存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて

著者 :
  • 新潮社
3.73
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本棚登録 : 833
レビュー : 39
  • Amazon.co.jp ・本 (342ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104262014

作品紹介・あらすじ

ハイデガーの存在論とフロイトの精神分析を継承する現代最高の思想家ジャック・デリダ。その謎めいた脱構築哲学を解読し、来るべき「郵便空間」を開示するロジックの速度。情報の圧縮。知的テンション。27歳の俊英が挑む未知の哲学空間。

感想・レビュー・書評

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  • 哲学者・東浩紀氏が28歳の時に発表したデビュー作です。

    J.デリダのテクスト読解というテーマに絞り込まれた内容ですが、本書で展開される「否定神学」「単独性」「無限後退」への挑戦、といったモチーフは、著者のオタク系の仕事や、諸々の活動にも引き継がれてはいます。また本書は見ようによっては「柄谷行人や高橋哲哉といった斯界の重鎮に対する、若き学者からの挑戦」と捉えることもできるかと思います。

    奥付によると第9刷、2002年3月15日。わたしが大学に入った年です。この本には傍線、書き込み、謎の目印といった、貧乏学生当時の悪戦苦闘の跡がたくさん残っています。それからも著者の他の文章を読むのはもちろん、講演を聴きに行ったり、ネット上の討論を録音して何十回も聴いたり・・。一時期は、わたしの知的好奇心そのものが、東浩紀氏をハブ(あるいはキュレーター笑)として成り立っていたといっても過言ではありません。しかし本書を最後まで通読できたのは、ようやく今年という体たらくでした。

    そのようなわけでいろいろと思い入れのある本ですが、簡潔に一箇所だけ採りあげて、「粛々と」レビューしたく思います。以下引用します。

    "「動的生成」とは、表層が「深層profondeur」から生成される過程を意味する。ここで、「静的」、「動的」という用語上の対称性に惑わされてはならない。静的生成は二つのセリーを前提とする。しかし深層は「セリーには組織されない」。つまり動的生成は、静的生成に論理的に先行している。したがってドゥルーズはここで、第二十六セリーまでが主題とした「二重のセリー」の理論そのものの成立条件を問うていると考えてよい。とすれば『意味の論理学』は、内容的に大きく二つに分けられることになる。「表層」の二セリー、つまり経験的世界と超越論的非世界の関係について考察する冒頭の二十六セリーと、「表層」そのものの存在可能性について問う最後の八セリー。"(P.206)

    ここはP.196~ 「appendix - ドゥルーズ『意味の論理学』について」という、本書のテーマと接続しうるドゥルーズの議論を考察した補論の一部分であり、この補論の構成において、起承転結の「転」に相当する重要な部分です。

    この文章そのものの解説は手に余りますが、ここには、わたしが著者の仕事に惹きつけられた根本的な理由が潜んでいるように思いました。例えば、あいまいさを断ち切る接続詞のシャープな使い方、ゆるぎない文末の処理、そして読者を導くある種の「理系」的分かりやすさ。

    ちっぽけな自分、そしてその自分を取り囲む圧倒的な世界、社会、人間、先人たちの偉大な達成の数々・・。著者からわたしが受け取ったものは、それらに対峙し、そのおもしろさを感じ取るためにきわめて有用な装備としての、「言葉の使い方」であったように思います。なかなか身の丈に合わないところが難点なのですが・・

    『神は言っている、ここで死ぬ定めではないと--』

  • 博論を基にした著作というのは基本的に大作になる。
    様々な分野においてポピュラーな本を書いている東浩紀においてもそれは同様で、他の彼の著作のような読みやすさを期待して読もうとすると肩透かしを食らう、というか眉間にシワを寄せることになるかもしれない。
    というのも、本著はあくまでデリダの解説本である。
    そのデリダの著作よりは遥かに読みやすいとはいえ、やはりそれを解説する以上、それはある程度難解なものにならざるをえないのだろう。

    ちなみに自分の場合、デリダの著作はちゃんと精読したことすらないので、そういう意味でもなかなか読んでいくのが大変な本であった。それでも、東の導きにより、少なくともデリダが何を行おうとしていたのかはかなり明らかにされた感覚がある。また、デリダとともに、その批判の対象となったハイデガーについても断片的に知ることが出来るようになるというのも本書を読む一つの意義だろう。

