エリザベスの友達

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (235ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104041053

作品紹介・あらすじ

認知症の母たちの目に映るのは、かつて彼女がいちばん輝いていた時代――。いったいどこに帰っているのかしら? 長い人生だったでしょうから、どこでしょうね。介護ホームに暮らす97歳の母・初音は結婚後、天津租界で過ごした若かりし日の記憶、幼い娘を連れた引き揚げ船での忘れがたい光景のなかに生きていた。女たちの人生に清朝最後の皇帝・溥儀と妻・婉容が交錯し、戦中戦後の日本が浮かびあがる傑作長篇。

感想・レビュー・書評

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  • 認知症の老人の内面世界がこれほど豊かだとは、そう描くことで、そう思うことで何だか救われる思いがする。
    介護施設《ひかりの里》に暮らす老人を見守る家族、介護職員やボランティアの眼差しがいい。「良い介護とは人生の終幕の、そのお年寄りのいい夢を守ってあげること」だという。
    認知症の人は、過去に戻り人生を生き直しているという。それも人生でいちばん輝いていた時代に帰るのだと。
    97歳の初音さんは20歳に戻り天津租界に暮らし、牛枝さん88歳さんは軍馬として出征した馬たちと会話する。宇美乙女さん95歳は、戦時中の郵便配達員に戻る。
    いちばん輝いていた時代が戦時中であることの意味は大きい。辛い時代だったはずだが、懸命に生きてきた記憶は鮮やかなのだろうか。
    大陸占領、満州、清朝最後の皇帝溥儀と婉容、引揚げ船…戦中戦後の日本の姿を垣間見せてくれる。
    村田喜代子さんの描く老女はいい。
    たくましく、したたかで、愛らしく、ユーモアがある。長い時間を生きてきた老女たちの強さと優しさを感じる。

  • 何年かぶりに村田喜代子さん
    読んで良かった〜!
    どこまでが現実で幻なのか
    幻こそが当人には現実?
    歳を重ねてくると
    村田喜代子さんの
    ふわふわした感覚が
    よく分かるようになる

    ブックオフにて取り寄せ

  • 著者である村田喜代子さんは本作を執筆する強い契機となった短歌があると紹介していた。
      
    もう誰も私を名前で呼ばぬから
          エリザベスだということにする

    好きな歌人の松村由利子さんが詠んだ一首だ! これは是非とも読まねばならない。
    一首から想像力を膨らませ認知症体験や介護現場を書かれた作者と、その登場人物たちに敬意を表したい。ちっとも暗い介護小説ではない、村田さん特有の哀愁が漂う幻想的な世界が待っている。軽快なタッチで初音や入所者一人一人のお年寄りたちのそれぞれの歴史が描かれている。戦後生まれの私たち世代に、戦況下のリアルさや厳しい戦争体験や銃後の暮らしを、掘り起こし伝え残したいという意気込みをひしひしと感じさせた。
    「この国の現代史は大きな溝を無茶苦茶に跳び越えて来た。跳び越えきれずにその溝の縁に手を掛けてぶら下がっているのが、初音さんやツタさんや牛枝さん、宇美乙女さんたち」
    認知症の母親初音を見守る満州美と千里姉妹も若くはないが、アルバムを観ながら母親が暮らした租界での母親の若い日々や戦況をたどる。
    何て知らないことが多過ぎる! 
    認知症ではないが母もその中に入る。明治や江戸時代ならまだしも、存命中の人らがたくさん居るのに、耳を貸す機会も積極的に関わろうともしない私。後ろめたい・・・。

  • 淡くて優しい光を孕んだような物語だった。 
    「認知症は自由ですよ」介護士の言葉の意味が読み終えてやっとわかった気がする。
    「ひかりの里」に入居している3人の女性、
    初音さん、牛枝さん、乙女さんとその家族に焦点をあて、人生の終焉の時を描き出す。

    以前、村田さんの『屋根屋』を読んでびっくりさせられたのは、彼女の豊かな想像力。夢を操りフランスの大聖堂や法隆寺の屋根の上に飛んでいく話で、夢に入り込む感覚が今も鮮明に残っている。

    今回は過去と現在を行ったり来たり、初音さんの記憶の中の町(天津租界)へ私も一緒にタイムワープする。
    租界での生活は夢のように煌びやかで、友達も沢山いて楽しそう。だから初音さんは施設の裏口の扉を開け二十歳の一番輝いていた頃に戻ろうとするのだと思う。

    民謡のアリランや満州娘、戦友や玉葱の歌など軍歌を聴きながら、お年寄りは忘れた記憶を思い出す。身体の自由が失われても尊厳は手放していないから、素敵な過去もつらい記憶までもが蘇ってくる。
    「蛍の光」昔の歌詞には3番と4番があったそうだ。この本で初めて知って驚いてしまった。

    母親の初音さんに向けられた千里さんと満州美さんの眼差しがあたたかい。
    大橋看護師、介護福祉士の播磨くんらは、認知症のお年寄りの気持ちに寄り添って介護する。
    「眼に見えてるものはいるのだから、スーパーマンになって恐ろしい魚や蛇もやっつけちゃう」とは、何ともカッコイイ。
    高齢の母を預ける時が来たら、こんな介護施設に是非お願いしたい。

    「姉っさ。お迎えにめえりやした。」と、三頭の馬が牛枝さんを連れに来た。寝たきりだった牛枝さんがベッドの上に起き上がり、櫛で薄い頭の毛を整え死出の旅の身繕いをする。ぐっと込み上げてくるものがあり、じんわりと温かい気持ちにさせられた。 
    お幸せでしたね、牛枝さん。
    "生き切る"こととはこういう事なのだと思った。

