なんにもないところから芸術がはじまる

  • 新潮社 (2007年7月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784104214020

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

「なんにもないところ」にこそ芸術の本質が潜んでいるというテーマが、この作品の魅力を引き立てています。欲望や願望を取り払った状態から、希望の芽を見出すことができるかが、私たちの芸術の未来を左右するのです...

感想・レビュー・書評

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  • 欲望や願望をすべて取り払った「なんにもないところ」にこそ芸術の秘密はあるのであり、それは、たったいまもあなたの足下でひっそりと眠っている。私たちの芸術がここから先へと向かうことができるかは、そこから何か希望めいたものを引き出せるかに掛かっている。

  • 読みたい章だけ読んだ。
    雨屋法水とk.kが衝撃だった

    自分がなんの為に何故今作る必要があるのか

    を話せない人の作品は朽ちるばかりであると思う。

  • この本は私の今まで知らなかった世界を垣間見せてくれた本である。ときには芸術かどうかわからなくなるような、芸術とそうでないものの境界が曖昧になるような作品も多く紹介されていたが、必ずそこには思想があった。サワラギが彼らの真意をうまく汲み取ってくれていた。いろいろ衝撃的なことが書いてあって刺激され興奮した。

  • アート、音楽、演劇など様々なジャンルのマスからサブまで幅広く精通した著書による、読み応えのある芸術論。

  • なんにもないところから芸術がはじまる

  • 骨格がある立体的な文章
    「表現力」ってこういうことか

  • まず彼の的確過ぎる表現、独特な言い回しは読む人を選ぶかもしれないな、と思う。

    フラクトゥルムとガムランの章のようなガイド的なところは楽しく読めたが作家の項目はいささか褒め過ぎの感があって、その部分に文章が酔っている?ような印象を何度か受け、読み辛く感じた。その部分を冗長だと感じたのかもしれない。

    しかし、『二十世紀の大きな振り子』のようにミシシッピのデルタ地帯で発生したブルースがヨーロッパに伝播しビートルズのロックがアメリカに移りメタルやニューウエイヴの発生して行く様を、振り子と捉える。

    ただの文字でありながら視覚的立体要素に置き換える著者の文章は巧みで発想がユニーク、選ばれた言葉自体も突飛なモノでなく項目の中で重要な役割を果たしている。そういった紙の細部に、著者が批評に留まろうとせず、文芸作品に昇華させようとする意図の様なモノを感じずにはいられない。

    現代芸術の重鎮達の動向を窺い知る事が出来る貴重な資料である事に間違いは無いし、実際エキサイティングな部分が多く、創作意欲をかき立てる内容でした。

  • 現在進行形の批評家では、一番重要な人ではないでしょうか?

    彼の言うことに異論はないのですが、
    正しすぎてちょっと悔しいときがあります。
    それにしても、飴屋法水の件は刺激的で面白い。

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著者プロフィール

椹木 野衣(さわらぎ・のい):1962年、秩父市生まれ。美術評論家。著書に『増補シミュレーショニズム――ハウスミュージックと盗用芸術』、『黒い太陽と赤いカニ――岡本太郎の日本』、『戦争と万博』、『後芸術論』(吉田秀和賞受賞)、『震美術論』(芸術選奨文部科学大臣賞)、『感性は感動しない――美術の見方、批評の作法』など。編著に『洲之内徹ベスト・エッセイ』1・2など。企画した展覧会に「アノーマリー」(1992年)、「日本ゼロ年」(1999-2000年)、『平成美術 うたかたと瓦礫(デブリ) 1989-2019』(2021年)など。同志社大学文学部卒。現在、多摩美術大学教授。

「2025年 『日本・現代・美術』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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