    デリダにしてもハイデガーにしても、哲学書の中でもさらにわかりづりい分野を取り組むことは大変なことだ。特になぜそれが有意義なのか、どのように哲学の世界で位置づけられているのかを知ることは、単純に数行にまとめた基本書籍だけを読むだけでは困難である。
    そうしたとき、本書のようなものがまさにそこを補う役割を果たすのだろう。

    とりあえず、また折にふれて読み返してみたいなと思いました☆(要約)

  • どうも本書の言いたいことは、というか、ジャック・デリダの言いたいことは、あまりに理路整然とした主張というのは偽物であり、また、それを否定するロジックもまた偽物であり、意味というのは「偶然」によって、また「誤解」によって生成することがありうるのであり、思考というのは耐えざる運動であるべきで、けっきょく生きるということは「誤解」と「偶然」の連続であり、むしろそれを肯定しない限り、哲学は欺瞞以外の何物でもない、ということだ。その意味で、ハイデガーもラカンも批判の対象である。言語を駆使しながらも言語から逃走しようとしたのが、ジャック・デリダだったのではないか。そして本書は、そんなデリダ像を、ヨーロッパの辺境国日本の哲学者であるからこそ、正しく捉えているように思った。デリダ後期の、いささか理解されにくい詩的実践の内実に、本書は真摯に立ち向かう。

  • 東 浩紀さんのデビュー作。

    どっぷり本気の本格的なデリダ論。

    デリダって、何言っているのか、全然、分からないよね。なんだけど、それでも初期は、それなりに通常の哲学のなかにいたらしい。で、70年代以降、哲学とも、文学ともなんとしれない言葉の遊び的な本がでてくる。絵に描いたようなポストモダンな哲学。

    つ〜、印象なのだが、「どうしてデリダはあんな難しい変な文章を書いたのか」みたいな素朴な問いを深ぼっていく。

    スタイルは、デリダ的なものでなくて、結構、ロジカルに一つ一つ、詰めて行く感じ。デリダの解説書って、デリダ的なスタイルで書かれることも多いので、これはいいな。(といっても、速読していると、すぐに流れが分からなくなるのだが)

    個人的には、デリダは、90年代以降の政治的なテーマを扱った「マルクスの亡霊」や「法の力」みたいなのを読んで、はじめて興味をもったのだが、この本では、これらの著作は後退したという評価かな?

    デリダの二項対立的な世界を脱構築しつづけるという感じから考えると、デリダの政治的な著作は、「来るべき民主主義」みたいな民主主義=正義=脱構築ということになっていて、後退といえば、後退である。

    が、二項対立って、人間の思考の基本パターンなので、それを脱構築しつづけても、そこから逃れることはできないんだよね。(もちろん、デリダはそんなこと分かっているのだが)

    ならば、二項対立の限界を知りつつ、あえて二項対立をしっかり深めていくというが大事じゃないかと最近は思っている。

    そういうわたしにとっては、「法の力」と「マルクスの亡霊」は、ひびく本なのだ、ということをこの本の主張とは別にあらためて確認した。

  • 本書で試みられるのはフランスの思想家ジャック・デリダの読解である。僕は大して詳しくないから、この本が日本の「デリダ学派」においてどのように位置づけられているのか知らない。が、おそらくそのようなことは、本書の主張に照らしてみればどうでもよいことである。問題はデリダのテキストからどのような豊かさを引き出しえたかであり、その点、本書の描き出したストーリーはすこぶる魅力的であるというほかない。

    著者・東の文章は明晰そのものであり、議論の進め方も大変丁寧だ。パラフレーズにパラフレーズを重ね、補助線を入念に引きながらロジックを積み上げていく。後半に進むにつれ、内容はやや込み入ってくるが、初学者にとっては、第1章におけるデリダ思想の鮮やかな(教科書的)要約だけでも十分有益だろうと思う。

    本書は東にとって最初の単行本であり、刊行されたときには彼はまだ20代だった。以後、ネット時代の本格的到来にともない、彼は最も多弁な知識人の一人として旺盛な言論活動を続けている。彼の言説は文章・音声・映像データとして膨大な量が「散種」された。しかし、その核となるべき主著は、『存在論的、郵便的』以来発表されてこなかった(新書版などによる小著は多くあるが)。近年は雑誌編集の方面に力を入れているようで、著述業からは離れていっているようにも見えた。

    が、そんな東が間もなく重厚な新著を出すという。大変な自信作のようで、東はツイッター上などで惜しみない自画自賛を繰り返している。今や「経営者」となった東にとってそれは宣伝活動の一環でもあろうが(新著は彼が経営する出版社から刊行される)、「哲学者」である彼にとってそこに嘘はないはずだ。期待してこれを待ちたいと思う。

