きみの友だち

著者 :
  • 新潮社
4.10
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本棚登録 : 2005
レビュー : 430
  • Amazon.co.jp ・本 (316ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104075065

感想・レビュー・書評

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  • 恵美は、もともと友だちが周りにたくさん群がる人気者だった。
    でも、交通事故にあって松葉づえなしには歩けなくなってから、友だちに壁をつくり、そのうちにひとりぼっちになる。
    孤独を邁進する恵美は、身体が弱くおっとりした由香と、あることをきっかけにして絆を深めていく。

    主人公の「きみ」ごとの短編。少しずつつながって、最後に大きなひとつの物語となる。
    ・あいあい傘(恵美)
    ・ねじれの位置(恵美の弟のブン)
    ・ふらふら(恵美のクラスメイト・八方美人の堀田ちゃん)
    ・ぐりこ(ブンの友だち、お調子者の三好くん)
    ・にゃんこの目(恵美のクラスメイト・友だちに彼氏ができたハナちゃん)
    ・別れの曲(ブンの先輩・いきがってるけどダメダメな佐藤くん)
    ・千羽鶴(恵美のクラスメイト・いじめで転校してきた西村さん)
    ・かげふみ(ブンの親友兼ライバル・コンプレックスむくむくのモト)
    ・花いちもんめ(恵美と由香)
    ・きみの友だち(語り手)

    「きみ」に対する語りかけで始まる独特な書き出し。
    「きみ」は、弱虫で、認められたくて、寂しくて、コンプレックスの塊で…。誰もが覚えのある、ふがいない自分自身への呼びかけでもある。
    どの子にも、かつての「自分」がいた。

    そして、各章は、女子と、男子とが順番に並ぶ。
    有川浩さんが「ひろ」で女性で、荒川弘さんが「ひろむ」で女性で、それぞれびっくりしたことがあったけれど、重松清さんも実は「きよ」で女性だったのか!?
    と、奇天烈なことを思いついてしまうほど、中学生、思春期の女子の面倒くささや心情の動きがこまやかで。
    女子の友だち関係と、男子の友だち関係って、だいぶ違うんだな。
    みんなに交じっていれば安心なのに、「みんなぼっち」、みんなといるのに孤独、という女の子。
    あいつに認められたくて、でもあいつにかなわない俺を直視したくない男の子。

    最後に語り手が登場するんだけれど、この最終章だけはちょっと微妙と思ってしまった。
    個人的には、語り手は表に出てきてほしくなかったなぁ。
    その最終章は抜きにして、実に重松さんらしいすばらしい作品だった。
    「いなくなっても一生忘れない友だちが、一人、いればいい」
    「わたしは『みんな』って嫌いだから。『みんな』が『みんな』でいるうちは、友だちじゃない、絶対に」

    私にとって、もう友だち関係であれこれ悩むような日々は去ってしまったけれど、友だち関係に現在進行形で悩む子たちにはぜひ読んでもらいたい。

  • 語り部が誰かわからないまま進む、学生生活と友達関係の微妙な機微を色々なシチュエーションからこれでもかこれでもかと描かれます。基本的に足の不自由な恵美ちゃんと、腎臓の病を抱えている由香ちゃん、恵美ちゃんの弟でなんでもできちゃう明るい青春を謳歌しているブンちゃんを軸に、同級生たちがあっちへくっつきこっちへくっつき。集団からはじかれ一人ぼっちになり、また誰かが弾かれた事により元のさやに。
    今思うと学生時代は友人関係がいつも修羅場だった気がします。小さな躓きが全体に伝播したりしてろくなことが無かった。心の許容範囲が狭いです学生時代って。学生時代に戻りたいなんてこれぽっちも思いません。今が一番楽しいです。
    恵美ちゃんが「友達ってなに?」って何回も問い掛けますが、あの頃思っていた友達と今欲しいと思う友達って全然違う。ただ単に同じ学年同じ教室に配分されて、選択の余地もなくその中からくっつくなんて殺生だと今思います。どこでも渡っていける子はいいけれど、どうしても不器用で上手く渡って行けない子も必ず一定数いますよね。この本の中でも人の顔色を伺わなくてはいけない子たちがひたすら四苦八苦しています。ブンは基本なんでも出来ちゃうスーパースターなので悩みのベクトルが全く違うので、感情移入はしつつも大多数はその他大勢の悲しきモブキャラに哀愁を覚えます。