  • 認知症に罹患した老いた母親と2人の娘を中心に入居施設の様子がほのぼのと描かれ、もちろん会話も成り立たなくなっているのだが普通に接するのがいい。施設の職員たちもボランティアに訪れる人達も他の入居者やその家族もみんな普通に描かれていて嫌味が無い。認知症の人と接する鉄則'逆らわない''叱らない''命令しない'が行き渡っていて、こんな施設ならば安心して入居できそうな雰囲気を感じる。また、舞台が福岡界隈なので知った町や場所が出てくるのも馴染み易い小説でした。

  • 最初のページを開いた時から、この小説は面白いという予感がした。なぜだろう。
    認知症の初音さんと一緒に天津租界を経験したり、千里さん、満州美さん姉妹と一緒に、認知症の母の入る介護施設を訪ねているような気がした。
    認知症というと介護の大変さ、昔とは別人になったような老人の姿など、自分の身に引き付ければ引き付けるほど悲惨な感情しか湧いてこない。あるいは体力的なきつさ。
    本人が一番辛い、という言い方もされる。
    この小説では、その暗い部分は描かれず、本人も(一部暗い記憶が蘇る場合もあるが)幸せだった過去に帰り、そこで今も生きているかのような言動をとる老人たちが描かれる。
    認知症の老人を見て思うのは、この人たちは今はこんなだけれど、かつては可憐な少女だったり、賢く優しい母であったりした、そのことが忘れられている、ということだ。あまりにも周りの人間が現在の対応に振り回されるため。ゆったり昔のアルバムを見たり、昔の歌を歌ったりしているこの小説の中の人たちは、ホントに幸せだ。その昔の部分、一番良かった時代と今を行き来する老人とそれに付き合う娘たち、介護者。
    人の世話になりながら何年も生き続けなければいけない時代にあって、理想的な世界が描かれている。

    村田喜代子さんの小説は「屋根屋」と「人が見たら蛙に化れ」しか読んだことがなかった。どちらも面白かった。
    「屋根屋」を読みながらヨーロッパの空を飛んだように、この小説を読みながら上海租界に紛れ込んだ気がした。

  • 離れた場所に光が降って、ぽっかりと白く照らしている。こちらから見えるその光景は、明るいのにしんと切なくもの淋しい。けれど、切なさだとか淋しさだとか、そんなのはこちらが抱く感傷に過ぎず、可哀想だとか、憐れだとか、そう見えるのはただ、見る者の眼差しがそのように像を結んでいるだけなのだろう。
    忘却は記憶の鎖をばらばらに切り放ち、遥か彼方の淵へと押し流してしまう。
    たまゆらに、ぽこり、ぽこりと意識の水面に浮かび上がってくる記憶の欠片。
    いくら呼びかけても返事を返すことのない、遠く隔たった場所で初音さんは、二十歳過ぎの時間に立ち返る。戦時体制下にあって天津の租界での、一時の夢のようだった美しい記憶。
    穏やかでしっとりした余韻の残る、読んでよかったと思う作品でした。

  • ふらっと過去の世界に入っていく感じが、認知症患者側になったみたいで不思議な感じでした。
    それぞれの過去の辛い経験がちらほら出てくるし、認知症の話だし、決して軽い内容ではないはずだけど、読み終えた後の印象がふんわりとしてあたたかい。

  • 村田喜代子さんは夢を描写するのが天才的だと思う。

    最初は淡々と 呆けた母親を交互に見舞う高齢の姉妹の話だが 徐々に その呆けた母の 遠い昔の夢の世界に連れて行かれる。イギリス疎開フランス租界日本租界の 瀟洒な世界観と雰囲気が 美しく若い日本妻たちの天津での優雅な生活が 匂いたつように心地よい。 そのふわふわとした風と匂いが認知症の老人の乏しい白髪の髪に降り立つ。

    幸せな夢を見続けられるなら 歳をとって呆けても 幸せかもしれない、(イヤ、介護する側は大変だけど)などと こちらまで夢をみさせてもらえた様な気がする。

  • 介護付き老人ホームで暮らす97歳の初音さんの心は、自分の一番輝いていた時代に生きていた。

    時空を超えた初音さんの心を受け止めながら介護する二人の娘満州美と千里がとても暖かい。
    ゆとりのある介護が出来ているからだろうと、羨ましく思いました。

    戦中の天津の日本租界での暮らしにとても興味を持ちました。
    初音さんの心がその時代をさまよってしまうのが仕方ないなと思えるほど、夢の世界を想像します。

    痴呆への受け止め方に改めて感じ入りました。
    いつか来るその日に、私も二人の娘や大橋看護師の姿を思い出し、努めていこうと心に決めました。

    良作です。

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著者プロフィール

1945(昭和20)年、福岡県北九州市八幡生まれ。1987年「鍋の中」で芥川賞を受賞。1990年『白い山』で女流文学賞、1992年『真夜中の自転車』で平林たい子文学賞、1997年『蟹女』で紫式部文学賞、1998年「望潮」で川端康成文学賞、1999年『龍秘御天歌』で芸術選奨文部大臣賞、2010年『故郷のわが家』で野間文芸賞、2014年『ゆうじょこう』で読売文学賞、2019年『飛族』で谷崎潤一郎賞、2021年『姉の島』で泉鏡花文学賞をそれぞれ受賞。ほかに『蕨野行』『光線』『八幡炎炎記』『屋根屋』『火環』『エリザベスの友達』『偏愛ムラタ美術館 発掘篇』など著書多数。

「2022年 『耳の叔母』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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