬より先に死ぬなんて、微塵も考えていなかっただろうと思うと、本人の意図とは別に、死というものの本質を深く考えさせられてしまいますネ。

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  • 『週刊新潮』に連載された記事をまとめた本で、そのときどきの時事的な話題を切り口に、そうした世の中の瑣事に背を向けて「考える」ことへと向かっていく著者自身のスタンスが示されています。

    タイトルは『14歳からの哲学』(トランスビュー)を踏襲していますが、そちらが若い読者に向けて哲学的な思索の本質をストレートに示そうとする意図につらぬかれていたのに対して、本書はタイトルに反して特定の読者層を想定したものではありません。41歳という、人生においてそれなりの経験をくぐりぬけてきたであろう人びとにとって、長い間置き忘れてきた問いにふたたび直面するような場面があるのではないかと想像するのですが、本書は直接的にはそうした読者像を念頭に置いて書かれたものではなく、自由に書かれた哲学的エッセイのようです。

    もちろん本書を通じて、哲学的な問いの本質に触れることができたという読者もいることでしょうが、もうすこし本書全体がどのような読者をターゲットにしているのかが明確にされていないので、散漫な印象を受けてしまいます。

  • 努力は生きていなければ、することは出来ない。
    何かの為に死ぬことははたして出来るだろうか。何かの為に生きることは出来る。
    人間が賢くなる為には、本、すなわち言葉を読むことが一番である。
    また字を読むことと、言葉を読むことは決定的に違う。

    死を恐れず、下劣であることを恐れる。

    何度か読み、考えていると難解だと感じていた著者の意が分かってきた気になってきた。
    考えることはやはり楽しいことなのだ。

  • 平易な死の哲学(^o^)/

  • 死とは何ぞや?と考えたことはあるけれど、
    死が概念だなどとは考えたことがなかった。
    哲学であるから当たり前なのだけれど、なんだか考えると頭がこんがらがりそうである。
    しかし、平易な言葉で読者に伝えようとしていることがよく分かる。
    読後は不思議と爽快な気分になった。

    本書は「週刊新潮」の連載をまとめたものである。

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著者プロフィール

池田晶子(いけだ・あきこ)
1960年、東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科卒。文筆家。
専門用語による「哲学」ではなく、考えるとはどういうことかを日常の言葉で語る「哲学エッセイ」を確立して、多くの読者を得る。とくに若い人々に、本質を考えることの切実さと面白さ、生死の大切さを語り続けた。2007年2月23日、没。
著書に、『14歳からの哲学―考えるための教科書』『14歳の君へ どう考えどう生きるか』『新・考えるヒント』『41歳からの哲学』『暮らしの哲学』『人生は愉快だ』『魂とは何か さて死んだのは誰なのか』『私とは何か さて死んだのは誰なのか』『死とは何か さて死んだのは誰なのか』『無敵のソクラテス』『幸福に死ぬための哲学ー池田晶子の言葉』など多数。

「2017年 『絶望を生きる哲学 池田晶子の言葉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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