知ることより考えること

著者 :
  • 新潮社
3.61
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本棚登録 : 338
レビュー : 36
  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104001088

作品紹介・あらすじ

『知ることより考えること』とは、決して知ることの否定ではありません。考えるとは、本当のことを知るために考えるという以外ではあり得ない。しかし、きょうび「知る」とは、外的情報を(できるだけたくさん)取得することだとしか思われていない。取得するばかりで、誰も自ら考えていない。だから世の中こんなふうなのであります。インターネットなんかいらない。もし本当を知りたいのなら、考えることだ。痛快哲学エッセイ。

感想・レビュー・書評

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  • やっぱり池田さんの本は戻ってきたくなる。
    知ることが考えることより劣っているということではなくて、考えるということは、本質を知る・わかるところから始まるということ。
    池田さんが語っていることはいつも同じ。それが普遍的なものだから。
    もうそろそろ、池田さんの言葉なしで考えられそう。

  • PCなどとは無縁の年輩の方々は本当に賢い。
    週に何度か、仲良しのご近所さんの畑の掘っ立て小屋でお茶するけれど、真っ黒な手をした農家の小父さんたちの頭の良さには驚きを通り越して尊敬さえしてしまう。
    思えばわたしの親もそうだった。
    一度見聞きしたものは、ほとんどその場で覚えた。
    五感をフル稼働して生きているから、発想が健康的だった。
    どんなに辛いときでも、「じゃどうしようか」という転換が早かった。
    問題解決能力が、非常に高かった。
    言葉に頼らず、文字に頼らず、自分で考えて生きていたのだ。
    わたしはいつから、考えることをやめてしまったのだろう。
    無駄知識ばかりを頭に詰め込んで、それでどうなるというのだろう。
    生身のわたしは、子供の頃から一向に進歩しないまま、うかつなひと言をもらしたり、肝心のひと言を言えなかったり、大事なはずの物をなくしたりしている。そもそも考えるということをしていないのだ。

    そんな疑問でいっぱいになっていたとき、この本に出逢った。
    今年の2月に亡くなられた池田晶子さんの本である。
    「41歳からの哲学」を読んでからもう3年。

    その死を受け入れられなくて著作さえも目を通さなかった。
    『知ることより考えること』は、週刊新潮の連載コラムをまとめたもの。
    ひとつの章が3ページから4ページなので時間があればひもとき、読んでは目を閉じてかみしめた至福の半月間。

    誰もが考えたであろう疑問。何故自分は生まれてきたのか。
    生きるとはどういうことか。存在するとはどういうことか。
    死とは何か。見えるとは何か。見えないものとは何か。 
    知るとは、考えるとは何か。。
    その頃の気持ちを思い出す。
    池田さんが生涯追求し続けたのも、まさしくそれである。
    分かりやすく説いてはいるけれど、そこは哲学者なので「非科学」や「非政府」「非政治」などの表現が随所に登場する。
    そのアイロニーに振り回されると、常識の欠乏した人と取られそうだがそうではない。彼女は「本当を知りたいなら考えることだ。インターネットなんかいらない」と、実に潔い。

    とりわけ、2006年の念頭の挨拶では、わたしは涙が出た。
    『時代や社会がいくら悪かろうが、そこで私が善く生きることのいかなる妨げにもならない。たとえ世の全員が金儲けに狂奔しても、私は金儲けのために生きることはしないと決める。
    たとえ世の全員が互いに悪意を投げ合っても、私は悪意を所有しないと決める。笑われようが殺されようが、私は、私だけは、善い人間として、善い人生を全うするのだ。』
    こういう言葉を親以外に言ってくれたのは、池田さん、あなただけだ。
    昨今の「自分大好き」や「自己中」などとは見事に一線を画している。
    他人に振り回されず、自分の生の精度を高めよというのである。
    何故なら「良い」ではなく、「善い」と言っているじゃないの。
    46歳という年齢で死と向き合いそのまま還らぬひととなった池田さん。
    その脳には何が去来したのだろう。
    新たに存在を始める「自分」がどんなものであるのか、その興味だけに集約されていたのではないか、そんなふうに思えてならない。

  • 知ることより考えること。知ることの量があまりにも増えて、知ることに傾くばかりで考えることができない人が増えている。自分もそのひとりであることが痛いほど実感するとともに、そのスパイラルから脱するための一筋の光明を得たような心持ちになる一冊でした。一見便利になったようで、それなしでは生きられなくなったこの不便な世界でどう生きていきたいか、見つめ直す機会としよう。

