沼地のある森を抜けて

著者 :
  • 新潮社
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本棚登録 : 1278
レビュー : 213
  • Amazon.co.jp ・本 (406ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104299058

感想・レビュー・書評

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  • ホラー風味のファンタジーだと思ったが、読み進むにつれて、宇宙的というか、生命の起源的なお話になった。

    フリオと光彦のあたりは理解しやすいが、間に挟まれる「シマの話」は、自分勝手に理解しても良いのだろうか…
    まだ生殖ではなく分裂で種族を増やしていた何かの記憶?

    連綿と続く命や時間の流れの中では、必ず、突然変異はおこり、変化がはじまる。
    変わらないものなどない。
    しかし、その根底に流れつづけるのは、終わりたくない、命を存続させていきたいという本能。

    何かが終わったのだろうが、終わることによって新しい物が生まれた。
    たとえば、湿って腐りかけた重い衣を脱ぎ捨てて新しく生まれ変わったような、すがすがしいラストだった。

  • 死んだ叔母からマンション一室と一緒に相続した“家宝”のぬか床は、毎朝毎晩必ずかき回さねばならない。でないと呻くのだ。厄介払いにその世話を任される羽目になった久美は、ある日ぬか床に卵が出現していることに気づく。卵は日に日に増え、一つがヒビ入ると、部屋に半透明の男の子が現れた──。
    何故人は有性生殖を行うのか、単性生殖(生物)にも、我々より優れた調和があるし、人がそれを行っても良いのではないか? そんな寓話も交えつつ我々が繁殖する意味、生物の根元的哲学にまで践み入った物語。梨木香歩ってすげー。

  • すごい。圧倒された。
    著者の洞察力の深さと視野の広さが存分に発揮された、ここ何年かで読んだ本の中でも5本の指に入る傑作だ。ストーリーの面白さも然ることながら、結局は著者の人間力なのだと思う。繰り返しになるが、洞察力の深さと視野の広さ。ものを書く人にとってはこれが大きな資質と云えるのではないだろうか(もちろん文章力という大前提があるが)。本書を読み終えた時にぼくは、梨木香歩という人物について、或いは梨木香歩という人物が影響を受け吸収してきたものについてもっと知りたくなった。

  • 再読。

    圧巻の一言に尽きる。
    ファンタジックな暗喩の連続、ダイナミックさと繊細さが支え合うフラクタルな多重構造、シンプルがゆえに言語化に困難な生命の神秘性というテーマ、ファンタジーとSFと純文学の垣根を超えた融合。
    小説でしか表せないことがぎゅうぎゅうに詰まっている。
    元々好きな作家だったけれど、初見時はこんな作品を書くひとだったのかと脱帽した。
    実際にメインとなる舞台はぬか床とそのへんによくいる成人女性の日常生活圏内だ。それと、とある沼地。まあ、地味である。この話、本当に壮大なのだが、生活感漂う舞台装置のおかげで徹頭徹尾地味さが漂う。そして、それゆえに紡がれていく壮大さに意味が出てくる。
    ジェンダー要素が強い作品なのかと多分一度は予想するだろう。意識せざるを得ないエピソードが頻出する。けれどそれすら飛び越えて、梨木さん持ち前の「肉体と意識」への秀逸なバランス感覚でもっていつの間にやら適正なサイズへと縮小した自意識を持たされた読者は、知らないけれど懐かしい、そんな場所に着地する。
    間違いなく傑作。

  • 沼の再生と同調するように久美と風野が結ばれるクライマックスシーン。
    即物的な表現を排した美しい描写ながら、強烈なエロティシズムを感じる。
    それは、エロティシズムというものが生命活動の根源としての男女の交わりの本質的な部分からもたらされるものなのかもしれない。

    久美が奇妙な先祖伝来の糠床を叔母から受け継ぐことから始まる物語は、父祖の地の枯れた沼に糠床を返すことにより幕をおろす。
    一旦は自己の性を捨てた男女が出会い、協力して沼の再生に手を貸す過程で連綿と続く命のつながりの奇跡に目覚める物語。
    命の大切さ、生命の連鎖の最先端に立つ自分という存在、未来を見つめて生きることの意味を教えてくれる物語だ。

  • 学生のときに読んで、複雑すぎて分からないのに大好きだった本。しばらくたってまた読んで、やっぱりよく分からなかったけど大好きだと思った。酵母菌をきっかけに、有性生殖と無性生殖、性とジェンダー、自然と文明などなど、命の営みを壮大な視点でとらえたお話。壮絶な孤独から生まれる命はなんて尊いものだろう。

