子規の音

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 45
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (393ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104100040

作品紹介・あらすじ

子規を読むことは、五感の解放である――。生誕150年のいま読むべき力作評伝。三十代前半で病に伏した正岡子規にとって、目に映る景色は根岸の小さな家の、わずか二十坪の小園だけだった。動くことのできない子規は、花の色や匂い、風の動きや雨音などで五感を極限まで鍛え、最期まで句や歌を作り続けた。幕末の松山から明治の東京まで足跡を丹念に辿り、日常の暮らしの中での姿を浮かび上がらせた新しい子規伝。

感想・レビュー・書評

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  • ザクザクとした短めの一文が連なる文章で、その一文にやたら知識が詰込まれている為、読むのに非常に時間がかかってしまった一冊。著者の本は初めてなのですが、この調子で鴎外だとか漱石も書かれているのなら、相当覚悟して取り掛からねば。片手間に読める代物では無かったです。

    しかし著者の執念と云うか、熱心と呼ぶには重たすぎる取材力と膨大な知識。生まれ育った土地が舞台であるのも背を押しているのでしょうが、この濃密さは脱帽です。むしろもう少し書くべきだった位のあとがきにも驚きです。

    子規の絵や、周囲を取り巻く環境、人の写真が載っているのが嬉しかったです。

  •  子規を読むことは五感の解放である…この帯に惹かれて手にしてみたのだけど。確かに森まゆみさんはすごい。膨大な資料、文献を読み込んでの執筆だということは想像に難くない。けど、知識をあれもこれも詰め込んで備忘録的な面が否めなくて・・もう少し整理されたものを読みたかったというのが正直な感想。なので☆二つ。
     ただ、それだけに細かな史実に関しては、へぇ~ということも山ほどあった。

     愛媛出身の男子学生が東京などに進学するための学生寮。その前身が常磐会寄宿所で、伊予松山藩主久松家が旧藩の優れた若者を育成するためにつくった合宿所。明治21年に正岡子規が入っている。
     この常磐会寄宿所、実は坪内逍遥が掛川藩の人に頼まれて学生の監督を引き受け3年ほど住んだあと、久松家が買い受けた・・そうな。ちなみに明治16年の地図を見ると「茶畑」だった、とか。
     トルコが親日であることの根の一つにあげられる紀伊半島沖で座礁したエルトゥールル号事件。救助された乗組員を日本の軍艦がトルコ・イスタンブールまで送り届けたのは存じてましたが、その軍艦に秋山真之が乗り込んでいて、「世界は広くてよほど狭い」と思った、とか。

     生誕150年を迎え、私の中で正岡子規がとてもホッとな今、細々とした知識の木の幹が太くなり、枝ぶりも随分広げてくれた一冊ではありました。

  • 【新着ピックアップ】正岡子規といえば柿とヘチマ。柿は法隆寺ですね。ヘチマは子規の命日である9月19日の「糸瓜忌」に名を残しています。ヘチマを詠んだ三句が辞世の句となったのでした。もちろん、この本にも出てきます。でも、なぜ糸瓜をヘチマと読むのか、その説明はありません。(当たり前か)

    【Newly arrived!】Masaoka Shiki was a haiku master of the Meiji era. The most famous work is “biting into a persimmon a bell resounds Horyu-ji” (kaki kueba kane ga naru nari horyuji). The three haiku poems of sponge gourds (hechima) on his last moment are also renowned. September 19 has been made “Hechika-ki” (Sponge-gourd Anniversary) to commemorate it.
    (The translation of haiku is according to the website of the Shiki Museum)

  • 帯文:”子規を読むことは、五感の解放である―。” ”生誕一五〇年の記念碑 画期的な正岡子規評伝”

    目次:はじめに、松山の人、東京転々、神田界隈、向島月香楼、本郷常盤会寄宿舎、ベースボールとつくし採り、菅笠の旅、谷中天王寺町二十一番地、下北区上根岸八十八番地、神田雉子町・日本新聞社…他

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著者プロフィール

一九五四年東京都生まれ。作家。一九八四年、季刊の地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を創刊し、地元の人々の聞き書きをベースにした雑誌づくりで地域コミュニティの活性化に貢献。一九九二年、サントリー地域文化賞受賞。一九九八年『鷗外の坂』(新潮社)で芸術選奨文部大臣新人賞、二〇一四年『『青踏』の冒険:女が集まって雑誌をつくるということ』(平凡社)で紫式部文学賞受賞。他著書多数。二〇〇七年、自己免疫疾患である原田病に罹患。二〇一〇年、病後の日々を綴った『明るい原田病日記―私の体の中で内戦が起こった』(亜紀書房)を刊行。みずからの病の体験と東日本大震災を経て、「足る事を知る」ことの重要性を今一度再確認すべく、二〇一七年、縮小社会研究会の松久寛氏との共著『楽しい縮小社会』(筑摩書房)を刊行。近著に『本とあるく旅』(産業編集センター)など。

「2020年 『病と障害と、傍らにあった本。』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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