本格小説 上

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (469ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104077021

作品紹介・あらすじ

ある夜、"水村美苗"は奇跡の物語を授かった。米国での少女時代に出逢った実在する男の、まるで小説のような人生の話。それが今からあなたの読む『本格小説』…。軽井沢に芽生え、階級と国境に一度は阻まれた「この世ではならぬ恋」がドラマチックに目を覚ます。脈々と流れる血族史が戦後日本の肖像を描く。

感想・レビュー・書評

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  • 本読みの友2人からのご推薦で、図書館の返却期限が迫った本や急ぐ本などを片づけ、準備万端ととのえて、いざ読む。けっこうなボリュームの上下巻(上が460ページ余、下が400ページ余)をついつい夜更かしして読みふけり、起きたらまた読んで、読み終わったら、とてつもなく眠くなって3時間ほど昼寝した。

    17歳から女中としておハイソな家へ仕えた土屋冨美子の「語り」、がこの長大な小説のメインと言っていいが、その冨美子の話を「いま」聞いているのが、軽井沢の別荘に迷いこんだ加藤祐介という若い編集者で、その祐介が、冨美子に聞いた話を作者である水村美苗に語る、という入れ子のようなつくりになっている。

    冨美子の話の主なところは、自分の仕えた三枝家とその三枝家と浅からぬ関係となった男・東太郎のことである。作者の水村美苗は、その東太郎が父の仕事関係の人間であったことから子どもの頃に会っている。作者が知る東太郎はアメリカに渡って、アメリカ人のお抱え運転手から出世して億万長者になった伝説の人物だが、アメリカへ渡る以前の東太郎には全く異なる境遇の過去があった、という部分が冨美子の話でずっとずっと語られる。

    作者の水村美苗が作中に登場することや、かなり長い導入話に「東太郎という名は実名である」とか「私の書こうとしている小説は、まさに「ほんとうにあった話」」といった記述があるために、これは伝記小説なのか?とも思ったのだが、どこまでがフィクションなのか、どこまでが事実なのか、読み終えて判然としない。

    ただ、40年あまりの時間のなかで、作中の関係者がどのような暮らしをしてきたのか、世代のうつりかわり(婆さんの世代、娘の世代、孫娘の世代)と、戦後ぞくぞくと人が都会に出たことや、アメリカという言葉に今から想像もできない魅力があったことなど時代の変化もまじえたその話は、やめられないおもしろさだった。

    水村美苗に、東太郎の話(を語った冨美子の話)をしにきた祐介は私と同い年という設定だった。祐介は26歳のときに冨美子さんの話を聞いている…ということは、この話を聞いてる時点は1995年頃のことやなと思いながら読む。

    東太郎は、アメリカへ渡る前、冨美子にこう語ったという。「自分は宇田川家に出入りするうちにああいう家にすっかり染まってしまい大学を出て医者になろうなどと考えるに至ったが、そんな風に考えること自体が間違っていた。日本で自分のような出生の者がまともな人生を歩もうとしたら、まともな人生をいかに人並みに歩めるかだけが最終目標になってしまうにちがいない、人並みになることが最終目的であるような人生は歩みたくない」(下p.153)と。

    東太郎は満州で生まれ(父は中国人だという)、母が死んだために叔父の東家にひきとられる。東家が引き揚げてきて住まいを頼ったところは、冨美子の仕える宇田川家の家作に住んでいたおじいさんで、太郎が母や兄からひどく虐待を受けていることを憂慮した宇田川家のおばあさまが、「手伝い」という名目で太郎を来させ、孫のよう子と一緒に遊ばせ、将来は学費も出してやると約束をしていた。

    昭和12年うまれという冨美子もまた苦労して育った。養蚕農家は苦しい時代になり、父は出征して戦死、母は父の弟と再婚し、長女だった冨美子は新しい父になじめず、自分の居場所はこの家にはないという気持ちを抱えていた。

    その冨美子が東京へ出て働くきっかけをつくってくれた源次オジは、こう言ったという。
    ▼女はむずかしいね。おまえのお母さんはね、頭も顔も並だからそこそこの人生で満足がいって始末がいい。だがね、どっちかがよくって、どっちかが悪いと不幸だね。頭より顔のほうがいいと、自惚れちまって高望みして失敗する。顔より頭のほうがいいと、高望みはしないけど、頭に見合うだけの人生にもなんないからつまんないやね。おまえは別に顔は悪かあないが、まあ、こう言っちゃなんだけど、むかしっから敏くって、頭のほうが数段上等だからね。こまったもんだね。よほどの家に生まれりゃあどっちがどっちでもいいけど。(上p.355)

    そして源次オジは、「男はね、頭さえよければいいんだ。ついでにオレみたいに顔もいいと、もうこわいもんなしだね」(上p.355)と続けた。冨美子は小中と一番を通すほど成績がよく、高校へ上がらないことを教師から惜しまれた。宇田川家で女中として仕えるようになって、冨美子の本好きに気づいたおばあさまから「読んだらいいじゃないか」と言ってもらい、旦那さまからも家の中にある本は自由に読むようにと言っていただいた。

