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Amazon.co.jp ・本 (496ページ) / ISBN・EAN: 9784104098088
AIがまとめたこの本の要点
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みんなの感想まとめ
大人の恋愛と学生運動が交錯する物語は、主人公の過去の恋愛を通じて、読者自身の経験や感情に共鳴する瞬間を提供します。主人公は、さまざまな男性との出会いを経て、過去の思いを整理し、自己理解を深めていく姿が...
感想・レビュー・書評
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大人の恋愛小説を味わいつつ、私自身の学生時代の謎が少し解けた読書体験だった。
昔の男性との思い出をこんな風に情熱的に思い出せるのは素直に羨ましい。流れにまかせてその時々の男性に身を委ねてきた主人公だが、意外と侮れない。当時の大場に対する思いも誤魔化しなく認めて整理できているあたり、かなり頭の良い人物なんだろうなぁ。
普通の人たちが学生運動に入っていく空気感も納得できた。時代が重なれば多分私も似たようなところに足を踏み入れていたんだろう。自主ゼミで知り合った人が「もっといろんな話をざっくばらんにしようよ」なんて誘ってくれてだんだんその場所に居場所ができるようになり…リーダーといい感じの関係になってきて…うんうん、想像できるできる。
卒業から10年経つが、私の出身大には当時まだ学生運動の空気が残っていて、年に一度機動隊がやってきていた。デカいことをしよう!とデカい声で叫びビラを配っている彼らのやりたいことがよく分からず、私は距離を取っていた。なぜこんなことにこんなに時間を使っているのか理解できなかったのだが、この本を読んでなんとなく彼らの気持ちに近づけたような…?気がする。
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読了日2011/10
学生運動、浅間山荘事件、三島由紀夫、連合赤軍。。。
言葉は知っていても、詳しい内容は殆ど知らない世界、時代。
ブント、革マル、赤軍派、べ平連、全共闘、セクト、アジビラ、アジ演説、オルグ・・・
初めて聞く単語がたくさん出てきて調べながら読書。脱線、脱線で時間がかかってしまったけど、面白かった。
その当時の日本で何が起こっていたのか、日本の若者が何を思っていたのか、少し分かりました -
終わり方が綺麗
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いわゆる連合赤軍事件をモデルにしている。あの団体から逃げた女性が、出会った男性と刹那的な愛を交わす話。
赤ちゃんプレイ。いわゆる「客観的には無能だが主観的には万能である」ていう状態かな。倒錯した恋愛。思想にはまった女性がそれを望む、というのが不思議な感じになる。
しかし、吾郎が普通すぎる。そこまで思い焦がれるような男かと。小池真理子は好きなんだけど、どうも女に比べて男が薄いんだよなあ。 -
70年安保の時代、武力革命論や文学談義をもてあそぶセクトのリーダー大場に惹かれるまま、爆弾製造そしてリンチ殺人にまで関わってしまった21歳の沙織はアジトを脱走、衰弱して動けないところを19歳の吾郎に匿われることになる。
「革命」に疲れ傷ついた娘が、安心して依存できる誰かの下で濃密な性愛のときを過ごすという基本的な骨格は、前作『恋』とまったく同じだ。この作家にとって「あの時代」とは、背伸びしてふりまわす革命論議と性愛、そして幼児めいた依存であるらしい。
自分は常に「本質」を追い求めてきたのだと、この小説の主人公は言う。しかし彼女がしているのは、自分の力で「本質」に到達することではなく、「本質」をあたえてくれそうな誰かを求め、すがることだけだ(『恋』の主人公と同様に)。彼女がしがみつく大場と吾郎は対照的な人間だが、作中で彼女はどちらのことも「神」と表現している。そのことに作家自身は気がついているのだろうか?