    今では偉そうな事を言っている会社の上司や、それらしいことを語っている同僚も大抵は子供時代に省かれたらというような卑小な悩みで右往左往していたはず。子供の頃は自分を守る為に人を売るなんて日常茶飯事です。そんな時期を思い出して美しくうっとり出来る人は相当いい青春を送ったか、罪悪感を感じず生きる事が出来るラッキーマンでしょう。今思い出しても、へらへらと難を逃れようと強者に追従したりしていた自分を思い出して悶絶しそうです。

    この本読んでいると、多数に受け入れられるよりも心の通い合う友達が一人いればいいと思えます。SNSが発展したこの現代、子供たちはどんな風な友達関係を構築しているのでしょうね。
    僕も今ならもっと苦しかっただろうな。
    頑張れ現代の引っ込み思案な子供たち。君たちみたいだったおじさんも楽しく生きているよ。きっとそこを通り抜ければ楽しい事もあるから何とか通り抜けるんだ。

  • 社会問題となっているいじめなどの問題に、マイペースで肩の力を抜いて、気の合う人とだけ付き合えば良いこと、社会に出れば実はみんなそうしてることを伝えてるのだと思う。学校という世界では、100点を取って、みんなと仲良くできることを優秀と呼ぶんだけど、それも足が速い、絵が上手い、人を思いやれる、優しい、と同じ単なる1つの能力、長所なだけなんだよな。。そこだけがやたらフォーカスされるからバランスが悪く、居心地が悪くなる。嫌なことなら逃げてよいんだよ。逃げ方も人それぞれでよいんだよ。

  • この中の「きみ」のひとりは私かも知れない。今そのただ中にいる「きみ」にはヒントになるかも知れない。

  • 「友だち」や「親友」の定義のレベルが落ちている現代。SNSなどで直接顔を合わさずに、悩みを共感したり喧嘩をする関係が「友だち」と言えるのか。安易な人間関係が、近年の不条理な事件の原因になっている気がする。
    「いなくなっても一生忘れない友だちが、一人、いればいい」「一生忘れたくないから、たくさん思い出がほしい。だから『みんな』に付き合ってる暇なんてない」
    とてもハードボイルドだ。でもハードボイルドな人生は生きづらい。終章のエピソードは、そんな恵美でも認めてくれる周囲がいるというメッセージだと思う。

  • 友だちって何なんだろう。
    自分がいま友だちと思っている人は、学生時代の派閥みたいなものからは自由になって、本当の友だちだとは思うけど、恵美と由香ほどの仲かと言われると自信がない。
    でも比べることはできないし、私は私、彼女は彼女、彼は彼、と認められる存在ならどな仲だっていいのかもしれない。

    それにしても、花いちもんめってシビアな遊びだ。
    あの頃怖れつつも笑いながら参加していた私は、堀田ちゃん的立ち位置だったのかも。
    人の痛みをちゃんと感じられる人になりたいって、いい大人な年齢で今さらだけど思う。

  • 友だちという言葉、クラスの子、いつも一緒にいるみんな。みんなが友だち、そう使う子がほとんど。
    でも、何かあったとき、みんなのなかにいる友だちは豹変する。
    だって、みんなが。と言わない子は本当の友だちと恵美は思う。
    交通事故にあったのは、自分のせい。でも、きっかけはみんな。それを責めて、ミンナノトモダチをなくしたけれど、そうしてわかったことと。最後に残ったもの。
    どっちが絶対にいい。とは思わないけど、なにかつまづいたときに、こういう見方もあるんだよと教えてあげられるような、そんな話

  • 久しぶりに小説で目頭が熱くなり、少し涙が。温かい気持ちになりました。読後感、最高!
    時間を空けてまた読みなおしたい、心が温まる一冊ですね。
    こういう人との距離感や心のつながり、絆を深めていくという、友だちづくりって素敵だなあ。