    そんな冨美子は、若い頃から結婚に夢をもったことがなく、できれば結婚などしたくない、「つまらない結婚をするよりかつかつでもいいから東京で一人で食べて行けたら」(下p.93)と思うようになっていた。その後、いちどは結婚した冨美子だが、夫の女関係が分かってほどなく離婚。「離婚してようやく世間への義理が済んだように思いました。自分が傷ついた痛みよりも、これでようやく自由にやっていけるという解放感があるだけでした」(下p.105)と語っている。

    物語には軽井沢(ここで三枝家と重光家の別荘が隣り合っているのが一つの縁)がたびたび出てくるうえに、本にはところどころに話の舞台となる場所の写真が挟まれる。 私は軽井沢へは2度行ったことがあり、とはいえ物語はそれよりもずっと前のことで、読みながら、そうかこんな風に軽井沢は変わっていったのかとも思った。

    冨美子の里が信州の佐久であることから、そのあたりもよく出てくるため、読んでいて『リアル・シンデレラ』や、あるいは同じ水村美苗の『母の遺産―新聞小説』を思い出したりもした。

    冨美子が幼い頃の記憶を語るなかで、「まずそこには浅間があります。井戸端からも、田んぼからも、学校に通う道からも、学校の庭からも、どこからでも浅間が見えました。…(略)…そして浅間とともに千曲川があります。どこからでも浅間が見えたように、どこにいても千曲川の瀬音が聞こえてきました」(上p.332)という原風景。そんなところは、いつも大山を見て育ったという大学で同期だった友の話をほうふつとした。

    私は軽井沢から浅間を見たことがあるけれど、冨美子によれば「軽井沢から望む浅間山は佐久平から望む浅間山と同じではありません」(上p.434)という姿なのだそうだ。

    (上5/21了、下5/22了)

  • 読了。下巻に感想を書きます。

  • ふむ。これから、なのかな?

  • これだけの濃密な世界を作り出せる筆者に感嘆。世界に、引っ張り込まれてしまった。

  • +++
    ある夜、“水村美苗”は奇跡の物語を授かった。米国での少女時代に出逢った実在する男の、まるで小説のような人生の話。それが今からあなたの読む『本格小説』…。軽井沢に芽生え、階級と国境に一度は阻まれた「この世ではならぬ恋」がドラマチックに目を覚ます。脈々と流れる血族史が戦後日本の肖像を描く。
    +++

    本格小説というタイトルだが、まず「本格小説の始まる前の長い長い話」という章があり、水村美苗のアメリカ滞在中の少女時代のあれこれが描かれていて、それがこの小説を書くきっかけになったのだという。初読みの著者なので、どんな仕掛けが隠されているのか皆目想像がつかず、自伝のような出だしに少なからず戸惑う。本編(?)が始まってからは、物語に惹きこまれはするが、冒頭の章がどうかかわってくるのかが気になったまま、上巻は終わり、物語の主人公・東太郎のこの先の生き方も気になるが、どんな構成になっているのかも気になって仕方がない。早く下巻を読みたくなる一冊である。

  • 2014.11.08 蒼井優さん推薦

  • 下巻とあわせると結構な重厚感!
    長い長い前書きでだれてしまい、一度心が折れました。
    東太郎が登場してからは一気読み。
    戦後日本、軽井沢が舞台の小説。大好きです。秀逸!

  • 途中まで、少しずつ読んでいましたが、
    フミ子が登場するあたりから、俄然続きが気になり、一気にラストまでつまみ読みしてしまいました。

    一通り読み終わった感想は、釈然としない面はあるものの、久しぶりに重厚な小説を読んだ気がしました。
    面白いです。

    下巻もじっくり読んだ上で、改めて感想を書きます。

  • 単身アメリカに渡り、ある金持ちの運転手から始まり、数十年後には、億万長者になった東太郎。その裏には、とんでもない恋話があった。

    この本の著者と同じ名前の人物が登場し、その人がこの本を書いたっぽいことになっている。東太郎が軸として物語が進むが、上巻はほとんど前置きみたいな感じだったので、退屈だった。

  • 英訳が出たという記事をみて、思い出して再読したが、やっぱり面白くて一気に読んでしまった。

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著者プロフィール

水村美苗(みずむら・みなえ)
東京生まれ。12歳で渡米。イェール大学卒、仏文専攻。同大学院修了後、帰国。のち、プリンストン大学などで日本近代文学を教える。1990年『續明暗』を刊行し芸術選奨新人賞、95年に『私小説from left to right』で野間文芸新人賞、2002年『本格小説』で読売文学賞、08年『日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で』で小林秀雄賞、12年『母の遺産―新聞小説』で大佛次郎賞を受賞。

「2022年 『日本語で書くということ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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