もちろん、当時の若者をただ断罪するつもりはない。その時代にもし自分が生きていたら、同じことをした可能性の方が高いと思う。それでも残念でならないのは、そのような体験を経てきたこの作家が、革命という名で他者に依存していた若い娘を批判的に内省し、こんどこそ自分ひとりの力で社会と対峙しようとするヒロインを描けていないということだ。端的にいえば、小池真理子の描く女性たちは、闘うことをやめてしまっている。社会に向き合わず、かつての世間から隔絶された性愛の世界にたてこもっているだけ。「あの時代」から得られたことがそれだけだなんて、あまりにも情けない。
たぶんこれ以上、小池真理子の作品を読むことはもうないと思う。 -
ある革命グループから命からがら逃げてきた女が、たまたま遭遇した男にかくまわれます。生きる意志をなくした無気力な女に、男はスプーンを女の口に差込み食事を与え、風呂に入れ、そして女は赤ん坊のように甘えます。男が捨て犬を拾ってきて面倒みているようなものです。女は食事を与えられる行為に快楽を感じます。
ちなみに、食べなければ生きられないという状況において、食事を与えられる行為は心理学的に性交と同じ感覚らしいです。
この生活の中で、男は女に存在価値を認められ、女は男に生存欲求を満たされます。そのとき二人の間にあったのは、強い依存の上に成り立つ倒錯的な愛でしかない。でも、考えてみたら、ほとんどの恋愛は少なからず依存関係で成り立っているのかもしれません。
30年後に二人が再会したとき、あのとき刻み付けれた強烈な感覚はいとも簡単に二人を支配します。男が女にプリンを食べさせる、そして甘美で退廃的な空気が二人を包み込む、、、
30年という長い時間の中で消えることがなかった感覚、そしてその感覚に支配されてしまう人間の危うさ、快楽への強い欲求、人間が理性でコントロールできない衝動に圧倒されました。 -
赤軍派、今の若い人は知らないでしょう。私もまだ小学生だった。
異常な世界から逃げてきた女性と、彼女をかくまうことになる若者。この二人の閉ざされ、濃密な、不思議な時間・空間。
小池真理子の最高傑作だと勝手に思っています。 -
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最後が、やはり いい。小池真理子さんの独特の読後感が好き。
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60年代後半を、正確にいうと1968ぐらいの日本の大学紛争などかな、を背景にした恋愛小説。小池真理子らしくエロスとタナトスといったところか。それなりに面白かったけれど、今と昔がうまく交錯しない感じがあったような気がする。最後に二人が出会う必要はなかった気もするが、出会ってまた再び始まって終わりがない、あるいは、不穏な最後という感触がよいという意見もあるかも知れない。
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すぐにはまって、すぐ読みすすんでしまったほん。
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小池真理子作品に求めている『あの感じ』が薄い作品。
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図書館の本
内容(「BOOK」データベースより)
二〇〇六年二月、夫と娘と暮らす槇村沙織は過去を共有する秋津吾郎と曇天のパリで再会する。一九七二年、彼女の属するセクトは市民社会の破壊と再生にむかって突き進んでいた。革命活動という名の狂った坩堝。アジトから脱走したわたしを救ってくれた青年との闇の時空は、不思議な静謐と確かな充実に満たされていた。そして、いま…。名作『恋』を超えた「愛」の形を描く著者最高傑作。
結局わたしは学生運動というものがわかっていなかったというのが一番印象にのこってしまった。
ああ、学生運動はテロに通じるのか。
でもたぶんそんな主義主張があって活動していたのは一握りの人間で、後は恋やヒロイズムだったりで参加していた学生も多いのではないかと思う。
そして秋津との時間。。。。
その時間の濃厚さ。
33年たっても変わらない習慣は愛なのだと思うけれど。。。。
痛いなぁ、小池真理子の小説は。。。。 -
2010.3了
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”出会いと別れは、人生のプログラムの中にひそかに仕組まれている。
その過程で味わう苦しみも至福も、悲しみも喜びも、
そのすべては必然なのだとわたしは思う。”
共感したし好きな一文。
小池真理子さんの本は昔から好き。
どんどん話に引き込まれていく感じがするから。
これも独特な世界観があって・・・
描写が恐ろしいほどリアルで臨場感たっぷり。
そういうの得意じゃないから・・・あたしは気分悪くなったほど。
これはあたしが好きな、ただの恋愛小説なんかじゃ全然ない。
もっと・・・なんていうの、人間の本質的な部分を問うた作品。
個人的には好きやけど・・・あんまオススメはしません・・・
全共闘運動が盛んだった1970年
あたしはこの時代背景がちょっとニガテかなぁ。。。
この時代に生きた人達の思想は理解しがたいものがあるからww -
内容紹介
二〇〇六年二月、夫と娘と暮らす槇村沙織は過去を共有する秋津吾郎と曇天のパリで再会する。一九七二年、彼女の属するセクトは市民社会の破壊と再生にむかって突き進んでいた。革命活動という名の狂った坩堝。アジトから脱走したわたしを救ってくれた青年との闇の時空は、不思議な静謐と確かな充実に満たされていた。そして、いま…。名作『恋』を超えた「愛」の形を描く著者最高傑作。 -
主人公の気持ちの揺らぎや、
吾郎との不思議で唯一無二の関係が
怖いくらいにリアルに描かれていました。
「パタン」と音をたてて本を閉じてしまうような、
ラストの描かれ方がとても好きです。
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再会後に「口を開けた」ところで小池真理子うまいっと思いました
著者プロフィール
小池真理子の作品
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