  • 池田晶子『知ることより考えること』新潮社、読了。知ることが悪いわけではないが「考えるとは、本当のことを知るために考えるという以外ではあり得ない」。週刊誌連載の名コラム「人間自身」で綴られた珠玉の哲学エッセイを集めた一冊。時事的内容も多いが決して古くない。自ら考える、その美しい見本のようだ。

    「宇宙について考えられない思想は二流である。世には幾多の思想、批評、評論の類が並んでいるが、自分が存在しているという事実から、独自の宇宙論を形成しない思想は、偽物とは言わずとも二流である」(私のコスモロジー)。こんな具合、しびれますぜ。

    本書のタイトルは、小林秀雄の名講演「信ずることと知ること」に由来。本年は、小林秀雄・国民文化研究会編『学生との対話』新潮社も刊行。「信ずることと知ること」も収録されている。こちらも合わせて紐解きたい。

    若松英輔さんの『池田晶子 不滅の哲学』(トランスビュー)にも目を通しておきたい。 「考えることを失い、感性が鈍磨した時代に、池田の哲学や若松の潤いに満ちた仕事の意義は大きい」(東京新聞・書評)

    http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013120102000170.html

    若松は、自身が敬愛する哲学者、井筒俊彦を読むようにして、池田を読んでいるのであろう。たしかに池田は、存在がコトバとしてみずからを顕現する瞬間のことを繰り返し語っている」(日経・書評) 

    http://www.nikkei.com/article/DGXDZO63046280T21C13A1MZB001/

  • 池田さんの本、初めて読み切りました…14歳の哲学を先に読んでいたのですが、考えれば考えるほど混乱してきて行ったりきたり。

    タイトルのところでいくと知ること、考えることの違いと大切さ。また、知る、という定義が現代において情報の詰め込みに特化してしまっていることに警鐘を鳴ら…しているのかな?筆が強いので受け取り方に迷いはありますが、そう、受け止めました。

    生きること、死ぬこと、存在すること、自分の頭で考えること。

    自分で決めるのが怖い、責任を持ちたくない、情報で大きくなった頭で人のことを批判して中身のない人間、には、なりたくないなぁ。心は言葉。
    でも本質を理解して思考を深めるのは、まだ難しい。
    しばらくしたらもう一度読みたい。景色が、少し変わっているかもしれない。

  • 39015

  • 死ぬということは、人が本質的にものを考え始める絶好のチャンス。
    確かに幼い頃、それを思ったことがある。
    自分を自分と認めるのは自分でしかない。
    個性というものは、自分が見つけるものではなく、他人が見つけるものである。
    題名の通り、考えることを諦めてはいけない。そう強く感じた。

  • なぜ人は「私がこれをする」「私がこう思う」と言明することを避けたがるのか?やはり責任を回避したいからである。先のわからない人生(中略)自分で考え、自分で判断し、自分で自分の人生を引き受けることを、人はどこまでも回避したい。自ら考えることを放棄した人間たちの醸し出す腐臭は現代社会に蔓延している。思考停止した近代社会の大衆を指して、ニーチェは「畜群」と罵った。(週刊新潮、平成17年12月8日号。池田晶子は平成19年2月23日に腎臓癌のために亡くなった)

  •  それはちょっと違うんじゃないかなあと思いつつ、読んでいるうちに強引に(?)納得させられてしまいます。すごい論理の展開。

     私は哲学とかよくわからないのですが、痛快哲学エッセイだそうです。

  • ノルマに比重を置いてしまって、内容がいまいち理解できなかった。
    携帯電話で言葉の無駄遣いをしている。はとても感心できた。現にそういう友達がいてあまりすきではないから。

    自分が生きていること自体、神秘的という一説を読んでる瞬間に。始めて自分を客観視できた。

    とにかく知識ではなく考えること。知識を入れれば考えなくなる。智伯になると実感した。

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著者プロフィール

池田晶子(いけだ・あきこ)
1960年、東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科卒。文筆家。
専門用語による「哲学」ではなく、考えるとはどういうことかを日常の言葉で語る「哲学エッセイ」を確立して、多くの読者を得る。とくに若い人々に、本質を考えることの切実さと面白さ、生死の大切さを語り続けた。2007年2月23日、没。
著書に、『14歳からの哲学―考えるための教科書』『14歳の君へ どう考えどう生きるか』『新・考えるヒント』『41歳からの哲学』『暮らしの哲学』『人生は愉快だ』『魂とは何か さて死んだのは誰なのか』『私とは何か さて死んだのは誰なのか』『死とは何か さて死んだのは誰なのか』『無敵のソクラテス』『幸福に死ぬための哲学ー池田晶子の言葉』など多数。

「2017年 『絶望を生きる哲学 池田晶子の言葉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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