ゴリラの森、言葉の海

  • 新潮社
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本棚登録 : 73
レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (219ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104013081

作品紹介・あらすじ

野生の思考と小説家の言葉が響き合い、ゴリラとヒトが紡ぐ物語が、鮮やかに浮かび上がる。いざ、物語のジャングルへ……野生の眼を持つ霊長類学者とヒトの心の森に分け入る小説家。ある時は京都大学の研究室で、またある時は屋久島の自然の中で、現代に生きるヒトの本性をめぐって、いきいきとした対話が続けられた。野生のゴリラを知ることは、ヒトが何者か自らを知ること――。発見に満ちた知のフィールドワークが始まる。

感想・レビュー・書評

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  • 最近のゴリラ先生は「サル学」の学者というよりも京都大学総長として有名だ。サル学者を卒業したわけではないのだろうが、本書では「文化人類学的考察」全開となっていて興味深い。
    ヒトの根源に迫る議論はいろいろと考えさせられることが多く楽しい。この様な考察が社会に充満すれば、人間社会ももう少し良くなると思わせてくれる本であると思った。

  • これは読み逃せない顔合わせ。期待通りにおもしろかった。お二人は三回の対談を重ねたあと、屋久島の原生林にサルを見に行き、また語り合う。主に山極氏が、ゴリラとのつきあい(まさに「交流」だ)を通じて考えたことを話す感じだが、小川さんもかなり山極氏の著作を読み込んでいるようで、実に興味深い内容になっていると思った。

    以前初めて顔を合わせた河合隼雄賞の選考会で、小川さんは、大勢の中でなぜか山極氏に目がとまったと書いている。「もし今、ここで大きな地震のような一大事が起こったら、この方についていけば安全だという本能的な直観が働いた」そうだ。「その場にいた女性の多くが先生の周りに集まってきて、さながらボスゴリラのようだった」とも。

    その感じはわかる気がする。山極寿一ってまったくかっこいいんだよね。体も大きいけど、器も大きいのだろうということが、ひしひしと伝わってくる存在感がある。この対談は、相手が可憐な小川さんなので(可憐さって年齢には関係ないと思うのだ)、よりそのオス的魅力が匂いたってくるような雰囲気があって、なんだかこそばゆかった。そんなこと思って照れてるのは私だけかもしれないが。

    本書の表紙はゴリラの写真なのだけど、これが威厳と風格に満ちた立ち姿で、山極氏とよく似ている。ゴリラについては、知れば知るほど、なんてクレバーな生き物なんだろうと感心してしまうのだった。

  •  想像してほしい。若き霊長類学者と、子どものゴリラが、ぴったりと身を寄せ合っている姿を。安心しきったタイタスは、やがて寝息をたてはじめたらしい。「わたしは、人間以外の世界にも生きていたのである」(『野生のゴリラと再会する』くもん出版)。山極さんはタイタスとの再会を、このように感動的な言葉で表現している。(p.21)

     言語の獲得というのは、おそらく人間の進化の中でもとても新しいできごとだから、まだ安っぽいんですよ。でも、対面して見つめ合うのは、おそらく機嫌が古くて、気持ちを通じあわせながら心を共有できるコミュニケーション何だろうと思うんです。相手をじっと見つめるのは威嚇になるからサルにはできない。でもゴリラにはできる。ただ、白目の動きを察知するためには互いにある程度は慣れないといけない。だから逆に、言葉が生まれたのは、この距離を保つためなのかもしれないなと僕は思うんです。意味が最初ではなくて向き合うことが重要だった。(p.41)

     言葉を使うというのは、世界を切り取って、当てはめて、非常に効率的に自分の都合のいいように整理をしなおすってことなんです。(p.80)

    (小川)ゴリラにとっては、子供が殺されたという事実は今と無関係の過去になっていて、そのことに左右されないのですね。
    (山極)僕たちは因果というものを非常に大事に思っています。でも、ゴリラにとっての因果論に、過去は含まれません。だから、自分の子どもを過去に殺したから、次に生まれる子どもを殺すかもしれない、とはたぶん思わないですよ。
     人間なら、過去にしたことはまた繰り返されるかもしれないから、警戒しようと思います。先ほどの話と同じだけど、過去の蓄積の上に自分があるから、同じ過ちを繰り返すのは愚の骨頂だということになる。過去を参考にして、未来に備えたいと考える。それは動物もある程度やっていることだけど、人間ほど過去にこだわらない。そこが動物と人間との大きな違いです。(p.87)

    (山極)歩くって考えを浮かべるのにすごくいいですよ。自転車や車に乗っているときは、走ることに神経を集中させなきゃいけないけど、歩くのはその必要がない。だから同時に思考ができる。しかも目や耳にいろんな刺激が入ってきて、その中で考えられる。部屋の中で考えてばかりだと、しかも何もない部屋なら、もう自滅しますね。
    (小川)ですから作家をホテルに缶詰にするのは良くない(笑)。ベートーベンでも、ハイリゲンシュタットの森を一日中歩き回っていました。明治の小説を読んでいると、しょっちゅう散歩をしています。約束などせず、徒歩で相手を訪ねていって、留守だったらまた帰ってくる。無為の時間が多いんですね。現代人のわれわれから見れば非効率的な時間の中に生きている。しかしそうした無駄が人間には必要だと感じます。現代社会はそういうものを切り捨てる方向に動いていますが。(pp.120-121)

    (山極)ゴリラは表裏がないんです。一方人間は表裏ができちゃう。これは宿命ですね。先ほども言いましたが、ゴリラは一元的な集団で暮らしています。だからゴリラのオスはゴリラのオスというだけでいい。そのパーソナリティを崩す必要がない。でも人間は、あらゆるところで変えないといけない。(p.136)

    (山極)死を特別なものとしてしまったことが、人間の世界観を変えましたね。だからこそ、未来という考え方ができた。未来というのは自分が死ぬまで、あるいは死後のことでしょう。そういう死を基本としたものの考え方は、人間にしかできません。(p.155)

    (山極)アフリカに「オーファネージ」という動物孤児院があるのですが、サルでもチンパンジーでもゴリラでも、いったん人間の手で飼った動物を野生に戻すのはものすごく大変で、ほとんど成功していないんです。なぜかというと、食べるというのは、子どものころ母親の食べるものから覚えるからなんです。野生のサルが食べるものを。人間が自分で食べてみて、子ザルにそれを見せて覚えさせれば、少しは野生の生活になじむかもしれませんがそれはできません。(p.181)

    (山極)実はセックスを隠したというのは、人間生活にとってものすごく重要なことなんです。あれをチンパンジーとかゴリラのように人前でやっていたら、今のような高密度に人間が暮らすことはできなかったでしょう。家という隠れられるパーソナルな空間を作ったから、落ち着いていられるのです。(p.195)

  • 久しぶりに山極氏のゴリラ関係の本を読んだ。対談集なので専門的な話ではないですが、興味深い話題が多々ありました。

  • 対談
    2014年から

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著者プロフィール

山極 寿一
霊長類学者・京都大学総長

「2018年 『人類は何を失いつつあるのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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