  • 哲学的にはわたしには測りかねるものがあるが、文芸批評史的には柄谷という「父」の思考枠組みに対して根本的修正を迫るという意味で世代交代の端緒も感じさせる重要な一冊。



    2017.1.7 追記
    ここ数日繰り返し読んでいた本。はっきり言って以前のわたしには何も理解できていなかったとおもう。最近読み返して気づいたのは、「政治」の意味が70〜90年代で変容したことが刻み込まれているということ。あと明晰にわかりやすく書かれているようにみえて、二つの概念を出してきてそれをはっきり定義しながらその区別しがたさへと移る、というパターンの論述が基本で、しかもそれを別の言葉で言い換えてまた新しい議論へと流れ込む、というパターンでずっと書かれており、文体の明晰さに比して要約はしづらい。どれほど文体が異なっていてもこのひとはデリディアンなんだ、と心からおもった。
    いま関心があるのは本書の最終章を文体論として読み直す可能性。

  • 二度目読了。まだまだ手強い。アクロバティックだけど地に足が付いたかんじだ。構造と力を超えた本というのはそうだと思う。

  • 東浩紀が実存的な動機で書き始めた論文をまとめた本書。
    その動機に抵抗するように、きわめて形式的に書かれている。
    感情やゴシップから距離を取ることは大切ではあるが、その徹底的な抵抗が失敗となっている。言い換えれば、転移は避けられなかった。
    この著書の結末が散逸した今となっては、各章の間に差し込まれる、東の選択を慎重に検討する必要がある。

    第三章までは、比較的デリダの整理に留まっている。
    もちろん「奇妙なテクスト」が書かれたデリダ第二期に注目し、幽霊や郵便の隠喩を仮縫いの糸としてデリダの全体を読み解こうとする試みは新しいものであった。
    第四章では、浅田彰が指摘しているようにハイデガー読解に問題はあるが、デリダを離れてハイデガーやフロイトにこの問題の系譜を辿ろうとする試みがなされる。
    しかし、終盤で提出される「無意識同士がつながる」という仮説は、その問いが含意するものは分かるが、理論的には支持できない。

    総じてハードルとしては高いが、デリダの入門書としては充分機能しえる著書になっている。
    『批評空間』で試論と自ら呼んでいたこの作業を、単行本にまとめるにあたってそう呼ばなくなったのは、世界に身を晒すという彼の素直な態度だろう。

  •  近世文書にも現代文書にも所属しうる文字は近世文書からも現代文書からも断絶している。かつてあったことを実体化するよりも到来しないかも知れない位相を直前に挿みこんでこれを行方不明とする危険に曝す文字の断絶力を思考せよ。諸文書を循環するつねに同じ文字であり続けながら異なった同一性を受け取るさまをみよ。わたしがなにほどのものかを知るために。

    『デリダは自分が今のデリダになっている、その偶然性(の必然性あるいは可能性の現実性さらには「かも知れない」の位相を排除することの不可能性──引用者)が忘れられないのだ。』70頁

    幽霊に憑かれた哲学

    『引用箇所は「亡霊spectre」という語を記している。しかし『シボレート』を含む多くのテクストで、デリダはまた「幽霊revenant」という語も頻繁に用いている。そして両者はほぼ区別されていない。九〇年代の彼はさらに「幻霊fantôme」「憑霊hantise」といった語も用いているが、それらにも大きな差異はない(72)。したがって私たちは以下、これらの語の理論的価値を「幽霊」という語で代表させることにする。』54頁
    『(72)(前略)(b) revenant =幽霊。「再来するもの」を意味するその語は、次章以降扱われるように、しばしば「反復強迫」「不気味なもの」についてのフロイト的問題系と密接に結びつけられる。あるものに取り憑き、繰り返し(re)到来する(venir)ものの不気味さを表現するためには、「亡霊」より「幽霊」がより適当だと思われる。(後略)』55頁

  • 思索
    哲学

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著者プロフィール

東浩紀(あずま ひろき)
1971年東京生まれ。批評家・作家。ゲンロン代表。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。
著書に『存在論的、郵便的』(サントリー学芸賞思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞受賞作)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015受賞作)ほか多数。『ゲンロン0 観光客の哲学』は第5回ブクログ大賞人文書部門、第71回毎日出版文化賞受賞作。

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