    この本を読んでいる途中も、
    (重松清さんがこの本を生み出させたねらいや目的に、まんまと私もハマってしまったのでしょうか^ ^)
    ページを読み進めていくたびに
    自然と…
    自分がこれまでの人間関係のつきあいを振り返り、いや、それまでの思い出が断片的によみがえってきます。
    今では、どれもすべてが懐かしい思い出です。
    そのおかげで今の自分がいるんだろうなと思うので、感謝したいです(^_^)

    でも、すべてが楽しい、良い思い出ばかりではなくて、
    私にも『あったなあー、こういうの』と本を読んでいてついつい共感してしまったり、にがい思い出やめんどうだなと当時感じた経験も湧きおこってきます(苦笑)が、、^ ^

    『友だち』ってなんだろう。
    『親友(心友)』ってなんなんだろう。
    その言葉の意味をあらためて考えさせられた、心が温まる一冊でした。

    正直なところ、
    『友だち』と『親友(心友)』の差は、はっきりと答えるのはむずかしくて、今だに明確にわからなかったりするんですが(^_^;)
    『ほんとうの友だち』なら、わかる。

    なかなか会えなくても、心の中にいる。
    いつも一緒にいなくても、むしろ平気で、長い間ずーっと会っていなくて久しぶりに会っても、顔を合わせた瞬間から会っていなかった時間なんてなかったかのような、ふしぎな感覚で違和感なく話ができて、笑い合える、そういう関係こそが友だちなんだろうなと、
    あくまでも私見(^_^;)ですが、この本を読んであらためて感じました。

    重松清さん『きみの友だち』を読み終わった後、自分の友だちについて改めて考え、その友だちのことをもっと好きになりました。
    そして、これからも大事にしたいですね、友だちもこの本も(^_^)

    人づきあい不器用ですけど、不器用なりにもっと大事にしたい。
    不器用だからこそ、もっと大切にできたらいいなと…感じました☆

  • 忘れられない本。今の私を形作ったものの一つです。

  • 「友だち」「みんな」

    この言葉で、ぐん、と嬉しくなったり いたずらに凹んだりする
    そういう言葉に振り回されるのは学生の時だけじゃない
    働いても 子どもを産んでも おばあちゃんになっても
    ずっとそういうのと付き合っていかなきゃならないんだと思うとずーん・・・となる

    でもそういうのを嫌だなと思う反面、人はひとりじゃ生きていけないし、何かしらのコミュニティーにいることの良さも思う

    生きていくのに不可欠なコミュニティーなら、どうして楽に心地よくやれないのだろうね

    うまいつきあい方 出来ればいいのにね


    ひとりになればそういうのから逃れられるんだと思っていたけど、そういうのじゃなかった

    どこにだってある 学校だけじゃない 日本だけじゃない 走っても逃げられない 大人になったって、ぜんぶ分かるようになる訳じゃない

    うれしくなる基準 かなしくなる基準 そういうのをきちんと自分で持とう 合わせて嬉しくならなくていい 無理して悲しくならなくていい

    読み始めたとき、私は自分の子どもをこんなとこに通わせたくないと思ったけど、

    そうじゃなくて、形じゃなく、人の心のほんとの暖かさに気づけるように 形だけのやりとりに惑わされないように そういったことを伝えていこうと思った 

    友だち沢山作らなくてもいい
    友だちと呼べる人がいないときがあったっていい
    でも出会えて良かったなぁと思う人のことはカッコつけずに思い切り大切にしたらいい そういうこと

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著者プロフィール

重松 清(しげまつ きよし)。1963年、岡山県生まれの小説家。早稲田大学教育学部卒業。
出版社勤務を経て、フリーライターとして独立。ドラマ・映画のノベライズなどを手がけたのち、1991年『ビフォア・ラン』で小説家デビュー。
1999年『エイジ』で山本周五郎賞、2000年『ビタミンF』で直木賞、2002年『流星ワゴン』で「本の雑誌年間ベスト1」、2010年『十字架』で吉川英治文学賞、2014年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞をそれぞれ受賞。
山本周五郎賞、講談社ノンフィクション賞選考委員を務める。2017年、早稲田大学文化構想学部客員教授に就任。
『とんび』、『青い鳥』、『流星ワゴン』をはじめ、多くの代表作がドラマ化、映画化されている。

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