  •  叔母の死により、先祖代々の女たちが「仕えてきた」ぬか床を引き継ぐことになってしまった久美。面倒だが、生き物だからしかたない。毎日かきまわすうちに、中から卵が・・・。この発想に、もう、やられた!って嬉しくなってしまう。しかも卵からは、昔死んだはずの男の子や、見たこともない嫌味な女が次々と現れる。
     突飛な事態に動揺しつつも、現実的に受け入れて対処していく主人公がいい。べつに結婚したいとも思わないし、それなりに有能に仕事もこなしてきた女性が、庇護を必要とする子どもが「成長」する様や、子どもを産まずに死んでいく体を意地悪く批評する女には、つい気持ちをかきみだされてしまう。思いもかけず存在の根底を揺り動かしてくる生き物たちの力に押されながらも、情けない昔の男フリオを叱り飛ばしつつ切り返していく様に、ちゃんと生きてきた大人の女という感じがあって、親近感を覚えずにはいられない。
     この前半部分だけで一冊の本になるくらいに充実してて面白いので、後半部分の壮大な展開をどう評価したものか、読み終わって数日たっても、実はいまだによくわからないのだ。
     前半で、生き物という存在の不条理さにふりまわされた主人公は、後半では、男らしさを捨てようとしている生物学者とともに、ぬか床の故郷の島へ、そして生命と生殖の起源へと、帰還の旅に出る。これがまさに「帰還」になってしまっているところに、私の感じるとまどいの原因もあるようだ。
    終盤、ジェンダーを超越したエロスと、そこに浮かび上がる生物としての凄絶な孤独というテーマには、一方で納得させられもするのだけれど、やっぱり主人公には、そうやすやすと帰還するのではなく、「それでも個の生き物としての事情もあるのよ」と、踏みこたえてほしかった、という気がする。特に、「ゲートキーパー」の物語を挿入したことについては、どう評価するか、けっこう難しい。このような擬人化された形式で生殖をテーマ化したことによって、生命の力と交渉し折り合いをつける個のありようは背景に退いてしまう。それが作家の描きたかったことなのかもしれないが、それでは、この物語に、柔軟かつ合理的なヒロインを据えたことの意味がうしなわれてしまうように感じた。
     たいへんに刺激的で、楽しめる物語ではあったのだけど。この落ちのつけかたには、やっぱりもやもや感が残るのである。

  • ぬか床からいろいろ出てくる奇妙な話かと最初は思ったが、宇宙ともミクロともいえる世界のあり方をファンタジーにした小説だった。繁殖する先の向こう、なぜ私たちは繁殖していくのか。酵母の中の世界が、宇宙やら現代の人々の営みなどとリンクして、不思議な感覚におちいる。
    昔、子どもの頃、この世界のこと、地球より宇宙よりずっと大きな世界のことに頭をめぐらせて、ぼうっとなっていた時を思い出す。
    「この時代に、子どもが産まれてそれで幸せになるのか?」という、時代に限られた背景の中で理由を述べるのではなく、もっと原始的な命の営みとして、繁殖が存在しているのではないだろうか。というようなことを、小説を読んで感じました。

  • 過去に読んだ本。それほど昔じゃないけど。

    生と性のに関する話なのだな、と思う。

    これらのテーマを取り扱うために、あえて、作者は児童文学というリミッターを外したのではないだろうか。

    だけど、根っこには児童文学の精神が息づいていると感じた作品だ。

  • ぬか床から人間が現れるという、奇想天外なところから始まる、
    ファンタジーといえば、ファンタジー。
    梨木さん、すごい小説を書かれたなあと思いました。
    誰しもが本を読むときには、きっとこんな感じのところにたどり着くのだろうなと、ある程度予感を持って読み始めるのではないかと思いますが、
    このお話の場合、予感しなかった出口に連れて行かれて、思いもかけなかった光景を見せられたという印象があります。
    生命とかジェンダーとか、自然とか人間の絆とか、
    この世界のあらゆるものが、根っこの部分で繋がっているのだなと、そんな風に思わされました。

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著者プロフィール

梨木 香歩(なしき かほ)
1959年、鹿児島県生まれの小説家、児童文学作家、絵本作家。
『西の魔女が死んだ』で日本児童文学者協会新人賞を受賞。映画化もされたこの受賞作が最も著名な代表作となる。
ほかに新美南吉児童文学賞、小学館文学賞を、『裏庭』で児童文学ファンタジー大賞、『渡りの足跡』で読売文学賞随筆・紀行部門をそれぞれ受賞。
受賞作以外の代表作として、『家守綺譚』、『沼地のある森を抜けて』、『ぐるりのこと』などがある。

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